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おはなし



*高校生
「あっ」
「おはよ、朔太郎」
「おはよ当也、算数二冊持ってない?」
「さん、え?数学?教科書?」
「そう」
「持ってないよ。無いの?」
「一限授業変更忘れてた……」
「ああ……隣に借りてくれば」
うっかりうっかり、と隣のクラスに駆け込んで見回せば、教科書を毎日きちんと持って帰っていない置き勉野郎が机にぐったり突っ伏しているのを見つけたので、後ろから揺さぶる。宿題出てる時は持って帰ってるらしいけど、俺は毎日しっかり持って帰ってるから今日だって忘れちゃったんだからな、俺が合ってるんだぞ。ていうかなんだよ、朝だからって学校来てから寝ちゃいけないんだ。どうせまた夜更かししてゲームしてたんだろ、だからいっつも目が開かないことをいい加減理解すればいい。
「こおすけえ、起きろ繊細野郎、おい起きろってばあ」
「……う……」
「算数貸して!」
「……………」
「ありがとー」
のろのろと突き出された数学の教科書を受け取れば、航介はまたすぐに机に突っ伏してしまった。なんか元気ないなあ、がっくんがっくんに揺さぶったからもっと怒られても良いはずなのに。どうかしたのか聞こうと思って顔を覗き込めば、ちょうど予鈴が鳴ってしまって、急いで教室へ帰る。あっぶね、俺数学係だから職員室行かなきゃいけないんだった、忘れてた。
授業が終わって、隣のクラスは次の時間が数学らしいと人伝いに聞いたので航介に教科書を返しに行く。そういえばさっき様子がおかしかったんだよ、なんて当也に告げれば、朝家出たとこからちょうど一緒だったんだけどその時点でなんか変ではあったよ、とついてきてくれた。突然暴れ出されたら俺じゃ止められないからな、当也でも無理そうだけど。隣のクラスは俺たちのクラスに比べてがちゃがちゃやかましい奴が多くて、いつもだったらその中で航介もがちゃがちゃしてるはずなんだけど、なんかぱっと見当たらない。あれれおかしいぞって当也ときょろきょろしていると、さっきと同じく机にぺったり突っ伏しているのをようやく発見して。
「航介?」
「……ぁに……」
「どうしたの」
「……………」
「顔真っ赤だよ」
「おでこ机にぐりぐりし過ぎたんじゃない?」
「ていうかこれさ」
「……ゔ、う」
「熱あるじゃん」
「熱?」
「熱。あっついんだけど」
当也が航介の額に当てていた手をぴっぴっと払う。何故か汗だくの航介の前髪がぺたぺたと肌に引っ付いていて、どれどれと俺も額に手を当ててみれば、確かに熱かった。なんだこれ、壊れてんのか。ぺんぺんとおでこを叩いてみれば、普段だったらやめろ馬鹿って怒るはずなのに、うんうん唸るだけで。どうしたのかなあ、なんなのかなあって二人で航介の机の周りを回っていると、呆れ顔の都築が寄ってきた。
「やっぱ調子悪いんじゃんか、航介」
「……べつに、平気だって……」
「俺さっき保健室行こうっつったのにさ。熱ある?」
「ある」
「さくちゃん推定五百度くらい」
「あーあーあー」
ぐったり机に伏している航介を、都築がいとも簡単そうに背負い上げる。こいつ重いのによく背負えるな、とぼんやり思ってたら航介がちょっともそもそ抵抗して、それに引き摺られた都築はひええとか言いながらふらふらはしてた。そうだよな、都築だって人間だもん。まだなにやらぶつぶつ譫言のような文句を言ってる航介を無視して、俺こいつ保健室連れてくからさ、と当也に告げた都築がふらふらと歩き出す。こくんと頷いて教室を出て行った当也が先生に伝えてくれるだろう。俺はどうしよっかな、都築について行こうかな。
「おもーい」
「がんばれっがんばれっ」
「手伝ってはくれないんだ……」
「航介が自分で歩きゃいいんだよ、ほら歩きな」
「ぐ、う、ぅ」
「揺さっ、ばっ、揺すんないで!階段落ちたらどうすんだよ!」
「都築が怪我をする」
「航介もだよ!危ないなあ」
「熱ってなんで出るの?」
「……朔太郎熱出たことないの」
「あるよお。都築ある?」
「あるよ」
「熱出ると怖い夢見るよねえ」
「んー……」
なんて話してる内に保健室についた。からからと扉を開けたところ、ホワイトボードにぺたっとメモが貼ってあって、ちょっと職員室に行ってくるけどすぐ戻るから棚には触るな、みたいな内容だった。ぜーぜーなってる都築が、ベッドは先生に聞かないとダメかな、と航介をソファーに転がして腕をぐるぐる回す。
改めて仰向けにしてみると、航介顔真っ赤だ。髪の毛が張り付いてる汗塗れの額を拭ってやると、やっぱりどう考えても熱かった上にべたべたしててなんか嫌だったから、シャツにそっと手のひらを擦り付けておいた。やめろともなにしてんだとも言われないと、新鮮だけど不安になる。眉根を少し寄せて浅い息を吐いている航介を見て、苦しいのかな、とシャツのボタンを一つ外してベルトに手をかけた都築が止まった。動かなくなった都築を見上げると、何故だか神妙な顔をしていて。
「どうしたの」
「……や、駄目な気がして……」
「なんで?」
「だってなんかえろいんだもん」
「……なにが?」
「航介が」
「なに言ってるの」
「俺変なこと言ってないよ!」
言ってるよ。突然何を言い出すんだこいつは、と目を剥いていると、だってこれはしょうがないよ、航介がえっちいのが悪いんだ、ベルトなんか外しちゃ駄目だしここも開けちゃいけないとこ、とぶつぶつパニクっていた都築が襟元をきっちり閉めようとするので慌てて止めた。そんなことされたら元気いっぱいの俺でも苦しくて体調悪くなるわ。開けろ開けろこんなもん全開にしてやれ、と都築と争っていると保健室の先生が帰ってきて怒られた。病人で遊ぶんじゃないってさ、俺もそう思うよ。
先生に軽く抱えられるようにしてベッドに移動した航介をじっと見ていると、あんた達は教室に早く帰んなさいよ、と保健室の先生にうんざり気味に言われる。もううるさくしないから許して、ちょっとだけだからお願い、と二人で擦り寄れば、暑苦しいうざいと半ば暴言を吐き捨てられつつもここにいる許可をもらった。三十路の男に俺だって擦り寄りたかったわけじゃないし、可愛い女の子ならまだしもとか憤慨されても困る。それに、なにも授業丸々サボろうってわけじゃない、ほんとあと十分くらいだけだから。航介が横たわるベッドの横にパイプ椅子二つ並べて都築と大人しく座っていると、熱を測って汗を拭って冷たいやつをおでこに貼って、と航介がどんどん熱出してる人の典型的な例に仕立て上げられて行く。てきぱきしてるな、流石は養護教諭だ。
「航介どうすんの、先生」
「とりあえずは家に電話。迎え来れんの?こいつんち」
「やー、今日は厳しいんじゃないかなあ」
「じゃあ授業終わりまでここで寝かすかな。辻お前、この前の捻挫病院行った?」
「行ってないよ」
「あっそう。じゃあそんなに悪くなかったんだな」
「雑だなあ」
「保健室に女子連れ込んでるってほんと?」
「んなわけあるか」
「留守中にベッド貸してるって聞いたよ、俺」
「やだあ」
「嫌なのは俺だよ、早く戻れ」
あからさまに追い出しにかかられて抵抗していると、保健室に備え付けの内線が鳴った。だるそうに応対して、今からまた職員室行ってくるけど俺が帰ってくるまでにお前らは出ていけ、そいつを寝かせてやれ、と怖い顔で言って出て行った先生を見送った。冷たいの貼ってもらってちょっとは安定したのか、眉間の皺はそのままにぐったりしている航介を覗き込む。
「おーい、寝てんのか」
「航介が静かだと調子狂う?」
「うるさくなくていいや」
「そっか。それにしても航介、すごい汗」
「都築は汗に興奮するタイプの変態なの?だから航介がえろく見えるの?」
「だっ、ど、っ違うよ!あっいや違くない、でも違う!」
「やめられない止まらない」
「俺の見間違いだよ!気の迷い!」
突然に話を戻したことに動揺したらしい都築が、ばたばたと手を振りながら弁解する。面白いからほっといてみようかな。都築かっこいいし優しいけど彼女がいたとかいう話聞かないし、そういうことに対する耐性はあんまりないのかもしれない。イケメンで純情とか、瀧川に殺されるね。
一瞬でもそう思ったことが間違い、悔しい、と肩を落として顔を覆う都築の背中をそっと叩いて慰める。大丈夫だよ、妙なもんにうっかり反応しちゃうことくらいあるよ、男の子だもん。そう告げれば絶望と希望が半々のきらきらの目がこっちを見て、あっこれは許されるわ、かっこいいもの、とか思った。
「航介が悪いよ、熱なんか出すから」
「ありがとう……航介が体調悪くなったりするから、俺がこんな目に……」
「体内のウイルスが可哀想だもん、航介なんかより都築に行った方が幸せだったよ」
「ええ、そんなことないよお」
「あるってば、都築が魘されてたら女の子がいっぱい看病してくれるよ」
「やー!それはさあ!航介だってさあ!」
「こんな知能の高いゴリラみたいなの誰も看病に来ないよ!都築も分かるでしょ!」
「ゴリラって言うより狐とか、目開いてないし」
「ああ……」
「ああ、じゃねえよ。お前ら出てけっつったろうが、うるせえんだよ!」
追い出されました。

「……失礼します」
「おう、なんだ。怪我?」
「お見舞い」
「はあ」
朔太郎はさっきの授業に十五分くらい遅れてきた。休み時間になったから、何となく見に行くかと教室を出てきたわけだけど、保健室なんてなかなか来ないからちょっと扉開けるの戸惑ったりもして。机に向かってた先生が、そこのカーテン閉まってる方だけど今寝てるよ、と指をさす。薄い色の布をそっと分けて覗き込むと、確かに静かだったし横になってた。規則正しく動く布団から頭が出てて、一時間ちょっと前に見た時より少し楽そうだ。ぼけっと見ていると、カーテンの向こうから先生の声がした。
「なあ、そいつ名前なんだっけ」
「……これ?」
「それ」
「江野浦航介」
「漢字」
「江戸の野原の、海の方の浦。航海を介する」
「おー。そんな名前だったのか」
「……なんで知らないんですか」
「全校生徒の名前なんか知らねえよ。お前も知らない奴だし」
「ふうん」
「これで授業出てない届け書けるわ、ありがとな」
さっき朔太郎達は教えなかったんだろうか、と思ったものの、あの二人が気を回して名前やらクラスやらを先生に伝えることはしないだろうから、知らなくて当然か。ついでに一応クラスも教えると、手を合わせて頭を下げられた。困ってたんだな、航介本人は寝てるし。
先生曰く、連れて来られてから目を覚ましていないらしい。一応声はかけてみているけど、意識はあるようで唸ったり身じろいだりでしか返事をしてくれない、と。まあ熱高いし落ち着くまでは寝かしとく、と先生がこっちに来た。触ってみて異様に熱かったりしたら嫌だから、叩くようにぺんぺんと額に手を伸ばしたけれど、冷えピタがぬるいってことしか分からなかった。朔太郎は推定五百度って言ってたし、帰る頃にもまだ平常通りにはなってないんだろうな。
「……叩くなよ、無抵抗な病人を」
「うん」
「お前同じクラス?」
「違う」
「こいつの家知ってる?」
「……知らない」
「知ってるんだな」
「知りません」
「帰り送ってってやってほしいんだけど、一人で帰すの危ないからさ」
「知らないって言ってるじゃないですか」
「こいつ今迎えに来れる人いないみたいだし。頼む、な?」
「ねえ」
「まあ担任の先生にも一番家近いやつに頼むように伝えるから」
今なんと言おうが多分お前放課後もっかい来る羽目にはなるよ、とからから笑われて、航介の額に当てっぱなしだった手をぺんぺんと動かしておいた。嫌ですよってアピールしとこう、なんでそんなめんどくさいこと俺がしなきゃなんないの。確かに担任の先生伝いになったら、俺と航介の家がお隣同士なのは確実に知れるし、俺がその役目を担わなければならない立場になるんだろうけど。お前放課後までに絶対熱下げろよ、自分で歩かなかったら置いていくからな、ととりあえず航介を睨みつけておいた。
「そうだ、お前こいつの鞄持ってきてよ」
「嫌です」
「俺保健室空けれないもん。昼飯だけでもいいから持ってきて」
「やだっつってるじゃないですか」
「眼鏡かけてる奴は基本良い子ちゃんだから先生の言うことには逆らえない」
「……………」
「よろしくー」

保健室行くとあったかい紅茶もらえるんだ、ほんとはいけないらしいんだけど先生にお願いすると出してくれる。最近もっぱらお昼ご飯のお供になってるそれを今日もいただきに行こうと、真希ちゃんを連れて保健室を開ける。また来たな、とサンドイッチ頬張ってた先生が呆れた顔をしたけれど、その横でちまちまお弁当突ついてる人をうっかり指さしてしまった。
「こーのうらくん!」
「……高井」
「どうしたの?保健室登校?クラスでいじめられてるの?」
「ちょっと体調悪いだけ」
「ちょっとお?八度台から熱下がんねえ奴がなに言ってんだ」
「でも起きれたじゃん」
「ハイになってるだけだろ、食ったら寝てろ」
「……江野浦、熱があるの」
「そうらしい」
真希ちゃんが少し心配そうな顔をしたので、江野浦くんが大丈夫大丈夫って手を振る。確かにお弁当箱の中身半分くらいなくなってるし、冷えピタおでこにくっついてる以外はあんまり普段と変わりないし。紅茶を入れてくれた先生が、寒いんだから腹冷やさないようにしろよ、と余計な一言を付け加えるので蹴っ飛ばしておいた。なんで男の子がいるとこでそういうこと言うのよ。
「いって、俺一応先生なんだけど」
「真希ちゃん行こっ」
「うん、あ、江野浦」
「ん?」
「これあげる。開けてないから、たくさん飲んだ方がいいでしょう」
「え、いいよ。羽柴、これ」
「いいって言うのは、空のペットボトル隠してからにして」
「え、あ」
足元の鞄から覗いている空っぽのお茶のペットボトルを指さした真希ちゃんが、江野浦くんにスポーツドリンクのペットボトルを投げ渡した。さっき買ったばっかりのやつなのに、いいのかな。おろおろしてる江野浦くんが、ちっちゃい声でお礼を言ったのを聞いて保健室を出る。
「真希ちゃんったら積極的」
「……江野浦は前転んだ時保健室に連れてってくれたから、お礼」
「素直じゃなあい」
「珠子」
「はあい」
「お、保健室に航介いた?」
「いたよお」
階段を降りてきた瀧川くんと、一言交わしてすれ違う。からからと扉を開けて保健室に入って行ったので、お見舞いだろう。江野浦くん色んな人がお見舞いしてくれて、いいなあ。お昼ご飯のお弁当もちゃんと食べてたみたいだけど、これ以上悪くならないといいな。

「失礼してる!」
「う、おっ」
「なにそれ、冷えピタ?いっつもデコ丸出しだから隠れてんのうける」
「……殴られてえのか」
ノックとか特にしないでがらがら扉開けて入ったんだけど、こっちに背を向けていた先生は気がつかなかったみたいで、飛び上がりそうなくらい驚いてた。普段と比べてちょっとぼんやりしてる航介の額には青い冷えピタがくっついてて、まあ体調悪そうっちゃ悪そうな感じ。お弁当箱の蓋をのろのろ閉めた航介が、横になりたくないと机に突っ伏して、先生の手によって強制的にベッドへ送られていた。しょうがないので取り残されたお弁当箱を鞄に入れてやる。開けてないスポドリをベッドの脇に持ってってやれば、なにやら神妙な顔でペットボトルをじっと見ていたけれど。
「寝ろっつってんだよ」
「寝れない」
「目と口を閉じろ」
「寒い」
「はあ?まだ熱上がんのかよ、めんどくせ」
「先生、俺看病したい」
「いい。今からこいつは寝るんだから教室に戻れ」
「眠くないって」
「ええー!看病したいー!」
「またうるせえのが来たな、お前の友達騒がしいのばっかか」
「……………」
先生の言葉に黙ってしまった航介がこっちを見て、俺熱あるらしいんだけど元気なんだよね、と不満そうに吐き捨てたのでちょっと面白かった。すぐ治る証拠だろ、あとは解熱を待つだけって感じなんじゃないの。先生は寝ろ寝ろってカーテン越しに言ってるけど、一限終わってすぐ保健室来てから昼飯食うまで航介ずっと寝てたんだろ、そりゃもう寝れるわけねえよ。つまんないもん、俺だったら保健室を逃げ出してるね。
ペットボトルを半分以上一息に呷った航介が、お前もう飯食ったの、と暇そうに問いかけてくるので頷いた。どうせ授業全部終わって帰る時にはお腹空くだろうからその時用におにぎり一つ残してあるんだ。
「へ、ぶしっ」
「うわー、きったね」
「うるせ、風邪菌移すぞ」
「俺、風邪とか引かないの取り柄だから」
「馬鹿だもんな」
「違う、手洗いうがいをちゃんとしてるからだ」
「良い子かよ……」
「さっき当也がめっちゃ怒ってた、お前が熱出したから」
「俺の体温ってあいつに何の関係もなくね」
「あるんじゃないの、怒ってたんだもん」
「ふうん」
「つーかこれ温くね、先生これ取っ替えてあげなよ」
「さっき貼り直したばっかなんだよ」
「そうなの?取っちゃった」
「取られちゃった」
「ああ!もう!」
こっちの話に我関せずを貫こうとしていた先生ががりがり頭を掻き毟りながら冷えピタを投げつけてきた。看病したかったんだろ、それ貼ったら帰れ、と憤られて航介の額に冷たくて新しい方を貼る。温い方はもったいないので自分の額に貼って、じゃあ教室に戻りますかねと立ち上がれば航介が何となくつまんなそうだった。眠くないのも分かるし、暇なんだろうなって思うけど、休むことは大事だ。うちのDVDレコーダー、調子悪い時は主電源切って一時間くらい休ませるもん。そういうことだよ。
「後で当也が迎えに来るって」
「そっか」
「航介がもし歩けなかったらスーパーのカートに入れて運ぼうって朔太郎と言ってた」
「……歩けるよ」
「歩けても運ばれるかもしんねえけど」
「先生俺早退する……」
「マジで?でも保護者いないとアレなんだよなあ」

「……失礼します」
「帰るぞクソヤンキー!」
「ほら、真面目眼鏡とうるさい眼鏡が迎えに来たぞ。帰れよ」
「……なに、それ……」
「車椅子」
「ちゃんとボランティア部から借りてきてあげたんだよ、航介のために」
「運転は朔太郎がやるってさ」
「さくちゃんレーシングの最高のマシンだよ!特別に乗車を許可する!」
「……一人で帰れる……」
「遠慮すんなって」
「転落防止のベルトもついてるから大丈夫」
「なにが大丈夫なんだよ!げほげほっ」
「あーだめだだめだ、こんなんで歩いて帰ったら道端で吐血して倒れるね」
「朔太郎のことを信頼してあげなよ、こんなに張り切ってるんだから」
「ぶるんぶるん、ぎゅいいい」
「ウィリーしてる!なあ先生!病人があんな荒っぽいのに乗っちゃ駄目だろ!」
「お前が今ここで帰ったら俺も定時で帰れる、俺から言えるのはそれだけだ」
「裏切り者!」


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