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おはなし



「……あー……もー無理……」
「……あと五分で終わらそう。がんばれ」
「だって、見ろよ。伏見なんか死んでんじゃん」
「……………」
「終わったらアイス食べよ……」
「……なんだってこんな日に外出なきゃなんねえんだよ……」
最高気温は三十何度、とかいうクソ暑い夏の日。普段だったらガンガンにクーラー効いてる教室でうとうとしながらかったるい授業聞いてりゃ済むはずの一時間半は、今日に限って地獄だった。この炎天下の中、なんたらのなんだかを調べるためにどうたらしてこいって教室を追い出されて、早一時間ちょっと。なんとかかんとかで何したらいいのか知らないのは、前回の授業で説明してた時間に俺は寝てたからだ。でも大丈夫、弁当が聞いてたしプリントもらったから。
じりじりと腕が焦げる感じがする。これ絶対やばい、ぼけっとしてたら頭が沸騰するやつ。とにかく早いとここっちを終わらせてしまえと、軽口を叩けるような余裕も根こそぎ暑さに奪われながら、それぞれ無言のまま紙に雑な字を書きなぐって行く。残酷なくらいに楽しみ皆無の時間だ、こんなん毎日やらされてたら学校来なくなる。無意識に詰めてた息を吐けば、それなりに埋まったプリントをぴゃっと伏見が持って行ってしまった。まだ終わったとは言ってないんだけど、あれ以上どこか弄りたいのかと聞かれたらそれも思い浮かばないので、いいだろう。時計を見た小野寺の、まだあと二十分くらいあるね、なんて言葉にプリント四枚丸めて蹲ってた伏見がぼそぼそ声を発する。
「……かってきて」
「え?」
「アイス、おれ、教室いる、鞄見てるから、アイス」
「うん、うん、アイスね、うん」
「出しといてくれんの?珍しっ」
「んん……」
「なにがいいの」
「……みかんがいっぱいのやつ」
言葉の区切りごとに弱々しくズボンの裾を引かれている弁当が、こくこく頷いてみせた。それを見てよれよれ立ち上がった伏見が、プリントと共に教室へ戻っていく。財布と携帯だけポケットに突っ込んで教室出てきたから、その他の荷物と一緒にいてくれるんだろう。ぎゅぎゅっとかなあ、がつんとみかんかなあ、と小野寺が首を傾げていたけど、それは別にどっちだって構わないと思う。みかんがいっぱい入ってれば怒りゃしねえだろ。
いつも見た目あんまり暑そうに見えない弁当が眉根を寄せて汗を拭ってるんだから、今日の気温はとんでもないってことだ。ちんたら歩いて涼しい校舎内に逃げ込み、いつものコンビニの前に立って。
「……嘘だろ」
「今日からだっけ……」
「どうしよ」
「どうすんべ」
店内改装、と大きく書かれたポスターの前で、唖然。まさかとは思うけど、伏見これ知ってたから来なかったってことはないよな、そしたらとんでもねえ奴だ。改装するってことは知ってたけど今日からとは知らなかったね、と小野寺と弁当がもちゃもちゃ未練がましくポスター睨みながら話して、溜息を吐いた。
「……近くのコンビニ行こうか」
「セブン?」
「あそこちっちゃいだろ、アイスの品揃え悪いよ」
「じゃあローソンかな」
「そしたら俺からあげくんも買う」
「ルーズリーフも買わなきゃ」
「……それは今度でも良くない?」
「忘れちゃうからさあ」
だらだらと大学を出て、一番近くのコンビニへ歩く。伏見にも言っとかないと、と小野寺が連絡すれば、じゃあつまんないから誰か一人帰ってきてよ、と我儘を言われた。涼しい場所で大分回復したらしい様子の伏見が言う、誰か一人、の中に恐らく俺は含まれていないので、俺が行っても多分シカトされるだろう。そんなこと全員分かっているので、平等に小野寺と弁当でじゃんけんをしてもらった。結果、小野寺が戻ることになって。
「え、いいよ、俺他にも買うし」
「なんで。勝ったんだから戻ってなよ」
「でもさあ」
「じゃあ弁当が倒れたら来て」
「……うん……」
「そんな弱くないんだけど」
弁当を心配しているらしく後ろ髪引かれまくりの小野寺が、困った顔で一足先に教室へ戻る。そんな顔してるけど戻ったら戻ったで待ってるのはあの横暴な我儘野郎だ、当たり前みたいににっこりしながらまた何か言いつけられてもおかしくない。ていうか絶対そうだ、つまんないからなんて建前で何か欲しいものがあったに決まってる。いっそ弁当を戻せば良かったな、こいつなら伏見にこき使われなさそうだし。そう思いながら弁当を見れば、心配されていたことがあんまり喜ばしくなかったようでぶすくれていた。だって細っこいんだもん、そりゃ置いて行くの躊躇うわ。
「アイスと、からあげくんと、ルーズリーフ買って」
「……あ、お茶も。ないや」
「でっかいパックの?」
「普通のペットボトル」
「あやたか?」
「なんでもいいけど」
「アイスと、ルーズリーフと、からあげくんと、あやたか」
「……はじめてのおつかいみたい」
指折り数える俺を見て、弁当が小さく笑った。どうせコンビニ着いたらまた買いたいもの増えちゃうんだから、頼まれてたものは確実に買えるように復唱しないと忘れちゃうんだ。知らないぞ、笑ってる弁当が忘れても助けてやらないんだからな。
出来るだけ日陰歩いてても、汗なんかだらだら。向かいから歩いてきた何処かで見覚えのある、多分どっかの授業が一緒だった女の子二人がぱたぱたと服をはためかせているのをぼけっと目で追っていると、弁当がすごく冷たい視線を突き刺してきた。違う、見たくて見てたわけじゃない。ただ単純に、あれしたら涼しいんだなあって、男は足丸出しにしてたら気持ち悪いけど女の子が短い丈の服着てても気持ち悪くないしなあって、そんなようなこと考えてただけだ。
「……伏見に言うなよ」
「どうかな」
「言うなよ!あいつ絶対他のやつに俺が女の子の肌に注目してたって撒き散らす!」
「事実じゃん」
「違うんだってば!」
「痴漢」
「やめろ!」
なんて騒いでるうちにコンビニ到着。じとりと軽蔑の目を向けられて、見たい時はもっとお前にあの子やべえって言うだろ、とうっかり零せば、それもそうかと納得されてしまった。それはそれでやだ、納得すんなよ。
涼しい店内に踏み入って、カゴを片手にうろうろする。ペットボトル入れて、ルーズリーフ入れて、アイスのとこに行く前に思い直してパックのジュースも。ぴるくる、パイナップルのなんか、オレンジジュース、カフェオレ、と指を彷徨わせていると、同じく店内をうろついてた弁当がすっと隣に立った。ぽい、とウイダーみたいなゼリーをカゴに放り込んだ弁当が、どうしたの、とこっちを向く。
「どれにしよっかな」
「……イチゴ牛乳はやめた方がいいよ」
「なんで?」
「毎回もういらないって残すから」
「そうだっけ」
「うん」
「でも、そうだな。牛乳系は無しだな、暑いし」
「これにしたら」
「……うまかったの?」
「まあ」
美味しかったらしい。ぴっと指さされたそれを手に取ると、弁当がふっとまた踵を返してしまった。ピーチフルーツミックス、おいしそうだしこれでいっか。アイスのとこの前に立ってる弁当に近寄れば、ちらっとカゴの中を見てすぐ目を逸らされる。
「これピーチミックスって書いてあんのに一番上にぶどうってなってる」
「じゃあぶどうミックスなんだよ」
「ぶどう、ピーチ、バナナ、レモン」
「読み上げなくてもいいけど」
「うまかった?」
「んー」
「お前これ、どんくらいの頻度で買うの」
「……塾の帰り」
「週三以上か……」
「みかんあった」
「伏見の、小野寺なに食うかな」
「同じのでいいんじゃない」
「じゃあみかんのが二個」
「ん」
どさどさ、とみかんがいっぱいの棒アイスを二つカゴに入れる。俺はこれにしよう、なんて弁当が選んだのはバニラアイスの周りにチョコがかかってるやつだった。お前それ舐めて食うの大変だよ、大丈夫なの。そう聞けば、なにが?なんて聞き返されてしまった。自覚ないんだったな、アイス食べる時舐めるの。普通の棒よりはチョコの分溶けるの遅そうだし、大丈夫か。自分のをどうしようかな、とケースの中を見て、目が泳ぐ。なんか今日だめだ、選べない。暑すぎるからかな、みんな食べたくなる。
「カップは食べにくいから止しなよ」
「そっか」
「これは高いから美味いよ、多分」
「ハーゲンダッツの仲間じゃねえか、高いはずだよ」
「おいしそう」
「パピコにしよっかな」
「二個とも食べんの?」
「一個お前にあげる」
「え、いらない」
「白いのと茶色いのどっちが好き?」
「茶色。いらないけど」
「なんだよ」
「俺はこれが食べたいの」
「じゃあアイスボックスにしよっかなあ」
「どっち?」
「ぶどう」
「ふうん」
「そうしよう」
冷たい筒を手に取れば、あとからあげくんか、と弁当がレジの方へ向かう。ついて行こうとして、やっぱりパピコもカゴに突っ込んだ。一個食わせよう、今日暑すぎるし、大学戻るまでが一仕事だ。お会計してる時に一つ多いアイスに気づいた弁当が俺を見てなんとも言えない顔をしたので、無視しておいた。パピコ一本食べてる間にチョコバニラがどろどろ、ってことは流石にないだろ。
「はーんぶーんこ」
「……ありがと」
「あっちいな」
「うん」


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