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おはなし



「あれ?」
「うわ、来た」
「他のは?」
「知らない。リビングにいないの?」
仕事終わって風呂入ってちょっと寝て晩飯時ぴったりくらいに当也の家を訪れれば、嫌に静かだった。朔太郎ももうそろそろ仕事終わりだから飯食いに来るかな。この眼鏡一人でがちゃがちゃうるさかったら天変地異だと思うけど、今この家には他に比較的やかましいの含め三人いるはずで、そしたらこの静けさは妙なわけで。廊下から台所へ入ってしまったのでリビングは見てないけど、と見渡せば低い机の向こう側に放り出された足が見えた。近づくと、ごろごろ横たわる体が三つ。もはや定位置のようにソファーの上でタオルやら布団やらクッションやらに埋れてるのは伏見で、その下の床に丸くなってるのが小野寺で、手足投げ出して大の字になってるのが有馬だ。さっき見えたのはこいつの足か。ていうか、珍しく全員寝てる。だからテレビの音も話し声もしなかったんだな。
「寝てるけど」
「起こして。もう飯だって」
台所から出て来ることも振り向きもしない当也に素っ気なく言われて、とりあえず手近にいた有馬をぺしぺしと叩く。ていうか、こいつは寝起きいいからほっといても一人で起きるか。小野寺は起こされるの苦手だって言ってたから、やんわり声かける程度にしておいた方がいいだろうし。問題はこれだな、とクッションを退かして伏見を発掘する。順序的に伏見を最初に起こした方がめんどくさくなくて済むだろう。
睡眠欲に忠実なこいつは、当也のようにいくら起こしても起きないわけじゃないけど、純粋にただただ我儘なので、なんだかんだもぞもぞしながら起きないことがある。甘え癖も我儘も、許しっぱなしにしてちゃ伏見のためにならないよな、と思いはするけど、本人も分かり切ってる嫌味なほどのあざとさで擦り寄られるとどうしようもないことだってあるのだ。絆されてるとは、我ながら思う。だって小野寺に強く言えねえもん、俺。
「伏見。起きな、飯だって」
「……………」
「食っちまうぞ」
「……ゃ……」
「じゃあほら。うわ、ほっぺ真っ赤じゃん、暑いんだろ」
「ふ、う」
布団その他を退けていくと、頬が真っ赤に逆上せてる伏見が出てきた。ぐにぐにとほっぺたを弄くっていると、口の中でなにやら唸って、薄く目を開けた。まさか熱なんかないだろうけど、一応前髪を上げて額に手を当てる。うん、普通だ。
「……んん」
「あっこら、顔隠すな」
「まぶしい……」
「起きろってば」
「……………」
「おーい。伏見、晩飯食わねえのか」
「……こおすけもねよ……」
「俺は寝てきた」
ソファーの上で器用に丸っこくなった伏見を揺さぶってみたものの、微動だにしなかった。そんなこんなしてる内に、話し声で意識がはっきりしてきたらしい小野寺がむくりと体を起こす。当也がかちゃかちゃと皿やら何やらを並べているのを見て伸びをした背中に、伏見を揺する手を強めた。ほら、有馬は踏んづけでもすりゃ起きるだろうけど、お前はそうじゃないだろ。早くしないとまた寝てる間に朔太郎が来て大変なことになるぞ。
「飯よそっちまうぞ!ほら起きる!」
「ん、あと、あとちょっと」
「駄目だ、ちゃんと目開けるまで起こし続けるからな」
「しつこ……」
「おい、もう、こら、このやろ、あきひと!」
「っ」
「うわ」
目を丸くした伏見がいきなり飛び起きた。その勢いのままばっと小野寺の方を見たので、つられて俺もそっちを向くと、名前呼んだの俺じゃないよ、ときょとんとした小野寺が返す。そりゃそうだ、俺だもん。きょろきょろした伏見がこっちを向いてぽかんとして、俺を指さした。
「……なにさ」
「……こーすけ、俺の名前、知ってたの」
「知ってたよ」
「言ってない」
「聞いてないからな」
「エスパー……」
「知る手段なんていくらでもあるだろ」
「でも有馬は俺の名前知らない……」
「それは馬鹿だからだ」
「はあ」
妙に驚かせてしまったみたいだけど、起きたから結果オーライってことで。普段名前で呼ばれることがないのかもしれない。俺なんか苗字で呼ばれることの方が少ないけどな。目を丸くしたまま固まってる伏見を落ち着けようと頭をもさもさ撫でていたら、当也の手伝いで台所からおかずを運んできてた小野寺に案の定有馬が思いっきり踏んづけられて、ふぎゃああって猫みたいに跳ね上がって目を覚ました。おかずもご飯も味噌汁も机に揃った頃、朔太郎がどたどたやってきて、狭苦しく飯を囲む。
「いただきます」
「むご、べんと、これうまい」
「そりゃどうも」
「いただきまあす」
「……航介」
「ん?」
「名前は、びっくりする」
「おう」
「やめてね」
「んー」


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