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おはなし



「みき、みき」
「うるせ」
「みき、お金貸して、五百円でいいから」
「俺今宿題やってる」
「財布開いて金出すだけだろ!五秒で終わるじゃん!」
「なおに金貸してちゃんと戻ってきたことないからやだ」
「けーちー!」
机に向かってる人の体にべたべたへばり付いてきては騒ぎ立てた双子の弟が、ほんとにだめ?ちょっともだめ?なんてしつこく机と俺の間に体を滑り込ませて聞くから、教科書が見えない。しかも当たり前のように膝に座られてるし、重いし。シャーペンを置いて、鏡みたいにそっくりな顔を両手でそっと包めば、ぱっと輝いた。うん、困った顔よりこっちの方が全然いい。
「だあめ」
「ばか!」
垂れ目を精一杯釣り上げて怒っているらしい直が、俺の膝から下りて部屋を出て行った。リビングの方から、おかーさんお小遣い前借りさして、と頼む声がする。あ、断られた、しかも怒られてる。しゅんとしてる直が脳裏に浮かんで、ちょっと面白かった。
俺と直は双子だ。直がお兄ちゃんで、幹が弟。一卵性双生児、生まれた時から鏡見なくても同じ顔が隣にいた。ちなみに母さんの姉の子ども、従兄の千景くんも俺達と似てる顔の系統だ。母方の垂れ目遺伝子はどうやら相当に強いらしい。重めの瞼と垂れ目はお揃い、鼻も口も耳の形も、みんなそっくりおんなじ。でも直は、楽しいことがあってもなくてもうにうに口角が上がってる。俺はそうじゃない、直みたいに四六時中楽しそうにはできない。だから、顔面の作りは全く同じくせしていつも楽しそうな直の表情とか仕草は、身内ながらほんとに大好きだし見てたいし、羨ましいとすら思う。
だけど、直の中身はあんまり好きじゃない。直はやることやらないし、すぐへらへらするし、計画性はないし、他人に助けてもらうのが当たり前みたいな顔してるし、全てにおいて結論出さずにふわふわしながら生きてる感じがする。女の子から見ても、そんな直はお手軽なんだろう。ぽこぽこ告白されてはみんなと付き合おうとして、まだ返事してないしさあ、とかって笑いながらなあなあで済ませてるところとか、すごく不誠実で駄目な奴だと思う。そんな直が嫌で、俺は直と一緒に行く予定だった高校からレベルをだいぶ上げて受験をした。そのせいで毎日勉強は大変だけど、そんなに苦ではない。ただ、ぽいぽい脱ぎ散らかされた制服を見ると、直の灰色っぽいネクタイとかベージュのジャケットとか、俺も着てみたかったかもな、いや別に、羨ましくなんかないけど、とかってちょっともやもやする。
宿題も大分片付いたしお腹も空いたので、リビングへ。今日の夜ご飯は餃子だってお母さんが言ってた。昨日は俺が好きな魚の煮付けだったから、今日は直が好きなやつ。俺が餃子食べる時は、なんかわかんないけど皮がべろんって取れちゃうから、それを直に笑われるのが嫌で、餃子はあんまり好きじゃない。味は好きなんだけどな。
「いっただっきまあす」
「いただきます」
「おしょーゆ取って」
「ん。麦茶」
「うん。あっ、俺トマトやだって言ってるじゃんかあ、おかーさん!」
ミニトマトを食べない直のために最初から一人ずつに取り分けられてるサラダを見て、直がきゃんきゃん文句を言い出した。いいから食べなさい、って跳ね除けられて口を尖らせている。でもよく見たらこのサラダ、生の玉ねぎが入ってるじゃないか。俺も生玉ねぎは嫌いだ、トマトと交換で直に食べてもらおっと。ミニトマトを指でつまんで睨めっこしてる直に、ぱかりと口を開けて見せれば、きょろきょろとお母さんの目がないことを確認して差し出された。少し遠かったので、べえ、と舌で行儀悪く引き寄せて歯で挟む。
「ん」
「あー、指に汁ついたあ」
「うるへ」
「ちぇっ」
ぽい、とヘタを捨てて指を舐める直に、掻き集めた一口分の生玉ねぎを箸で差し出せば、察したのか目を伏せてばくりと口の中へ。ていうかちゃんとお母さん考えてくれてるじゃんか、直のサラダにはミニトマト一つしか入ってないし、俺の方にも玉ねぎは一口分しか乗せられてない。これならちゃんと食べれば良かったかもな。さっき渡した醤油を皿の上に出して、嬉しそうに餃子を貪り出した直を目の端に映しながら、自分のお茶碗を持ち上げた。
ごちそうさましたら自分のお皿は自分で下げること。餃子食べるの下手くそな俺がぽろぽろ中身を皿の上に落っことしてる間に、直は満足したようでごちそうさまして皿を持って行った。ついでとばかりに、空っぽになった俺のお椀を重ねて持って行ってくれたので、もごもごとお礼を言う。多分聞こえてないけど。ジュース持って戻ってきた直が、下手くそめ、と笑いながら俺の口元に付いてた挽肉の欠片を攫って自分の口の中に入れてしまったので、なんとも言えない気持ちになる。違う、餃子じゃなければ上手に食べれる。ソファーに座ってテレビをつけた直に、声をかけた。
「なお」
「んー?」
「なんでお金借りたいの」
「明日友達に五百円返さなきゃいけなくてさあ、でも俺お金ないし」
「……………」
「みきー?」
「……ごちそうさまでした」
「えっ貸してくれんじゃないの?理由教えたら貸すとかそういうんじゃなくて?」
借りた金で返そうとしてたのか、この馬鹿。ソファーの背もたれに仰け反ってこっちを見てくる直と目が合う前に、皿をがちゃがちゃ重ねて台所へ持ってった。乱暴にしないでよ、ってお母さんには言われてしまったけど、乱暴にしたい気分だったんだから許して欲しい。
携帯をポケットから取り出して自分もソファーに向かうと、直がど真ん中を陣取っていた。端っこに狭く座るよりはふわふわのラグに座った方がマシかと、だらんと座ってる直の足の間に座りこんで頭を腿に預ければ、そっち痛いからこっちにしてよ、と反対側の足に移動させられた。胡座をかいて携帯をいじくりながらテレビを見ていると、後ろから画面が見えたのかずりずりと寄ってくる。誰とラインしてるの、と顎の下に直の手が回って掬い上げられると、頭の後ろにズボンのファスナーが当たって痛い。ちょっと近すぎじゃねえのか。
「クラスの子」
「女の子だ」
「どっちでもいいだろ」
「男だったら友達って言うもん、女の子だ」
「……テレビ見てろよ」
「ふふ、みきが女の子とラインしてるとか、うける」
「明日の委員会のことだから」
くすくす笑ってる直に目元を緩く擦られて、うざったかったから指を絡めて繋げば大人しくなった。みき見て赤ちゃんライオンかわいいよ、と楽しそうな直は俺が動物苦手なことを知ってるはずだ。動物の赤ちゃん大集合みたいなのが見るに耐えなくて、リモコンに手を伸ばしてチャンネルをぱっと変えれば、グルメ番組になった。こっちのがいいや、とリモコンを手放すと直の両足ががつっと閉まって、頭を挟まれる。痛い苦しい馬鹿、加減を覚えろ。
「なにすんの!俺見てる!」
「ぶはっ、俺はあれ見たくないの!動物が嫌いなの!」
「そんなこと知ってるもん!でも俺はさっきのが良かったの!」
「我儘!録画すりゃいいじゃん!」
「はあー!?みきが自分の部屋行けばいいでしょ!?」
「昨日もらったみかん食うまで部屋には戻らないから!」
「早よ食え!みきの頭でっかち!」
「いって、なにすんだこのやろっ」
どたどたと、ソファーの上に乗ったりラグに落ちたりしながら取っ組み合って喧嘩していると、がちゃーんって音を立てて、さっき直が持ってたジュースがミニテーブルの上で倒れた。ぱたぱたと白いラグに零れるそれを見て二人で固まっていると、ゆらりと後ろに誰かが立った気配。なにしてるの、と低く響いたお母さんの声に、ばっと二人してお互いを抱き寄せあって、喧嘩なんてしてません仲良しです、の体を取り繕う。ここでまだ揉めてたらきっともっと怒られる、しかも理由がしょうもなさすぎる。ちっちゃい頃からそうなんだ、喧嘩してる時にお母さんが来てそれでもまだ喧嘩してると、俺達よりもはるかにお母さんが怒る。だからいくら揉めててもぎゅってして仲良しのふりをするのが怒られないコツなのは暗黙の了解で、もちろんそれを分かってる直もぐりぐりと額を押し付けてマーキングしてくる。みき、みき、って名前を呼ばれて、まだ仁王立ちでこっちを見下ろしてるお母さんに見えるように、直の腰に足を絡めてにこにこすれば、自分たちで綺麗にしなさい、と低音で吐き捨てて台所へと戻っていった。怖え、なにで揉めてたのか忘れるくらい怖え。
「りんごジュースでよかったね……」
「オレンジだったらほんとに最悪だったな……」
「量も少なかったし」
「うん」
ぼそぼそ喋りながら体を離して片付けをする。長年使ってるから新品ぴかぴか綺麗そのものとは言い難いそれの汚れをごしごししていると、直が笑ってないとこを久しぶりに見た。怒られかけてそれでもへらへらしてたら怖いけど。笑ってる方がいいのにな、でも真面目な顔も悪くないな、とぼんやり思いながら見ていると、目線に気づいたのか顔を上げた直が目を細めた。
「さっきのみき、かわいかったよ」
「は?」
「もっといっつもにこにこしたらいいんだよ」
「……お前じゃないんだから」



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