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キャットファイト



大した努力もしてないのに伏見先輩の隣で平然と笑っている、あの男が嫌いだ。ほんのちょっと運が良かっただけのくせに、周りより少し飲み込みが早かっただけのくせに、伏見先輩のおかげのくせに。何にも考えてないような顔でへらへら笑いやがって、先輩がどれだけ練習を積み重ねてきたのかを知らないこいつが憎い。そりゃあ俺だって先輩がどれくらい練習してたかなんて知らないし見てないけど、兄ちゃんから聞いた話じゃ弓道場に住んでるレベルで居座ってたって言うんだから、相当だ。
一度は嫌いになった弓道への道を再び開いてくれた大切な先輩の隣には、見も知らぬ誰かが増えていた。伏見先輩に引っ付いて歩く、犬みたいな男。楽しそうに吠える声が、先輩に向けられる笑顔が、的前に立った時の構えが、みんなみんな気に入らなかった。当たり前のように試合立ちに加わっていることにだって愕然とした。だってそこは、練習を重ねて選ばれた人間が立つべき場所のはずじゃないか。聞けば部活を引退してからすぐにピアス穴を開けたとか、そんなことしたら弓道なんて出来やしないのに、やっぱりお前の中での『部活動』なんてそんなものだったんじゃないか。
積み重なる課題と図書館で戦っていたら、伏見先輩とその友達の眼鏡の人が来て、友達を待つ間先輩と話せることになった。俺の前の椅子に座って、これやった覚えあるなあ、と目を細めた先輩の腕に巻きつく黒い革を指差す。
「先輩、それ」
「ん、これ?いいでしょ」
「俺は好きです」
「もらったの。プレゼント」
「彼女さんですか?」
「んー」
銀のプレートがついたそれを眺める伏見先輩が曖昧に濁す。ああ、きっとあの人からの贈り物なんだろうな。そう察してしまうのも、もう何度目だろうか。嫌いだから、というのも皮肉な話だけれど伏見先輩からあの男の匂いがすると分かってしまう。マーキング、と言ってしまえばそれまで。あれにこんなセンスは到底無さそうだという偏見の元に言わせてもらえば、きっと伏見先輩が自分で選んでいるんだろう。それか、先輩が一瞬心惹かれたものを目敏く見つけたあの男が押し付けがましく買ってきてやっているか、どっちかだ。俺は後者のような気がしてる、だって伏見先輩がわざわざ相手にプレゼントを買わせるようなことするはずないし。
あっちからも俺を避けてることは知ってる。会話なんてしたくないし、仲良しの体を取り繕えと強制されても吐き気がする。有馬とか和葉とかは、いい奴だよ、そりゃちょっと頭は悪いけどさ、なんてあいつを庇うけれど、頭が悪いとかいい奴とかそんなんどうだっていい。あの男が極悪人の犯罪者だろうが下半身軽い不真面目野郎だろうが超絶お利口さんのエリートだろうが、関係ないし興味もない。そもそもそこが原因で嫌いなんじゃない。伏見先輩の隣でのうのうと何年も過ごし続けられていることが憎たらしくて仕方が無いだけなのだから。
家に帰ってから、伏見先輩の手首のこととか、俺はとにかくあいつと関わりたくもないんだということとか、でもそんな嫌われるほど悪い人じゃないよってやっぱり弁護したがる和葉にまくし立てた。途中から反論しなくなった和葉がフライ返しを片手に溜息をついて、こっちを見ずに言う。中華炒めって言ってたっけ、和葉に飯任すとがって切ってざって炒めてできるやつしか作らないんだよな。
「だからさあ、絶対ただの嫉妬だって、どう見ても」
「違う」
「小野寺先輩が羨ましいだけだろ」
「違う」
「出来ることなら立場を入れ替えたいと思わないの?」
「……………」
「もうね、俺は知ってるよ。ちぃくんは小野寺先輩のこと羨ましくてたまんないんだよ」
「そんなことない……」
「ああなりたいと思ってんだよ、頭のどっかで」
「和葉お前、馬鹿なんじゃないの」
「伏見先輩は信仰対象だけど、小野寺先輩は憧れなんでしょ。ちぃくんは難しいなあ」
「……はあ……」
呆れて物も言えない。こいつ、俺のことそんな風に見てたのか。んなわけねえじゃん、心底馬鹿なんじゃないの、頭の中までサッカーボールにでもなっちゃったわけ。まさかとは思うけど今日の晩飯って白米と中華炒めだけじゃないだろうなと和葉に聞けば、少し嫌そうな顔をした後に、買うの忘れたから今これしかないや、と凡そ中華には合わない粉末のポタージュをぺっと渡されて、投げ返した。こんなのやだよ、味がちゃがちゃになる。
ただ、伏見先輩がつけてたあのバングルはすごく好きなデザインだったし伏見先輩が使ってるものだから、同じのを探そうと思った。


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