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おはなし



「あれ?今日都築一人なの?」
「うめとはっちゃんは遊びに行ってるよ」
「置いてけぼりだ」
「かわいそうに」
「なんだよ、お前らが来るから残ってやったんだろお」
口を尖らせた都築を、瀧川が笑う。ちなみにどこへ行ったのかと聞けば、千葉にあるのに東京の名を冠する夢と希望と金の国だとか。遠いのによくもまあ行こうと思うもんだ。ていうか女の子はあそこが好きだよな、俺なんかあんまり行ったことないし行こうとも思わないけど。からからとグラスをかき混ぜてこっちに水割り差し出してきた都築が肩を落としながら、そういえばはちに言われちゃったよ、と口を開いた。
「なんでいっつもここなの、どっか行ったりしないの、って」
「だって、そりゃなあ」
「ここなら他より安いし」
「あと近いし」
「多分そういう意味じゃないよ……」
「ん?」
「お兄ちゃん達はどこかに遊びに行ったりしないの?ってこと」
「……男三人でどこに行けって言うんだよ……」
「でもそういえばどっか行ったことないな」
瀧川の言葉に、それぞれぼんやりと今までを思い返してみる。うん、確かにそうかも。集まる頻度は比較的高いけど、かといってなにしてるわけでもないし。ここに集まってだらだらくっちゃべっちゃ飲んで食って、いい頃合いになったら何と無く解散、以上。って感じ。ぽりぽり柿の種つまんでた都築が、机に肘をついて言った。
「行く?」
「どこに?」
「どっか」
「どっかってどこさ」
「それは今から考えるんだろ」
「雑だなあ」
「遠出すんの?」
「あんまり遠くても休みが取れん」
「近場かあ」
「ここでいいじゃん」
「それじゃ意味ないだろ!」
馬鹿か!と都築に頭を抱えられて、そんなこと言われてもなあ、なんて首を捻る。今更わざわざお前らとどっか行こうったって、行きたいとこもやりたいことも特にはないんだよ。高校生の時とかはそりゃあ友達とわいわいするのも楽しかったけど、今それをしたら恐らく普通に次の日に響く。いい加減社会人なので、次の日の授業中寝てりゃ良かったあの頃とは違うので。ていうかそもそも、都築と瀧川と三人でわいわいきゃっきゃした覚えは俺が高校生だった時にもない。なので、何をしていいやら本格的に分からないってのもある。うんうん唸りながら腕組みして考えていた瀧川が、名案とでも言いたげな顔で手を打った。
「俺久しぶりにカラオケとか行っちゃいたいな」
「久しぶりもクソも、お前とカラオケなんてほぼ行ったことねえよ」
「うるせえな!行くとこ生み出してやったんだろ!感謝しろよ!」
「あっ、俺あれやってみたい。あの、歌の合間に掛け声つけるやつ」
「……はあ」
「わかんない?」
「いまいち」
「はああよいさどっこい!みたいなこと?」
「んん、近いけど違う」
よく分からない都築の要求に、二人で阿呆面を浮かべていると、もうやった方が早いから航介歌ってみ、とお玉を渡された。嘘だろ、これマイク代わりのつもりかよ、こんな汁まみれのマイク嫌だよ。ヘビーローテーションやってよ、と完全に悪乗りしてる瀧川が手拍子し出して、しょうがなく椅子を立つ。ぐいぐい押しやられた先には逆さまにされたビール瓶入れがあって、なんだって俺がこんな目に、と若干引きながら思う。
「えー……後悔すんなよ……」
「ひゅー」
「ひゅーう」
「お前らでもっと盛り上げろよ。なんか低い、やだ」
「今から盛り上げんだよ、早よ歌え」
「俺が合いの手入れてあげるからね、任せて」
「……じゃあ歌います」
「ぶ、ふっ、ふぐっ、ぐっ」
「瀧川ムービー撮ってたら殺す」
「んんん……ぐっ、く、ふ」
「ほれ、早くヘビーにローテーションしろって」
「……ぽっぷこーんがあ」
「はい!」
「はじけるよおにい」
「はい!」
「すーきっと、いーうーじーがあ、おーどーるう」
「ちょうぜつかわいい!こっおっすっけっ」
「あっははははは!ははははは!しぬっ、しっ、はっははは!」
「マジ殺すぞ……」
「なにしてんだよ、早く続き歌えよ」
「二度と歌わねえよ!」
「ひー、ふっふふ、しぬ!はらいたい、はっ、ふ、ぶふうっ、あっはははは!」
「瀧川は早いとこ首かっ切って死んで」
「超絶可愛いよりも他のが良かった?よっしゃ行くぞー!とか」
「なんで都築詳しいの」
「はっちゃんアイドルとか大好きだから。ほら、可愛いから」
「……瀧川いつまで突っ伏してるつもりだよ、次はお前がフライングをゲットしろよ」
「んぐふっ、ぐっ、ふふ、ふっうっ、うっ」
「ぱんっぱぱんっひゅー!とかやるんだよ、それが俺はしてみたい」
「妹にそういうのが許される場所に連れてってもらえ」
「そっかあ」
こいつらとカラオケには死んでもいかないと固く誓ったことと全くもって不本意な体力消費しか得られなかった。なんだ今の時間。都築が無駄にタイミングばっちりで上手かったのも腹立たしい。
テーブルに伏したままびくんびくんしてる瀧川の脳天をお玉で叩きながら、頬杖をつく。都築と瀧川と、じゃなくてもいいなら行ってみたい場所くらいありそうなもんだけどな。最近見たい映画とかもないし、とぼんやりしていると、同じく片手間に氷を砕きながら考えていた都築がふと手を止めた。
「猫抱っこしたい」
「その辺にいるだろ、抱いてこい」
「違う、猫カフェとかいうやつに訪れてみたい」
「俺フクロウ!フクロウのカフェ的なそれ!行きたい!」
「うるせえ、お前に発言権はねえ」
「ひどい」
「さっきあんだけ笑っといて何調子いいこと言ってんだ」
「まあまあ、航介」
「都築は引っ込んでろよ」
「酔いどれた瀧川が知らない女の人に絡んで引かれてる動画、今度見せてあげるから」
「……んん……」
「朔太郎にも送ってあげるから」
「やめろ!マジでやめろ!あいつ口軽いとかいうレベルじゃねえぞ!拡声器なんだぞ!」
「ならいいかな……」
「有る事無い事言いふらされる!社会的に死ぬ!」
「鳥もいいよねえ」
「聞いてんのかこのおしゃれ甚平!」
ぎゃあぎゃあうるさい瀧川は無視する。やらせといて人のこと散々笑った罰だ。顔も広いし人付き合いも潤沢、かつ頭のおかしい朔太郎に伝わったが最後、面白おかしい笑い話になって各方面に向けて矢のように飛んで行くんだろうから、瀧川は御愁傷様だ。頭の中で猫やらなにやらを撫でて癒されているらしい顔をした都築がへにゃりとだらしなく笑っていて若干気持ちが悪かった。
「いやあ、やっぱ猫だね。でも犬も捨てがたいね」
「そうだな、犬もいいな」
「うさぎなどもよい」
「おう」
「大穴で、フェレットのもふもふに絡みつかれるなどもされたいね」
「……ペットショップ行きゃいいんじゃね」
「やー!だめだ!だめだめ!家族にしたくなっちゃう!」
ぼそりと吐いた俺の言葉は、びゅんびゅん手を振って拒否する都築に掻き消された。こいつそんな動物好きだったっけ。そういえばそうだったような気もする。飼いたくなっちゃうからペットショップも猫カフェもあかん、と結論づけた都築は、想像上で満足したらしい。テンション高めのままに包丁を手に取るのでやべえなにされんだと身構えたものの、りんごをくるくる剥き出しただけだった。刺されるのかと思ったわ。
ぼんやりグラス傾けてた瀧川が眉根を寄せた。やめろよ、吐くなよ。そんな俺の心配とは裏腹に、氷溶け気味のそれを口から離して、ぼそりと呟く。
「もういっそ休み貯めて遠くまで行くのはどうだろう」
「東京とか?」
「いやあ、もっと」
「大阪?」
「京都のがいいな」
「もっともっとだ!」
「沖縄とかか」
「いいねえ!俺行ったことねえよ!未知だよ!」
「俺もねえわ」
「俺一回昔行ったことある」
「じゃあ都築は行かなくていいんだな!そうやって!お前はいつも!」
「なんだよ!ちっちゃい頃の話だよ!」
変なスイッチで切れてる瀧川に都築が怯えていた。俺個人としてはそんな遠出したいわけでもない、というかそもそも殆ど夢物語になる予感しかしない。予定立てるのが下手だから毎回ここでだらだらしているんじゃないのか、それなのに遠出なんて無謀だと思わないのか、と二人に告げれば神妙な顔をされた。じゃあ、と都築が代わりの案を出す。こいつら諦め悪いな、行きたいとこがないのにどっか行こうなんて言い出してる時点でどこにも行けそうもないことに早く気付いて欲しい。
「ここよりも、北に行こう」
「……北海道かあ……」
「……あんまり気乗りしねえな……」
「……俺も」
「おい言い出しっぺ」
「だってえ」
「見ろよ、沖縄」
「うわあ」
「青い」
「白い」
「暑そう」
「ハイビスカス」
「ヤシの木」
「常夏」
「沖縄って、普通の家の庭に南国の果物がわんさか植わってるらしい」
「一つ六百円とかしそうなやつ?」
「盗み放題じゃん」
「いや、ありふれすぎてて盗まれないんだって。普通にどこにでもあるんだって」
「はー、なんだそれ」
瀧川が検索した沖縄の写真を三人で顔付き合わせて覗いて、馬鹿みたいな感想を述べる。なんだこの家、シルバニアファミリーじゃねえんだぞ、と綺麗な赤い屋根の家を指した瀧川が、深くため息をついた。悟りを開いたような顔すんのやめろ。
「……ここはもう別の国だ」
「同じ日本国内だよ」
「ただ気温が違うだけだって、しっかりして瀧川」
「もういっそ日本を出るのはどうだろう」
「外国行くの?日本語通じないんだよ」
「行きたい海外!はい航介!」
「……イタリア?」
「ローマ!」
「フィレンツェ!」
「こういう時お前らって馬鹿じゃないんだなって思うわ」
「え?」
どこぞの青ジャージとピアスが頭を過ったので遠くへ追い払っておいた。それはさておき、海外に行くと言うなら頑張って其れ相応の時間を作らないと大分きつい。そんなことは二人とも分かっているらしく、都築が難しい顔をした。そんなに店は空けられない、って。そりゃそうだよな、俺だってそうだ。
海外はやめよう、じゃあ国内は?と話が戻ってきて、国内でも時間がないからな、なんて堂々巡り。東京へ行くのだって二日三日休みが欲しいところなんだ、それより遠くとなればそりゃあもっと長い時間が必要になってくる。じゃあやっぱり結局近場になるね、と自分で剥いたりんごをさくさく齧っていた都築を見て、諦めたらしい瀧川が小声で言った。
「……都築、せめて泡盛が飲みたい」
「次までに入れとけばいいの?」
「沖縄の気分を味わいたい……」
「いいけど、瀧川実費ね」
「ええー!割引けよ!」
「お前こないだもお造り食べてみたいとか言って!仕立てんの大変だったんだぞ!」
「それは航介の誕生日だったから!」
「は?俺誕生日五月なんだけど」
「あれっそうだっけ」
「もおやだこのとんま……」


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