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大奥



航介は、映画やドラマを割と見る。小説を読むのも好きだけど漫画はあまり読まない、活字が好きなだけかもしれない。ただ、好みが万人受けする感動物や幸せな恋愛物語から外れているから、感想や評判を人と共有出来たことはあまりなかったようで。初めて自分の好きなものの話を出来たんだと喜んでいたことはまだ記憶に新しく、あれから航介は割と頻繁に伏見くんと連絡を取り合っている。なんでも、お勧めの本や映画の話をするんだとか。そのお零れが俺にも飛んできたりはするものの、俺はあまりそういったことに興味がないので、折角教えてもらっても面白いかどうかがよく分からず仕舞いだったりして、もったいないような気もして。
航介ならさっきお菓子持って部屋に篭っちゃったわよ、とみわこに教えてもらって何度も訪れた部屋の扉を開ければ、航介は画面に向かっていて背中しか見えなかった。後ろから手を伸ばして航介が抱えていたポテチを摘めば、もういらないからやる、と押し付けられる。うえ、なんだこれ、普通の味じゃない。バター?なんとか?みたいなこと書いてある、妙に甘くてポテトチップスらしくない。期間限定系のやつだろ、一瞬今日は航介が優しいなあとか思っちゃったじゃんか。
「何見てんの」
「……伏見おすすめのやつ」
「悲恋だ」
「決めつけんな」
嘘つけ、花丸大正解に決まってる。艶やかな着物姿の女優が淡々と台詞を口にしているシーンじゃ何の映画だか分からなくてパッケージを探していると、大奥って知ってるだろ、と航介が呟いた。それなら知ってる、確かドラマも映画もやったやつだ。さちえが前にドラマを見てたのを横から見たことがある。徳川なんとかの話でしょ、と画面を覗けば、シリーズが三つあるんだ、これは綱吉の話、とこっちを向きもせずに返された。
途中から見ていたものの、航介がちょくちょく解説を入れてくれたので案外分かり易かった。なんでも、これは男女逆転の大奥らしく、普通版の大奥もちゃんとあるんだとか。分かりづらいシーンだけ端的に質問したり、それに対する答えが返ってきたり、映画が終わるまでの会話といえばその程度。ほぼ無言で一気にラストまで見て、スタッフロールでようやく息を吐いた。初めてだったから難しかったけど、これは話に入り込んでしまうのも分かる。
「はあ、航介いつもこんなん見てんの?頭疲れるね」
「ちゃんとシリーズ追ってけばもっと分かりやすいんだよ」
「歴史物は知識がいるからなあ」
「お前日本史好きだろ」
「まあ、うん」
そうは言ってもぱっと思い出せるわけじゃないし、中高と習った程度の日本史じゃこんな深いところまでやらないだろうから、覚えていたとしても理解が深まるわけじゃないでしょ。そうぼやけば、それもそうかと頷かれた。航介はこの映画の前作も前々作も、恐らくはドラマ版も、関連作品をずらっと見るつもりだろう。そしたらそりゃ分かるかもしれないけどさ。
「見りゃいいじゃん」
「そんな時間ないよ」
「俺だって別に時間が余ってる訳じゃねえよ、伏見が教えてくれたし興味あったから」
「伏見くんいつになったらこっちに住むって?」
「俺今そんな話したっけ」
「はあーあ、会いたいなあ、触りたいなあ」
「きもい」
「もっと近くに存在したいの!せめて県内!今は遠すぎ!」
「すぐ会いに行ける距離にお前みたいなのがいたら伏見死んじゃうよ」
なんでだ。自分で言うのもなんだけど俺割と評価高いよ、顔も悪くはないし気立ても良いんだから。後輩とも先輩とも仲良くできるし、こないだなんか掃除のおばちゃんの手作りお弁当をもらっちゃったりもした。それはまあ、俺がおばちゃんの目の前で階段から落ちてせっかく買ってきた昼飯を床に叩きつけたのが原因なんだけど、でもおばちゃんは自分の昼飯が無くなることも顧みず俺にお弁当をくれた。それって俺のことよく思ってくれてるからでしょ。嫌いな奴にわざわざ昼飯分け与える人なんかいない、いたとしたらその飯には毒が入ってるはずだ。
そこまで話せば、それは目の前で階段から落ちた上に昼飯を台無しにした悲惨な光景を目にしたおばちゃん個人の優しさであってお前の好感度とは何ら関係ない、とばっさり切り捨てられたので、靴下を投げておいた。両足とも投げてみたけど、軽いからか何なのか両方とも見当違いな方へ吹っ飛んでしまって、あーあ、と呟く。途端航介のげんこつが飛んできて、頭を抱えた。
「いっ!」
「なんてもん投げやがる」
「綺麗だよ!洗ってるもん!」
「汚ねえよ、お前が履いてたんだ」
「やめてよその言い方、まるで俺が汚いものみたい」
「当たり前だろ」
「でも航介ほど臭くないし」
「出て行け」
「わあ!窓!ダイナミック帰宅!窓だよここ!玄関に案内して!」
危うく窓から放り出されるところだった。血も涙もないな、このクソヤンキーは。ただほんのちょっとお茶目なお巫山戯しただけなのに、場を和ませるための小粋な冗談じゃん。
あんまり美味しくないポテトチップス齧りながら、ぽやぽやと伏見くんのことを考える。弓道部だったって聞いたけど、和服似合うんだろうな。それこそさっきまで見てた大奥のあれみたいな、豪華な着物とか綺麗な髪飾りとかも、きっと映えるんだ。お人形遊びしてる気分でにやにやしてると、気色が悪いんだよ、と航介が吐き捨てた。
「なんだと」
「異常性癖」
「自分のことを卑下するもんじゃないよ」
「俺の話じゃねえよ!やめろ!」
「だってさあ、例えばさ、伏見くんが大奥にいたとしなよ」
「しねえよ。なんでいたとするんだよ」
「ここは本丸御殿、大奥」
「おい」
「赤面疱瘡の流行で男女比が狂い、将軍職すら女子から女子へと継がれるようになった時代の話である」
「語んな」
さくちゃん劇場のはじまりはじまり、なのである。

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