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おはなし



「クイズです」
「ん?」
「なに」
「伏見の誕生日は何月でしょう」
「七月!」
「……今月なの?」
「弁当正解、有馬は一回休み」
「ええー!」
がっかりしてる有馬には反省してもらうとしよう。七月なんてとっくに過ぎてるだろ、なんだってもう終わってる月の話をしなきゃならないんだ。でも、弁当が知らなかったのはちょっと意外だった。あんだけ懐いてるし、誕生日プレゼントくらい既におねだりしててもおかしくないと思ってたから。伝えるのを忘れてたんだかあえて言わなかったんだか知らないけど、もしも伏見がわざと隠してたなら、伏見のこと驚かしてやろうって思って教えちゃったの、まずかったかな。
大学入って初めての、少しずつ冬が近づいてくる季節。伏見がちょっと席を外した間に、有馬と弁当と頭を付き合わせて相談した。いつもいろんな人からおめでとう言ってもらってるけど、俺以外に初めて出来た伏見が素を出せる友達からお祝いしてもらったらきっと嬉しいだろうと思って、でもただお祝いするんじゃつまらないから、サプライズにしたいなあ、とか。完全に隠すことはできないだろうけど、耳敏い伏見に最初から最後まで全部見抜かれても悔しいので、お祝いする予定はわざと誕生日の前日から当日にかけてに被らせることにした。その辺りは元々毎年俺が先約を入れてるので、伏見も気を抜いているだろうし。
「その日俺晩飯食う約束してるから、有馬と弁当も一緒にお祝いしようかなって」
「もっと脅かしたいなあ」
「……伏見に隠し事はするだけ無駄な気もするけど」
「飯食って別れた後、日付変わる前にもっかい呼び出して豆腐ぶつけようぜ」
「有馬死にたいの?」
「祝いたい」
「弁当がやれば怒られないんじゃないの」
「やだよ」
「木綿?絹?」
「やだって」
「飯食ったら伏見うちに泊まるつもりだと思うから、連れ出せるよ」
「小野寺んちに伏見住んでんの?」
「伏見んちいつも誰もいないから家帰るの嫌なんだって」
「あー、前なんか聞いたかも」
「誕生日も?」
「うん。高校の時もうちでケーキ食べてた」
「ふうん……」
少し目を伏せた弁当が何を考えているのか分からないけど、伏見が可哀想だとかそういったことは思ってなさそうなのは、なんとなく分かった。俺も伏見のことそうは思ってほしくないし、伏見本人が家に人がいないことを誰かに話して一人ぼっちを哀れまれるのを嫌がるのも知ってるから、それで良かったんだけど。
深夜に豆腐ぶつけたら後始末が大変だから、有馬の案は一応無しということになった。前日の夜にみんなで飯食った後、さもこれでお開きという顔でばいばいして、日付変わってから俺が伏見を何とかして連れ出してどっかでもう一度二人にお祝いしてもらおう、という計画。誕生日に一番におめでとうを言えるのが嬉しいらしい有馬はきゃっきゃしてるし、弁当も特に嫌じゃなさそうだ。上手く行ったらいいな。

「弁当と有馬が割り勘で同じ額っておかしいだろ」
「伏見だって相当食ってたじゃんか」
「そんなことないし、小野寺もいっぱい食ったし」
「じゃあ損してるの弁当だけなんじゃないの」
「別に損してないよ……」
この四人でお祝いがてらちょっと高めの飯なんか食いに行ったら金がかかってしょうがないことは分かり切ってたから、全員一致で場所はファミレスになった。後の呼び出しサプライズを隠す意味も込めて、前日だし結局こんな感じだしごめんね、と申し訳なさそうに告げた弁当に伏見が嬉しそうな顔をしていたのを見てしまったから、罪悪感のような安心感のような、ちょっと複雑。一人ずつ食いたいもの頼んでたら机の上に乗り切らなくなってしまうので、自分用のメインと別に真ん中に唐揚げとかポテトとかその他諸々があったんだけど、それを弁当が食べてないから割り勘負けしてるだろっつって伏見が有馬に絡んでいる。でも伏見は弁当のことを思って言ってるんじゃなくて、ただ有馬をボコボコにしたいだけだと思う。
「じゃーなー」
「月曜日ね」
「んー」
「寒いねえ」
「……歩いて帰んの?」
「だって乗れるバスの系統ないよ」
「タクシー」
「歩きます」
「俺明日誕生日」
「歩きまーす」
「ちっ」
弁当と有馬が日付変わった後に待ってる予定なのは、うちから十分くらいの公園だ。まだそれまで結構あるから、一旦帰るつもり。あの二人は帰らないで俺らと別れた後また元のファミレスで時間潰すっつってた、有馬の課題が終わってないから。寒いとか歩きたくないとかぶつくさ言いつつ、二人と飯を食えたのは嬉しかったらしくて、従順っちゃ従順についてくる。大々的にお祝いするからね、とも言ってないけど、やっぱり他の有象無象に言葉やら物やらで祝われるよりも、有馬のこと蹴っ飛ばしながら弁当と話しつつファミレスのやっすいオムライス突っついてる方が楽しいんだな。上機嫌な伏見の文句を受け止めながら、冷え込む夜の道を家へと急いだ。

さて、そろそろ伏見を連れ出したい時間になってきたんだけど、一頻り色々終わって風呂上がりでほかほかしながら寝転がってる様子を見ると、もう動きそうにない。まあさっきあれだけ上機嫌だったし、上手く言えば一緒に来てくれるかな。仰向けて携帯弄ってる伏見に声をかければ、こっちに目も向けてくれないけど気は引けたようで、なに、と素っ気ない言葉。
「コンビニ行こ」
「なんで」
「買い物しに」
「やだよ。外寒い」
「行こって、なんか買ってやるから」
「歩けない」
「嘘だ、絶対もう歩ける」
「無理。今日の営業は終了しました」
「服貸してやったろ」
「なに急に、恩着せがましい。つーか貸さない選択肢ってあんの?」
「……いいから来んの!」
「なに?きもい」
「きもくない!はい!立つ!」
「あいたたた」
「えっマジで、ごめん」
「何でコンビニ行くのか教えてくれたら痛くなくなる」
「さあ!靴を履こう!」
「なにお前……」
だるそうにふらふらしながらも、トレーナーにスウェットの伏見を部屋から出すことには成功した。上手く言えばとか言って全然うまく出来なかったけど、一緒に来てくれるなら結果オーライだ。伏見が訴える通り確かにまあ寒いだろうから、まだ冬物ちゃんと出してない中からでもせめてと思ってダウンベストを渡せば、特に礼も言わずもそもそと着込む。当たり前ですよね、ありがとうを期待した方が間違ってますよね、すいませんでした。ポケットに携帯と小銭だけ放り込んだ伏見が、お前財布持ってくんでしょ、じゃあこれでいいね、と身を縮ませながら玄関を開ける。よし、これであとは上手く誘導するだけだ。
「さっき食べたさあ、ポテトにかけるやつみたいなやつ」
「ケチャップ?」
「違う」
「他になんかあったの」
「油?」
「そんなん俺見てないんですけど」
「なんかよくわかんない。だからあれなんだったのかなって」
「えー……その時聞いてよ……」
「その時ったって、その時に何これって言ったとしてさあ」
「うん」
「弁当が知ってて教えてくれるならいいじゃん?なんならお前でもいいや」
「んー」
「でもあのバカジャージに教えられたら俺死にたくなるじゃん」
「はあー」
「まあ多分知らないと思うけど」
「こっち行こ」
「聞いてんの?」
「ジャージがなに?バカ?」
「そう」
「チャック壊れてんじゃねえの」
「そんな話してないし、お前やっぱり聞いてないじゃん」
「じゃあジャージになにがあったの」
「ジャージにはなにもないよ」
「もう俺ここの公園に来たくて来たくてたまらなかったから……」
「なに?青姦寒いからやだよ」
「やめてよ!」
弁当か有馬に聞かれたらどうするつもりだ、この脳みそゆるゆるビッチ。気怠そうに欠伸しながら俺の一歩前を歩く伏見が、そんなに広くもない公園の半ばまで差し掛かった時だった。暗がりのベンチにぼけっと座っていた人影に目を留めた伏見が、俺の服をぐっと掴んでそっちへ引っ張る。気づかれたことに気づいた相手の、まだ早いぞ的な微妙そうな顔と目が合った。
「あっ」
「あれ?」
「うん」
「なにしてんの」
「伏見を祝おうと……お誕生日……」
「えっ、なに、それで、俺こんな格好のまま連れ出したの、お前」
「そう」
「はあ、そ、っか、うはあ、うん」
「……お誕生日、おめでとう」
「んん、んふふ、あり、がとっ」
隠しきれないらしいにやにやで顔を崩しながら、寒い場所で待ってたからか鼻ぐすぐす鳴らしながら弁当が差し出したちっちゃい包みを受け取った伏見が、俺のことをばっしばし叩いた。嬉しいんだな、分かったよ、相当嬉しくてたまらないんだろ、一番に弁当におめでとう言ってもらえて良かったじゃないか、俺もうそろそろ背中折れちゃうから叩くのやめて欲しいな。
若干ばつの悪そうな顔をしている弁当に、有馬はどこ行ったの、と聞けば少し迷った挙句にぼそぼそと答えが返ってきた。弁当からおめでとうを言ってもらってテンションが上がってる伏見の耳には、有馬がどうこうなんて一切入らないらしく、全くの無視だったけれど。
「……自販にあったかい飲み物買いに行った。ほんの今さっき」
「タイミング悪かったな、ごめん」
「ううん、待ってらんなかったこっちも悪いし」
「でも二人とも行っちゃってなくてまだ良かったや」
「有馬がじゃんけん負けて、あっちの奢りだしパシリだし」
「そっか……じゃあここに戻って来るの?」
「うん。そんな遠くまで行ってないはずだから、もうすぐ」
「べーんとっ」
「ん、ぐっ」
ここ半年でトップレベルに全開でご機嫌な伏見が、貰ったプレゼントを一頻り眺めるのにも満足したらしく、弁当に飛びついた。絵面的にはぴょんって感じのはずなのに、実際聞こえた音はごすって重い音だったし弁当はよろめいてたけど。俺の服の裾を引っ張ったままなことは忘れているのか、びよんびよんしている。そろそろ伸びちゃうから離してほしいとも言えずに、にっこにこの伏見が弁当に構って構ってってしてる旋毛をぼんやり眺めた。
「ふふー、この後弁当どうすんの、帰んの?」
「え、うん……」
「だめ」
「えっ」
「だめです」
「……もうどこもお店とか開いてないよ、伏見」
「それにお前ほぼパジャマじゃん」
「やだ、小野寺んち帰ろ」
「それは迷惑かけちゃうから。明日休みだし、自転車あっちに停めてあるし」
「迷惑じゃないよな!」
「あ、うん、そんな迷惑ではないけど……」
「だってそれに、有馬もいるし」
「は?どこに」
「今飲み物買いに行ってる」
「有馬と弁当で伏見のことびっくりさせようとしてたんだよ」
「ふーん」
至極どうでも良さそうに伏見がそっぽを向いた。そろそろ有馬も帰ってくるだろうから、そしたらあっちがびっくりするかもな、なんてぼんやり思った俺が言えば、少し考えた伏見に背中を押される。どうしたの、帰りたいの、と聞けばそうではないらしく、弁当は黙ってそこで待っててよ、と俺を暗がりに押し込んで自分も隠れた伏見が言う。こいつ、逆にびっくりさせようとしてるのか。それを察したらしい弁当も当たり前のように最初と同じくベンチに座り直して、静寂。乗った俺が言うのもなんだけど、こいつら悪いやつだなあ。
にやにやしながら隠れてる伏見の上から顔を出していると、足音が近づいてきた。まだあいつら来てないの、遅くね、なんて眠そうな欠伸混じりの声に弁当が曖昧な返事をする。俺達が隠れてる木の後ろの暗がりの目の前にあるベンチに弁当は座っているから、その隣に当然のように有馬も腰掛けた。はいこれあったかいやつ、なんて缶を弁当に手渡した有馬を見て、俺の方を一瞬見上げた伏見がにたあって悪い笑顔を浮かべて、一秒後。
「ぅわっ」
「ぎゃう!?ぅえっ、え、えっ、だっ、ど、っえ」
「あっははははは!はっ、ふふ、んぐ、ふっ」
「なんっ、え!?なに、なんで」
「……ぎゃうって……」
「はは、びっくりしすぎ」
「す、すっげ、たか、高い声、っふ、ふふ、ん」
「なに!もう!やだ!」
真後ろから飛び付いた伏見に、聞いたことないくらい高い声を上げた有馬が飛び退いた。呆れ気味の弁当と大笑いしてる伏見と俺に、有馬がどすどす足踏みして怒ってる。まあまあ、なんて弁当に宥められて多少ら落ち着いたらしい有馬が、さっき買ったらしい缶を開けて一気に呷った。あからさまに拗ねてる。悪かったよ、あんな声出すほどびっくりするとは思わなかったんだ。
「有馬はるか君史上最も高い声出ましたけどお」
「ごめんって」
「もっ、もっかい、もう一回出してみ、さっきの、ふふっ」
「うるせえよ馬鹿!お前のこと祝いに待ってたのに!」
「有馬が自販行ってる間に二人とも来たから」
「だからって隠れる必要なくない!?もう!」
まだ拗ねてる有馬に、祝うつもりだったんだろ、なんか言うことないわけ、と伏見が絡んでいる。もういい加減深夜帯だから、あんまり騒ぐと通報されるんじゃねえの、とか嫌な予感。さっき買ってきてもらった温かい缶を傾けている弁当に、ちなみになにあげたの、と聞いてみた。
「え?」
「え」
「……秘密」
「なに!?やだ!教えてよ!」
「伏見に聞きなよ」
「伏見が教えてくれるわけないから聞いてるんでしょ!」
「別にそんな大したものじゃないし」
「なんで隠すの!?ねえ!」
結局教えてもらえなかった。すっげ気になる。


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