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おはなし



世の中には色んな人がいる。一般的に大多数を占めてるんだろうって誰が見ても頷くようなノーマルから弾き出されたそれ以外の中の、更に少数派しか見てない俺でも、それがよく分かる。男が好きで男を抱きたい、そのために金を出して俺みたいなのを買う。後半はもうギリギリ犯罪すれっすれのラインだと思うけど、それを実際にやってのける少数派の中にも色んな人がいるわけで。例えば、幼気な男子高校生に痴漢行為を働くおじさん、とか。それにまんまとハマってちゃっかり売りやってる俺も相当駄目だけど、そんなことしてるからこそ、特殊性癖持ちのアブノーマルが確かにこの世の中には存在していることを知ってる。それはまあ、おじさんのおかげっちゃおかげ、かも。
変わり者達は、みんなから隠れてる。あんなの大っぴらにしてたらノーマルの中じゃ爪弾きにされてしまうから、黙ってる。生きるために必要な知恵だ、人間として当たり前の。客の中には妻子持ちもいるし、独身もいる。年だってばらばらだ。根っから男しか抱けないんだって言う人もいたし、女も全然行けるんだけど今日は男の気分なんだとか言ってる人もいた。世間様に紛れ込んで上手く生きる中で、発散出来ない欲の塊をぶつける先に俺を選ぶのって、別に悪いことじゃないと思う。だって、俺は俺で棒を求めてる。機械仕掛の冷たい奴が恋しくなる時もあるけど、できるならば人肌のあったかいやつ。棒に体がくっついてて俺のことべたべたに甘やかしてくれたら、尚良し。棒に体がくっついてて人肌、ってとこまでは大体みんなクリアなんだけど、甘やかしてくれる人ばっかでもない。別に、ちょっとくらい酷くされるのも好きだからいいけどね。こっちからも棒を探してるんだから穴を探してるあっちからだけお金もらうのっておかしくない?っておじさんに聞いたことあるけど、利害の一致では済まされない価値の相違があるんだとか。まあ確かに金銭のやり取りを発生させずに好き放題抱かれてたらなんかちょっと猿みたいだし、人間ではありたいし。他の変わり者達と同じだ、俺だって人の中に紛れて生きてる。
ふわふわのベッドに腰掛けて、じゃあ今日はどうしようか、と顔を覗き込んだ瞬間の欲丸出しの客の顔とか見るの、嫌いじゃない。お金までもらってるんだ、そりゃなんでも言うこと聞いてあげるよ。みんな最初は結構遠慮するけど、俺が尽くしに尽くしてあげるとしたかったことをぽつぽつ教えてくれる。おじさんにはおじさんのネットワークがあるみたいで、おじさんを通してる人しか俺のところには来ないから、次の日に影響が出るほどやったり、ヤバい薬みたいなの使おうとしたりする人はいないし。そりゃあ、したいことさせてあげたいじゃない。
あの人達は金を払って俺を買うわけだから、俺も要求には出来る限り応じたいと思ってるし、実際そうしてる。二人相手にしたこともあるけど、俺は見てるからこっちの人とやってよ、って言って二人分お金持ってきたくせにマジで指一本俺には触れずにただ見てた人とかもいたっけ。衣装持ちで毎回いろんな服を着せたがる人とかもいる。今日はこれ着てねって渡される非日常、俺は案外気に入っているけど。俺のこと虐めたがる人にもタイプがあって、恥ずかしいことさせたがる人とか俺から強請るまでほっとく人とか所謂大人の玩具とかいうやつを使ってくる人とか、いろいろ。他にもちょっとしたことにこだわる人は結構いて、呼び方だとか、話し方だとか、俺の態度だとか。嫌がられると逆に興奮する人、従順に傅いてほしい人、年下の男に見下されて虐げてほしい人、よしよしって甘ったるい感じに優しくしてほしい人。ほんと、みんないろいろあるんだな、って思う。
今日のお客さんは、別に割と普通の人だ。七つ年上の、背が高くて割と体つきもがっちりしてる、優しそうな顔立ちの人。客として会うのは何回目かだけど、道でばったり会ったことも何度かある。初めて会った時の待ち合わせ場所ではどっかで見たなってお互いに固まって、航介んとこのお兄さん、飲み屋の店員さん、と指をさしあってぽかんとしたのを覚えてる。おじさんとお兄さんにどんな関わりがあったか知らないけど、世界って狭いもんだ。お兄さんは俺にも優しくしてくれるし、回数が多いわけでもない。いじめっこでもいじめられたがりっこでもない、どちらかと言えばまるで恋人みたいに俺のこと甘やかしてくれる。ただ一つやっぱり変わり者なんだなと思うとこがあるとしたら、眼鏡フェチ、の一点に尽きる。初めて会った時、というか売りやる時は一応変装のつもりでニット帽に伊達眼鏡なんだけど、眼鏡は外さないでもらえませんか、なんてお願いに首を傾げたのは懐かしい話だ。こいつ絶対眼鏡が好きなんだ、その下の顔は二の次。嬉しそうに眼鏡込みの顔面にぶちまけるんだもん、すぐ分かるって。
「起きれそうですか?」
「んー……まだ無理……」
「そう」
いじめすぎたかな、なんて優しい顔して聞いてくるけど、そんなことこれっぽっちも思ってないくせに、とぼんやりお兄さんを見上げる。お風呂もちゃっかり入れてもらって、俗に言うピロートークまでべたべたに甘やかされつつも、ベッドに寝かされて早数十分。まだ起きれないってのもとんだ嘘だけど、この人相手なら許されるはずだ。それは相手のが大人だからとか許してくれるからとかそんな理由じゃなくて、お兄さんの方が俺なんかよりとんでもなく嘘つきだからだ。
お兄さんは、頭の中身が全く読めない。なに考えてるんだか、全然分からない。優しそうな雰囲気と緩く弧を描く目元と口元に誤魔化されて、真意が掴めない。処理用の穴に心開かれても逆に困るけど、それにしたって掴めないなんてもんじゃないのだ。言ってること全部が嘘に聞こえるし、俺のこと抱いてるのも好きでやってるわけじゃない感じがする。じゃあなんなのかって、きっと恐らくは本当に心の底から単なる処理だ。この人が自分から能動的にこういう行為に対して動くことなんて、俺は一つしか知らない。
そう、たった一つだけ、知ってるんだ。俺が持ってる、お兄さんの秘密。
「ねえ」
「なんでしょう」
「お兄さんさ、最近俺以外の男とイイコトしたでしょ」
「はは、なに言って」
「辻朔太郎って知ってるよね?」
「……………」
「ねー。知ってるよね、お兄さん」
「……どこで知ったんですか」
「ひみつ」
ふわふわの布団に埋もれながら見上げる、俺のこと射殺しそうな目。ついさっきまでの温くて優しげな視線は、一体何処に置いてきたんだか。否定一切無しに、どこで知ったのか、だもんなあ。真っ黒じゃん、人の友達になにしてくれてんのさ。ていうかこっちだって、客の弱いとこ一つくらい握れないでこんなこと、怖くてやってらんないっつの。だから、どこで知ったのかなんで知ってるのかその他諸々、みんな企業秘密です。
ぎし、と頭の横に突かれた手に、お風呂上がった時徐にかけられたままだった伊達眼鏡を外す。真顔怖えなあ、殺されちゃったりしたらどうしよ。無意識に上がっていく口角もそのままに、相手からしたら嫌味にしか見えないだろう笑みを浮かべながら口を開いた。
「別に責めたいとかじゃなくて。だってやっちゃったもんはもうしょうがないじゃん」
「どこで知ったのかを聞いてるんです」
「でもさ、あれ俺の友達なわけ。思いっきりノーマルなわけ、こっち側の人じゃないわけ」
「答えろ」
「うるせえな、聞けよ犯罪者。通報すんぞ」
「……………」
「よしよし、いい子いい子」
黙った彼の手の甲にぺたりと頬を乗せて、一旦目を閉じる。大きくて優しいはずなのに、嫌に冷たい手だ。温かくてうるさくてちょっと変わっててよく笑う、あの綺麗な手をこれが汚したのかと思うと、腹の奥がじくじくと痛んだ。
きっとそれは、誰のせいでもない。俺が止めきれなかったと悔いるのはおかしい、俺とこの人の間にそんな深い絆はないんだから、俺には手出しのできないことだ。この人が我慢できなかったと責めるのもおかしい、欲の向く先は確かに間違っていたかもしれないけど、この人は今まできちんと自分に折り合いをつけて生きてきた。自分を抑えて普通の中に紛れながら誤魔化して歩んできたこの人は、誰にだって責められる義理はない。じゃああのくるくる笑う丸い瞳の彼が悪いのかと聞かれれば、それだって違う。だってそもそも何が悪いのか突き詰められないじゃないか。不幸なのが悪いとか、生きてるのが悪いとか、そういう次元の話になってしまう。だから、誰も悪くはないんだ。俺が話したいのは、これからのこと。
「もしも、の話だけど」
「……………」
「次があったら、俺はあんたに怒らなきゃいけなくなる」
「……怒られるだけですか」
「怒られるだけだよ。でも、ほら。俺が怒ったら怖いよ?」
ぱちりと目を開けてお兄さんの顔を見れば、しばらく黙ってこっちを見下ろした後に、ふっと息を吐いて笑った。笑った、って思える笑顔、初めて見た。怖いわけあるか、と呟いたのが聞こえて、ぐいっと襟首を引っ張った。
「馬鹿にすんなよ、このやろっ」
「子どもが偉そうになに言ってんだ、馬鹿」
「てめえ敬語どこやった、崩れてんぞ」
「おっと、すいません」
「……お兄さんさあ、それ疲れない?」
「どれでしょう」
「突っ張りすぎだって。お金払ってイイコトしに来てんだから、俺の前では気ぃ抜けば」
「大人はそうも行かないんです」
「俺だって大人だ」
「そう言ってるうちはまだまだ涎掛け付きのガキですよ」
「……………」
「ふふ、怒りました?」
「……呆れる。あんた性格悪いだろ」
「友達いないもんでして」
俺の投げた秘密の一石は、お兄さんの琴線に触れることができたらしい。せっかくお風呂上がりでふわふわしてた人の髪をぼすぼす潰しながら、あーあ、怒られるんじゃ二度目はねえな、と敬語をかなぐり捨ててぶつくさ言いながらつまらなそうに目を細めたお兄さんは、さっきまでよりちょっとだけ生きてる感じがする。耳を擽られて擦り寄れば、ぱっと手を離してポケットを探り始めた。ぼーっと見ていると、出てきたのは煙草の箱とライター。当たり前のようにそれを咥えて火をつけようもするお兄さんの袖をくいっと引っ張って、止める。
「ん?」
「吸うなよ」
「なんでですか」
「俺は吸わないから」
「あっそ」
「あー!」
立ち上る白い煙に恨めしげな目を向けると、数度深く吸い込んで煙草分を補給したらしいお兄さんが満足気な顔をしていた。一応こちとら接客業なんだ、妙なマーキングしないで欲しい。かりかりと猫みたいに顎裏を引っ掻かいて、あやしたつもりになってるお兄さんに噛み付いた。
「煙草吸わない奴から煙草の匂いがしたら変だろ!」
「女が吸うんだとでも言えばいいじゃないですか」
「そうじゃない!」
「あ、もうなかった。一本ください」
「だから俺は吸わないんだってばっ」
「貴方のことですし、客が吸うのに持ってないわけないでしょう?」
「……………」
「出しなさい、ほら。一本」
「……ん」
「もう一本出しなさいな」
「なんでさ」
「貴方の分ですよ」
「は?だから俺」
「全く吸わないわけじゃないでしょう?嘘つき」
するりと伸びてきた指に咥えさせられて、顔が近づいてくる。吸ったことないわけじゃないけど、別に好きじゃないんだよ、だから吸わないっつってんのに、この野郎。チェーンスモークで従順に火をつけて、これで満足かと口の端にぶら下げながら半目で見遣れば、かわいくないと揶揄された。かわいい顔あんた相手に見せようとしてねえもん、かわいくなくて当たり前だ。ぶすくれていると、こっちのがまだマシ、とさっき外した伊達眼鏡をすかさずかけられて、こいつ頭終わってんな、と思う。
「貴方はこうやって稼いだお金で航介さんと遊びに行くんですかね」
「……やな聞き方」
「本当のことでしょう」
「あっ、つーかお兄さんあんた、航介にまでなんかしてたらマジぶっころだかんね」
「しませんよ、守備範囲外です」
「眼鏡かけてないから?」
「眼鏡かけてないから」
「……お兄さんって、ガチの変態さんなんだね」
「追加料金で声も出なくしてあげましょうか?」


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