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遊園地



「あちー……」
「プール入りたい……」
「水に突っ込むジェットコースターあったじゃん。あれもっかい行く?」
「もういいよ……あれ一番並んだ」
「観覧車は蒸し風呂だったし」
「クーラーついてるかと思ってたのにな」
「ちっちゃい扇風機しか無かったね」
「メリーゴーランドは意外と涼しかったでしょ」
「馬しか涼しくなかった、ずるだ」
「わざわざ風通し悪い馬車に乗る方が悪いよ……」
「あと行ってないのどこ?」
「まだまだあるぞ」
「……もう、一旦昼ご飯にしようよ」
「今混んでるんじゃないの」
「じゃあ外?」
「うわ……」
「ご飯はどっか涼しいとこで食べなきゃ、俺ほんと溶けて死ぬから」
伏見があまりにも真顔で怖いけど、確かにその通りだ。ベンチにようやく腰掛けられたはいいけど、いい加減に暑い。昼飯がてら一旦屋内に引っ込まないと、本当に熱中症にでもなりかねない。そうだなあ、でも今の時間はどこも混んでるから、と地図を見ていた小野寺がぱっと立ち上がる。昼飯時は少し過ぎてるけど、やっぱりこの時間帯はどこの店も混んでいて座れやしないらしい。ちょっと待っててね、なんて言い置いてどこかへ行ってしまったのを三人とも特に引き止めもせず見送って、暑い溶ける死んじゃう、とだらだらベンチでだらしなく脱力してたら、割とすぐ小野寺は戻ってきた。
「席とれたよー」
「……すげー……マジ権力者……」
「明日から奴隷決定だな」
「いや、普通に社員とバイト用の休憩室入ってもいいか聞いてきただけだから」
「レストランじゃねえのかよ、しねえ」
「いたあ」
ぺしん、といつもより力無く蹴った伏見をずるずると引きずり起こして、食い物ももしかしたらもらえないかな、と小野寺がぼやいた。それはちょっとお世話になりすぎなんじゃないかと思って口を開きかけたものの、すげえ遊園地の裏方入れんのやべえ、なんて有馬が楽しそうに騒いでいたので、口を挟むのをやめた。荷物をそれぞれ持ってベンチを後にして、さっき待ち時間が短いからって結局乗ったメリーゴーランドの横を通り過ぎて、何故かクローズ状態になってるミラーハウスの脇。関係者以外立ち入り禁止、とかって有り体な看板のついた扉をノックもせずにがちゃりと開けた小野寺が、こんちわっす、と雑な挨拶をした。
「ちわー」
「あれ?しょーさん彼女連れてくるんじゃなかったんすか」
「団体様だなあ」
「なあ、さっきぽんちゃん入ってたの誰?」
「俺」
「あ、どうぞ座って。今の時間みんな出てるからゆっくりしてってください」
完全に身内ムードの中だと、何となく居心地が悪い。同い年くらいの男が二人いる以外はがらんとした休憩室の奥に、更衣室兼ロッカーが男子用女子用備え付けられているようだった。外面モードに切り替えたらしい伏見がにこにこしながら椅子に腰掛けて、心なしかさっきまで暑い暑いって汗かいてたのが引いてるような気がする。一回会ったらみんな友達を地で行く有馬は、休憩中のとこごめんなあ、なんてペットボトル傾けながらあっけらかんと話してる。
「いいんすよ、ここ使う人もあんまいないんで。来んのはどうせバイトだろうし」
「広くて綺麗な事務所がもう一つあってさ、みんなそっち行くんだよ」
「あっ、廃棄メシで良けりゃありますよ!食います?」
「アイスとかかき氷が売れるから、焼きそばたこ焼き系列しかねえけど。いる?」
「んー、みんなどうする?廃棄だけど全然食えるやつだよ」
「いただきます」
「腹減った!」
親切なバイト二人と小野寺が、がさごそ冷蔵庫を漁って準備してくれる。冷たいものはないから買ってこないと、と備え付けのレンジのボタンを押した小野寺が言うのを受けて伏見が、じゃあ俺ちょっと飲み物買ってくるね、と立ち上がった。それに小野寺が着いて行ってしまい、えっこれどうすんの、とぼんやり思っていれば、同じくぼおっとしていた有馬が難しい顔をした。
「んん……あの、そっちの」
「あ、俺?」
「そう。もしかしてだけど、前にどっかで会ったことねえ?すっげえ見覚えあって」
「なに、今更?俺、お前と中学一緒だよ。有馬はるか君だろ?」
「えっ!?」
「なーんだ、気づいてなかったのか。同じクラスにもなったことあんのに」
「だ、だよな……名前が、ええと、待って……」
「ヒント、す」
「す、す?……あっ、須藤だ!須藤普!」
「せいかーい!」
「でも俺の知ってる須藤はこんなでかくない!」
「高校でめっちゃくちゃ伸びたんだ。チビで足遅えからそのイメージしかないっしょ」
「うん。分からんかった」
「ははは、正直すぎ。怒るぞお」
「すあまさん、知り合いすか」
「そお。世界って狭いねー」
「こないだも、しょーさんの後輩さんが面接来たらしいっすもんね」
「しょーさん?」
「んー、小野寺の最初、しょうって読むだろ、漢字。ぬいが初っ端間違えたんだ」
「はい!頭が悪くてごめんなさい!」
「ぬいぬいは馬鹿なんだな」
「ぬいぬいです!お勉強は出来ません!」
「ここ、渾名で呼ぶのが普通でさ。着ぐるみに向かって、おい枝縫、とは呼べねえし」
「ただいまー。はいこれ、ぬいとすあまにもあげよう」
「わあー!」
「うわあー」
小野寺が買ってきたアイスキャンディーを受け取った二人が、いややっぱそっちの味がいい、駄目っすよこれは俺が貰ったんすから、と言いあっていた。態度は全くそれらしくないけど、口調とかからして、小さい方は恐らく年下なんだろう。ていうか今更気づいた、ぬいぬい、もとい枝縫さん、小さいな。伏見とどっこいどっこい、下手したら少し負けてるくらいに小さい。伏見本人は気づいてないみたいだし、ていうかアイスキャンディー一本咥えたままもう一つクッキーサンドみたいな袋今にも開けてるけど。その後にまだ飯も食うのか、改めてすげえな。
小野寺からアイスキャンディーをもらって、飯前に取り敢えず体を冷やす。齧れないので舌でぺろぺろと地道に舐めていると、またお前そのいやらしい食べ方して、と有馬が何故か不満そうな声で訴えてきた。しょうがないじゃん、歯痛いし。どさどさと机の上にあっためた食べ物を移動して、いただきます。
「俺もう行くな、休憩終わりだし」
「食ってかねえの」
「うん。あと三時間だあ」
「そうすか、行ってらっしゃい」
「馬鹿ぬい、お前もだ」
「うああ」
「アイスごちそうさまあ」
「ばいばーい」
「須藤と俺さあ、中学が一緒だった」
「へええ」
「もっとすげえチビだったのに、あんなごつくなっちゃってさあ」
棒のアイスを食い切った二人が出て行った、というより、連れてかれたの方が正しいかもしれない。やですよお、俺ほんとなら今日入ってなかったのにしょーさんが休みのせいなんですからクソが、なんて未練がましく椅子にしがみ付いていたもののずりずりと引きずられていったのを見送りつつ、割り箸割った。食いながらもごもご話す有馬と小野寺の二割遅い位のスピードでぺっぺってキャベツ退けながら焼きそば突ついてた伏見が、ぼそりと口を開いた。にこにこしてた割りに喋んなかったな、そういえば。
「チビがいた」
「……………」
「……それは……」
「うん、ぬいは伏見よりちっちゃいよ」
「ふん」
居た堪れなくて口を噤んだ俺と有馬を意にも介さず、勝ち誇った息を漏らしているので、なんだか可哀想だった。でも二つ下だからまだ伸びるかもよ、とからから笑いながら付け足した小野寺の一言は完全に余計だったけれど、伏見はご機嫌なので聞かなかったふりをしてくれたようだ。そうやって、焼きそばを取り分ける時に野菜の出来るだけ少ないところに箸を迷いなく突っ込んだりしてるから、身長が伸びないんじゃないだろうか。怖いから言わないけどさ。
本当にこの休憩室を使う人は少ないらしく、休日で働いている人もそれなりに多いはずなのに、俺たちが居座ってる間誰も来なかった。小野寺の話によれば、入口近くの事務所は大きいし綺麗だし食堂もシャワールームも暗証番号付きロッカーもあるからみんなそっち使うんだ、とか。逆に言うと、事務所ができる前の旧休憩室であるここにはその設備が一つも揃ってないということになる。ここは着ぐるみが隠してある倉庫に近いから、それを利用する回数が多い小野寺やさっきの二人、その他数人のバイトはこっちを使うこともままある、という話らしかった。私物も相当に散らかってるらしい更衣室は絶対見せられないとかなんとか。ペットボトルを額に乗せて、確かにここ空調の効きめちゃくちゃ悪いね、と零した伏見に頷く。外の炎天下よりは何億倍もマシだが、この季節の室内にしては少し暑い。いくらクーラーの設定温度下げてもこのくらいにしかならないんだと小野寺が苦笑して、地図を広げた。
「さっき確認してきたんだけど、花火が見える屋上のテーブル一つ取っといてくれてるって」
「だから何でお前そんな至れり尽くせりされてんの?」
「彼女連れてくる、ってことになってたからでしょ。さっきチビが言ってた」
「えっ」
「う」
伏見の言葉に、小野寺が詰まる。いろんな人と繋がりがある分、冷やかし混じりの協力だと考えるととても納得は行くけれど。伏見の予想はどうも間違っていないらしく、違うって何回も言ったのにみんなそうなんだろっつって聞かないから、だって花火見えるならそれ断るのもったいないじゃんか、とぶつぶつ小野寺が言い訳を始めた。有馬がげらげら笑って、小野寺の肩をばしばし叩く。
「あっはは!彼女いない、っくせに、ふふ、っどこから錬成したんだよ、うひひ」
「なんでそんな笑うんだよ!俺は何にもしてないっての!」
「火のない所に煙は立たないって言うじゃん。ね、弁当」
「……そうだね」
「だからそうじゃないってば!」
しれっと伏見は言ったけど、正論だ。そう勘違いさせる何かのきっかけがなかったら、そんな話が出てくるはずもない。彼女と来るんならいい雰囲気でも作ってやるかとお節介された結果がこれだろう。そういう話題って否定すればするほど泥沼になったりするし、まあ真っ赤になってる小野寺が面白いからいいけど。それを見て、ふと思った。花火見えるように用意してくれた人は架空の彼女と小野寺のために席を作ってくれたはずだ。それなら、二人分しか用意されてないのが妥当なんじゃないだろうか。どんな席を用意してくれているのか俺は知らないから、なんとも言えないけど。その旨を伝えれば、全く思い至らなかったらしい小野寺がぽかんと口を開けた。
「あっ」
「てめえ!誰か二人立ち見か!」
「さっき確認してきたんなら平気かなとも思ったんだけど」
「でも伏見連れてっちゃった……」
「あ?なんか文句あんの」
「いえ」
「今日は割かし男寄りだけどな……どうかな……」
「おいどういう意味だ馬鹿」
「うーん、まあ大丈夫だよ、多分。椅子は隣のテーブルからでも借りてくれば」
「飯は?」
「あるある。屋上は花火の時だけ開放だから、お店がいくつか出るよ」
「酒飲もう、ビール」
「危ねえ、レストランの方取られてたらおしまいだった」
今日屋上誰かな、とシフト表らしきものをぺらぺらめくって見ている小野寺を放って、さっき出された地図を覗き込む。乗ってないやつ、って言ってもそんなに無いというか、子ども用のちびっこコースターに男四人で乗るのは気が引けるというか。コーヒーカップは気持ち悪くなるから嫌だ、と満場一致で却下されて、残るのはゴーカートやらでかいブランコみたいなのやらお化け屋敷やら、あとアスレチック広場みたいなのもあるけどここに行くなら俺は外で待ってる。恐らく伏見も行かないだろうから、体力自慢の二人だけでよろしく、と有馬に告げれば、今にも指さそうとしていたようで出鼻を挫かれた顔をしていた。
「お化け屋敷行くっつったら弁当どうすんの」
「……一緒に行きはするけど」
「前で待ってるなんて許さないぞ」
「そんな怖くないよ、うちのお化け屋敷」
「ええ……そういう問題じゃないんだけど……」
「生きた人間じゃないやつ見れたら逆にラッキーだって。下僕にしよ」
「ついに伏見が霊まで従えようとしてるけど、いいの小野寺」
「えっと……基本見えない相手はちょっとな……」
「なんだよ、ちょっとした冗談じゃん」
「んん、そ、っだな、じょ、っ」
「有馬お前なに笑ってんの?」
「でも今までも時々背中になんか憑いてることあったし、変わんないよ」
「機嫌悪い時とか背負ってるね」
「ふっふ、げほっ、んん、ふふ、だめだ、っ」
「そうだね、お化け屋敷の中で不審死があったらみんなもっと来たがるんじゃない」
「曰く付きにしようとしないでください」
「ごめんなさい」
とか言ってる間に、人数分より少し多いくらいには用意されてた焼きそばのパックはみんな空っぽになってしまった。ちょっと多いなって思ってたのは俺だけのようで、こいつらにとっては四人分っつったらあの量なのか。みんなこの暑いのによくそんな食欲あるな、俺だって別に食べてないわけじゃないのに。
せっかくだからお化け屋敷は行きたいけど外で待たせるのは嫌だ、なんて三人に代わる代わる擦り寄られるわ強請られるわで疲れたので、仕方なく了承した。苦手なのは確かだし、出来ることならそりゃお化け屋敷なんて入りたくはないけど、あれだけ騒がれたら諦めもつくってものだ。炎天下の中に再び身を投じるのは結構な勇気を要したけれど、お化け屋敷の前には列に向かって冷たい霧のようなものが出てる扇風機が立っていて、あれなら待てそうだった。なんでここだけあんなの立ってんの、と首を傾げた有馬に、入る前からちょっと濡れてると中で少し風強めにしとくだけで結構寒いんだよ、と身も蓋もないネタばらしを小野寺が零した。それ言っちゃっていいんだ。
「人いるやつ?」
「いるやつ」
「弁当、びっくりしたからってワンパン入れちゃ駄目だよ」
「入れないよ……」
「嘘つけ、びっくりしたら咄嗟に足出るじゃんか」
「ちょっと!パンチもキックも駄目だよ!」
「しないってば」
「大丈夫だよ、もしガチが出たら伏見が服従させてくれるみたいだから」
「全然大丈夫じゃない」
「えー、がんばる」
「がんばってどうにかなるならお化けなんて概念がないよ……」
「ぶっふ、がんば、がんっ、ぷふ、っんん、げほん」
「有馬のツボさっきから全然意味わかんないんだけど」
「俺が化け物従えてる様がそんなに面白いの」
「だっ、だって、そんな、こんっなちっちゃ、ぶふーっ」
「死ね」
「あっ、助けて」
「……余計なこと言うからそうなるんだよ」
「俺は兄ちゃんに見せられてたけど、弁当は怖いの見る機会あんまりないよね」
「自分からは見ないし、そうだね」
「内臓とかは平気なの?洋画とかゲームだとよくあるでしょ」
「グロいのは、まあ。ホラーよりは我慢できる」
「へええ」
「どうすんだよ、弁当入る前から結構へこんでるぞ」
「見た目普段と一ミリも変わんないのにね」
「へこんでない」
「夏休みだから、普段と仕掛けがちょっと違くてさ。俺もよく知らないんだ」
「そんな怖がんなくても平気だって、たかが知れてるんだから」
「言われるほど怖がってないんだけど」
「声震えてるよ」
「震えて、えっ、震えてないよ?伏見なに言ってるの?」
「あの弁当が動揺している」
「珍しいからムービー撮っとこ」
「してな、動揺とか別に、ねえなんなの」
「ほら、いつもより喋るもん」
「ほんとだ」
「どういうこと、俺は喋っちゃいけないの」
「いけなくはないよ、むしろいいよ」
「パニック加減が分かりやすくていいな」
「だから別にそういう風になってないし、ねえ、聞いてるの」
そこまでとやかく騒がれるほど怖がってなんかないって言ってるのに全く聞き入れてもらえず、じりじりと列が進んでいく。そんなに怖くないよって繰り返し安心させるように言われたってそんなことくらいこっちだって分かってるというか、有名な遊園地のばかでかいお化け屋敷ならまだしも、言っちゃ悪いがここのこれは見るからにそんなに怖くないだろ。なんて思ってはいるものの、出てきた女の子がさめざめ泣いてるのをうっかり見てしまって、後悔した。中で何があったらそうなるんだ、今にも入らざるを得ない人にそうやって不安感を与えるのはやめてほしい。
入り口まであと少し、というところに来て、有馬がふと気がついたように口を開いた。こいつのこの、名案!って顔にいい思い出があまりないので期待はしない。
「歌ってやろうか」
「遠慮しとく」
「てーっててって!てけてけてん!てーっててって!てけてけてん!」
「いいっつってんじゃん」
「しかも古いし」
「ちゃちゃーちゃちゃっちゃっちゃー!」
「うるせ」
「ちゃっ、……なあ、歌詞忘れた」
「歌わなくていいんだってば」
「えーきせーんとりっく!」
「あっ、えーきせーんとりっく!」
小野寺が余計なことをしたせいで有馬の歌が継続してしまったじゃないか。声がでかいから目立って余計に嫌だ。隣の列のカップルがさっきからずっと変な目でお前をじろじろ見てること、教えてやろうかと思った。

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