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おはなし



「みかづきも」
「もずく」
「くみたいそう」
「うみ」
「みるく」
「く、く……くずきり」
「りあかー」
「あ?」
「あ」
「あこーすてぃっく」
「く!朔太郎お前!さっきからくばっか!」
有馬と朔太郎と俺で、暇潰しにしりとりを始めたのはいいけれど、朔太郎が有馬を積極的に潰しにかかっている。まだまだくから始まる言葉なんてあるよ、とにやにやしているけど知識量の少ない、もとい馬鹿な有馬に対してはただのいじめにしか見えない。俺の後ろのソファーでぷーすか呑気に寝てる伏見に一瞬助けを求める目を向けてすぐに諦めた有馬が、ずりずりと這うように当也を呼びに行った。あいつ入ると途端に終わらなくなるんだよな。
「なに」
「弁当、く!くから始まる言葉!」
「く?くあらるんぷーる」
「なにそれ!?」
「都市の名前だよ」
「やだあ、当也いるとマニアックしりとりになる」
「だって負けたくないし」
「俺はるからでいいの?」
「いいよ!俺これから弁当と一緒にやるから!」
「る、るーる」
「るくせんぶるく」
「く!はい弁当!」
「くいず。……有馬もうちょっとがんばりなよ」
「ずる」
「る、あっ航介てめえ!」
「ほら早く、るから始まるもの」
「くそー、る、るーずりーふ!」
「ふ。有馬考えて」
「ふ、ふじのやまい……」
「……自分で言って重くなるようなこと言うなよ……」
「なにしてるの?」
「しりとり」
風呂に入ってた小野寺が出てきて、寝てる伏見の足元あたりに腰掛ける。いるか、と俺が朔太郎を指すとそれに応えるように、かずのこ、と朔太郎が有馬に指を向ける。有馬はそのまま当也を指さして、逆さに捻じ曲げられていた。ちょっとは自分で考えろ、の意だろう。それは俺もそう思う。
有馬から、こま、まり、りんご、と一巡したところで当也が有馬をそっと押さえながらぼそりと、ごま、なんて呟いて俺を見た。ちくしょう、嵌められてたまるか。まで縛られるのはちょっと嫌だ、そんなにぱっと思い浮かばないし。とりあえず、ますく、と朔太郎に向けておいた。
「くし」
「しま」
「……まきがい」
「いんど」
「どま」
「まつぼっくり」
「りんぱ」
「ぱーま」
「まつり」
「りたーんまっち」
「ちゃがま」
「……………」
「あれっ、もしかして弁当意地悪してる?」
「してる」
「航介も俺に意地悪しようとしてるよねえ」
やっぱりばれてた。意地悪はしてる。やられっぱなしは嫌だったから朔太郎にも縛りをつけてやろうと、りから始まる言葉を強制してるんだけど、まから始まってりで終わる言葉があんまりない。ちょっと考えた挙句に、まきわり、と続ければ誰が何を企んでいるのかうまく繋がらないらしい小野寺が難しい顔をしていた。当也が俺を嵌めようとし始めてからは有馬もほったらかしだもんな。
「りすにんぐ」
「ぐんま」
「まさかり」
「りくつ」
「つま」
「まもり」
「りくるーとすーつ!」
「……朔太郎」
「えー?なに?」
しれっとしてるけど、恐らく朔太郎は当也につから始まる言葉を言わせようとしてる。それにいち早く気づいた当也は、じとっと恨めしげな目でへらへらしてる朔太郎を見据えた後、諦めたようにため息をついた。ついかちゅうもん、と不貞腐れたように吐き捨てて横になった当也に、朔太郎とハイタッチ。下手な企みするからそうなるんだ、馬鹿め。置いていかれっぱなしだった有馬がきょろきょろして、えっなんで今弁当わざと負けたの、もうなんにも思い浮かばないの、がんばってよ、と不貞腐れモードの当也を揺さぶっていた。自分が二重縛りされるなんて思ってもみなかっただろうし、悔しいんだな。自業自得だ、ざまみろ。
がしがし髪を拭いてた小野寺になら勝てると踏んだのか、うつ伏せで何も言わなくなってしまった当也を諦めた有馬が、第二ラウンドだ!と向き直る。小野寺もよーしとか言って乗り気だけど、語彙力無い同士で戦って何を得られるんだろう。朔太郎も同じようなことを言いたげな顔をしていたので、特に参加せず黙っておく。じゃんけんをした結果、小野寺からになったらしい。勝ちを狙うなら、しりとり、のりから始まる最初の言葉をなに言うのかってとこから結構悩むよなあ、なんて思いながら見ていれば、小野寺も案の定ちょっと考えていた。
「んー、りす」
「すいか」
「えっと、かめ」
「めだか!」
「……かえる」
「るんば」
「ば、ば?はじゃなくて?」
「ば!」
「ば、ええと、ば……ばー……」
「ふふん」
「……ねえ、小野寺くんの番になる度にさっきから間が空くのってさあ」
「……うん……」
早くも勝ち誇った顔してる有馬と頭抱えてる小野寺はほっといて、朔太郎とぼそぼそ頭を突き合わせる。しりとりって、相手の嫌な文字を最初に何度も持ってくることが必勝パターンだから、小野寺はそれを考えたいのかと思ってたんだけど、どうやらそうではないらしい。一番最初のりすでちょっと詰まったのも、それ以降も、恐らくみんな咄嗟にぱっと言葉が出てこないだけだ。確かに記憶力はあんまり良くないって聞いてたけど、これは有馬よりも重傷だ。
「ば……」
「早くしろよお」
「……小野寺くんがんばって……」
「ばっ、ばんこくき!」
「なにそれ」
「なにそれ!?」
「有馬くん何年間生きてるの……」
「運動会とかでぶら下がってるやつだよ、旗あるじゃん」
「ああ、日本とかアメリカとか?」
「中国とかイギリスとか、あと……フランスとか……」
「あと、ええと……ロシアとか」
「うん、そう、他には、えっと、……ええと……」
「いっぱいあるだろ!?」
「ちょっと、あと三つずつ国名出そう。しりとりはそれからだよ」
静かに言った朔太郎に気圧されたのか、有馬と小野寺がそれぞれ考える。ふざけてるならやり過ぎだ。国名なんてまだまだ腐る程あるだろ、世界に何ヶ国あると思ってるんだ。三つと言わず五つは最低でも出して欲しい。うつ伏せたまま聞いていたらしい当也がもそもそと起き上がった。それを皮切りに、二人が口を開く。
「インド」
「ドイツ」
「……………」
「……有馬なんか言いなよ」
「先譲ってやるよ……」
「冗談じゃねえよ!お前らちゃんと義務教育受けたんだろうな!」
「受けたよ!舐めんな!」
「あっ、アメリカ!」
「小野寺くん、有馬くんがそれさっき言ってたよ」
「なあ弁当、あと何があるか教えて」
「すっごいいっぱいあるからがんばって」
「んー、えー、ブラジル」
「はい、小野寺くんあと一つ」
「あっ俺も、えっと、待って、さっきの、……くらしあんぷーる……?」
「そんな国はねえよ」
「さっき弁当が言ったじゃんか」
「クアラルンプール?」
「ほらそっくり!惜しい!」
「だからそんな国はねえって」
「え?」
「クアラルンプールはマレーシアの首都だよ」
「有馬くん、あと二つ早く出してね」
「……………」
「……………」
「……マジで?こいつらやばいな」
「だから最初から馬鹿だっつってんじゃん、馬鹿にしないであげて」
「ん、あっ、オーストラリア!」
「二人ともあと一つだよー」
アジアでもヨーロッパでもいいから、場所を絞って考えればいいのに。ちっちゃい国まで出せとは言わない、ニュースで流れてるような国名がまだ残ってるだろ。生温い目を向けている朔太郎とは対照的に、当也はもう慣れっこなのか普通の顔をしている。当たり前になっちゃだめだろ、二人とももうちょっとがんばれ。うんうん唸ってた有馬が、眉間に皺を寄せた険しい顔で口を開いた。
「ハワイ」
「国じゃない」
「ニューヨーク」
「それも国じゃない」
「バチカン!」
「それは国だね」
「よっしゃあ!」
「小野寺くん、がんばって」
「もうわかんない」
「諦めないでよ」
「……うるさあい……」
「ほら、伏見が起きたら怒られるぞ」
「伏見は俺が頭悪いのなんて知ってるもん……」
もそもそと身じろいだ伏見を見下ろしながら遠い目をした小野寺が可哀想になってきたので、じゃあパスタとかピザとかが美味しいところはどこだ、なんてクイズ形式にしてやったら、ファミレスの名前を上げやがったので引っ叩いておいた。馬鹿も大概にしろ。犬の遠吠えみたいな声を上げて伏見の足元に蹲った小野寺の襟首を掴んで起こせば、やめてくださあい、なんてどうにもへなちょこな声で反論される。
「イタリア!イタ飯食ったことあんだろ!」
「うええ、俺には伏見がいるもん、伏見がなんでも知ってるから大丈夫だもん」
「拗ねちゃった」
「じゃあしりとりは俺の勝ちだな!」
「勝ってはいないよ」
「限りなくレベルの低い戦いだった」
「……うるさいなあ……」
体を起こしついでに小野寺を蹴り落とした伏見が、半目で伸びをする。我が物顔で巻き込んで使ってた毛布に包まったままもにゃもにゃ言ってる伏見に、眠いなら寝てりゃいいじゃん、なんて声を掛けたものの、あんまり聞いてなかった。眠いけど寝たくはないらしい。それを見た朔太郎が当也を突ついて口を開く。
「伏見くんしりとり強い?」
「さあ……伏見としりとりあんまりしたことないから分かんない」
「頭いいと強いの?馬鹿は弱いの?」
「有馬のその聞き方がもうなんか可哀想」
「んだと」
「伏見くんっ、俺としりとりしようよお」
「……………」
「そんな目で見ないでも大丈夫だよ、怖くないよ。優しくする、痛いことはない」
「しりとりにそんな要素あってたまるか」
寝起きだからかぽやぽやしてる伏見の足元からもそもそと、さっきから拗ねている小野寺が上がってきて、なにやら吹き込んでいた。ぼそぼそとしか聞こえない程度の小声だから、何言ってんだかまでは分からない。他の奴らは気づいていないようだったけど、珍しく跳ね除けないなあ、と思いながら見ていると、船漕いでるんだか頷いてるんだか微妙だった伏見が一頻り話を聞いて、目を開けた。うわあ、やだなあ、あの真顔。珍しくきちんと小野寺の話を聞いて、これまた珍しくその味方側に立つことに決めたらしい伏見が、俺のつむじ辺りの髪をくいくい引っ張りながら言う。
「受けて立つ」
「……まだ誰もお前には挑んでねえんだけど」
「死んだ小野寺の仇だ」
「俺生きてるよ」
「あっ、伏見くんしりとりやる?俺としりとる?」
「いいよー、やろっか」
「うはあああ!はああ!」
「朔太郎が人語を介さなくなった」
「あと航介も」
「……うん」
「弁当は後でね」
「……………」
伏見にまともに取り合ってもらえた喜びで人の言葉を喋れなくなった朔太郎と、巻き込まれた俺と、伏見でしりとりすることになった。どうせ小野寺が、頭いい奴等が俺のこと馬鹿にするんだ、とかって泣きついたんだ。確かに馬鹿にしてた、それは反省するけどさ。当也は処刑待ち状態なので、一番顔色が居た堪れないことになってる。ていうか俺もこの場所が嫌だ。ソファーに座ってる伏見の手がさっきから頭の上に乗ってるから、いざなんかされたら逃げれない。
じゃあ俺からねえ、と声色だけはご機嫌そうな伏見が、りーる、と俺を指したので、次が自動的に俺になった。嫌だ、るで縛られると極端に言葉が出てこなくなるから。さっきまでやってたしりとりでも、まから始まる言葉ばっかり言わされてたけど、るから始まる言葉の方が断然少ないだろ。少し考えた挙句に、るび、と朔太郎を指せば、楽しくてたまらなさそうな笑顔の朔太郎がざっくりと、今現在で一番嫌な言葉を吐いた。
「びーる」
「……………」
「……………」
「るーる」
「あ、えっ、るーず」
うわあ、って思ったのは恐らく俺と当也だけだ。るで攻めるからな、と言わんばかりの伏見によく朔太郎はるから始まる言葉を向けたと思う。勇気というより無謀だ。しれっとまた俺にるの重荷を押し付けてきた伏見の言葉に、何とか答える。
「ずがいこつ」
「つーる」
「るーぷ」
「ぷーる」
「るーずぼーる」
「……るーれっと」
「とのさまがえる」
「なあ弁当、さっきからるばっか」
「うん……朔太郎、わざと?」
「なんのこと?」
有馬の不思議そうな言葉もごもっともだ。伏見が俺にるから始まる言葉を言わせたいのと全く同じ事を、朔太郎もしている。そういうことするからどんどん嫌われるんだぞ、お前ら友達いなくなっても知らないからな。できればこっちからもどうにか嵌めてやれたらと思うんだけど、自分に回ってくる言葉をやり過ごすので精一杯だ。だってもう、るから始まる言葉があんまり思いつかない。ていうかよく伏見は、るから始まってるで終わる言葉の引き出しがあれだけあるもんだと思う。
「るーぶる」
「……る、るーぺ」
「ぺるー」
「う?」
「あっそっか、やっちゃった」
「うしがえる。はい航介」
朔太郎の凡ミスで、伏見はるの呪縛から抜け出した。なんとなくで事態を把握しているらしい小野寺の、カタカナ言葉ばっかりだね、なんて適当な言葉が聞こえる。恐らく伏見に言ったんだろうけど、伏見本人は俺の背後にいるからどんな顔してるかわかんない。
「……る……」
「こーすけ早くう」
「いっ、いて、抜ける、待てって、るだろ、まだあるから、待てってば!」
「降参しましたって言ったら許してあげてもいいんだよ」
「そうだそうだ」
「引っ張んな!言わねえよ!ていうか小野寺なに便乗してんだ、馬鹿のくせに」
「ほらあと五秒」
「ごーお、よーん、さー」
「あっ、航介まだあんじゃん、るすでん!」
「は?」
「……え?」
「ばっ、有馬の馬鹿!」
「はい航介負け、おしまーい」
「待て!今のは有馬が勝手に言っただけだろ!」
「そんなの知りません」
反論してもどうせ無駄だ。人の頭をくしゃくしゃにしながら楽しそうにきゃっきゃ笑ってる伏見が、聞く耳を持つわけがない。てめえのせいだぞ、と有馬を睨めば、多少の罪悪感はあるのか口笛吹きながらあからさまにそっぽを向いていた。やっぱり俺が馬鹿でも伏見が出来る子だから大丈夫だと喜ぶ小野寺には、それで本当にいいのかもう一度問い質したい。伏見も伏見だ。俺は頭がいいからお前より身分が高いんだぞ、これからも言うこと聞けよ、じゃない。捻じ曲がった方向に二人して喜び合わないでほしい。
俺を勝手に脱落させた伏見が、満足げに人の頭をこつこつ突つく。はげたらどうしてくれるんだと思いながら黙っていると、黙っていた朔太郎が口を開いた。
「るつぼ」
「え?」
「伏見くん、るつぼ」
「……ぼっくす」
「すーぷ」
「ぷらもでる」
「るーぷ」
「ぷらすちっく」
「くれーぷ」
「……ぷりぺいどかーど」
「どれすあっぷ」
「う……こおすけえ……」
「なんだよ」
「あの人しつこい……」
「俺は負けたからお前に言うことなんてないよ」
「べんと」
「俺晩飯の支度してくる」
「伏見くんっ、どれすあっぷ!」
「……ぷらんくとん」
「だめだめ!まだぷから始まる言葉なんていくらでもあるよ!」
「今俺負けたよね?ねえ、今俺負けだったよね」
「聞こえませんでした」
「航介の意地悪!」
「伏見くん今ぷらちなって言ったよね、ないときゃっぷ!」
「ぷのんぺん」
「え?ぷらちなぎるどいんなーなしょなる?」
「言ってない!」
下手に朔太郎を入れたのが運の尽きだったと思え。触るのを我慢している分の反動なのかなんなのか、思う存分伏見で楽しんだらしい朔太郎はその後にっこにこのつやっつやだったし、伏見はげっそりしてた。有馬と小野寺は聞いた言葉の中でいくつかを覚えたらしく、まるでオウムのように復唱していたけれど。とりあえずお前らはもうちょっと頭の中身をしっかりさせるべきだと、俺は思う。


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