このサイトは1ヶ月 (30日) 以上ログインされていません。 サイト管理者の方はこちらからログインすると、この広告を消すことができます。

おはなし



「うみー。うー、みー」
「やあああ」
「あっ、ぶれちゃうでしょ!逃げないでよ!」
「……嫌がってんじゃねえか」
「恥ずかしいだけだよね、ねっ海」
俺の後ろにダッシュで逃げ込んできた海を追い込むように、カメラを構えてじりじりと迫ってくる朔太郎から逃げるように下がる。妹から新しい最新式のデジカメを貸してもらったんだって誇らしげにしてたとこまでは見てたけど、その後恐らくはずっと、海を追いかけ回して写真を撮り続けているんだろう。最初は海も朔太郎が遊んでくれてると思って楽しくしてたはずだけど、延々カメラを向けられてたんじゃ怖がって当然だ。
「うーみっ」
「やだあ、もうはいちーずしない」
「もう一枚だけ、はいっ!こっち向いて!」
「しないぃ」
「海のけちんぼ!」
「こーちゃんのことちーずしてあげて、うみはもうしない」
「ええー……はい……」
「てめえ」
ノリノリでカメラ向けられるのも嫌だけど、あからさまに等閑にされると腹が立つってもんだ。適当極まりなくシャッターを押した朔太郎からデジカメを没収すれば、海と朔太郎から同時に声が上がった。ジャンプした海が貸して貸してと手を伸ばしてくるのをそっと除けつつ、取り返しに向かってくる朔太郎を跳ね除ける。
「わあー!」
「あー!友梨音のなのに!航介が壊したって言うからな!」
「壊すつもりなんかねえよ、人聞き悪いこと言うな」
「うみがこーちゃんちーずする!するー!」
「分かった分かった」
「かにさんしてっ、こーちゃんカメラかしてっ」
「ここ押すんだ、ほら」
「うはあー!」
「海、早くしないとかにさんやめるぞ」
「やだっ、はいっ、ちーず!」
「んー」
「さくちゃんのことも撮ってもいいよ、海」
「はいっ!」
「早っ、早いよ!」
カメラを持ってテンションの上がった海がばっしばし俺達の写真を撮りまくって、その後それがどうなったかまでは知らないけど。まさか全部印刷はしてないだろ、消しちゃったかな。

「海」
「いや」
「いいから両手を上げて、大人しくこっちを向くんだ」
「やだ」
「早くしないと撃つぞ」
「……なにしてんの」
「あっ航介!海が写真撮らしてくんない!」
「こーちゃん!さくちゃんがしつっこい!」
せめてランドセルくらい下ろさせてやれよ。鍵の開いたランドセルをがちゃがちゃさせながら逃げてくる背中に向かって、朔太郎ががしがしシャッター押してる。あわあわしながらも俺に飛びつく体勢になった海を受け止めようと腰を屈めた途端、びたんって痛そうな音と共に顔から転んだ。足に足引っ掛けたんだろうな、フローリングに直だから痛そうだな。俯せたままぶるぶるしてた海から、ぐす、ずる、って鼻を啜る音がしたので膝をついて抱き上げた。
「う、うう、うっ、ひっ」
「痛かった痛かった」
「ふむ、親子愛」
「カメラ置いてこい、馬鹿」
自分が追っかけ回したせいですっ転んで泣いてる子どもと俺の写真撮って、あまつさえタイトルまでつけてるデリカシー皆無の朔太郎をしっしっと追い払った。大人しく一度すっこんだ朔太郎が手ぶらになって、友梨音が新しいカメラ買ったから昔のはいらないんだってくれたんだよ、と戻ってくる。海は俺の肩に鼻水付けて朔太郎のこと睨んでるし。
「写真撮るのはいいけど、撮りすぎだ」
「そうかなあ」
「逃げられてる時点でやめろよ」
「海だって最初はニコニコしてたし」
「もうやだって言った!さくちゃんぼくのこと百枚くらい撮った!」
「ほら」
「確かにデータはいっぱいになっちゃったけど」
「それが撮りすぎだっつってんの」
「だって、明日になって海が突然ジャングルの王者みたいになってたらどうするんだ!」
だから今の海を残しておかないと!じゃない。そういうどうがんばってもあり得ないことを例え話にするのやめろって何億回言ったか、俺覚えてないぞ。海も海で、そんなのいやだ、ぼくはサメになるんだ、とか真面目な顔して言わないで欲しい。明日朝起きて隣にサメがいたら死を覚悟するわ。ていうかついこないだまでの将来の夢は忍者だったんだけど、それは諦めたんだろうか。
しょっちゅう転んだり投げたりするせいであっという間に傷だらけになったランドセルを引っ張ると、器用にも人の首に手を回して抱きついたままランドセルだけ外す芸当を見せてくれた結果、海は離れてくれなかった。ほら、一旦拗ねるとめんどくさいのに。
「ふんだ、さくちゃんのおたんこなす」
「あっお前、なんてこと言うんだ!この磯野郎!」
「……………」
どっちも大した悪口じゃないとは突っ込みづらかった。

「……………」
「怒られんぞ」
「連写だから平気」
なにが平気だ、ほんのついさっきまで嫌がる海のこと追いかけて突き飛ばされて部屋から追い出されてもめげずにしつこく隠し撮ったせいでついにブチ切れられたくせに。てめえこの眼鏡いい加減にしろ馬鹿、なんて海が叫んでるとこ初めて見たんだからな。
制服姿のままタオルケット被って丸くなってる海の横で、ぴぴっ、ぴぴっ、って音を響かせて写真撮ってる朔太郎を後ろから叩けば、不満そうな顔を向けられた。それいつのデジカメだよ、相当古いの引っ張り出してきたな。そう聞けば、いつだか随分前に友梨音がくれたやつだよ、と過去のデータを開いて渡される。ぽちぽち小さなボタンを押して操作していくと、今寝てる海が何枚もあって、その前にはしつこい朔太郎に怒ってるついさっきの海がこれまた何枚もあって、そのまた前にはいつだか旅行へ行った時の写真だとか、みんなで海水浴へ行った時の写真だとか、何ともない普段通りの晩飯食ってる写真だとか、海の誕生日の写真だとかがたくさんあって。そんなのよりも更に前へ前へと遡っていくと。
「……ランドセル」
「懐かしいでしょ」
「お前が毎回しつこいから、毎回最終的に海泣いてるじゃねえか」
「海の泣き虫を治そうと思ってだね」
「無責任な父親」
「航介がちゃんと慰めてくれてるからいいじゃない」
ランドセルを通り越して保育園の頃の写真まである。今じゃさっぱり見なくなった、昔は見慣れた泣き顔に少し笑いながら遡っていくと、一枚だけ不思議な写真があった。俺と朔太郎しかいない、しかも二人ともカメラの方を向いていない写真。こんなの誰が、と首を傾げれば、端にかかっている小さな指を指した朔太郎が笑った。
「ふふ、これ、海が撮ったんだ。俺覚えてる」
「……若い……」
「やめてよ!まだ若いよ!」
「いやあ、もう若くはねえよ。それはいろんな方面から怒られるよ」
「んん、うるさあい」
「おっ、寝起きー」
「……しつけえなあ」
俺からデジカメを引ったくって、もそもそと身動きした海をまたぱしゃぱしゃ撮り始めた朔太郎に溜息をついた。


40/74ページ