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遊園地



入り口のお姉さんに簡単な説明を受けて、木の板をもらう。これを出口付近でなんかの入れ物に突っ込んだらいいらしい。いってらっしゃい、なんて軽く送り出されて、薄暗がりの中に取り残される。ほんとだ寒い、とぺたぺたサンダル鳴らして歩いて行った伏見を有馬が追いかけ、小野寺に押されるように足を進めた。俺が遅いのか二人が早いのか、入って数秒で何と無く距離が空いてしまったことに気づいたらしい有馬に、掴まっててもいいよ、なんてちょっと馬鹿にした顔で手を取られたので、もう何も考えずに服の裾を掴んだ。こんなとこで置いていかれるのだけは絶対にごめんだ。
「弁当、手だよ。手がいっぱい生えてるよ」
「うん……うん……」
「だめだ、見てねえもん。掴まられてんの離れたらこいつ一歩も動けなくなる」
「有馬なんかに掴まってたって死しか待ってないのに」
「夢と希望だらけだ!ふざけんな!」
「可哀想なことしちゃったなあ、やっぱり外で待ってれば良かったね」
「……だいじょぶ」
「ほら見て弁当、ハイタッチ会」
「……………」
「目が虚ろ」
「暗いとこが嫌なのかなあ」
「雰囲気がダメなんだろ、だってここお化け屋敷だもん」
「へーい!へーい!へー、いって!んだよ!こいつだけギュッとしてきた!」
「お前みたいな馬鹿のための仕掛けだろ、どう考えても」
上機嫌な有馬は一歩が大股なので、小走り三歩くらいでちょこちょこついて行く。入口近くの壁からたくさん出ていた得体の知れない手とハイタッチして、最後の一つに思いっきり握られたらしい有馬に、お前もこれ触ってみ、生きてる、と指さされて無言で首を振った。何を言い出すんだ、いいから早く出よう。
「結構暗いな」
「伏見、あんまり先行ったら次の人が入る合図出せなくなっちゃうよ」
「え?そうなんぶわっ」
「うわ」
「なに?風?冷気?」
「もおやだあ」
少し先を歩いていた伏見が、曲がり角で冷たい風みたいな何かを浴びせかけられて、一瞬で心折れてた。口にも目にも入ったとぐしぐし顔を擦る様子に、じゃあそこ通ったらぶしゅーってなるんじゃないかとびくびくしながら足を進めたものの、なんにもならなかった。伏見にしかならなかったのはどういうことなんだろうか、本人もめっちゃ憤ってるし。通り過ぎた後に、古い扉の蝶番がかたかた鳴ったように聞こえて振り向いたけれど、後ろを歩いてる小野寺は反対側の曇りまくった鏡を見てるし、気のせいだったのかもしれない。気のせいだったんだ、そうに決まってる。
曲がった先には扉があって、一人一本持つためのペンライトが古ぼけた箱の中に雑多に放り込まれていた。つけてみれば、電球はちかちかする勢いで弱まってて、こんなもんになんの意味があるんだ。重めの引き戸を開けた小野寺が、この道は一人ずつしか通れなさそうだよ、と覗き込む。真っ暗な道は確かに細くなっていて、上から袋みたいなのがたくさんぶら下がっていた。なんなの、なんでそんな何が入ってるんだか知れたもんじゃない袋の隙間を通らなきゃならないの。ちかちかするライトを何度か付けたり消したりして確認した小野寺が先に行くことにしたらしく、扉を潜る。
「あー、うはは、なんだこれ、ははは」
「……楽しそうだね」
「中で擽られでもしてるんじゃないの」
「あいつ声でかいなあ」
「お前が言うの」
呆れ声の伏見が、弁当の後じゃどのタイミングで入ったらいいか分からないからと扉を開けて行ってしまった。小野寺と違って伏見は一人だと無音なので、一瞬しんとする。服の裾を掴まれたままの有馬が、これ絶対離すなよ、迎えに来れないから、なんてちょっとトーンを下げて言うので、喉の奥がきゅうって鳴った。やめて、そういうのほんとにやめて。正しいことを言われてるのは分かってるけど、怖い。一本ずつライトを持って、そろそろいいかと扉に手をかけてこっちを向いた有馬が、妙にその場に合わないぽかんとした顔を浮かべたので、つい振り返ってしまった。
「あ、っ」
「馬鹿、見んな!」
「っ!っ!」
「ぁいっ、分かった!俺が悪かったよ!びっくりしたんだよ!いててて」
振り向いた目の前には、肌が異様に真っ白で笑顔を浮かべている、ぼろぼろの人らしき何かが立っていて、ぼけっとしてる有馬を突き飛ばすように扉へ入る。いつの間にこんなに近づいてたのか全然分からない、だって足音なんてしなかったのに。無意識に有馬の背中に隠れてた俺は使い物にならないので、あの気持ち悪いのと恐らく対峙した状態で扉を閉めた有馬が、お前本当に大丈夫なの、とこっちを向いたのが靴音で分かった。足がふわふわする、もうやだ、出たい。なにが、そんなに怖くなさそう、だ。外の日差しが夢だったみたいに寒いし、暗いし、静かだし。ごめんごめん、と有馬に肩を叩かれて、ほとんど顔なんて見えない暗がりの中だけど睨みつけておいた。
「靴踏まないでね、転ぶから」
「……うん……」
「ライトだけ貸して。進むぞ」
「……なんか喋ってて……」
「えー?ちょ、邪魔だな、これ。弁当いる?ついてきてる?」
「いる。きてる」
「伏見と小野寺前で待ってんのかなあ。先行っちゃったかな」
「……知らない」
「お札があるから先行かれたら困るよな」
「……うん……」
「うえ、なんかこれ湿ってる。中身なんなんだろ」
「どれだよ……」
「見えないの?眼鏡かけてる?」
「……………」
「……俺の肩で顔を隠すのは構わねえけど……」
「……早く進んで」
「う、あ。ここからふわふわだ。ふわふわ」
「うん」
「そろそろ暗いの勘弁してくんねえかなあ、ライト消えそうだよ」
「……消えちゃったらどうなるの」
「携帯使うしかねえな」
「あっそう……」
ぼそぼそ喋りながら、邪魔な袋を押しのけて、歩きにくいふわふわの上を踏み越えて、ようやく扉に辿り着いたようだった。俺はこの真っ暗闇の中に入ってからほとんど有馬の肩に額を押し当てて足元しか見てなかったから、途中もしかしたらなにか仕掛けがあったのかもしれないけど、全部見えてたはずの有馬が黙っててくれたってことは見なくても良かったってことだろう。入ってきた扉と同じような引き戸の前で立ち止まった有馬が、あれおかしいなあ、ここ締め切りってなってる、とがたがた揺らす。
「取っ手がべたべたする」
「……出れないじゃん……」
「どっかしらにもう一つ扉があるってことなのかな」
「う、もう、やだあ」
「めそめそすんなよ」
「してないっ」
「前見なくていいから」
「伏見と小野寺はもう出ちゃったのかな」
「そうなんじゃね。こっち、か」
「……うええ……」
「……なんかごめん……」
ぱっと照らした先の袋には逆さ吊りにされた人らしきものが入っていて、うっかり見てしまったことに呻けば有馬もげんなりした声を上げていた。出来るだけ中身を見ないように、がさがさと袋を掻き分けて進む。と言っても俺は有馬の背中に隠れっぱなしだったんだけど。
暗闇の中をうろうろするのは心理的に疲れるらしく、うああとかふぎゃあとか、有馬がちょっとしたことで驚いて声を上げる回数が徐々に増えてきた。多分それを狙ってるんだろうなって思うけど怖いもんは怖い。何で足元に手首とか目とかが落ちてるんだよ、袋の隙間に人が立ってたらぶつかるだろ、何考えてるんだよ。俺も扉を探さないと、とは思うんだけど、目印もないし周りはどこを見ても逆さ吊りの長袋だし、正直な話顔あんまり上げたくないし。そんなに広くないはずなのに見つからないのはおかしいな、と思ってたところで左側から微かな声がした。それが伏見の声になんとなく聞こえて、気づいていない有馬にも教えて、背中に引っ付いたままそっちへ向かう。
「ん、い、おっ、開いた」
「はああ……」
「あれ、早くない」
「三人ともなにしてたの、遅いよ」
「は?」
「え?」
出た先はほんの少し明るくて、お札を入れるために手を清める水が流れていたり、赤い提灯がぶら下がっていたりした。さっきのところが迷路みたいになっていた分、ここで一旦落ち合えるようになっているんだろうか。ふっと一息ついて有馬から離れ周りを見回して、狐のお面をつけた人が立っていることに気づいてびくりとすれば、待っている間に確認したらしい小野寺が、これは作り物だった、と目の前でジャンプする。それされて微動だにしないってことは、確かにマネキンかなにかなんだろう。その隣にある暖簾の先に進まなければならないようだけれど、まだ前の人が詰まっているのか板が下ろされたままだった。入り口で調整しても中で詰まっちゃうってことは、まだ結構先があるのか。気が遠くなりそうだ。
食い違うそれぞれの話に、有馬が口を開く。入口のところは細道で、その後は中身入りの袋だらけで、との説明に頷く二人も同じ道を通っていたことは確かだ。
「俺ら相当彷徨ってたんだけど、弁当引っ付けたまま」
「え、でも伏見は今出てきたとこだよ。俺結構ここで待ってた」
「だって俺、三つくらいハズレの扉に辿り着いたし」
「え?一つしかなかったよな」
「そんなにあったの」
「開けたらお化け出てきたもん。前に小野寺はいないし、狭いし手ぇ汚れるし」
「……おつかれ、伏見」
「あ、取っ手のべたべたそこで洗っていいんだよ。そのための水だから」
「まだ先は行けねえの?」
「前の人が進まないとここ開かないからさあ」
「次は何なの」
「前まではなんか、お墓みたいなのだったけど。そこ抜けたら祠があって、板入れて」
「ねえ、開いたよ」
「……………」
「……そこ定位置になったんだ」
有馬の背中にそっと隠れれば、伏見にちくりと刺されたけれど、何も言い返せないので黙っておく。だって有馬もなんにも言わないし、掴まっててもいいって言ったのこいつだし。ライトを籠に戻して暖簾を潜ると、さっきまでよりは断然明るい道に出た。提灯が一定の間隔で下がっていて、まるで外みたいだ。これならあんまり怖くなさそう、とじりじり進む内に少しずつ有馬の背中から離れれば、ふっと後ろが暗くなった。俺の隣、小野寺の後ろを歩いていた伏見と二人して振り返った途端、横の提灯が消えて。それを追うように目を動かせば、前の提灯も順繰りに消えて、辺りがまた暗くなって行く。
「ひ、っ」
「ゔえっ、べんと、首絞まってるっ」
「なにこれ。故障?」
「進んでいいんだよね」
「見えねえよ、……」
「うああなにっ」
他人事みたいに文句を垂れていた伏見が、急に黙って俺の背中を押したので大きい声を上げてしまった。押されるがままに数歩進めば有馬も同じく進むわけで、なんなのもう、と振り向いた有馬が俺を引きずるように走り出した。すっ転びかけながら引っ張られると、一瞬遅れた小野寺が俺を押してた伏見を引っ張ったのが暗がりの中でぼんやり見えて。なにが、と走りながら後ろを振り向こうとすればそれを察したらしい有馬に、見んな馬鹿、とさっきも聞いたような言葉で怒られた。
「なにっ、なに、なんなのっ」
「絶対後ろ見んな!まだ見んな!」
「ねえ前の鏡、っ」
「っぎゃ、ばかあああっ」
正面にあった薄汚れてぼやけた鏡がくるりと回って、中からゆらりと人が出てきて、伏見が叫んだ。小野寺は知ってたのか何か言ってたけど、対策できないんじゃ意味がない。鏡の中をできるだけ見ないように曲がり角の先へ駆け込んで、背後でゆっくり閉まった扉に四人してぜえぜえ言いながら立ち止まる。そんなに長い距離でもなかったくせに、不安と焦りで全員息荒くなってる。見るなと言われたから見てないけど、後ろからなにかが追いかけてきていたのは間違いなさそうで、扉が閉まりきるまで有馬が俺の手をがっつり握り潰していた。伏見、有馬、小野寺の順でこいつらは何を見たんだろう。血相変えて走り出すってことは相当逃げなきゃいけないやつだったんだろうな、と思いっきり他人事で思った。
もうやだばかしねびっくりした、と伏見が文句を言い出して、正面の障子がぼんやりと明るくなる。それに体を固くすれば、順路はこっちだよ、とだいぶ回復したらしい小野寺が前を歩いてくれた。びくびくしながら有馬を盾にするように歩けば、障子の裏の明かりがぷつりと消えて、どこからともなく笑い声が響いて。わけも分からず有馬の肩を借りて唸れば、ぼそりと耳元で囁かれた。
「ううう」
「……弁当もうどこも見ない方がいいよ、寝れなくなる」
「なに……まだなんかあるの……」
「なにがあるかわかんないから見ない方がいいって」
「弁当ばっかずるい」
「伏見もおぶさる?」
「やだ」
見ない方がいいって言うから顔は上げずに、足元だけ見て進んでいく。なにがあったのかは一切分からないけど、平坦気味に驚く声はぽつぽつ聞こえるから、びっくりさせる仕掛けはみんな働いてるんだと思う。ただ、追いかけてきたのはさっきの一回だけだったようで、幽霊御用達のあの白い着物なんか着てたらスパゲッティ二度と食えねえじゃん、とか言ってげらげら笑うくらいにはみんな落ち着いたみたいだったけど。ていうかそんな話お化け屋敷の中でする内容じゃねえよ、どうだっていいにも程が有るよ。
薄ら暗い中をどのくらい進んだんだろうか、立ち止まった有馬にぶつかるように足を止めれば、お札を入れるところにようやく辿り着いたようだった。そろそろと目だけ上げると、青っぽい光の中の祠が佇んでいて、動けるもんなら動いてみろコラ、とかって伏見が鎧武者に啖呵切ってた。そういう思わせぶりなやつは動かないんじゃないのかな。
「入れたらどっかから誰かしらが絶対出るぞ」
「どこからでも来い、殺す」
「キャストに危害を加える行為はご遠慮ください」
「弁当?もうすぐ出れるからな」
「……ん」
「あれ?なんもなんねえな」
「え?もう入れたの」
「なんか言ってからやれよ!こっちにも心の準備があるの!」
「これでもう先に行っていいみたい」
小野寺がお札を祠の前のポストみたいになってるとこに入れて、じりじり離れる。なにも起こらないので、思わせぶりなだけで実はほんとになんの仕掛けもないのかもな、なんて楽観的に話す有馬の肩に押し当てていた頭を上げた。そろそろ出口だと思う、と話す小野寺に伏見が着いて行って、それに伴って歩き出してからも後ろを気にしてしまうのはやめた方がいいと自分でも思う。
枝垂れる木を潜った先は、さっき入れた木の板に貼ってあったお札が至る所に貼ってある狭い道に出た。身長より少し高いくらいの塀が両脇に立っているので、縦に並ぶようにしないと進めそうにない。しかも相当細い、走るのなんて到底無理そうだ。最後尾は嫌だとぼそぼそ有馬に訴えれば、小野寺が俺の後ろに回ってくれて、これで一安心っちゃ一安心。たったか歩いて行ってしまう伏見を追いかける有馬に繋がって足を進めると、かりかりと耳元の壁を引っ掻く音がした。それを必死で無視して周りを見ないように顔を伏せると、ぱたぱたと塀の向こう側で俺たちを追いかけるように走る音が響いて、笑い声と塀を昇る音、ぎしぎしと今にも崩れそうな軋む音と立て続けに重ねられて、有馬の服を掴んでいる手は力を込めすぎて痛いくらいだった。見下ろしやがってクソ、なんて前にいる伏見が舌打ち交じりに呟いたのが聞こえて、ああ塀の上にもなんかいるんだ、と想像してしまって寒気がする。黙っていることに耐えきれなくて、何故かこういう時ばっかり無言になるタイミングの悪い有馬に、助けを求めるように口を開いた。
「いぅ、うあ、ありまっ」
「平気だよ、こんだけお札貼ってあるのにそれを食い破って出てくる悪霊はいねえよ」
「誰に合わせて引っ掻いてんだろ、弁当かな」
「俺ちょっと音遠いもん、係の人しっかりしてほしい」
「伏見に合わせたらみんなあんまり聞こえなくなっちゃうんだよ」
「そんなにここに住み着く本物の地縛霊になりたいなら早く言って」
「すんませんした」
「も、早く、早く行ってよ」
「無理だよ、狭いんだもん」
「だってほらあそこ、髪の毛出てる」
「手も出てるよ、そこ」
「実況しないで!やめて!」
「ごめんごめん」
「お、あれ出口かな」
その言葉に思わずぱっと顔を上げれば、確かに曲がり角の先は扉のようだった。長かった、やっと外の空気が吸えるのかと思うと涙が出そうだ。細い道からようやく出て伏見がドアノブに手をかけた途端、かちゃん、と背後で南京錠の外れた音がして。振り向いてしまった。俺だけじゃなくて、全員。
「あ、っ」
「うわああああっ」
「いって!いっ、開かね、っ」
「あっ、こっち開いてる!こっちが出口だ!」
「なんで開かねんだよ馬鹿!うわ、汚ねえ触んな!こっち来んな!」
「ひっ、も、や、やだ、もうやだっ」
「泣くなよ!がんばったよお前!」
「泣いてらいっ」
「鼻声だよ!」
後ろから異様な形相で迫ってきたお化けから逃げて、伏見が手をかけていたドアノブは結局開かなくて、すぐ隣の大きい磨りガラスが開いてそっちに逃げ込んだ。有馬が俺を引っ張って一番に外に出て、ぎゃんぎゃん罵倒してる伏見を押して小野寺が出てきて、入口で俺たちを送り出したお姉さんの、おかえりなさいませ、なんて言葉でようやく我に返る。ほっとしたのと最後のパニックで頭の中がちゃがちゃで、日の光に目が眩んだ。立ってられなくてへたへた座り込むと、思ったよりやばかったからお前すごいよ、と俺の眼鏡を退かした有馬に目元を服で擦られる。だから泣いてないし、涙目じゃないし、立てなくないから背負ってベンチまで連れてかなくてもいいし。そんな文句は言葉にならずに、日陰のベンチに座らされてしばらくぼんやりする。ダメだ、頭が働かない。


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