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おはなし



「海はチビだよな」
「あああ……はあああ……」
「あれっごめん、気にしてた?めんごす」
洗濯物畳みながらなんとなく思ったから言ってみたら、考えてたよりもずっと大ダメージを受けたようで。片手で空を切って謝っておいたものの、ぐったりと胸元を握り締めて動かなくなってしまった。掃除機片付けてきた航介が、蹲った海を見て、俺を見て、また海を見て、なにがあった、と訝しげな顔をする。
俺だって、突拍子もなくそんなこと口に出したりしない。海のジャージと、俺や航介が寝間着や部屋着として使ってる中高時代のジャージが、とてもよく似てたのが発端だ。中学校の名前や苗字が刺繍してあるのも同じだし、色だって大して変わらない。ぱっと見で違うのは綺麗さくらいだ。俺のとか航介のは十年来で使ってるくたびれたやつだけど、中学上がったばっかりの海のやつは、まだ新品そのもののぴっかぴか。これぼろいから俺のか、みたいなざっくりした分け方をしてたけど、さっき広げてみて思ったんだ。海のジャージはちっちゃい。俺もそんなに身長ある方じゃないから人のこととやかくは言えないんだけど。
かくかくしかじかで海が胸を押さえている、気分が悪いようだ、と航介に説明すれば、訝しげな顔から呆れたような溜息を吐き、眉を少し下げた。ちっちゃくなってる海の襟首を掴んで引っ張り上げた航介が、ぼそりと言う。
「なんだ、そんなことか」
「重大だよお!おれにどうしろっていうのさ!」
「すぐ伸びるだろ」
「でも海は声も高いし、このままかもしれない」
「わあーあ!うわーお!」
「……朔太郎」
「事実を述べたまでじゃんか」
「俺お前に何億回も言ってると思うけど、言わなくていいこともあるんだ」
「こーちゃんはおっきいでしょ!?いつそんなにでかくなったの!幼稚園!?」
「んなわけねえだろ」
錯乱している海にがくがく揺さぶられてる航介が、中学生の間に身長なんていくらでも伸びるはずだし、なんなら高校生になってからだってその後だって伸びる奴は伸びる、と言ってはいるものの聞こえているかは不明だ。声だって、声変わりが来たら否が応でもその声じゃなくなるってことを海は知らないんだろうか。知識としては知ってるはずだけど。去年の冬に風邪引いて声が出なくなった時に、このまま大人の声になるのやだあ、とかって泣いてたし。
いい加減航介も嫌になったのか、胸倉を引っつかんで揺すっていた手をもぎ取られて、暇なら朔太郎と一緒に洗濯物畳めよ、なんて誘導された海はせかせかタオルを畳みながらぴーぴー言ってる。目がばってんになってるもん、相当反論したいんだな。ふと思ったことを考えなしに言ったさくちゃんが悪かったよ。
「まさきのがちっちゃい!おれは真ん中!」
「分かった分かった」
「さくちゃんだって抜かすから!おれが一番おっきくなるから!」
「でもね、ほら海、見てごらん」
「なにい」
「これがこーちゃんのジャージ」
「うん」
「そしてこれが海のジャージ」
「うああ……あわわ……」
「こんなに大きさが違うんだよ、よく見て」
「やめてやれよ」
航介のジャージの上に海のジャージをふんわりと重ねると、二回りくらい違うサイズ感に海が震えていた。苦し紛れに、こーちゃんのおでぶ、なんてぼそっと吐いてぱかんと殴られてたけど。それは禁句だ、海は悪気がない上に航介の昔を知らないから一発で済んだけど俺だったらもっとボコボコにされてる。
「一番でかくなるっつったって、これとこれが元だからな、海。たかが知れてる」
「そうかな……」
「朔太郎に寄ったら今のお前がきっと最高地点だろうし」
「やだあ!あと十メートル欲しい!」
「ていうか失礼だと思わないの」
これとこれ、と航介が自分と俺を指さした。190くらいある人が親だったら気兼ねなく、まだまだ伸びる!とか言えるんだろうけど、俺じゃそうは言えないや。ご飯をたくさん食べたらきっと背が伸びるんだから、とかって台所に向かった海が、戸棚の中から発見したらしいポテトチップスをほくほく顔で持ってきたので、こりゃあ駄目だなとぼんやり思う。
洗濯物は手伝ってくれないらしい二人がテレビをつけてだらだらし始めた。海のパンツが出てきたから、航介のと重ねて再び大きさ比べしてみたんだけど、後ろから頭を叩かれた。どっちだか見えなかったけど多分金髪クソヤンキーの方だろ、海だったら腰骨の辺りを突き飛ばしてくる。ポテチに手を伸ばしていた海が、ぽそりと呟いた。
「ひまだなあ」
「勉強でもしたら」
「こーちゃんは中学生の時お休みの日に家で勉強しかしてなかったの、へえ、そお」
「なんだお前……機嫌悪いな……」
「どうせ背も小さいからね」
「今日の晩飯はなめこの味噌汁だけど」
「おれがなめこの味噌汁くらいでご機嫌になると思わないで!」
「じゃあ玉ねぎにしよう」
「なめこにして!」
「はい」
「……しろたさんとこに行ってこようかな……」
「寒いぞ」
「しろたさん抱っこしてるとあったかいから平気」
「上にジャージ着てけば。ほれ」
「んー」
しろたさんっていうのは海っぺりに良くいる野良猫だ。白いからしろたさんって海が名付けた。ネーミングセンスが直接的すぎていっそ清々しい。せっかく畳んだ洗濯物の中からもそもそとジャージを取り出した海は、なんかこれおれのじゃないよ、と袖を余らせている。じゃあそれ多分航介のだよ。特に気にしないらしい海に、こーちゃんも行こうよ、しろたさんもこないだ寂しがってたよ、と誘われた航介がポケットに車の鍵と携帯突っ込んで出て行く。足に使われてるっていうか、俺のこと置いてくんだお前ら、へええ。
「さくちゃんも行く?」
「さくちゃんは行きません」
「そお……」
「あっそ、行ってきます」
「待ってよ!もうちょっと誘って見たらどうなの!行くよ!」
「別に来なくてもいいし」
「こーちゃん早くー」
「おー」
「待ってって言ってるでしょ!寒っ、ちょお、もうジャージでいいや」
「あっ、それおれのだよ」
「海だって航介の着てるじゃない」
「そっかあ」
「……後ろから見るとお前ら大きさしか違わないんだな」
「え?」
「なに?」
「なんでもない」


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