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おはなし




「あったかい紅茶」
「自分でやれ」
「やって」
「はいマグカップ」
「できない」
「甘えんな」
「……意地悪」
「できないことはないだろ」
航介は俺の言うことを聞かない。優しいし、話しやすいし、気遣ってくれるけど、俺の我儘は聞いてくれない。それはきっと俺のことを特に可愛いと思ってないからで、それってなんとなく新鮮で、むかつくけど悪くない。かわいこぶりっこして甘えても、素っ気なくぺって退けられてしまうところはつまんないけど。小野寺なんて俺に踊らされてるの分かってて何でもしてくれちゃうし、有馬は馬鹿だからそもそもそうやって使ったことないけど、弁当だって後がめんどくさいと思ってるのか多少の我儘なら聞いてくれる。でも航介だけはそうはいかない、自分で出来ることをやらせようとすると当たり前のように拒否してくる。そりゃ当たり前なんだけどさ。
弁当が目が怖い人の家に行ってて、有馬がそれになんとなくついてって、目が怖い人も自分ちだから当然一緒に行った。お留守番を任されたけど、小野寺は航介が持ってきたちょっと古いゲームずっとぴこぴこやってるし、航介もそれ見てるし、俺つまんない。構えよ、もしくはもっと俺にとって楽しいことしろよ。よくもまあここまで置いてきぼりにしてくれたな。
「おい」
「んん」
「こっち向け」
「ちょっ、ちょっと待って」
「おー、コンボ決まった」
「ねえ」
「あっ、ぶね!あぶねー!」
「あったかい飲み物」
「その爆弾今触んない方が」
「聞けよおい」
「ぅひ、っああああ!うわあああ!」
「あー……」
航介のことは諦めて、ガン無視する小野寺に向かって声をかけ続けるも全く意にも介されず腹が立ったので、ピアスだらけの耳をぐっと引っ張ったら叫ばれた。どうやらびっくりした拍子になんかあったらしい。小野寺が操作してたキャラががっかりしてる画面を横目で流して、お茶が飲みたいって言ってるでしょ、と揺さぶれば、キャラと同じようにがっかりした小野寺がふらふら立ち上がった。俺のこと無視した罰だ、と鼻息荒く押したところまでは普段通りだったのに、伸びてきた手にぱかんと頭を叩かれた。
「う」
「自分でやんないからいつまで経ってもできないんだろ」
「なんでぶつの」
「口で言っても聞かねえから」
「なに、航介は俺の言うことが聞けないわけ」
「は?伏見お前、俺の言うこと聞けないの」
「あの、俺、お茶でもなんでも淹れてくるよ……?」
俺と航介の間でおろおろして立ち上がり途中だった小野寺を勝手に座らせた航介が、我儘が過ぎる、と俺を指さした。いいじゃん、言うこと聞くんだから。そう言ったら怒るような気がしたので黙ると、実際あったかい紅茶を持って来られたところでお前は絶対にまた何か一つ文句を付けるだろう、そんなこと分かってるんだからな、と畳み掛けられて、黙るのではなく何も言い返せなくなる。その通りだ、だって俺がどれだけぶーたれても小野寺ならごめんねって許してくれるし。それが甘えだなんてことは、自分が一番よく知ってる。でもまさかそれを航介に突つかれるとは全く思っていなくて、航介も俺のこと許してくれる側の立場だと思ってたのに。あまりの予想外にちょっと不貞腐れていると、航介が立って台所へ行ってしまった。
「……ねえ、伏見、いいの」
「……なにが」
「喧嘩しないでよ、俺がすぐ行かなかったのがいけないんだから、航介にもそう言うから」
「……そうやってお前が言ったってなんにもならないじゃん」
「でも、航介行っちゃったよ」
俺と航介の間で目を行ったり来たりさせてた小野寺がそう小声で言ってくるけど、俺だって喧嘩したいわけじゃない。というよりも航介とは、どっちかというと喧嘩したくない。航介が根っからいい人なのは知ってるし、正義感が強くて正しくあろうとするとことかかっこいいなって思うし、だから俺が我儘放題なのが嫌だったんだろうなってのも頭では分かる。脳みそは理解するけど、だって今まで平気だったもんとか、俺だって小野寺にしかしないもんとか、もしかして航介俺のこと嫌いになっちゃったかなとか、そういう自分勝手ばっかりがぐるぐる回って。
「ん」
「……なに」
「あったかい紅茶」
「……さっきあんなに怒ってた……」
「怒ってない。いらないのか」
「いる」
「よし」
「熱い」
「じゃあ待て」
「航介優しいねえ」
「小野寺もっかいやらないの?」
「やる!次はちゃんと勝つ!」
どん、と置かれたマグカップには湯気を立てる紅茶が入っていて、航介はすぐ小野寺とゲームの方を向いてしまった。ありがとうの意を込めてちょこちょこ寄るとなんにも言われなかったから、しばらく真後ろに引っ付いて見てた。嫌われちゃったかと思った、よかった。

「ということがあって、きちんとお留守番できた」
「はあ」
「でも航介怒らせちゃった」
「怒ってないよ、それ。ほんっとに欠片も怒ってない時の航介だよ」
「……ふうん?」
弁当が帰ってきて、航介が一旦家帰るって言ったら怖い人が馬鹿と小野寺を連れてついてった。俺しか航介の家行ったことなかったのにな。
弁当に一応報告としてお留守番中のあれそれを喋ると、貰ってきたらしいお菓子をつまみながら弁当が答える。なんだか眠そうな顔だ。この部屋あったかいし、お腹もちょっと膨れてるし、実際眠いのかもしれない。ていうか俺も眠い。ビスコ齧ってる弁当がもごもごと、だってあいつ伏見にめちゃくちゃ甘いよ、小野寺の比じゃないよ、なんて言うから首を傾げた。
「でも、航介は俺の言うこと聞いてくれないよ」
「……言うこと聞いてもらうだけが甘やかされてるわけじゃないでしょ」
「俺のこと好きな女みたいにべたべたもして来ないし」
「あんなごついのにべたつかれたら通報ものだって」
「航介は俺のこと可愛くないんでしょ?」
「んー……俺は航介じゃないからはっきりは知らないけど」
結局よしよしって感じじゃん、はたから見たら気持ち悪いくらい甘やかしてるよ、とうんざり顔で言った弁当に、じゃああからさまに甘えて見てもいいと思う?と聞けば眉間に皺を寄せられた。それに対する幼馴染の姿を見たくない、が本心だろう。弁当がいない時に、出来ることなら二人きりの時に、気味悪がられずうざがられず、かといって素っ気なくもならないようにかわいこぶりっこして、航介にお強請りしてみようかな。そういう取り繕いなら得意だ。悪い悪戯ににやつく顔を隠すと、あいつ友達少ないし、大抵のことじゃ伏見と喧嘩しようなんて勇気も出ないと思うよ、とめんどくさそうな弁当の声が聞こえた。


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