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おはなし


くっついてます



有馬は俺といる時、執拗にべたべたしてくる。その俺といる時っていうのは具体的には、普通に大学にいる時とか飯食ってる時とかじゃなくて、うちに有馬が押しかけてきてだらだらしてる時だったりとかそういう、二人だけしかその空間にいない時間帯を指す。俺と居たってつまんないからなのかからかいたいのかは未だによく分からないけど、べたべた纏わり付いてくるし人のことを妙に甘やかしたがるし、ひとたびそっちの雰囲気になろうものなら自分が上だと疑いもしない態度で俺のこと弄くり回す。確かに上か下かって聞かれたら下だ。でもそれはだって、俺だって本当だったら有馬に自分からそういう、やらしいこととかしてみたいとか思ってるわけで。でもそんなことしたら心臓口から飛び出て死んじゃうっていうかなんていうか、とにかく出来ないし。最初は気持ちくなんかないって聞いたから、有馬にそんな思いして欲しくないなって、じゃあ俺が入れてもらえばいいのかなって、そんな感じでぼんやり思ったのが今まで続いてきてしまっているだけというか。だから、と言っていいのかは甚だ疑問だけど、最近俺は有馬からさも当然のように下に見られていることについて反抗心を抱き始めたわけだ。あれこれおかしくね、そういやこいついつだか、別にお前が上でもいいんだけど、とかなんとか言ってたことなかったっけ。その時は冗談交じりみたいだったけど嘘ついてるわけじゃなさそうだった、それならそろそろ一回くらい俺が有馬を好きにする機会があってもいいんじゃないの。そう思いながらこないだも有馬の好き放題にされた。学習しない自分にほんの少し嫌気が差しながらも、反抗心がまた少し大きくなって、もやもやしながら今に至る。
だって、俺だって一応男だし、べったべたのどろっどろに甘やかされても困るし、全くの無知だと思って欲しくないし。何度でも言うけど、俺はお前と同い年の男なんだから、それなりの知識はある。経験は、そりゃないけど。ないけどさ、そんなんいいんだよ。大事なのは思いやりとかだよ。
だから今日は、俺が有馬を襲おうと思います。
「髪の毛乾いてねえじゃん。お前濡れてるとすぐ分かるよ」
「……ん」
「癖っ毛だからかなあ」
「……………」
と、思うんですが、きっかけが全く掴めません。いざ事に及びましょうとなった直後の風呂だと決まって髪を乾かすのを忘れてしまう俺の癖なんてとっくに知ってる有馬は、期待してくれちゃってまあ、とか人の気も知らずからから笑いながらタオルで水分を取ってくれる。ぽんぽん、って軽く叩くみたいにされるのが丁度心地良くて、痛くないように髪を掻き回されるのも気持ち良くて、ぼけっとしてしまうのがいけない。ドライヤーはしなくていっか、どうせまた風呂入るもんな、なんて自己完結して、びちゃびちゃから少し湿っている程度まで水っ気のなくなった俺の髪に指を通した有馬に、くいっと首を反らされた。当社比やらしいことでいっぱいの頭がようやくちょっと現実に戻ってくると同時、これじゃいつもと同じじゃないかとふと思って顔の前に手を出した。
「ぶふっ」
「あ、ごめん」
「……なに……」
「もうちょっと離れて」
「あだだだだ!もげる!」
俺の手のひらに衝突した有馬の顔を押しやれば、仰け反ってもがいていた。首がもげたら大惨事だ、ろくでもないこと言わないで欲しい。離れてくれた有馬が意味わからんとでも言いたげな顔で胡座をかいたので、なんて説明しようか迷う。今から俺がお前に触るから余計なことをしないで欲しい、具体的に言えば触り返してくれたりだとか俺のことも気持ち良くしてくれようとしたりだとかそういうことは一切しないで横になっていてくれたらいい、とでも言ったらいいんだろうか。でもそれって不審だよな。考え込んでいる俺を見て居心地悪そうにもそもそしていた有馬が、ねえなんなの、今日はしないなら早くそう言ってよ、と口を尖らせ始めた。あ、拗ねられたらちょっと嫌だな。
「そういうわけじゃないんだけど」
「じゃあなに」
「んん……」
「……もしかして、なんか要望があるとか、そういう?」
「まあ。そんなか」
「なに!俺なんでも聞く!なに!?」
「ん、じ……」
俺の言葉の途中で食いついてきた有馬に押されて少し下がる。そんなに食いつかれると、言い出しづらいことこの上ないんだけど。多分有馬の中では俺から何かを言い出すってこと自体がとても嬉しいんだろうけど、それが自分にとってあまり利益にならないことだなんて考えてないんだろう。まさか、俺本当は今までずっと抱かれたかったんだよ!とは言い出さないだろ。
「なあ弁当なんなの、俺になにしてほしいの?俺がんばるからっ」
「……何もしないで欲しいんだけど……」
「そんなこと言ってえ、恥ずかしがんなよ!」
「いや、ほんとに、心の底から何もしないで欲しいんです、けど」
「それじゃなんにもなんないじゃん」
「や、なんていうか」
「うん?」
首を傾げた有馬が、何と言ったら良いのかまだ迷っている俺を見て、自分の足元を見下ろして、もう一度俺を見て、手を打った。うわあもうやだ、なにを思いついたんだよ、どうせしょうもないことなんだから自己完結するのやめてよ。着ていた自分の服に手をかけた有馬を、ちょっと待て何してるんだと止めれば、変に自信ありげな顔を向けられる。違うから、お前が思い至った結論多分俺が考えてることと全く違うことだから。だってさあ、と案の定予想してない方向性に向かおうとしてる有馬をどうにかこうにか宥めて、じゃあなにがしたいのかを聞かれて言葉には詰まる。なんて言おう、なんて言うのが一番間違いなく伝わるんだろう、有馬は転がっててくれればいいんだけど、例えるなら普段の俺みたいに。そこまで考えて口を開いた。
「あっ、えっと、いつもされてることを、したい」
「弁当がされてること?」
「ん」
「俺に?」
「そう」
「……言っちゃ悪いけど、弁当にそこまでの力量があるとも思えな」
「うるさいな!が、っがんばるからいいんだよ!」
笑うのを我慢してくれているのはありがたいけどぶるぶる震えてちゃ意味がないと思う。完全に舐め切られてる、とちょっと頭に来たのと同時、まだ笑いを堪えてる有馬がよろよろと布団に横になった。なんだ、無理だって跳ね除けられるのかと思ったら、好きにさせてはくれるのか。吸い寄せられるみたいにそっちに行くと、ちょっとは落ち着いたのかぐしぐし目を擦って俺を見た。涙目になってんじゃねえよ、失礼だよ。
「どこまでするの」
「……できるとこまで」
「んー、ああ、そっか。だから俺は何にもしなくていいんだ。納得」
「痛かったり駄目だったりしたら言って、わかんないから」
「我慢しないで、って?それ俺がいつも言ってるじゃん」
「う、うるさい」
「俺の気持ちちょっとは分かった?」
「喋んないで」
「はあい」
言った通りに黙ってくれた有馬を見下ろして、よしやってやるぞと手を彷徨わせる。うん、ええと、どこからなにをどうしたらいいんだろう。俺を見上げる有馬の目が痛い。服、とりあえず上からどうにかすればいいのかな。でもいつも服なんか脱がされないよな、じゃあどうしよう、裾から手突っ込めばいいんだろうか。ていうかこっち見んなよ、目が合うと頭回らなくなる。そわそわと目線も手も彷徨って、頭の中ぐるぐるになり始めた頃だった。
「……………」
「……っ、ふっ、ふ」
「……………」
「ごっめ、ごめ、ん、ふふ、っ」
「……笑いたいなら笑えよ」
「あっはははは!ごめっ、ほんっとごめ、っふ、はははは!」
若干固まっていると、有馬が小さく吹き出したのが聞こえた。最初は気を遣って抑え気味かつ顔を逸らされていたものの、最終的には大笑いだ。どうせわかんないよ、経験もなければテクもないよ。目の前に横たわられたら思ってたよりどきどきしちゃったんだ、しょうがないだろ。寝転がりながらげらげら笑ってる有馬を一発殴れば、丸まってしまった。くそ、想像じゃもっと出来てたんだ、現実が予想通りに行かないのが悪い。
笑いっぱなしの有馬を布団で包んで、苛立ち紛れにばしばしと叩いていると、いもむしみたいになってひーひー言ってたのがもそもそ顔を出した。指一本触れてないのにどういうことだよ、もしかしたら今この瞬間から俺の中のそういう才能が開花するかもしれないだろ。自分で考えてそれはないって思うけどさ。ごめんごめん、と謝りながら布団を跳ね除けた有馬が体を起こした。なんだよ、まだ俺なんにもしてないんだから終わってないぞ、なに勝手に遊びはここまでみたいな顔してるんだ。ぐいぐいと有馬の体を倒そうとする俺と、いやあもう無理だよ今日のところは諦めなよ、とまだ若干にやにやしてる有馬じゃ、勝ち目は見えてた。
「んんん」
「ほんと筋力ねえなあ」
「押して、っんだから、倒れろよっ、馬鹿!」
「弁当に押し倒されたら、俺でも流石に男としてのプライドが傷つく」
「俺だって男なんだけどっ」
「俺の彼女じゃん」
「ちっ、がう!」
「そろそろ疲れてきた?押し倒していい?」
「うるさいっ、も、うっ、なんでも聞くっつったじゃんか!」
「言ったけど、まさか弁当がこんなに手も足も出ないとは思わないじゃん」
「今から手出すとこだった!」
「嘘こけ。もう俺がしてあげるから、また今度な」
「してあげなくていっ、やだ、有馬!」
「声がおっきい」
弁当にしては、と付け足した有馬がいきなり俺の手を引いたから、頑張って押してた勢いもそのままに前へ倒れ込む。有馬に向かって飛び込む形になって、びっくりして体を離そうとしたものの既に遅く、足と手を使って羽交い締めにされた。だからこれじゃ俺がなにも出来ないじゃないか、今日は俺からいろいろするって言ってるのに。自由にならない手でもそもそともがいていると、抜け出せたら好きにさせてあげてもいいよ、と耳元で吹き込まれた。吐息をわざと混ぜたような言葉にぞっと鳥肌が立ったけれど、聞き捨てならなかったから有馬の方を向く。うわ近い、思ったより近い。ていうかなににやにやしてんだ、頭突きするぞ。
「ほんとに?」
「うん」
「笑わない?」
「もちろん」
「……抜け出せなかったら?」
「そうだなあ、いつもよりちょっと意地悪しちゃおうかな」
二度とそんなこと言い出せないようにしてやるから、と言葉だけは優しく囁かれて、抵抗の手を強くする。聞いといて良かった、抜け出せなくてもいつも通りだからいっかって思うところだった。実はしっかり根に持ってるじゃないか。何がなんでも聞くだ、何が別にお前が上でもいいだ、どの口がそんなこと言うんだ。逆転されるのちゃっかり嫌がってるじゃないか、俺だって有馬にやらしいことして気持ち良くさせてあげたいっつってんのに、この我儘野郎。
次の機会がもしあったなら、有馬のことは雁字搦めに縛りでもしないと駄目かもしれない、なんてぼんやり思った。


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