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おはなし



「炭酸水?」
「炭酸水」
「割るの?」
「割る」
「どんくらい頼むの?」
「いっこ」
「……自分でやらなくても、割ってもらってあるのがこっちに載ってるよ」
「甘いのもういらない」
「ねみー」
「早いよ……」
「起きろ馬鹿」
「小野寺遅いね」
「さっき大学出たって。ほら」
「なにこの怖い絵文字」
「早くしろ、の意」
「伏見そっくりじゃん」
「……………」
「ん」
ぴこん、とポケットから音がした有馬が携帯を出して、ナイフの絵文字を一つだけ送りつけた伏見にじっと見据えられて震えていた。なにその新しい脅し方、怖いよ。注文しかけで止まってた画面をぽちぽち指で押して、オーダー完了画面からメニュー一覧に戻る。最近の居酒屋はすごいな、店員が来なくてもテーブルから指先一つで注文できるんだから。
晩飯食べようってなって、でも小野寺がまだ大学に用があって遅れてくるからって近場に決めて、伏見が細かく注文つけてくるのを耳半分で聞きながら店決めた。唐揚げつまみながら二杯目空にした有馬が、早くも眠たくなってきたらしく目がしょぼしょぼしてる。腹に何も入れずに飲むからそうなるんだと思うよ、って何回か俺言った覚えあるんだけど、絶対覚えてないんだろうな。少し目を動かして、サラダの上に乗ってたカリカリしたパンだけ器用に箸で食べてる伏見に、それ野菜はどうするつもりなの、って聞いたら不思議そうな顔をされた。ああ、生野菜は廃棄なわけね、伏見の中では。
「シーザーサラダのシーザーってなに?」
「シーザードレッシングってあるじゃん。あれだろ?」
「シーザードレッシングってなに?」
「この白いのじゃないの」
「だからこの白いやつはなんなの?なんで白いの。意味わかんない」
なにやら文句を垂れている伏見に、有馬が困り顔を向けていた。そんなこと言ってねえで食えよ、の顔だろう。俺もそう思うけど、下手に口出ししてこの白いのなんなの論争に巻き込まれても嫌だから黙っておく。だって俺も知らないし、美味しいんだからなんでもいいじゃん。シーザードレッシングが青かったら食欲無くすけど、白いんだからまだいいでしょ。自分の小皿に入った野菜をずりずりと真ん中に追いやった伏見が、唐揚げに手を伸ばす。それを見て、唐揚げさっきレモンかけちゃったよ、と告げればぎっと睨まれた。かける前にどうするか聞いたし、嫌いとか言ってなかったからかけたのに。
「今はレモンはいらないの!」
「でももうかけちゃったよ」
「やだ、新しいの買って」
「まだたくさんあるでしょ」
「我儘言うなよな」
「我儘なんて言ってない」
「こっちの方ならあんまりかかってないから。ほら」
「いらない」
「こんなに美味しいのに」
「美味しいとか美味しくないとかいう問題じゃないの、今はレモンをかけない気分なの」
「お前めんどくせえな」
「扱いやすくて軽い奴よりはいい」
「……あー言えばこー言う……」
ぼそりと吐いた有馬の言葉には気づかなかったのか、机に頬杖付いて不貞腐れてる伏見は特に無反応だった。本人も自覚のある減らず口だし相当に頭も回るから、渋々折れてやるところならまだしも伏見が言い負かされてるとこなんて見たことない。真っ向勝負で口先争いしても勝てる気しないもん、それこそ有馬とか小野寺みたいによく考えず喋るタイプが勢いで押し切った方が勝ち目ある。
不貞腐れてる伏見を放って美味しい唐揚げを突ついていたら、さっき注文した色々が届いた。こっそり頼んだデザートになんとなくほくほくしていると、伏見がじっと見ていたので思わず隠した。だめだ、これはあげないぞ、俺が食べたくて頼んだわらび餅なんだからな。
「隠さなくてもいらないし」
「あっ弁当のなにそれ!ずりい!」
「……食べたかったら頼めばいいでしょ」
「別にいい、俺にはチャーハンがついてるから」
「寄越せ」
「あっ、駄目だよ伏見お前、そういうのは駄目だよ!」
「いらね。思ったのと違った」
「なんなんだよ!」
有馬が自慢げに見せびらかした普通のチャーハンを伏見に掻っ攫われて、一口つまみ食われた挙句に否定的な感想を引っ付けて突っ返され、地団駄を踏んだ。普通に取られるのより腹立つんだろうな、あれ。わらび餅をつつきながらぼけっと見ていると、さっき頼んだなにやらカタカナのお酒に炭酸水をぶち込んでいた伏見が、ぱっと顔を上げた。
「弁当に聞こうと思ってたんだ」
「ん」
「味覇?って美味しい?」
「……人それぞれ、好き好きなんじゃないかと思うけど。中華苦手な人とかいるし」
「んん……」
何が地雷か分からない伏見のためにわざとぼやかした言い方をしたのに、どうやらそれが不満だったらしく、がすがすストローを氷に突き刺していた。有馬は頭の上にはてなマークが五個くらい飛んでる顔して俺と伏見を見比べているので、ほっとくことにしよう。少し考えた伏見に、弁当は美味しいと思う?と質問を変えられて、まあ頷く。一缶が高いから使ったことないけど、味の素の中華料理版みたいなことでしょ。適量入れればそりゃあ普通に美味しくなるんじゃないだろうか。鶏ガラ豚骨ベース、みたいなことをどっかで見た覚えがある。ぼけっとしてた有馬が、ようやく頭に単語が辿り着いたようで口を開いた。
「うぇいぱー?」
「うん。有馬知らない?」
「うぇ?」
「そう」
「馬鹿は黙ってなよ。知能の低さが目立つよ」
「ぱ?」
「脳みそ溶けてんの?」
辛辣に言い放った伏見は間違ってないと思う。もう眠いなら寝ればいいのに。同じことを考えたらしい伏見に半ば力尽くの無理矢理に瞼を押さえつけられた有馬が、むぎーとかふぎーとかそんな動物の鳴き声みたいなのを上げて、机に突っ伏した。
「……なんでいきなりそんなこと聞くの」
「ん?あれ使うとプロみたいな飯が作れるんでしょ?」
「いや」
「だってそう聞いたもん」
「そんなことはない」
「だから買っちゃおっかなって」
「伏見」
「小野寺にいっつも味見させてるけど、やっぱ好きなもののが楽しみかなって」
「伏見さん」
「あいつ中華割と好きみたいだし」
「聞いて」
「もうすぐ家出るじゃん?飯作るのも練習しなきゃだし、レパートリー的な」
「聞け!」
「な、なに」
全く話を耳に入れなかった伏見がびくっとこっちを見た。久しぶりに大声出した。確かに、卒業したら実家出て二人でルームシェアするんだって少し前に聞いた覚えがある。そのために、あの伏見が料理その他の家事を覚えようとしてるのも知ってる。あの伏見が、だ。向上心があるのはいいことだと思うけど、そういうオプション的な調味料とかは、基本が出来てからじゃないのか。普通そうだろ、アレンジはある程度地盤がしっかりしてから加えるものだ。まともな野菜炒めも作れず、味噌汁は蒸発させて一滴も無くなり、ただのゆで卵ですら殻が割れて中身が溢れ出てくるような奴が、なにを言い出すんだ。
「買わない。復唱」
「……かわなぃ……」
「もっと大きな声で」
「買わない」
「なにを」
「しつこーい」
「もう二度と伏見には何も食べさせない」
「あっあっ、買わない!余計なことはしない!」
「下手にネットの知識を鵜呑みにしない」
「しないしない!コンロが爆発する前に弁当に助けを求める!火が出た時点で!」
「それは消防を呼びなよ……」
ていうか普通に料理してて火は出ねえよ、と突っ込みたかったけどやめた。伏見がうるさかったのか、むくっと起き上がった有馬の額にぺらんと箸の紙がついていたので取ってやる。気づけよ、そして自分で取れよ。ふわふわ欠伸しながら有馬が口を開く。
「小野寺まだなの」
「うん……」
「さっき出たっつってたのにな」
「伏見になんか来てないの」
「んー。あ、来てた」
「なんて?」
「……場所が分からんって」
「前もここで飯食ったことあるだろがよお!」
「あいつ記憶力ないから駄目だ」
馬鹿かよ!と再び有馬が突っ伏した。お前も同じようなもんだよとは言わなかった。


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