このサイトは1ヶ月 (30日) 以上ログインされていません。 サイト管理者の方はこちらからログインすると、この広告を消すことができます。

遊園地



しばらくぼんやりしていると、いつの間に行ったのか有馬と伏見が両手にクレープ一個ずつ持って戻ってくるのが見えた。小野寺しかいなくなってることに気づかなかった俺も俺だ。しかし、遠目から見るとあの二人は目立つというか、目を引くというか、顔が良いってあらゆる面で得なんだなと思わざるを得ない。すれ違いざまに振り返る人は勿論、少し離れたところから何と無く目で追ってる人だっているし、普段近くにいるから気づけなかったけど、結構周りの目は向いてるんだな。大学とかではどっちかといる時も両方ともいる時もあるけど、どちらにせよふと顔を上げた時、目が合うまでは行かなくても人の視線が集まってると思うことはあった。それは声がでかいからとか騒がしいからとか友達が多いからとかそういう原因も少なからずあるだろうけど、顔目当てで見てるだけってのもきっとある。眼福だもんな、整った容姿の人間が連れ立ってるとこ見るのなんて。ジャニーズのなんとかってグループとかが人気あるのもそういうことだろ。なんてぼおっと考えている内に二人は大分近づいてきていて、とっとと自分の分を頬張っている伏見に片方のクレープをぐいっと渡されて受け取った。
「……くれるの」
「ん」
「なにがいいか分かんなかったからさあ、具がいっぱいのにした」
「俺のハムチーズ!」
「はい」
「……俺のこれは何なの」
「シナモンアップルとピーチのコンポート、バニラアイス添えでキャラメルナッツとチョコレートソース掛け、そしてカラースプレー」
「は?」
「シナモンアップ」
「二回言わなくていい」
「呪文かよ」
「好きじゃん。そういう、甘いのに甘いのかけて甘いのみたいなの」
「早くしねえと溶けるぞ」
「う、わぶ」
「思ったよりハイレベルで申し訳なかった料」
「俺ら買いに行く前に弁当に声かけたのに返事しねえからさあ、顔死んでるし」
「あ、りがと……」
「小腹減ったよな、騒いで」
むぐむぐクレープ頬張ってる内に、辺りが薄っすら夕焼けっぽくなってきた気がする。お化け屋敷は入る前の待ち時間も結構あったし、気づかない間に夕方になってたみたいだ。もう一個くらいなんか乗ってからじゃないと暗くならないから花火も始まらないね、と適当極まりない予定を立てている途中、少し遠くから歩いて来た何の変哲もない普通の女の人がこっちを見て、かつかつと結構な勢いで近づいてきていることに気付く。ていうか気づいてるの俺だけなの、なんなのあの人、真顔怖いんだけど、誰かの知り合いなんだったら早く自己申告してくれないかな。ヒールの高いサンダルを鳴らしながら歩み寄ってきて、俺たちの、というか小野寺の目の前で止まった女の人が口を開く。そこでようやく、伏見のクレープを一口食べさせてもらおうと奮闘していた小野寺が女の人を目に止めて、顔を上げる。
「なんで来なかったの!」
「あ、ささらさん。お疲れ様です」
「あたしすあまに渡したじゃん!一時からの回!なんですっぽかすのよ!」
「なんかやらされるんだなって思ったんで」
「せっかくサクラにしてやろうと思ったのにい」
悔しそうに地団駄踏んでいる女の人はやっぱり小野寺の知り合いだったようで。主にショーで進行のお姉さんやってるささらさんだよ、と小野寺がざっくり紹介した途端、仕事スイッチなのかなんなのかワントーン高い声で、みーんなー!こーんにーちわー!なんてそれこそよくショーで聞くあれを披露してくれた。本物だあ、なんてきゃっきゃ喜んでる有馬と実のところほとんど興味なんてない癖に喜ぶふりをしてる伏見に囲まれて気を良くしたようで、特にそれ以上小野寺に対する追求もなかったのは良かったんだか悪かったんだか。
いい年した男が四人で色気もへったくれもなく遊びに来てるって聞いてすあまに券持たせたのに来ないんだもん、こんな大人でも悪魔怪人には捕まるんだってちびっ子達に見せてあげようとしたのにさ、とつまんなそうに口を尖らせたささらさんに、小野寺は曖昧な笑顔を返していた。なんか言えよ、とかって殴られてたけど。
「あたしもう上がりだから、会えて良かったあ」
「急ぎなんですか」
「んー。学生時代の後輩に会うのさ、男を紹介してもらいにね」
「へええ」
「でもしょーくんみたいのはダメだね、ダメダメのダメだから」
「……一応傷つくんですけど」
「んじゃね、お友達たちも花火までたっぷりじっくり楽しんでってねえ」
「はあ」
「さよーならー」
嵐のように去って行った女の人を見送って、バイト同士で付き合うとかそういうのはこの職場では無いわけ、とさも当然のように有馬が聞く。あの小野寺がそんなの把握してるわけないじゃん、とぼんやり思っていると、伏見の顔にも俺とほぼ同じことがくっきり書いてあったし、小野寺本人の答えも、んー、どうだろ、分かんないや、って感じだった。聞く相手を間違えていると思う。
「女の子もいるじゃん?告られたりしたとかいう話もねえの?」
「俺は知らないけど、あるのかなあ。普通だったらあるの?」
「なんでお前のバイト先の恋愛事情を俺に聞くの?」
あるの?と目を向けられた伏見の返しはごもっともだった。目が据わっててちょっと怖い。自分のおもちゃを他のやつに取られるのは癪だとでも言いたげな含みを持った半目だけど、例えば万が一小野寺が誰か女の子に告白されたとしても、多分よく意味を理解せずに断るだろうから心配しなくていいと思う。お腹が空いたから帰ろう、とかそういうざっくばらんな事柄と同じようにしか受け取らなさそうだし。
日も少しずつ翳ってきて、暑さも若干和らぎ始めた。最後に何乗ろうかって結局またじゃんけんして、水に向かって突っ込むジェットコースターに乗ることに決まって、だらだら歩く。夕方からの花火用入場券もあるらしく、流れる人を見ていると、お客さんの層が小さい子ども連れから友達同士に少しずれたように思う。浴衣着てる女の人もいる、そういえば最初に見せてもらったチケットにも浴衣割引とかって書いてあった気もする。
水に突っ込むジェットコースターの待機列は、昼間より少し短くなっていた。

「……なんだって俺は男ばっかでこんなとこに来てるんだろう……」
「うるせえな、馬鹿だからだろ」
「そっか……なんか悲しくなってきたや……」
「もっと飲めば元気でるんじゃね」
「お腹がぐるぐるしてきた……」
「きったねえから吐くなよ」
無事に屋上特設広場みたいなとこの予約テーブルに滑り込むことが出来たのは、花火が始まる時間の一時間前くらいだった。それでも自由席には結構な数の人がいて、同じく屋上にある屋台で飲み物食べ物を買うのには少し時間を要したけれど。とりあえず一杯とばかりにビールを呷った有馬は、花火が始まるまであと十分かそこら、っていう現時点で既に酔いが回ってぐずぐず言いながら机に突っ伏してる。寝るなよ、もったいないな、と呆れる小野寺の台詞はごもっともだ。楽しそうな周りの人を見回して恨めしそうな半目でもう一度、なんで俺は男とこんなところに、と繰り返した有馬が伏見に強制的に黙らされていた。確かにカップル多いけど、僻みが過ぎる。ポテトをつまんでいた小野寺が、ぽつりと呟いた。
「肉食いたい」
「さっきのチビが肉売ってたじゃん。買ってくれば」
「ぬい忙しそうだったからなあ……後でにしようかな」
「もうそろそろ始まるんでしょ、ここにいた方がいいんじゃない」
「ていうか、ここの花火有名なの?人結構いるけど」
「掻き入れ時ではあるけど、有名ってほどでもないと思うよ。特別なことしてないし」
「花火なんて思いっきり夏の風物詩だからだろ」
「うええ、彼女欲しいよお」
突っ伏してぐったりしてたかと思うと縋り付いてきた有馬をべりべり引き剥がして、花火の音に空を見る。ふ、と屋台の灯りが落ちるのとほぼ同時、響き渡る破裂音と共に火花が広がって、打ち上げ場所とここはそう離れていないことを知った。一発、二発、重なる別の色に目を開く。実際始まってみたら思ってたよりもすごく嬉しい、だって大きい花火なんてきちんと見たのいつ振りなんだろう。斜めに傾いて何の形か分からない花火が打ち上がって、隣の有馬が首を捻じった。
「なんだろ」
「にこにこマーク」
「ええ?目あった?」
「あ、すげえこれ」
みんな花火に目が向いたまま、端的な会話。周りの人だってきっとそうだ、ざわつきはそのままに歓声や明るい声が増えていく。何色もの花火が重なって、すごく綺麗で、口を開いている時間なんて勿体無いくらいだった。どかん、と音が鳴った後になにも見えず、少し遅れてきらきらと広範囲で小さい花火が瞬いたり。いくつもいくつも打ち上がって、垂れ下がるように火が尾を引いたり。一番たくさん打ち上がった時には見える範囲いっぱいの空を花火が埋め尽くして、思わず目を細めてしまいそうになるほど辺りが明るくなったり。
枝垂れる金色の中に小さな色付き花火がちかちか瞬いて、ゆっくり消えていく。もうおしまいなのかな、とすんなり残念に思えて、息をついた。目が慣れないせいで、余計に辺りが暗く見える。さっき消えた屋台の灯りがまた着いて、ざわめきが戻ってきた。んん、なんて伸びをした伏見が、こっちを見て少し笑った。
「弁当の眼鏡にね、花火が映ってて綺麗だった」
「……そう」
「もっと何千発も打ち上げるでかい花火大会行かないと、俺すごい不完全燃焼」
「八月半ばは結構あるよな、花火大会。行く?」
「行きたいねえ」
「有馬はうるさいから、俺は弁当と二人で行く」
「なんで!」
「土曜日曜は基本的に小野寺バイトだし、有馬は置いてくから、二人で行こう」
「うん」
「うんじゃないよ!何て奴らだ!」
次、の話をされるのって結構嬉しいもので。食べかけ飲みかけだったいろいろをもそもそ飲み込みながら、上がってしまいそうな口角を隠した。
今度は小野寺が働いてる時に来てみたいな、なんて笑った有馬の言葉に、恐らくシフトを把握しているのであろう伏見は嫌な笑顔を浮かべていたし、小野寺は一瞬で顔色が悪くなった。でも確かに、働いてるとこ見てみたくないわけじゃないな、と思う。


4/4ページ