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おはなし



たまちゃんはかわいい。
小学生の時は足が早くて、お勉強があんまりできなかった。二つ結びをウサギの耳みたいにぴょこぴょこ揺らしながらランドセル背負って走ってくたまちゃんを、俺は一生懸命追っかけてはすっ転んでた。その度にたまちゃんは振り返って、地面とこんにちはしてべそべそ泣いてる俺の手を引っ張って、少しゆっくり歩いてくれた。高学年になると、いっぱいあった足の擦り傷とか青痣とかは少しずつなくなって、たまちゃんの二つ結びはちょっとずつ下の方にずれてった。スカートが風で捲れそうになるのをたまちゃんが片手でぱって押さえた時に、何と無く目を逸らさなくちゃいけない気になったのをよく覚えてる。
中学生になって、たまちゃんとはあんまり一緒にいることがなくなった。女の子同士で話してるのを目で追うのがせいぜいで、というか俺だって友達とわいわいしてる方が楽しくて、たまちゃんがいつの間にか勉強出来るようになったことも割と遅れて知ったくらいだった。俺の方が頭悪いんだって分かった時ほんの少しもやもやして、必死で勉強するようになった。それからまたしばらくしてたまちゃんが目指してる高校を風の噂で聞いて、そこに行くには俺の成績じゃちょっと足りなくて、今までよりももっとたくさんがんばるようになった。合格したのを見た時はちょっとだけ泣いたし、本当に久しぶりにたまちゃんが俺を見て、また一緒だね、って笑ってくれたのがすごく嬉しかった。二つ結びを揺らすたまちゃんが、そのままでいてくれたことが嬉しくてたまらなかった。
中学生の間に、たまちゃんに一回彼氏が出来たことがあったけど、ものすごいもやもやしてそわそわして頭の中がぐるぐるしてる間に別れた。そこで、どうやら俺はたまちゃんのことが好きらしいと気づいた。でもだからって告白したりとかそういうことは出来なくて、だって俺なんかとたまちゃんが釣り合うわけないじゃないか。十人に聞いて十人全員が可愛いって言うかと問われたらそうじゃないかもしれないけど、たまちゃんは可愛くて、優しくて、頑張り屋さんで、いつも楽しそうで、有り体な例えだけど花みたいだと思うんだ。でも俺はそんなことなくて、何もかもが普通で、たまちゃんのことが好きだなあって思うことしか出来ない。もしかしたらそれはもうとっくに伝わってしまっているのかもしれないけれど、言葉にして直接言うことは俺にとって酷く難しいことにしか思えなかったんだ。
高校に入って、たまちゃんのことを勇気を出してたまちゃんって呼んでみたら、ちょっとびっくりしてたけど、なあに仲有、って笑ってくれた。すごく安心した。中学の時みたいに黙って見てるんじゃなくて、たくさん話してたくさん楽しいことをしようって思ってたんだけど、中学の時と違うのは俺の心算だけじゃなくてたまちゃんの周りを取り巻く環境もだった。
「珠子ちゃん」
「なあに」
「はいこれ、先生が配っといてって。俺半分やるからさ」
「ありがとー、さくたろくん」
二人で仲良くプリントを分けっこする辻とたまちゃんを歯軋りしながら見ていると、不思議そうな目を弁財天に向けられた。いや、いいんだ、たまちゃんに優しくしてくれているのはすごくいいんだ、悪いのは辻の顔が割と整ってることだ。俺がたまちゃんをお手伝いしたって、ああやって様にはならない。顔がいいって得だなあ、羨ましいなあ。そう思ってしまう自分がなんとなく恥ずかしいものに思える。いけないな、と頭を振って冷静になろうとしていると、からからと扉を開けてクラスの中を覗き込んだ、俺の中の最重要警戒人物にたまちゃんがぱっと駆け寄った。
「つづきくん!」
「あ、高井。あのさ、航介見なかった?」
「ううん、見てないよっ」
「そっか……どこ行っちゃったのかなあ」
「瀧川と飲み物買いに行ったんじゃないの」
「ここに戻ってくる?」
「待ってれば戻ってくると思うけど」
都築と辻とたまちゃんが、仲睦まじく話してるところを見るのが辛い。俺だってああやってたまちゃんと話したいのに、でもあんなぺらぺら楽しい話は出来ないし、下手なこと言って怒らせちゃっても嫌だし。しかも、たまちゃんは都築のことが好きかもしれないんだって。本人から聞いたわけじゃないけど、あんなに楽しそうなら本当にそうかもしれないと思っちゃうじゃないか。じっと三人を見ていると、弁財天にそっと目線を追われて、あわあわしながらそっぽを向かせておいた。秘密なんだから、俺がたまちゃんのこと好きだなんてまだ誰にも言ったことないんだから。
告白してみたいけど、それは俺がたまちゃんに釣り合う男になってからだ。もっとがんばらなきゃ。たまちゃんにかっこいいって言ってもらえるくらいの男になったその時は、自分の言葉できちんと好きですって伝えるんだ。だから、ものすごく我儘だけど、それまで待っててほしいな。

「なかあり」
「どうしたの、たまちゃん」
「なかあり、たまこ。仲有珠子、いいねえ、ふふふ」
「そうかなあ」
「あたしは好き」
「……それは、良かった」
「早く仲有珠子にしてよ。高井より仲有のがかわいいんだもん」
「まだもうちょっとだけ待って」
「待てない」
「待って」
「もうずーっと待った」
「……だってえ」
「女の子はねえ、早くウエディングドレスを着たいもんなの」
「はい」
「あんまりぐずぐずしてると、他の名前になっちゃうからね」
「や、やだ」
「じゃあ早くしなさい」
「……でもまだ俺、かっこよくない」
「鼻水垂らしてた頃と比べたらかっこいいよ」
「ほんと?」
「こんっくらいだけね」
「うああ……まだまだだ……」
「あたしがかっこよくしてあげるから、安心していいの」
そう言って笑うたまちゃんは、やっぱりすごくかわいかった。


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