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キャットファイト



「……………」
「……なに?どこ見てるの」
「なんでもない……」
「なんでもない人は唇噛み締めて眉間に皺寄せたりしないよ」
宿題の範囲を写させてくれてる弁財天が、不審そうな顔で俺を見る。実のところはなんでもなくはないけど、なんでもあることにするわけにはいかないから、なんでもないってことにしなくちゃならないんだ。自分で言っててわけわかんなくなってきた。俺の視線の先にはたまちゃんがいて、たまちゃんの視線の先には都築がいて、都築は江野浦と話してる。からから笑う整った顔に、くそ、イケメンめ、と負け惜しみの目を向けた。
悪い人じゃないんだってことは知ってる、そりゃあ出来ることなら俺だって仲良くしてみたいと思ったりする。でもたまちゃんとあれだけ楽しそうに話してるところを見せつけられるともやもやした気持ちがわだかまっていくわけで、しょうがないじゃないか。まずなんていうか、頭悪そうじゃないし。良いことだよ、それはもちろん最高のやつなんだけど、俺にとって都築のいいとこを見つけて行くことは最悪に近い。都築があれでいてもっと、失礼な話だけど瀧川のような奴だったら話は違ってきたかもしれないじゃないか、とか。たまちゃんだってあんな、勇気を出して積極的に話しかけてみてはいるもののあまり得るもののない俺なんかにはなかなか見せてくれないような楽しげな笑顔を浮かべなかったんじゃないか、とか。いや、顔が都築のままだったら中身がいくら瀧川でも、イケメンだから許されるのかもしれない。瀧川ごめんな、使えない奴だとか思ってしまって。
「……………」
「……航介見てんの?」
「……いや……」
「そうだよね、あんなの見たって時間の無駄だしね」
何気に弁財天も失礼だ。しれっと言い放った彼はふわふわ欠伸をして、手を動かそうとしない俺に構わず宿題をやり始めたので、是非ともそれを続けていただきたい。案外勘が鋭いので、目線を追われて気づかれでもしようもんなら恥ずかしいじゃないか。都築に太刀打ちしようなんて五億年早いんだよこのぼけなすが!って女の子から殺されてしまう。
見た目が頭悪そうじゃないのは勿論のこと、レベルがそんなに低いわけでもないこの高校にいるってことは実際問題勉強も出来る方だ。さっきから何度も引き合いに出して悪いけど、あの馬鹿の瀧川でさえ他の高校生と比べたらそれなりに出来る部類に入る。都築だって例外ではない。あとスポーツも苦手じゃないみたいだし、ていうかむしろどうせ、苦手でもそこがいいみたいな評価されちゃうんでしょ、出来なかったって照れ笑いしてるところに女の子はときめいちゃうんでしょ、くそが。廊下から呼ばれたらしく、江野浦と話しながら教室を出て行く背中をみているたまちゃんが羽柴さんにきゃっきゃって何やら言っている。かわいい、まさに恋する女の子って感じだ。悔しいやら嬉しいやらもどかしいやら都築をぶん殴りたいやら、いろいろ混ざった結果いつの間にか手に力がこもっていたらしくノートがくしゃくしゃになっていた。弁財天が若干引いた目でこっちを見てるのが更に申し訳ない。
「……なに……」
「なんでもないって……」
「なんでもなくはないって……なんなの、怖い」
「いや、だってさ……あの顔を剥がして俺が被ったって俺はああはなれないわけでさ……」
「ジュース」
がたんと席を立った弁財天が教室を出て行った。そんな怖いかな、一応は本心なんだけども。別に本気で剥ぎに行ったわけじゃないじゃん。剥ぎ取るのに失敗して、やっちゃったぜ!の後の言い訳にさっきの俺の言葉だと相当怖いけどさ。
眠気と戦いながらなんとか授業を乗り越えたり、購買戦争に出遅れた時には既に遅くもう腹に溜まる飯が残っていなかったり、そんなこんなしてる内に掃除の時間になった。俺は非力だから女子に混ざって割といつも箒係やってる。俺がうんうん言いながら積み重なった机を運ぶ手伝いをするよりも、端っこに避けてる間に力持ちが何人かでばばっと一斉に机を動かした方が早いんだ。別に悔しくなんかない。女の子からも俺とか弁財天とかは自然と箒渡されるし。廊下と教室の間の溝をぺっぺって適当に掃き掃除していると、都築と女の子の声がした。たまちゃんじゃない、でもわざわざ目を向けるのは負けた気がして、耳だけ全力でそっちに集中する。
「ゴミ出し?」
「んー。よいしょ、っと」
「貸してみ、あっこれ重いな。でも持てた、行ってくる」
「えっ、ちょっと待って、あたし」
「俺持てちゃったもん、今めっちゃいいバランスで渡せないし」
「ありがとー……」
そんな会話を経て、俺の目の前を通り過ぎて行く、大きいゴミ袋を持った都築。数秒悩んで、窓の外を眺めて、箒にもたれかかった。くそ、かっこいいし、なんなんだし、俺から見ても超かっこいいし、まじほんと憎たらしい程に全方位でイケメンだし。負けたとかじゃなくて勝負になってない。嫌いになりたいのに嫌えない。
「……かっこよくなりたい……」
「なにぶつぶつ言ってんの?」
「うああ」
いきなり後ろから辻に話しかけられて、慌てて姿勢を正す。今のすっごい聞かれたくなかったやつなのに、こいつはどうしてこのタイミングで背後にいるかな。さては好きな女の子でも盗撮してたんだな!ひゅーひゅー!と若干合っているようで大分間違った結論に落ち着いて盛り上がってる辻の肩越しに、またもぽややんとこっちを見ているたまちゃんがいて、目の前が真っ暗になった。
ちくしょう、こいつも嫌いだ。

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