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おはなし



「かすみせんせえー」
「せんせえー」
「もりすけくんがまさきくんのでんしゃとったあ」
「でもねっうみもねっもりすけのことぶったからねっ」
「せんせえ」
こんにちは、依伴かすみです。くじら組の先生です。以後よろしくお願いします。
わらわらと寄ってきた三人の男の子に目線を合わせて、話を聞く。一人だけべそべそ泣きそうな衛助くんとその隣であからさまにぶすくれている海くんを見るに、この二人の間でなにかしらがあったのだろうけど。あのねえあのねえって事情をなんとか説明してくれている将生くんがそもそもの発端なのではないか、なんて推測。将生くんはお話上手な方だけど、それでも要領を得ない部分はたくさんあって、こっちからも質問を重ねながら話を整理する。将生くんと海くんで遊んでいた中に衛助くんが来て電車を手に取ったところ、それは将生くんが使っていたもので、だけどそれをそうだと口に出す前に海くんが衛助くんに手を出してしまい今に至る、感じだろうか。怪我がないかを確認していると、海くんがぽこぽこと私に手を伸ばしてきた。こらこら、やめなさいよ。
「うみじゃないもんっ、うみちがうもんっ」
「ちがくないっ、うみがもりすけのことぶったんだああうええええ」
「うんうん」
「あのねー!まさきのでんしゃをね!もりすけがつかってもいいよってね!そんでね」
「うああああ」
「もりすけくんがいけないのっ、うみはちがうってゆってあげたのっ」
「うんうん」
なんだかいい感じにカオスってきたな、と他人事のように思いながら、号泣し出した衛助くんを泣き止ませにかかる。海くんもぶるぶるし始めたからほっといたら涙がおっこちそうだ。私に話を聞いてもらえることが嬉しくてたまらないらしい将生くんだけがにっこにこしながらさっきと同じ説明の二週目に入った。
海くん家は変わってんな、と思う。朝送ってくるのはスーツ姿の男の人、海くんからはさくちゃんって呼ばれてる。帰りにお迎えに来るのはジャージに金髪のこれまた男の人、海くんはこーちゃんって呼んでる。時々お迎えはスーツのさくちゃんだったり、さちえって呼ばれてる女の人だったり、ゆりねちゃんって呼ばれてるまだ制服着てる女の子だったりもする。ちなみにゆりねちゃんは超レア。他の先生も深くは突っ込まないけど、お母さんらしき人は見たことがない。スーツのさくちゃんと海くんは割とそっくりなので、血縁関係あるんだろうな。でもジャージに金髪のこーちゃんがお迎えに来ると海くんはめちゃくちゃ喜んで飛びつくし、今日の夜ご飯の話とかもするし、絶対一緒に住んでる。じゃあこーちゃんとさくちゃんは家族なのかと問われれば全く似ていない、レアキャラのゆりねちゃんとこーちゃんやさくちゃんも全く似ていない。そしてこーちゃんと海くんもそこまで似てない。前に遠目で見たことがある、二人揃って笑ってた時は似てたかな。なにがどう繋がってるのかよくわかんないけど、海くんは毎日楽しそうだからいいかなって私は思ってる。
電車騒動からしばらく経って、お昼ご飯も食べ終わった頃。衛助くんもとっくに泣き止んでるし、三人してさっきのことなんて忘れてしまったかのようにきゃっきゃブロックで遊んでる。女の子に絵本を読んでいた私がちらちらとそっちを窺っていることに気づいたらしい海くんが、ブロックで作った飛行機を片手に持ったままぽてぽてと近づいてきた。
「かすみせんせえ、あしたはうみはおやすみなの」
「ん?そうだっけ?」
「そお」
「明後日じゃなかったっけ」
「あしたもおやすみなの!こーちゃんとさくちゃんがおでかけするからおやすみなのっ」
「そっかあ」
「そのつぎのあしたも、そのつぎのあしたとそのあしたのあしたもおやすみ」
そうだったっけ、とぼんやり思い返してみれば、そういえばそんなような話を主任の先生がこーちゃんだかさくちゃんだかどっちかから聞いてたような気もする。私もそれを伝えられた覚えが、あるようなないような。そういういろいろをメモしてある手帳が今は手元にないから、すっかり忘れてた。お休みが嬉しいのかにこにこしてる海くんが、ブロックを弄くりながら口を開く。
「こーちゃんとさくちゃんとうみ、とーきょにいくの」
「東京?」
「しんかんせん!」
「いいなあ、先生も新幹線で東京行きたい」
「かすみせんせえもつれてったげるよ」
「それはどうかな!」
「わあ」
つい大きめの声が出てしまった。だってさあ、私だってこう、東京で可愛い服とか買い漁りたいわけよ。スタバに通いたいわけよ。目を丸くしている海くんに、先生ちょっと取り乱したわマジごめん、とざっくり謝っておいた。
「東京かあ。人がたくさんいるよ」
「うみとーきょいくのはじめて」
「うん、とーきょーね」
「とっきょ」
「とうきょう」
「きょ、と、きょう」
「……ばんそうこう」
「ばんこそう……」
「あいすくりーむ」
「あいすくみーる」
「惜しいなあ」
この前まではありすくりるんだったから、まだ上手くなった方かな。海くんのちょっと苦手な単語シリーズは面白いから、お迎えに来たこーちゃんに教えてあげることにしている。東京が言えないって伝えたらまたあの若干困ったような笑いたいような微妙な顔をするんだろうな。
その日のお迎えで明日からしばらくお休みしますって伝えられて、言葉通りに少し長くお休みした海くんは、帰ってきたら私に新幹線の絵を書いてくれた。あと、誇らしげに遠くまで行ったことを衛助くんや将生くんに話しているけど、すごいすごいって聞いてる二人はあんまり意味が分かってないと思うし、話してる海くんもあんまりよく分かってなさそうだ。かわいいからいいけどね。


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