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おはなし


くっついてます



「ごちそうさまでしたっ」
「……おそまつさまでした」
寒い季節だから、晩飯に水炊き風の鍋は嬉しかった。こないだテレビ見てた時に、これ美味そうだなとか話してたのを覚えていたんだろうか。それにしたって、見様見真似で同じようなものを作れるんだから、弁当は元々料理向いてるんだと思う。炬燵を抜けて、空っぽになった鍋や皿を下げる手伝いをしていると、弁当が洗い物を始めた。食器拭きくらいなら俺だって出来るんだけど、もう少し水切ってから拭くからとかっていつも断られて、うっかりしてると弁当が全部やってくれちゃったりすることもザラだ。任せっきりにしようってつもりはないんだけどな。
「べんと、弁当」
「なに」
「お前が洗う、俺が流す。どう?」
「二人立てるほどここ広くないから」
「じゃあ俺が洗う」
「いいです」
「おれがっ、あらっ、うっ」
「い、いいってば、やめろ」
割と力づくで入り込もうとしたんだけど、無駄だった。恐らくは渾身の力で跳ね除けられて、ちょろちょろ邪魔、と炬燵へ強制送還される。伏見じゃねえんだから、台所にちょっとは立たせろよ。まあ、弁当本人がやりたくてやってる節もあるから、強く止めはしないけど。
ぬくい炬燵に一人で埋まってても楽しくないので、早く戻ってこねえかな、と弁当の背中を見ていると、ちらりと振り返ってまたすぐ前を向いた。そうだぞ、待ってるんだからな、早くしろよ。俺の後ろで、小さくテレビの音がするけれど、消してしまうと無音になって弁当のそわそわが激しくなるのは目に見えていて可愛い、じゃない、可哀想なので、わざとつけたままにしておく。床にたごまってる炬燵布団の上に腰を下ろして体育座りしていると、待たれていることを分かっているらしい弁当がそわそわとこっちを窺いながら、洗い物を終えた。きゅ、と音を立てて水を止めた弁当が、指先をこすり合わせながらマグカップにインスタントコーヒーを用意する。その様子に、弁当寒いの、と聞けばことりと首を傾げられた。
「いや、別に」
「こっち早く来いよ」
「うん」
「はーやーく」
「有馬はなに飲むの」
「……コーヒーあんまり飲めない」
「知ってる。……ふ、っ」
「笑うなよ!」
「笑ってない、笑ってない」
「ちょっとは飲める!牛乳入れたいだけ!」
「そうだね」
小さく笑った彼に恨めしげな目を向けて見たものの、温かいカップを渡される手前あんまり反抗的にもなれない。弁当だって、甘くしたコーヒー好きなくせに。温いマグカップを渡されて受け取る瞬間、弁当の指先が酷く冷たいことに気がついた。ほら、やっぱり寒いんじゃんか。
「そうでもないけど」
「水やってたからか?すっげ冷たいじゃん」
「……お湯は勿体無くて」
「切れたらどうすんだよ」
「大丈夫」
マグカップを置いた弁当が俺の横を通り過ぎて炬燵に足を埋めたので、冷えた指を捕まえて握った。後ろに回り込んで、まるで二人羽織のように覆い被さりながら弁当の指を温めていると、息がくすぐったいとか引っ付かれると暑いとか文句を言われたけれど、どうせ照れ隠しだと思って無視した。
元々俺のが体温高いっていうか、弁当が熱かったことなんてあんまりないんだけど、それにしたって冷た過ぎる。弁当の体温が上がる時って言ったら、頬や耳だけにとどまらず全身真っ赤になる時だ。引っ付いてる今ならそれをやることも出来るけれど、真っ赤にしすぎるとあまりの羞恥に弁当側が耐えきれなくなって、もうやだ馬鹿離れろ触るな、って跳ね除けられてしまうことも多々あるから、やめておこう。手握ってるだけなら許されてるみたいだし。
「なあ、あったかくなってきた?」
「んー……」
「聞いてる?」
「ん」
「テレビ見てる?」
「聞こえない、今いいとこ」
「はい」
弁当越しに手を伸ばして自分のカップを取る。いつの間にか俺専用になった青いカップに入っているのは、甘めで牛乳ちょっと多くした、あんまり苦くないコーヒー。弁当のは白に茶色の線が入ってるカップで、俺のと違って牛乳入ってないけどブラックじゃなくて、甘くしてあるやつ。温かいそれを一口飲んで、何の気なしにまた弁当の手を握ると、ちらっと下に目を向けたものの特に何も言われなかった。対面で抱き合うとなかなか手を回してくれないけれど、背面だと顔が見えないから割と寛大なんだろうか。俺が暖めてやらないと、なんて無駄に義務感じちゃってるけど、弁当が嫌がらない内はいいか。
節ばった指を撫ぜながら、弁当の肩に顎を預けてぼんやりテレビを見る。なんのドラマだろう、内容はよく分からないけれど。弁当が好きなやつは俺も割と好きなことが多いから、きっとこれもそうなのかな。最近割とよく見る女優さんが、これまたよく見る子役と話しながら料理をしている。母親と子ども役かな、と思いながら画面を見ていると、ぼそりと弁当が口を開いた。
「カレーだったらなにが好きなの」
「シチューが好き」
「……カレールーを貰ったから聞いてんだけど」
「んー、鳥」
「へえ」
「ぱさぱさカレーも食ってみたい」
「ふうん」
「でもまずは弁当の普段カレー食べさしてね」
「……普段そんな、カレーなんか作んないよ」
ドラマの中で作っているのがどうやらカレーらしい。俺がカレーを食べたいからテレビ見てるんだと思ったらしい弁当にそう聞かれて、つい普通に答えたものの、別にそういうわけでもないんだけど。でも弁当が作ったものならなんでもいいので、カレーはカレーで嬉しい。
冷たい手はなかなか温まらなかったので、それからしばらく握っておいた。離せともやめろとも言われなかったから、冬の間はあと何回かやってみようかと思う。


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