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おはなし



*分岐2その後

「あっ、有馬来たあ」
「おー」
「悪い、待った?」
「待ったー」
「待ったな」
「ご、ごめん……」
「お前が時間通りに来たことなんてないじゃん」
「ねー。ゆうちゃんはビビリだから10分前には来てんのに」
「うるせえな」
「若泉は?」
「馬鹿のために時間割いてられっか、っつってた。自分だって頭悪いくせにさ」
「ゆうちゃん、いずみくんは勉強が出来ないだけで頭の回転は早いんだよ」
「そうだ、行原とは真逆だからって嫉妬すんなよ」
「してねーよ!ふざけんな!」
叶橋が行きたい行きたいって前々から騒いでた可愛い感じの女の子向け居酒屋に、しょうがないからついてってやるかと日にちを決めたのはつい一週間前くらいで、ゆうちゃんも来るってさ、と知らされたのは昨日になって急な話だった。自分だって居酒屋でバイトしてるんだからシフト入っててもおかしくないのに、予定を合わせてくれたのなら嬉しい限りだ。今日行くところはなんとこんなにかわいいところ、と白っぽいひらひらふわふわな感じを基調にした店内の画像を見せられて、彼女とでも行けばいいのに、とぼんやり思う。でも叶橋はロリコンだから、今の彼女も幼くて可愛い感じの高校生に見えない高校生なんだっけ。そりゃ居酒屋になんて行けないか。
「お前ちゃんと予約とったの?」
「とったよお」
「俺さあ、昨日くらいに店の名前で調べたんだけど。あんなとこに男三人って、祭お前」
「かわいかったでしょお」
「え、どんなだったの、行原」
「腹に溜まらなさそうな飯ばっか」
「酒は?」
「二時間で追い出されるからその後飲み直そう」
「……そっか……」
「店員さんの制服もめっちゃ可愛いし、行きたかったんだあ」
「そりゃ束佐も来ねえはずだわ」
溜息をついた行原と二人で、うっきうきの叶橋についていく。駅からそんなに離れていないその店は、見た目こそ普通のありふれたビルの一角だけど、入口扉を入った途端可愛らしいオルゴール調の音楽が小さく響いて、柑橘系のいい匂いがした。レジにいた女の子の店員さんが、俺らを見て一瞬ぎょっとする。当たり前だ、背も高くてガタイも良くてふわふわと長い髪を緩く括った垂れ目の男と、その後ろには威嚇剥き出しですげえ目つき悪いヤンキー丸出しのこれまた男と、俺だもん。そりゃびっくりするよな。へらへら笑った叶橋が、あのお、予約してたんですけども、と店員さんに近づく。なんか店員さん可哀想だ、側から見ると完全に叶橋が不審者だし、ここに男のみで来る奴もいないだろうし。いらっしゃいませの声も出ないのにも頷ける。
予約の確認も無事終わり、接客スマイルを浮かべた店員さんに案内してもらう。中にいるのは当然女の子ばっかりで、なんとなく視線が痛い。叶橋は一人できょろきょろしてかわいいかわいいってきゃっきゃしてるから気にならないかもしれないけど、俺と行原は若干居た堪れない気持ちになってるから、早く誰か助けてくれ。
「ねえ、なにする?」
「……個室で良かった……」
「……出来る限り店員も呼びたくねえ……」
「えー?なに?二人とも元気がないねえ」
「元気なお前がおかしい」
「目ん玉かっぽじって周り見ろ、女子しかいねえじゃねえか」
「見てえ!ストロベリーミルクに苺のチョコ乗ってる!かわいー!」
「聞け!こら祭!」
「駄目だもう」
とりあえず一杯目を頼んで、スナック菓子の盛り合わせみたいなパーティープレートも一緒に頼んでおく。それ以外の食い物類が、中身かっすかすのサラダだったり明らかにデザートのパフェやらアイスやらだったりで、全く頼りにならなかったのでしょうがない。がっつり肉とか思いっきり炭水化物とか、そういう色々は流石に期待はしてなかったけど、これじゃいくら女の子だって腹減るだろ。
メニューに乗ってる酒類は甘ったるい系ばかりだったので、その中でも飲めそうなやつを選んだ。目を輝かせた叶橋が選んだのはこれまた可愛らしい細身のグラスに入ったソフトドリンクなんだかアルコールなんだか分からんそれだったけど、もうほっとく。行原は、そんなに酒飲めるわけでもないけど甘い酒は飲めない難儀な体質なので、グレープフルーツのなんかを頼んでしかめっ面してた。アルコール過多だった顔なのか、これジュースじゃねえかの顔なのかまでは読み取れなかったけど。一応は久しぶりなので乾杯はして、ポッキーつまみながら口を開く。報告しとかなきゃいけないことがあるわけじゃないけど、話はぽつぽつと近況を知らせる方向に流れて。
「行原はさあ、あの後輩くんとルームシェアしてんだっけ」
「おー。理生の飯美味いよ」
「ろりくん、お婿さんっていうよりお嫁さんみたいだもんねー」
「……皿洗いは俺もやってる」
「それ以外の家事は丸投げなんでしょ」
「洗濯も干してる!」
「嘘だあ、俺ろりくんから聞いたよ。佑騎さんこのままじゃヒモになっちゃいますって」
「しっかりしろよ、簡単な飯くらい作れないと困るぞ」
「うっせ!有馬だってどうせなんも出来ねえだろ!」
「え?はるくんは出来るよね、料理」
「ちょっとなら」
「う、嘘だ」
「こないだ写真見たよ、彼女さんにグラタン作ってあげたんでしょ」
「かの、……ああ、うん」
「え?有馬彼女できたの?」
「んー」
「一緒にディズニー行ってた子、ゆうちゃんも写真見せてもらったじゃん」
「ああ、そういやそっか」
「や、それはちが、ううん何でも」
「ちが?別の子なの?」
「……ほお……」
「い、いいだろ別に」
叶橋が見たって言う写真は、確かツイッターかなんかに載せたやつだろう。弁当んちで作って食わせてやったやつだ。千晶と別れた後、また付き合ってる人がいるとは誰にも言ってないけど、何かしらの言葉尻を捉えられた結果そうなっているのならそのままにしておきたい。彼女じゃないけどお付き合いしてるのは確かだし。目つきが悪くていつも怒ってるみたいに見えるせいで、高校時代からずっと女の子に避けられ続けている行原に憎々しげな視線を突き刺されて、ふいっと目を逸らしておいた。
「詳しく聞かせてもらおうか、あ?」
「あの、割とほんとに怖いんで、ガン飛ばさないでくれますかね……」
「えー、俺も聞きたあい」
「なんもそんな楽しいことないって」
「年は」
「……タメだよ……」
「写真」
「ない」
「しゃ、し、んっ!」
「ないったらない!あいつ写真嫌いなんだ!」
「……取っ替え引っ替えしやがって、ちょっと顔が綺麗だからって……」
「ゆうちゃん嫉妬、醜いー」
「うるせえ祭。おい有馬、大学の知り合いか」
「うん」
「高校どこだった」
「……地方から出てきてる人だから、知らないとこだよ」
行原が俺のお付き合い関係に過剰反応するのは、高校生の時に唯一出来た行原の彼女が結局彼を蔑ろにして俺に擦り寄ってきた事実があるからということもあって、強く出られない。吊り目気味の三白眼でじっと見据えられると恐怖が勝つんだけど、それを自分でも充分に分かっている行原は淡々と俺に短く問いかけてくる。普通に怖い、うっかりぽろっと相手は男なんですとか言っちゃったら最後だ、馬鹿で鈍い俺でも流石にそれは隠さなきゃいけないってことくらい察する。
まるで尋問のように根掘り葉掘り聞かれて、ほったからされたグラスと俺がただただ汗をかいていく。嘘つくの苦手なんだ、誤魔化し混じりの本当のことしか言えない。ふにゃふにゃ笑ってる叶橋は味方に立ってくれなさそうなので、自力で乗り切るしかないし。瞳孔開きまくってる行原の真顔が、ふと緩んだ瞬間にどっと息を吐いた。
「はあああ……お前怖えよ……」
「気になったから。色々聞いて悪かった」
「はるくん今度は振られちゃわないといいねー」
「う……」
「そういやお前、いっつも振られてばっかだな」
「告られて付き合って振られるの、パターンになってる感あるよね」
「やめろ!今回は絶対そうはならねえから!」
「なんで?まさかはるくんから言い出したの?まさかあ」
「何が悪いんだよ!」
「……え?」
「マジで?」
「そ、そうだよっ、俺が付き合ってって言ったんだ」
「……………」
「……意外だな」
「なんで」
「そんなこと、高校の時はなかっただろ?」
「それまでだってなかったよっ、はるくん鈍感野郎だし」
小学校時代から俺を知っている叶橋がぶんぶん首を振って拒否するので、そんなにあり得ないかよ、とちょっとショックを受けた。好意を向けられていることに気がついたら普通は自分も多少は意識するなり何なりがあるはずなのに、まず気づくことが無いから意識もせず、告白されたら首を縦に降り、普段通りに馬鹿やって勝手に幻滅されて振られるのがお前だろう、と頭を抱えられて何も言えなかった。うるせえと言い返すことすらできない、だって今まで基本その通りだったし。でも今回は気づけたんだ、俺も少しは大人になったんだと思って欲しい。
馴れ初めを詳細に話すわけにはいかないけれど、とにかく俺からお付き合いのお願いをして今はそうなってるんだと話せば、二人とも神妙な顔をして聞いてくれた。行原なんて弁当に会ったことあるし、下手なこと言えない。
「そっかあ、二人でどっか行ったりしたの?」
「まだ、あんまり」
「うちに飲みに来いよ」
「やだよ!絶対行原見に来るじゃんか!」
「違う、店員として疚しい事してないか把握しないといけないから」
「嘘つけ!写真撮るだろお前!」
「やー、有馬の大学の前で張り込みしちゃおっかなあ」
「束佐も呼んでやれよ、あいつそういうの大好きだし上手いだろ」
「いずみくんに声かけたら本気のそれになっちゃうよお、もう興信所だよ」
「やめろ!やめろー!」


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