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おはなし



「これにします」
「嫌だ、こっち」
「それ俺見たことあるもん」
「俺もあるよ、二度目」
「じゃあいいじゃん。こっち見ようよ」
「痛そう、無理」
「なにしてるの?」
「弁当がまたつまんないの持ってくんだよ。なあ、お前もこれ見たいだろ」
「え……いや……うん……」
「つまんなくないし」
「俺これ見たことあるっつってんじゃん。ていうか弁当もあるんでしょ?」
「面白いから何回も見たいんだろ」
珍しく伏見と弁当が言い争いしてるので後ろから覗き込めば、二人してDVDのパッケージ片手に睨めっこしてた。弁当が持ってるのは少し前に流行ったSFっぽいアクション、伏見が持ってるのはホラーちっくなサスペンスだ。その他はともかく、映画とかの趣味はこいつらとことん合わないからな。しばらくほっとくのが得策だろう。そういえば有馬はどこに行ったんだろうと見回せば、素知らぬ顔で年齢制限の仕切りの向こう側から出てきたので、ひっぱたいておいた。みんなで見ようっつってんのにそんなとこにあるの借りるわけねえだろ、馬鹿。
数少ない一限始まりの日にも関わらず三限四限が連続で急遽休講になってしまった今日は、一限と五限、という珍しくも最悪の時間割構成になった。一限終わった後、もう帰ろうよお、とぼやく伏見が結局帰らないのは五限の授業で提出のレポートがあるからで、帰れるもんなら帰ってる、という表情を全員が浮かべていた。どうしたもんかと考えた挙句、図書館の視聴覚スペースでも借りて時間潰しするかと有馬が言い出したのをきっかけに、近所のレンタル屋さんに来たというわけだ。昼飯食いながら観れても精々映画一本、だからここで言い争ってる暇はあまりないと思うんだけど。
「じゃあじゃんけんしよ」
「いいけど」
「……ていうか最初っから揉めんなよ、いい年こいて」
「うるせえ馬鹿ピアス」
「揉めてないし」
ぼそりと吐いた俺の一言は、伏見にばっさりと暴言で切り捨てられ、弁当にあっさり口答えされた。そうだな、お前らの諍いに口出ししようとした俺も間違ってたわ。仕切りの向こうから帰って来た有馬がふらふら寄ってきて、なにこいつら、じゃんけんすんの、と指さす。そうらしいよ、譲り合いの精神はどこに消えたんだろうね。
「さーいしょっはぐー」
「じゃんけん、」
「ぽい!いえー!俺の勝ち!いえーい!いって!」
「邪魔すんな」
「入ってこないでよ」
「俺の勝ちだろ!お前らグーだったのに俺はパーでした!」
中途半端なとこから入ってきたくせに一人勝ちしてわあわあ喜んでる有馬は弁当に蹴られ伏見に殴られしているけど、本人が楽しげなのであれで良いんだろう。確かにパーを出していたのは有馬だけで後の二人はグーだったので、弁当は言い返すのを諦めたらしい。伏見はまだぶーぶー言ってるけど、有馬が伏見の手からパッケージを抜き取った途端大人しくなった。というか、不貞腐れた、と言った方が正確か。弁当からしたら、伏見と違って有馬とは割と趣味が合うはずなので、有馬が勝った時点で弁当にとって悪いことはないだろう。そう思った直後、有馬の予想外の気まぐれで弁当は真っ青になる羽目になった。
「伏見見たいのってこれ?」
「そうだよ。新作」
「へえ。俺もこれがいいわ」
「え、っ」
「は?お前ああいう、弁当が持ってんの好きじゃん」
「あれ一昨日かなたと見たばっかで」
「え、待っ、それ、それ借りんの」
「んー、どうしよっかなって。俺今ちょっとホラー的な気分」
あからさまに焦っている弁当がホラー苦手なことなんて有馬は知ってるはずなのに、忘れているのかこの程度なら平気だろうと思っているのか、あっけらかんと笑っていた。ホラー的な気分ってそんな適当なことでお前、よく見ろ、弁当本気で青くなってるじゃないか。俺の方を見て助けを求める目をした弁当を何とか出来ないかと口を挟めば、伏見がしれっと邪魔をしてきた。
「でもほら、弁当そういうのあんまり好きじゃないでしょ?今日はやめといたら?」
「んー……そっかなあ」
「別に平気じゃない?俺それの前編みたいなの見たけどそんなでもなかったし」
「……えー、じゃあ、んー?どうすっかなあ」
「早く借りてこいよ、コンビニ行くんだから」
「そうだった」
伏見に背中を押されてレジの方へ行ってしまった有馬を追うように一瞬手を伸ばした弁当が、あうあうになりながらその場でおろおろしていた。弁当がこんなんなってるの見たことない。それを見てにやつく伏見を小突けば、ほんとに全然怖くなんかないから、見た目があんなんになってるだけだからさあ、と猫撫で声で弁当の方へと近づいていた。それを青い顔で避けた弁当が、無言で同じパッケージを探して引っ張り出して、裏を見てこっちを睨む。ばしばしと叩くように突き出されたそれを受け取って見れば、弁当の怒りも分かるもいうもので。
表側は、髪の長い女の人が怯えた顔で彼氏らしい男の人に縋ってて、血みたいなのがついてる服を着てる上にあからさまな凶器を何故か二人は手にしてて、周りがおどろおどろしい感じになってるだけだから気づかなかった。裏を見てみればいかにもそれっぽい廃病院とかお札とか手の跡とか、あと煽りの文も明らかにホラー映画のそれだ。よく見なかったせいで口出ししなかった俺も俺だけど、上手く隠してこれを持ってきた伏見が一番悪い子だ。てっきり伏見は自分の好きなドロドロ系サスペンスを選ぶだろうし、この二人のどちらかもしくは両方が死ぬあれだと思ったのに。
「う、嘘つきっ」
「全然怖くなんかないよって書いてあるべ」
「むしろこれ十五禁とかなんじゃないの」
「嫌だ、見ない、絶対嫌だ」
「大丈夫大丈夫」
「ホラー風味じゃなくてサスペンス風味のホラーだ!みんな死ぬやつ!これ!」
「そんなことなーい」
そんなことないわけない。弁当がぽかぽかと伏見を叩いているけれど、当たり前のように全く効いていないようだった。プリン買ってあげるからさ、と安い買収で丸め込まれた弁当が伏見に引きずられるように出口の方へと歩いていく。借りてきたDVD片手に、どうかしたの、と不思議そうに首を傾げている有馬はちょっとむかついたので蹴っ飛ばしておいた。お前の空気読まない気紛れのせいで弁当が可哀想なことになってんだぞ、俺だってそんなに怖いの好きじゃないし。
「平気だろー、どうせちょっとびっくりする程度なんだから」
「俺は今日は弁当の味方をするからな。有馬は敵だ」
「ええ?」
ホラー平気なやつの言う、大丈夫、平気、怖くないよ、程信用できないものはないって俺は知ってる。兄ちゃんに子どもの頃散々見せられたんだ、あの人怪談話とか本怖系とか好きだから。どっちかというと苦手、くらいの俺よりも、はっきり苦手だと分かっている弁当の方が辛いだろう。もう俺と弁当はどっかファミレスとかで飯食ってくるから、二人でホラー見たらいいじゃん。こんなこと言ったところで、あのちっちゃい悪魔が許してくれるわけないんだけど。
コンビニ寄って昼飯調達してから、空いてた視聴覚スペース借りてDVDを入れる。個室もどきになってて周りから見え辛いとは言え一応図書館だし、飲食禁止なことに変わりはないので、みんな今日の昼飯はパンとかおにぎりとかだ。しかし入ってみて分かったことだけど、四人すし詰めだとだいぶ狭い。有馬、弁当、伏見、俺と奥から詰めて座ると、伏見に半ば強引に場所を交代させられた。ちくしょう、出口を塞がれてしまった。
「楽しみだねー」
「弁当パン三つも食うの?」
「……………」
「そんなに腹減っ、え?これもお前の?おにぎり二つとパン三つ食うの?」
無言でぱりぱりおにぎり開けてる弁当は、この二時間ちょっとで食えるだけ食うつもりのようだった。自棄食いもあるかもしれないけど、食べることに集中して映画を見ない算段だろう。頭いいな、俺もそうしたら良かったや。
再生ボタンを有馬が押して、基本的に暗い画面で映画が始まった。幸か不幸か、伏見の言ってた前編っていうのは見ていなくても理解できそうだ。この映画の前日譚を一作目ということに後付けして、人気だったから後日談としてパート2を作りました、という感じなんだろう。それでまあ、なんやかんやあった挙句一つ前の映画でお亡くなりになって悪霊の仲間入りをした女の人に恨まれている男とその彼女が、どうやらパッケージにいた二人のようだ。実質、今回の被害者であり主人公というわけ。
「うわ、痛」
「ぐろ」
「この人さあ、今やってる弁護士と検事のドラマも出てるけど、死んでた」
「有馬あんなの見ても理解できないでしょ」
「妹が見てるんだよ、だから話の内容は知らねえ」
「よく死ぬんだね」
「時代劇で言う斬られ役?」
「……弁当よくこのシーン見ながら飯食えるな、ぐろいぞ」
「……ん」
「あっ、見てない」
「ほんとだ、見てない」
相手は生きた人間だと信じて疑わない主人公と彼女はずっと武器を所持しているから嫌な予感はしていたけど、霊的なあれが悪戯みたいなそれをして色々あった結果、彼氏が彼女のことを殴り殺してしまった。彼女の死体を呆然と見つめる男の後ろに女の霊がぼんやりと立っていた時には流石にぞくりとして、目を逸らし気味にしてみる。いっそのこと洋画だったら、化け物みたいなのとか気持ち悪いのがどーんって出てきてばーんって人殺して悲鳴が上がって阿鼻叫喚、って感じだから割と平気なのに。邦画はじわじわ怖いしどうしても身近な気がして、嫌だ。
じゃあ俺以外はどうなのかっていうと、有馬は今見てるみたいな幽霊とかそういうの平気な癖に、人間関係がごちゃついてて頭イっちゃってる人が出てくるようなサイコホラーとかサスペンスは苦手だってのは知ってる。伏見が映画やドラマ、小説漫画アニメで怖がってるとこは見たことない。弁当は洋画も邦画もホラー系は根こそぎだめなはずだ。だってもう今の時点ですでに見てないし、こいつの現在の視界は恐らくパン一色のはずだ。
「弁当そんなに食って腹いっぱいになんねえの」
「……え?なに?」
「すげえ、耳塞いでないのにシャットダウンできるんだ」
「そんなに怖くないってばあ」
パッケージ裏の廃病院に閉じ込められた男と巻き込まれた可哀想な友達が、いい加減人間相手ではないことに気づいて怯え始めた頃に、何で女の悪霊がここまで男を恨んでいるのかが、回想で明かされる。まあ順当に愛憎劇が絡んだあれこれで、途中に恐らく前作のお化けがちらっと映ったりとかして。
「なんでこの人ちょっと濡れてんの」
「……死んだ時に濡れてたんじゃないの」
「えー、俺だったらそんな時にだけは絶対死にたくねえわ」
「服とかじっとりしてるの、多分誰でも嫌だよ」
「生乾きだと臭いしな」
「え、幽霊って匂いあるの」
「あったらもっと顔顰めるだろ、殺される側だって不快だし」
「俺せめて乾いてる状態で死にたい」
「乾き死ぬの?」
「ちげえよ!」
「一番気に入ってる服着てる時に外傷も無く安らかな顔で眠っているように死にたい」
「いや、伏見は死ななそう」
「は?俺のことなんだと思ってんだ」
「襲ってきた悪霊が、悪い霊なのにお前の悪さに負けて消える感じ」
「俺ラスボスなの?」
「伏見の舌打ちとかでしゅって消えたりするのかな、悪霊が」
「ははははは!あっはははは!」
弁当は黙ってほぼ消音で延々飯食ってるけど、それを挟んだ先にいる有馬がちょくちょく口を開いてくれるから、映画の世界観に引きずられなくて助かる。伏見は自分が本当に見たい映画の時はくしゃみとかしゃっくりとかはもちろん、呼吸の音に対してさえうるせえ死ねって舌打ちするけど、今回はそんなでもないらしく喋ってても文句言わないしむしろ口挟んでくる。ていうか有馬大爆笑してるけど、今は伏見と一番離れてるから安全なだけであって、後で絶対なんかされると思うんだけどな。
「前作はもっと軽快に人殺してく感じだったんだけど」
「そっちのが怖えよ」
「最近のミステリーとか初っ端九人くらい死んだりすんじゃん。死にすぎ」
「もっと抵抗すりゃいいのにな」
あっけらかんと映画の根底を覆すようなことを抜かす有馬に、なに言ってんだよ、なんて笑えるくらいには余裕があって良かった。食い切ったら即次の袋開けてもぐもぐ頬張ってる弁当を見ながら、ちょうど映画が終わる頃に全部食べ終われるよう計算してきちんとペース配分されてるなんて、とちょっと感動した。ごめんな、わんこそば食ってるんじゃねえんだから、って頭の中で突っ込みそうになって。
映画も終盤、びくっとするような描写とか呪いみたいなどろどろして気持ち悪い表現の畳み掛けにやっぱり少し視線を逸らしていたから気がつかなかった。有馬も伏見もラストだからか黙っていたせいで余計に静まり返った狭い部屋で、その音は大きく響いて。
「ぅあ、わっ」
「ん、えっ!?弁当!?」
「なに、どうしたの!」
「ご、ごめ、そ、そんな、なる、おもわ、なくっ、ふふ」
がたん、と大きな音と共に飛び上がりそうに体を強張らせた弁当が珍しく声を上げて、ふと横を見れば既に椅子から落っこちて床にへたり込んだ後だった。ぶるぶる震えながら笑うのを我慢してる伏見を見れば、犯人は一目瞭然だ。有馬がとりあえず一時停止を押して、ぽかんと放心してる弁当を椅子の上に引っ張り上げる。なにが起きたか分かってないのかぼんやりしたままの弁当に何をしたのか伏見を問い詰めれば、ほんとにそんなつもりじゃなかったんだけど、と半笑いで言い訳し始めた。
「あの、弁当そもそも見てないみたいだったから、ちょっとびっくりさせよっかなって」
「だからなにしたの」
「背中んとこをこう、服の中に手入れてぎゅうって」
「お前……」
「……それは酷いよ、しちゃいけないことだったよ」
「そんなんホラー見てる時されたら俺も椅子から落ちるわ、なんてことしやがる」
「ええ?痛いことはしてないじゃん」
そういう問題じゃないってことは恐らく分かっていないんだろう。羽織ってたカーディガンの中にわざわざ手を突っ込んだ辺りに悪意しか感じない。逆に勢い良く叩いたとかなら痛みと音で何をされたか分かるだろうけど、ゆっくり手を這わされたらそりゃ驚きのあまり椅子から落ちるし、今の生温いのは何だったんだと脳が固まってもおかしくない。
「大丈夫か、おーい、弁当、べーんとーう」
「……大丈夫」
「お、返事した」
「大丈夫」
「オウムみたいになっちゃった」
「……ていうか、なんか、顔青くね」
「ほんとだ。手もめっちゃ冷たいけど」
「おい伏見、どうすんだよ」
「え、えー……だからこんなんなると思ってなかったんだって……」
「弁当お茶とか飲むか」
「……膝が痛い」
「結構な勢いで落ちたもん」
「なに他人事みたいな顔してるの、謝りなさい」
「ごめんなさい」
当の弁当は何が起こったのか本気で分かっていなかったようで、ばつが悪そうな顔をした伏見の説明を後から聞いてようやく自分がなにをされたのか理解していた。話が終わった後、あの伏見が尻尾を垂れていたので、弁当がきちんと痛い釘をぐっさり刺してくれたんだろう。ちなみに、お詫びとして伏見は弁当にスタバのちょっといいコーヒーかなんかを奢ったらしいし、弁当の足には青痣が出来ていた。もうホラーは見ない方が全員の為だ。


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