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おはなし




小野寺は、裏表がないので誰とでも仲良くなれるんだと思う。全部を手のひらの上に乗せたがる俺とは真逆だ。男女共に好かれるし、そりゃ頭は悪いけどそのせいで嫌われるなんてことないし。羨ましいわけじゃない、俺はあんな風には絶対なれないから。でも、なんというか、こう、言いたいことはあるわけで。
告られて一応付き合うようになって、あんだけ好き好きって言われりゃ嫌な気分もするわけもなくて。元々そうだったけど、小野寺といる時間は今まで一緒に過ごしてきた誰よりトップクラスに長いなって自分でも思う。だからこそ見えてくるのは、こいつに好意を向ける人間の目だ。別にそれに嫉妬とかしてないし?勝手にすればいいでしょ?とかしらばっくれるつもりはない。超嫉妬する。悪いけど、それはもうものすげえ嫉妬する。それは、小野寺が盗られちゃう!ひどい!だめだよ!みたいな、そういう可愛い感じのやつじゃなくて、もっとドス黒いやつだ。口に出したらいけないやつ。独占欲とか言えば聞こえはいいかもしれないけど、独占するとかそれ以前にこいつこの俺にあんだけ尻尾振っといてなに余所見しようとしてるわけ、そんなの許されると本気で思ってるならぶっ殺すよ、とかそんな感じのあれだから、まあ当たり前ながら小野寺にも言えない。それに、なんで伏見急に機嫌悪くなってんだろう、くらいにしかあいつは受け止めていないはずだ。俺のこと独り占めにしたがっといていくら無意識といえどその態度はなんだてめえコラ必要以上ににこにこすんな相手の女も合わせて笑うんじゃねえこれは俺のだ、と吐き捨てられたらどんなにいいか。高校生活も三年目に入った今、そんなことを言えた試しはない。
そんな俺は自分の一番嫌いなタイプの人間と親しげに話してる小野寺を見て、一体どうしたらいいんだろうか。
「たつきー!」
「あっ、鳴見!久しぶり!」
「あはっ、相変わらずでけえー!」
ゆるい癖っ毛のふわふわした黒髪に、白い肌。半目気味の真っ黒な瞳に、興奮したように染められた頬と、忙しなく動きながらもにこにこと釣り上がる唇。俺とどっこいどっこいか俺よりほんの少し背が高い、けど男にしちゃ小さい。いや俺は小さくないけどね、こいつは小さい。でかい鞄を下げてバレーボールの話をしてるところから見るに、小野寺と同じ中学で同じ部活だった奴なんだろう。楽しそうに話す相手と小野寺を見比べて、小野寺の気持ちをほんの少しでも引き寄せられたらこっちのもんだと服の裾を引っ張りながら背中に隠れると、すぐに気づいた馬鹿犬が目線だけこっちに寄越した。なんか勝ち誇った気分。ほら、俺からしたら名前も知らねえお前と仲良しだったはずのこいつは今は俺のものなんだからな、と内心で偉ぶっていると、小野寺がぱっと前を向いてしまった。馬鹿、なに考えてんの。
俺は多分好き嫌いで分けたら世界中の八割を嫌いにぶち込むだろうけど、そんなこと自分でも分かっちゃいるけど、中でも恐らくものすごく嫌いな部類に入るのが、顔が可愛い男だ。だって俺のが可愛いじゃん、なんのつもりなの、なんで生きてんの。俺みたいなのは俺がいれば間に合ってるでしょ、勝手にパクんないで頂きたい。というか、自分に似てる匂いのする奴が嫌いなんだと思う。だから姉も嫌いだし、今目の前にいるこういう奴も嫌いだ。
「達紀は別の部活やってるんだっけ」
「うん。鳴見はずっとセッター?」
「あっはは、チビだからコートにいると埋れちゃってさ。あ、今度達紀も中学行こうよ」
「えっ、でも」
「久しぶりに練習試合!俺割と顔出してるし、達紀がいたら心強いなあ」
「そんなことないよ」
「なに言ってんだ、小野寺達紀は期待のエース様だった癖にさっ」
「……………」
「っ、ど、した?」
「え?あっごめん、友達と一緒だったんだよな、俺引き止めちゃって」
「あ、ううん」
小野寺のことを名前で呼ばれるのが、すごく嫌だった。俺の知らない小野寺を知ってることも、すごく嫌だった。小野寺に隠れてしまうくらい小さくて顔は可愛らしくてからから笑って楽しそうなこの男を、殺せるものなら殺したいと思った。こいつはいちゃいけない、二度と会わせちゃいけない、俺で男同士を知った小野寺の近くにこの男の存在を許してはいけない。そうやって、頭の中で警報が鳴り響いた。
さっきよりも強く服を引いた俺に、小野寺が戸惑った目を向ける。どうしたの、ともう一度心配そうに聞かれて、頭が痛い、と嘘をついた。顔を上げれば、小野寺の不安そうな顔と、男の申し訳なさそうな目。なんだか本当に気持ちが悪くなってきて、ごめん、と震える声で吐き捨てて踵を返した。慌てて男に別れを告げた小野寺に、鞄を引ったくられて肩を引き寄せられ、支えられながらその場を離れる。ふ、と最後に振り返った先にはまだ男が立っていて。
「っ、」
「ちょ、伏見?大丈夫?」
「……………」
「体調悪いならもっと早く、っ」
「お前、もう二度とあいつに会うなよ」
「へ?」
「何が何でも徹底的に避けろ、絶対二人になるな。分かったか」
「え、あ、うん……」
小野寺の襟首を掴んでそう告げれば、意味が分からないなりにこくこくと頷いた。意地悪や酔狂で言ってるわけじゃないとは理解したようだから、この言いつけは守られるだろう。勘は間違っちゃいなかった。あの男は、この馬鹿の近くにいさせちゃいけないタイプの人間だ。中学時代を共に過ごして高校では距離を置き、そのあと感動の再会の後に云々、なんて携帯弄ってたら勝手に出てくる傍迷惑な広告にありそうな話じゃないか。
振り返った先で、紛れもなく俺を見て下衆な笑顔を浮かべ、目を細めたあの男に対して抱いた感情は、やっぱり同族嫌悪で間違いなさそうだ。


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