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おはなし



「俺だって女の子に触りたい」
「どうぞ」
「通報された人がどうなるのか俺ちょっと興味ある」
「違う!」
俺と伏見に続けざまに切り捨てられ、だん、とジョッキを机に叩きつけた航介が顔を覆う。珍しく酔いが回ってると思ったら、何を言い出すんだか。伏見もほっぺ赤いし、目がぼんやりしだしてるからそろそろやばい。家なら未だしも店で潰れられたら迷惑だし困るから、早めに切り上げたいな。そう思う反面、空になったグラスを下げに来た店員さんに、生と枝豆一つずつ、なんて注文したりして。だってこいつら、というか伏見単体だけでも、帰ろうって言って素直に帰路に着いた試しがないから。
「密着してみればいいじゃん。電車の中とかで」
「犯罪じゃねえか……」
「痴漢魔」
「あんなことする人だと思わなかったんですけど」
「裏声やめろ」
「ていうかお前の場合は顔をどうにかしないと女の子だって寄り付きたくないよ」
「失礼だろ!」
「俺は航介はこのままがいいと思う」
「伏見にそう思われたところでなんの意味があるんだ……」
ぐ、と拳を握った伏見に目だけ向けた航介が、溜息をついて机に突っ伏し直す。何だって急にそんな話をし出したのかと思えば、先日都築の店に瀧川と朔太郎と一緒に飲みに行ったところ、三人が来ることを勿論知らなかった都築が恐らく旅行中の若い女の子にきゃっきゃされていて、最初は都築も仕事中だからと三人で端っこの方にいたもののそんな遠くじゃ話せないと都築に好意100パーセントで声をかけられて結局なんだかんだで女の子の方に移動したものの、都築は爽やか系イケメンな上に優しいし穏やかだし勿論接客態度は完璧だし、朔太郎もあの顔だから女の子の中に入っても何も問題はないし尚且つ社交的だし、瀧川もモテないとか女の子と話せないとか言う割にちゃらけた態度は得意だしお調子者キャラを簡単に確立するし、まあ瀧川はそれが原因で彼女が出来ないわけだけど、とにかく航介は置いてきぼりを食らう羽目になるわけだ。そう訥々と語られて途中から正直うんざりした。お前それはもう昔から分かってたことだろ、今更自覚してへこむなよ。
「なんでえ?ていうか航介そうやって知り合った人と続くタイプじゃなくない?」
「うるせえ」
「だから顔だって」
「当也がどうして他人事のようにそう言えるのか俺不思議でならない」
「殺すぞ」
「やんのか」
「ははは、どんぐりの背比べ」
「……………」
「……………」
からからと伏見に笑われたけれど、なにも言い返せない。反則だ、お前からしたらそりゃ誰彼構わずどんぐりの背比べなんだろうよ。ジンジャーハイボールを呷った伏見が、満足げなにこにこ顔でグラスから手を離す。俺は出来るだけ傍観していたいので、それとなく話からフェードアウトしておいた。
「航介には、そこらの女の子より断然可愛い俺がいるじゃない」
「……………」
「な?」
「……男じゃん……」
「あ?何が不満だ?」
「全部だよ」
「ひどい、こんなにかわいいのに」
「関係ない」
「見て、泣いちゃう。ほんとに泣くからね、航介のせいだからね」
「泣くなよ」
「拭いて」
「自分で……ああ、もう、ほら」
「ぐす、どうして俺じゃだめなの。こんなに嘘泣きも上手いのに」
「そもそも間違ってる、伏見は男だ」
「男だからなんだってんだ、我儘言うなよ」
「俺は最初から女の子って言ってるだろ!お前の顔が良いことには何の意味もないの!」
「分かった、あきちゃんって呼んでいいから」
「そうじゃない!」
「メロンパン詰めるから、胸に」
「重、乗るな!あっ腹やめろ、ばか」
「大きい方が好き?小さい方が好き?髪は?服の感じは?」
「う、ぅぷっ、無理、ふし、みっ」
「うはは、もっとゆさゆさしてやる」
「……伏見、航介吐いちゃうよ。やめたげなよ」
「いやだ!航介はそんな柔じゃないって俺は知ってる!」
「おい、酔っ払い」
「酔っ払ってなんかない!」
「いや……どの口が……」
いつの間にずるずるとにじり寄っていたのか、航介の腹の上で上下に揺れ出した伏見を引き剥がす。案外抵抗無く剥がれた伏見が、航介が女の子と遊ぶのなんか嫌だ、きっと彼女なんて出来たら俺のことを放ってそっちに尽くすんだ、弁当だってそうだ、と何故かこっちに縋りながらひんひん言い出したからそれはそれでうざったくて押し退けた。やめろ、俺を巻き込むな、二人で好きなだけ言い合っててくれ。伏見もそろそろ絡み癖が出てきたからまずい、航介が歌い出す前に本気で解散しないと。
「二人して俺のこと孤独死させるつもりなんだああっ」
「声がでかい」
「吐くかと思った……」
「弁当のせいで太ったのに!お腹がぷにぷにになっちゃったのに!責任取れよ!」
「……………」
「……なんか言い返せよ」
「言いたいことがあるなら自分で言えば」
「俺からは何も無い」
「なんだよ!ほんとのことだろ!」
航介と二人して飲み込んだ言葉は、それは元からなのでは、とかそんな感じのやつだ。俺の飯のせいにしないでほしい、勝手に食い散らかしてるのは伏見だ。机通り越して床に突っ伏したままきゃんきゃん言い出した伏見の口を唐揚げで塞いでいると、さっき注文した枝豆その他が到着した。
「ほれほはへはひ」
「どうぞ」
「当也お前、そうやって食い物で伏見の口を塞ぐから」
「一番楽なんだ」
「んむ、ねえ、枝豆もっとしょっぱくないとやだ」
「はいはい」
「航介だって、そうやって伏見の我儘を甘やかすから」
「……甘やかしてなんかない」
「あっ、おねーさん、ゆずみつサワーくださあい、三つ」
「三つ!?」
「俺のと、航介のと、弁当の。三つ」
「待っ、ひとつ、一つでいいです、三つもいりません」
「あとー、出し巻き卵とー、串盛り合わせとー、お茶漬け」
「えっ、ねえ、ほんとにそんなに食べれるの、ねえ伏見、こっち見て」
「バニラアイス乗せパンケーキだって、これは分けっこしよ?ね?」
「……俺甘いのはパス」
「じゃあ弁当と二人で分けるもん」
「ええ……巻き込まないでよ……」
「あと、締めのお味噌汁ください。今ので注文最後にするんで」
「航介もう飲まないの?」
「おー」
「おねえさん!ここからここまで!ぜんぶ!」
「馬鹿か!」
「もが」
またもや唐揚げで口を塞いだものの、もう今のが最後の一つだった。大人しくむぐむぐと口を動かして黙っている伏見の適当な注文をそれなりに色々と訂正して、お姉さんに謝罪。絶対面倒な客だと思われてる、本当にごめんなさい。
本当だったらここでこのまま、今日がっつりバイト入ってた有馬と小野寺が合流するのを待つ予定だったはずなんだけど、と注文を終わりにした航介に確認すれば、かくりと訝しげな顔で首を傾げられた。忘れてんじゃねえよ、この酔いどれ。ちなみに朔太郎は明日の朝一で合流の予定だ。どちらかというと、朔太郎の数少ない休みに航介以下略の予定を合わせて無理やりこっちに来ているわけだから、明日からが本番と言ってもいい。ポケットから携帯を引っ張り出して、伏見と航介が限界だから一旦店出る、と二人に連絡している途中、口の中が空っぽになって暇らしい伏見がぐでんとのし掛かってきた。枝豆ならまだ残ってるから食ってろ、と航介の方に押したものの、これはもういらないの、とわけの分からない我儘で跳ね返されてしまった。
「やだ、帰んない、もっと飲む」
「これ以上飲んだら伏見後悔するよ、明日死にたくなるよ」
「だから!酔っ払ってないってゆってるだろ!」
「その割りには目据わってるけど」
「航介だって酔っ払ってなんかないもんね!」
「あ?いや、んー、うん」
「ねっ!ほら!ねっ!」
「声でかくなってる時点でおかしいよ」
言い淀んだ航介の方が余程自分の具合を分かってる。恐らくはもうそろそろまずいってのが理解できているんだろう、ていうかそうでなきゃ困る。まだわちゃわちゃうるさい伏見を無視しながら、残ってた枝豆を片付ける。注文したものが届くより早く航介が唸り出したので、頼むからあと少し理性を保っててくれよ、俺一人で酔っ払い二人の相手は無理だ、と内心で思った。
それからしばらく、ふにゃふにゃにやにやし出した航介にぐいぐい水を押し付けて頭を冷やさせながら、隙あらばと絡んでくる伏見を床に沈めて、と忙しくしている間にいくつか皿とグラスが届いて、箸が伸びる。だめだ、早く店を出ないと俺じゃほんとに手に負えない、有馬でも小野寺でもいいから助けに来てくれ。朔太郎はだめだ、悪ノリするから。
「あっ」
「なに」
「俺これいらない」
「ふざけんな」
だからさっき言っただろうが、ばか。出し巻き卵を突ついて我儘を言い出した伏見に、じゃあ航介に食ってもらえば、と声を掛けようとして、やめた。航介ももうだめだ、一足遅かった。何故か残ってた酒を一気に呷ってしまったらしい馬鹿が一瞬で酔いどれクソ野郎に変身してしまったので、もう俺は知らない。こんな奴ら知らない。
「……あー……ふふ、んはは」
「ねええ、これいや、食べなくてもいいでしょ、べんと」
「だめだよ……ちゃんと食べてよ……」
「やだ、いらない、あげるったら」
「わか、分かった、ちょっと航介、やめろ、あっち行って」
「んへへ」
「なんだよお」
有馬と小野寺と合流出来た時にはもう二人ともへろへろだったし、俺はくたくただった。もういやだ、たくさんだ。


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