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おはなし



「……いや、そんな見せられてもさ」
「かなたチョイス」
「良かったね……」
「被っちゃったからあげるっつってたの、もらった」
さっきから何故か真顔の有馬が、ぐんにゃりと垂れ下がったライオンとうさぎの合いの子みたいなぬいぐるみのキーホルダーを見せつけてくる。正直可愛いかと聞かれたらそうでもない、どちらかというとぬいぐるみのくせに顔があまりにも無で怖い。点と線だけにしたって、もうちょっとにこやかにしたらどうだろう。あと、首の後ろにチェーンがついてるせいで吊ってるみたいに見えるところも怖い。
友達と遊んだ時に一つ三百円くらいの少し高いガチャガチャを何度か回したかなたちゃんが、いくつか同じものが出てしまったキーホルダーをどうするか困った挙句、頼れるお兄ちゃんに大事な可愛いキーホルダーを託すことにした、ことに有馬の中ではなっているらしい。多分だけど、あんまり可愛くないしダブったけど捨てるのは偲びないので処理的な意味でうざく絡んできたお兄ちゃんを追っ払う手間賃にしたのではないかと思う。結構な大きさがあるそれを家の鍵に付けてにこにこしてる有馬にそれを言うのは心が痛むので、黙っておくけれど。
「いいだろー、弁当も欲しいんだろうけどな、でもあげないぞ」
「……うん……」
「これを馬鹿にしたやつをきっと俺は許さないね、泣いてもだめ」
「あ、ここにいたー」
ぶらんぶらんキーホルダーを揺らしながら自慢してくる有馬に曖昧な返事をしていると、小野寺と伏見がこっちに来るのが見えた。連絡したのに、と文句を言われて携帯を見れば、確かにどこにいるのか聞かれていて、見てなかったと謝る。頼んでいた飲み物を受け取ってお礼を言えば、前の席に荷物を置いて腰を下ろした伏見が、有馬の手にあるライオンうさぎもどきを目に止めて顔を顰めた。
「なにそれ、きっも」
「あ!?」
「耳きも、長っ。顔もやばい、死んでんの?」
「伏見表出ろコラ」
ぬいぐるみみたいな無表情で伏見の肩をがっと掴んだ有馬を宥めすかしてる内に、なんだか俺まで欲しがってるみたいな話の流れになってしまった。いや、全然欲しくないんですけど、いくらお前に渡されるものでもいらないものはいらないんですけど。そう弁解する暇もなく授業が始まって、いらないからと釘を刺すのを忘れた事に気づいた時には時既に遅く、俺も有馬も家だった。わざわざメールとかするまでの話でも、と自分を誤魔化して、まさかあいつだって持って来やしないだろうと楽観視していたのが間違いだった。嫌な予感はしていたのに。
「……………」
「こちらもかなたチョイス」
「……そう、ですか」
「弁当にあげよう」
「ありがとうって伝えといて……」
次の日、朝一でずいっと突き出されたのは羊と鳥のミックスだった。何故このシリーズは頑なにぬいぐるみの首の後ろにチェーンを設置するんだろう、ぶら下げたいなら頭のてっぺんとかにすればいいじゃないか。弁当が羨ましがってたっつったら一生懸命選んでた、と何故かしかめっ面で言う有馬に首を傾げたけど、わざわざ選んでくれたことはありがたい。不要品の処理ではない分、多少の申し訳なさもあるけれど。
「つけないの」
「えっ」
「ぶら下げないの」
「……いいよ、つけるとこないし」
「ここでいいじゃん」
「おい、ちょっと、いいから、やめろ、有馬てめえ」
人の鞄に勝手にぐったりしているひつじどりを付けた有馬が満足気だったので、外す気もなくなってしまった。今度忘れた頃にでも移動させておこう。そもそも鞄とかにぬいぐるみなんかぶら下げてたらすぐに汚れて使えなくなってしまうと思うんだけど、こいつは可愛い妹からもらったライオンうさぎがどうなってもいいんだろうか。有馬のやつの首の周りと同じく、俺のこれは全体的にもふもふなので、即刻汚れそうな気がする。
案の定伏見に変な顔をされたので、こういうわけで有馬の妹がくれたんだ、と説明すれば微妙そうながらも納得してくれた。これは何の生き物なの、嘴も羽もあるのになんで羊毛のようなもので覆われている上に四足歩行なの、とキーホルダーをまじまじ見てる伏見を有馬が後ろから見てたので、この瞬間次の生贄が決まった。
「なんだよ!俺だってお前にやりたかねえんだよ!でもかなたがくれるからさあ!」
「いらねえ!ほんっとにいらない!大体なんなんだよそれ、きもい!」
「きもくねえよ!伏見にそっくりじゃねえか!」
「ぶっ殺すぞてめえ!」
伏見の手に渡ったのは、タコのようなきりんだった。ついに海の生物にまで魔の手が伸びてしまった。全体のカラーリングは黄色と茶色で一般的なきりんの絵に近いのに、首が無駄に長い上にぐにゃぐにゃでぶっちゃけ一番やばい。ぶら下げたら恐らく首はたくさん生えてる足に混ざってしまうだろう。胴体を挟んで首の下にスライムのなり損ないみたいににょろにょろと足が伸びてるのとかも、最高に怖い。こんなの夜出てきたら卒倒する。
「やだっつってんじゃん!やめろ!きもい!無理!ほんと無理!」
「待ってろ、つけてやるからな」
「死ねクソジャージ!」
ぎゃんぎゃん騒ぐ伏見が有馬の頭を教科書の角で殴るのを止めながら、でも顔は一番マシだよ、なんて全く意味を為さないフォロー。だって、目が点じゃなくてちゃんと丸になってるし、ちゅーって伸びてる口もそんなに気持ち悪くない。と思ったらこれ鼻だ、なんで鼻が伸びててその下に更に口が書いてあるんだ。これ作った人は何を考えていたんだろう、なにか悪いものでも食ったか病気だったとしか思えないんだけど。
いらねえと暴れる伏見を物ともせず、よりによって携帯にタコきりんを無理やり設置したらしい有馬が何をしたのか見ていなかったけれど、すぐさま取ろうとした伏見が何しやがったとぶち切れてるので、何か細工をしたんだろう。握り拳で有馬を殴打する伏見を特に止めずに見ていると、これ取っとけと伏見に携帯を渡された小野寺がぽつりと呟いた。
「みんなお揃いだね」
「……こんな不本意なお揃い初めてだよ」
「いいなあ」
「いや、良くないでしょ、よく見なよ、小野寺しっかりして」
「なに?お前も欲しい?」
「伏見みたいのはやだけど」
「かなたもう一個くれっかなあ」
こんなの付いてたらもう携帯機種変するしかない、と顔を覆う伏見を慰めながら、自分からこっちに飛び込んで来やがった小野寺にちょっと引いた。そしてきっとかなたちゃんはもう一個どころかあるだけくれるだろう、三つ目の時点でいい加減に気づけ。お兄ちゃんのために仕方ないからあげてるんじゃなくて、お前の役割は体の良いゴミ箱なんだよ。
「ははは、きっも。なにこれ、くま?ふふ、気持ち悪っ」
「失礼だな!せっかくかなたがくれたんだ、ありがたがれよ!」
翌朝、大笑いする小野寺が持っていたのはくまのようなワニだった。形はワニの癖に、大口開けた上顎の部分に何故か目も口も書いてある。あと色が完全にくまだし耳も丸い、裏側は三日月に色が薄くなってる。首に当たる部分がないからか、こいつだけ尻尾にチェーンがついててちょっと羨ましい。遠くからぱっと見、ただ茶色いだけのワニだし。つけるとこないや、と財布にワニぐまを取り付けた小野寺を見た伏見が、あいつの精神力どうなってんの、とどん引いていた。ていうか普通に邪魔だろ、あのぬいぐるみ結構大きいのに。
それから二日くらい経って、有馬がまた別のぬいぐるみを持っていた。猫の頭から直接、八本足と尻尾が生えている。生首だし顔も相変わらず点と棒の無表情だから、訳の分からなさがすごい。頭のてっぺんからぶら下がったチェーンをぶん回しながら有馬がこっちに寄ってきたので、また押し付けられるのかと顔が引きつってしまった。
「これももらった、カニねこ」
「……そっちのがこのぐにゃぐにゃより五億倍はマシじゃん……」
「あれ?首どれ?」
「あった、これだけ顔ついてる」
「でもタコのが顔は可愛いだろ」
「もうやだあ、お前これどうやってつけたの、マジで取れないんだけど」
「交換してもらえば?」
「それでもいい、交換でもいいから、携帯ほんと邪魔」
あれからずっと携帯にぶら下げられているタコきりんのせいで大分憔悴している伏見が流石に可哀想になったのか、小野寺がチェーンを力づくで引き千切って取り外した。壊しちゃった、ごめんね、と小野寺は申し訳なさそうな顔をしていたけれど、それに反してぱっと嬉しそうな表情を浮かべた伏見を、有馬がまた叩き落とす。
「じゃあこれもこれもつけとけ」
「わっ、か、分かった!つける!つけるから!自分でやる!」
「……よっぽど嫌だったんだね」
「伏見昨日まで本気で携帯機種変しようとしててね、下見行ったんだよ」
タコきりんをカニねこのチェーンに通してまた勝手に伏見の私物に付けようとした有馬を、ものすごく焦った伏見が止める。ここにつけるから、鞄の中入れたら落とさないから、と有馬に見せながら鞄の肩掛け紐にチェーンをかけた伏見があまりに動揺していてなんだか可哀想だった。まあ伏見がもらったあのぐにゃぐにゃ、他のと比べてトップクラスに気持ち悪いしな。
それからと言うもの、隙を見て外す度に有馬が、なんで取っちゃったの、なくなっちゃったの、と残念そうに聞いてくるので、しばらくの間俺の鞄のファスナーにはひつじどりがぶら下がっていた。バイト先で中学生に、先生それなんですか、と奇異の目を向けられたことが一番ぐさりと心に刺さった。


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