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おはなし



「あちい」
「……この部屋かなり涼しいよ」
「暑かったのお」
じたじた手足を暴れさせてる伏見は、ちゃっかりシャワー浴び終えてる上に人の服を勝手に寝間着代わりに着てベッドを我が物顔で独占しながらごろごろしてる。いつものことだから気にしないけど。
猛暑日だとか熱帯夜だとか熱中症警報だとか、そんな見てるだけで暑苦しい文字がニュースをばんばか飾る毎日。別になにしてるってわけでもないけど外出てるだけで暑くて嫌になるっていうのに、バイト上がりにバス逃した伏見に、自転車、とたった一言そっけなく貰うだけで何故かぜえぜえチャリ漕いでるんだから我ながら頭やられてる。こんな暑いんだからタクシーでもなんでも使って帰ってこいよ、俺がチャリ必死で走らせてる間にお前なにしてたか俺は知ってるぞ、ドトールで冷たくて甘くて美味しいやつ飲んでたんだ。流石にそんなん見つけた時は目の前真っ暗になるわ。しかも俺には分けてくれないし、伏見のバイト先まで結構距離あったのに。
そんでもってまあとにかく、終バス逃してご機嫌斜めだったっぽい伏見の機嫌は夏の期間限定フローズンとミラノサンドのおかげであっさり元通りで、俺が汗だらだらで漕いでるチャリの後ろから、遅い馬鹿早くしろだの、早すぎ落ちたらどうすんだだの、きゃんきゃん文句を言ってくるくらいには普通だった。原付でいいから免許取ろ、なんて決心を俺がしていることも知らず、うちに着いたらすぐ風呂場に直行した伏見は、当たり前のようにざあざあシャワー浴びて、服がねえって髪も体もびっちゃびちゃのままタオル一枚で出てきて、部屋でぐったり横たわってた俺のこと追い出して悠々とお着替えタイムを設け、明らかにだぼだぼな俺の服を着てベッドに横たわり、汗くせえからこっち来んなクソ犬、なんて言葉に手振り付きで俺を風呂場へしっしっと追いやった。確かにな、とシャワー浴びて戻って来てみれば、部屋はがんっがんに冷やされてて伏見は上機嫌だった。誰かこいつに、節電、ってでかく書いた紙とかを見せてやってくれ。
「へ、くちっ」
「なに今の」
「ふひゃみ」
「鼻ぐずぐずじゃん……」
随分と可愛らしいくしゃみをした伏見に、やっぱり寒すぎるんだよ、と室温を上げる。不満なのか手が伸びてきてばしばし殴られるけど、風邪引いてからじゃ遅いし、なにもエアコン止めようっていうわけじゃないんだから我慢してほしい。弱まった風にこっちをじとりと睨んだ伏見が、ぷいっとベッドに俯せて動かなくなった。ど真ん中で転がられると俺が入るスペースなくなっちゃうんだけど。そんなこと知ってるはずだから、嫌がらせのつもりか。端っこに腰掛けて、ねえ詰めてよ、なんて言ってみたものの、全く反応無し。俺もう疲れてんだけど、主にお前を迎えに行ったチャリ往復で。
「寝たいです」
「え?なに?もっと大きい声で」
「寝たいです!」
「どこに?」
「ベッドで寝たいです!」
「そこがあるじゃん、引き出し出せば入れるだろ」
「ベッドの下じゃなくて、上で」
「上で?誰と?」
「誰と!?お前以外の選択肢があるの!?」
「うるせえな」
「寝かせてよ、もう疲れたよお」
「俺も疲れたよ」
「……最終手段として伏見の上で寝ることも辞さないから……」
「それは死ぬじゃん」
「誰が」
「お前が」
「ですよね」
とかなんとか話してる間にも、ベッドの上で伏見が占めてる範囲を狭めようとじりじり攻めてみたりしたんだけど、頑として動こうとしなかった。マジで思いっきり真ん中で大の字になりやがって。もしかして俺今日床で寝るのかな、固いからやだな。
伏見が退いてくれないのはもうしょうがないから、上半身だけベッドに突っ伏す全く休まらない体勢で黙ると、なんだよお、と絡んできた。寝なよ、なにお前今日に限って機嫌いいの、俺が休みたい時にばっかりどうしてそうやって楽しげなの。いっつもいっつもそうだ、伏見って奴は、くそ、悔しい、でも眠い。見えないけど音から察するに、寝返りを打ってこっちを向いたらしい伏見が、そんなに疲れたの、とか当たり前のことを聞いてくる。そうだよ、俺だって今日は朝から夕方までバイトだったんだ。そこから帰ってきて晩飯食って、なんにもやる気起きなかったからぼけっとテレビ見て、そろそろ風呂入って寝るかってとこでお前からの呼び出しで、もうあんまり喋りたくないくらいには眠たいんだよ。
「おのでらあ」
「んん……」
「寝るの?」
「……うう……」
「撫でてやろうか」
「……はぇ、あ?」
素っ頓狂な声が出てしまった。ほらおいで、なんて頭を緩く叩かれて、半ば涎垂らしかけてた意識がぼんやり戻ってきた。そのままずるずると、二の腕を掴まれてベッドの上に引きずり上げられる。ちょっと待って、目ぇ開いてない、待って。なんか知らんけど今日の伏見はここ最近でぶっちぎり一番にご機嫌だな、と頭の片隅で冷静に今の状況を判断する自分が確かにいて、でも頭が現実について行けてるわけじゃなくて、重たい、なんてぶつくさ不満を漏らす伏見の声がごそごそと篭った。
「あんまそこで動くなよ、痛い」
「……ぁに……」
「寝ていいよ」
「……………」
「もったいねえなあ、こんなにサービスしてやってんのに寝んのかあ、あーあ」
楽しそうに揶揄する伏見の声が遠ざかる。ぶつんぶつん、って意識が途切れては戻ってきて、伏見の手がふわふわと髪を梳いていることだけははっきり分かった。なんか言ってるとかは聞き取れない、あったかくてやらかいなあってことしか分かんないけど、うとうとしてるのが気持ち良くて。目なんてもう開けられないまま、薄ら暗くて、なんとなく安心、するような。

がくん、と小野寺の体が強張って、頭を擦り付けられる。薄っすら開いた目に、輪郭をなぞる。
「……ひ」
「起きた」
「……おっこちた……」
「落っこちてねえよ。ずっとお前ここにいたよ」
「んゔ……」
「起きてないし」
眉間に皺寄ってて、ちょっと笑った。疲れてるとなるんだっけ、不安定な体勢で寝てるとなるんだっけ、さっきのがくんってやつ。寝ぼけながら唸った小野寺は俺の腹で髪をくしゃくしゃに乱して、またすとんと眠りに落ちていく。相当疲れてたんだ、こいつ起きてから死にたくなるんじゃないかな、俺がこんなに優しくしてやることもうきっと当分無い。膝、というか太股を人が貸してやってることなんて露知らず夢の中を彷徨ってる小野寺が、無意識にごそごそ動いて人の腹周りに手を回す。がっちりホールドしやがって、ほんとに寝てんのか、疑わしくなってきた。まあ黙り込んだ時からそんなに時間が経ってるわけでもない、俺が小野寺を引きずって抱っこして撫でてやり出してからは精々三十分ちょっとってとこだろう。あんだけぐったりしてた癖に早々に目覚めて元気いっぱいになったら化け物だ。
最初は、こんなことして寝れるわけねえだろ馬鹿め、って眠たいのに寝れない小野寺をからかって遊んでやろうと思ったのに、安らかにすよすよ寝付かれてしまったので計画変更。平和そうな寝顔をまじまじと見るのは久し振りで、シャワー上がりたての時よりいくらか乾いたもののまだ少し湿ってる髪の毛に指を通した。頭って案外あっついんだ、寝てるからかな。
「……かーわいーい」
ぼそりと呟いたのは、強ち嘘でもなくて。ペット飼ってたことなんてないし動物とか嫌いだけど、うちの子かわいいんだから、とか言っちゃう奴の気持ちが分かったような気分になった。今日はこいつが起きるまで、こうしててあげようかな。
いっつもありがと、とか。おつかれさま、とか。口には出さないけどちゃんと思ってるんだよ、俺だって。


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