このサイトは1ヶ月 (30日) 以上ログインされていません。 サイト管理者の方はこちらからログインすると、この広告を消すことができます。

おはなし



「くろい!」
「……なんか文句あんのか」
「ただの感想じゃん」
航介の家に遊びに行ったら、頭が黒くなってた。みわこが持ってきてくれたお饅頭かじりながら、機会音痴の癖に難しい顔でパソコンと睨めっこしてる航介の黒い髪を見る。久しぶりに見たけど、なんか違和感。働き出してからこっち、几帳面な性格もあってか定期的に染め直される金髪しか見てなかったから。俺がいるのにパソコン閉じないってことは大事ななにかをしてるわけじゃないんだろうな、と後ろから手を伸ばす。
「なにしたいの」
「……これをこっちに貼り付けたい……」
「この写真?」
「そう」
「それはねー、こっち側でクリックして、ここの設定を変えんの」
「おー」
「お仕事?」
「そう」
「俺やった方が早くない?」
「……俺の仕事だから、いい」
「ふーん」
特にしつこくする必要性もないので、後ろから見てるだけにしておく。航介からは、髪染めたばっかりのあの独特の匂いがした。時々手を止めながらも、ぽちぽちマウスを操作してパソコンを不慣れに操る航介は恐らく、若いからとかそんな理由でこれを任されたんだろう。そりゃ若いけど、機械には滅法弱いのにな、こいつ。
「……………」
「今度はどした」
「……文字が変になった」
「どれ?」
「日本語が打てない、ほら」
「はい」
「……りがと」
ボタン一つで解決する問題だったので指先でちょいっとやってやれば、小声でお礼を言われた。絶対これ俺がもっと手伝った方が早いよ、航介もそんなこと分かってるでしょ。頑ななんだから、この頑固者めが。
黒に戻ったから改めて思うけど、航介の髪が大分伸びてる。地毛で黒かった高校生の時はもう少し短く揃えてたはずだから、違和感の原因はこれかもしれない。行き詰まる度に髪を掻き回すのは昔からの癖だ。その都度、うなじにかかる髪がぱさぱさと揺れる。黒髪に戻した理由は、金髪にした時みたいに衝動的なそれじゃないと思った。なんか仕事のそれとか冠婚葬祭その他諸々法事があるとか、そんな感じだろう。
「終わんの?」
「終わらせる」
「チラシ?」
「ポスター」
「あとどんくらいで終わんの?」
「……なに。しつこいんだけど」
「つまんねえんだもん」
「黙ってろ」
「はあい」
黙ってろと言われたので黙るけど、やっぱりつまらないものはつまらないので、後ろからパソコンの画面を覗き込みつつ航介の髪の毛を片手間に弄る。うざったい、こそばい、と文句は聞こえたけど無視だ。俺が来てる時は俺に構えって言ってんだろ、学習しない奴め。のろのろとボタンを押す航介に見えないようにそっとシフトキーを連打したら、いきなり確認画面が出てきたので異様にびっくりしていて、面白かった。
切りに行かないせいで割とほったらかしの伸び放題の後ろ髪をちみちみ編んでいると、きしきししてやりづらかった。きっともう髪の毛死んでんだよ、あんな色にするから。一応完成したわやくちゃの三つ編みは、我ながらこれはひどいと思うような出来栄えだったので、ぴしぴしと弾く。友梨音の頭はさちえがやるからなあ、俺はこういうの触ったことないんだよな。その間にも、なあ、おい、なんて声がかけられて、機械に弱い航介を助けに片手だけ貸す。学生の時にパソコンなんて授業でも散々弄っただろうに。
「……ん」
「今度はなんだ、保存しないで画面でも消したか」
「んな馬鹿なことするか。終わったんだよ」
「おお」
「いんさつぷれびゅー」
「……おお」
「なに」
「んや」
まるっきり棒読みでプレビュー画面に切り替えた航介が自信あり気だから何も突っ込まないけど、なんか、こう、いろんなとこをちょこちょこと手直ししたい。細かいとこ拘る癖にどうしてこうも微妙にずれてるんだかって言ったら多分それは、パソコンを扱い慣れてないからだ。気遣いに対して技術が追いついてない結果がこれである。まあ本人がいいならいいだろう、航介の周りの人にこれを直せるかどうかは恐らく否だろうし。ていうか細かい修正ができる技術を持ってる奴がいるなら最初からやってやれよ、苦手分野押し付けやがって。
「痛い」
「あ?」
「痛いんすけど」
「あ、ごめん」
「なに怒ってんの」
「えっ」
「そんな顔するほどこれダメ?」
「……それとは関係なく怒ってんの」
「あっそう」
平然と保存してパソコンの画面を切った航介がこっちに向き直った。変なとこ勘が冴える奴。まあ、三つ編んでた髪を無意識に引っ張ってたこっちも分かりやすくていけないけど。お返しだと思いっきりアイアンクローされて、悶えた。てめえ、自分の握力どんだけだと思ってんだ、俺の顔潰れちゃったらどうしてくれんだ。
終わったぞ、何の用だ、と真っ正面から見据えられると、特に用はない。自分でも気になるのか、ぐしゃぐしゃ三つ編みを解いた航介が顔の横に垂れてる毛先をじとっと見ている。口とんがってんぞ、そんな顔するくらいなら戻さなきゃ良かったじゃんか。そう聞けば、仕事なんだから仕方ないだろ、と返ってきた。お前が行かなきゃいけないってのも珍しいな。
「……あの人が挨拶に行くから、ついてけって母さんが言った」
「航介関係ないじゃん」
「ない」
「なのに黒くしちゃったの」
「うっせ」
成る程、不満の原因はそこにあるらしい。自分のためですらないと来たら、そりゃ口も尖らせたくなるか。数少ない航介の苦手とする人物の話は特に俺も掘り進めたくないので、ていうか俺もあんまり好ましくは思っていないので、とっとと終わりにしようと手を打った。
「じゃあ別の理由作ろう」
「は?」
「もうすぐ誕生日で無類の黒髪好きのさくちゃんのために黒く戻したとかはどう?」
「もうすぐ誕生日でもないし無類の黒髪好きでもないじゃん、お前」
「今からそうなった」
「……ふ」
「笑うなよ、こちとら真剣だぞ」
「ばっかじゃねえの」
「いいねえ、学生時代を思い出すねえ。ちょっと制服着てみなよ」
「ねえよ」
「高校生ごっこしよう」
「だからねえってば」
「でもやっぱ、航介はあの目立つ色じゃなきゃ、変だね」
少し笑ってくれた航介が、俺の言葉に動きを止めて、嬉しそうに口角を上げる。うんうん、そっちのが断然いい。本人は気づいてなかったかもしれないけど、俺がこの部屋入ってからずっと、顰めっ面だったから。
ちなみに俺は個人的に、金髪の航介が髪伸びちゃって頭の上の方が黒くなりかけてる、首傾げた時に肩にかかるようなあの感じのあれが好きだよ、と熱弁したら、引かれた。今また金髪に戻ったら、長さ的にはクリアなんだけど上の方が黒くないから惜しい。そう告げれば、切ってしまえばいつかは俺が語るそれに近づいてしまうし、かといってこれ以上切らずに放置しておくのも自分の中でうざったくて許せないし、と硬直していた。明日一日、それ考えて悩みながら過ごしたらいいよ。やなことばっかで怖い顔してるより、ずっといいでしょう。


26/74ページ