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おはなし



うとうとしてるとか眠そうな様子とかならまだしも、完全に眠りについている無防備な状態の人間にいきなり飛びつく奴なんかいない。俺も今この瞬間までそう思ってた。
「ぇぐっ……!」
「……………」
普段だったら絶対出ない声が自分の喉から上がったのが他人事みたいに聞こえて、遅れて鳩尾付近への痛みが襲ってくる。なにがなんだか分からないけど痛いし重い、苦しい。開かない目をこじ開けて周りを見回しても天井と枕とその他部屋にある見慣れた当たり前の物しか見えなくて、横になってるんだったと思い返して自分の腹部を見下ろせば、両手両足で俺の胴体を羽交い締めにしてる伏見をようやく発見した。虫みたいだ、つーか重い、飛び付くならせめて俺が受け止める体勢を整えてる時にしてくれないか。どんな悪いことしたらこんな乱雑な起こされ方する羽目になるんだ。
「……なに……?」
「……………」
「ふしみ?」
「……の、らが」
「え?」
「小野寺が死んだ」
生きてる。勝手に殺さないでほしい。顔も上げずに人の胴体に巻きつけた腕と足の力を強めた伏見をどうすることも出来ず、寝起きの体じゃ力も入らず、ぼんやりと頭を見下ろしていればもごもごと話し出した。俺の胸辺りにがっつり顔を埋めてるから大変聞き取りづらい。くぐもった声を何とか拾いながら、なんだって急にこんな、と回らない頭で考える。
「小野寺が、俺はこっちに行くって」
「うん」
「そっち行ったら死ぬのに、伏見が行かないなら俺が代わりに行くねって」
「はあ」
「別に誰かが行かなきゃいけないわけじゃないのに、行くって言って、譲らなくて」
「おう」
「俺すげえ止めたのに、泣きながら止めたのに、お前言うこと聞かなくて」
「はい」
「そんで死んじゃった」
「……っていう夢を見たの?」
「ん」
「そうか……」
「やだった」
夢の話か、流石にそこまで干渉できないからな、と難しい顔をしていると、今までだってぎゅうぎゅうに抱き締められていたにも関わらずぐっと力が強くなった。痛いっていうか苦しいっていうか、息が出来ない。ほんとに死んじゃうから、と伏見の背中を叩けば額を擦り付けるように首を横に振られて、少し面食らう。なんだよ、そんなに怖かったの、俺どんなグロい死に方したのさ。まさか泣いてねえだろうなと気になって、すっかりひっつき虫になってしまった伏見を引っ張ってみたものの、全く離れそうになかった。
怖い映画とかを見たわけでもない、そんな話をした記憶もない、母さんと兄ちゃんと伏見と俺で夕飯食ってた時にやってたテレビはただのクイズ番組だった。それから順番に風呂入って、俺が上がった時には伏見が勝手にどっかから持って来た敷き布団と掛け布団を俺の部屋に広げてて、我が物顔でクッション抱えて寝てた。だから俺も寝ることにして、電気消しておやすみしたのが何時のことだったっけ。身動きは取れないのでぐるりと首を巡らせて時計を探せば、現在時刻は四時半で、床に敷いてある布団には伏見が抜け出した跡が残っていて、そこで眠っていたことは確実なようで。自分がどうしてこうなったのかの説明が済んだからか、伏見は無言で動かなくなってしまった。動物じゃないんだから、不安になったとか怖くなったとかなら飛びつく前に何か言えよ。そしたら俺だって起きるし、お望みならちゃんとよしよしって抱っこしてやるよ。
「ねえ」
「……………」
「寝ちゃったの?」
「……ちがう」
「だよね」
「……………」
「まだ寝るなら布団かけるよ」
「んん」
また頭ぐりぐり。どうやら寝たくないらしい。普段と比べてあり得ないくらいぐちゃぐちゃになっちゃってるもんな、そりゃ寝れないか。興奮してるのとはまたちょっと違う、どんなに眠たくても寝れない気持ち、分からないわけじゃない。俺の経験としてはあんまり無いけど。
俺のことを全身でがっつり拘束してる伏見の背中を撫でながら、どこにも行かないから座らせてよ、重たくて苦しいよ、と告げれば少し気が緩んだのか力が弱まった。顔は絶対に見せてもらえないままなので、伏見を抱えて体勢を変える。半ば無理やりだけど、体を起こすことには成功した。俗に言う、なんていうか、だめだ。いやらしいことしてないけどいやらしいことしてる時の体勢になってる、説明不可。さて、ここからどうするかだけど。
「ね、起きるなら離れてよ」
「やだ」
「俺どっか行ったりしないよ」
「死ぬ」
「勝手に殺すのやめてくんない」
「捕まえてないと死ぬ」
「じゃあもうちょっと緩めに捕まえてて」
「駄目」
「なんで」
「死ぬ」
「死なねーよ!死ぬ死ぬ言うなよ!不安になってくるだろ!」
「大きい声出さないで」
「じゃあ離れて!?」
「嫌」
「せめて顔上げようよ、俺まだ伏見の目を見てないんですけど」
「顔見たらお前また行っちゃうから」
「どこに」
「死ぬ方」
「だからそれ夢の話なんでしょ?」
「んん……」
「あれ、えっ、なに?伏見まだ起きてないの、寝ぼけてんの」
「ううん」
「嘘つけ」
「ほんとに、ほんとにさっき死んじゃったの」
「……だからさ」
「どこも行かないで」
寝ぼけてぐずるなんて珍しい。力が入らない手がずるんと俺の肩から背中へずり落ちる度に、焦ったように服を握り締め直す。引き剥がそうとするとぐいぐい頭を押し付けられて、もうこれどうしようもないな。普段から無理やり起こしたらものすごい不機嫌になるし、そもそもこんな寝てるんだか起きてるんだか微妙な時どう声をかけたら意識が覚醒するのかが分からない。いっそもう一度寝かせてしまえばいいのかもしれないけど、それだってどうしたらいいのかわかんないし。
伏見を抱えたまま特にすることもなくぼけっとしていると、眠たくなってきてしまった。こいつも微動だにしないし、もしかしたら寝てるのかもしれないし。顔見えないから分かんないんだよな、とか思ってる内にぷつんと意識が途切れた。

暑苦しい、重い、汗臭い。半ば魘されながら目を開ければ、ぐたんと小野寺がのしかかってきていた。寝転がっているわけでもなく、どちらかというと座り込んで抱きかかえられている状態に、意味が分からず一旦停止。だって俺ちゃんと布団で寝たのに、なんでベッドの上で小野寺に抱えられてんの。せめて横になってくれてたら寝てる間にこっち連れて来られたのかなとか思うけど、座らされてたら流石に起きる。一旦寝付いたらなかなか起きないどっかの誰かとは違うんだ。
「ちょ、っと、重、ねえっ」
「……んん……」
「ひ、っ落ちる、落っこちるっ」
ぐ、と体重をかけられて思わず仰け反る。小野寺の体を羽交い締めにしていた自分の手足をばたばた暴れさせて叩いたり蹴ったりして起こそうと試みるも、あんまり効果はなさそうだった。俺の力が弱いからとかじゃなくて、単純に身動き取りづらい状態だから。しかも、肩の上から腰辺りまで手を回されている上に覆い被さられているせいで、一人じゃ抜け出せない。このまま小野寺が俺に体重をかけ続けたら、絶対いつか俺が後ろにひっくり返って、小野寺諸共ベッドから落ちる。
じたばたするのも疲れてきて、寝起きには辛い程体を動かしたことを後悔していると、ようやく小野寺がむぐむぐ唸り出した。このまま起きろ、そして俺を解放しろ。なんだって寝てる間にぬいぐるみよろしく抱きかかえられてなきゃならないんだ、どうせあれだろ、俺が無抵抗なのをいいことに不貞を働こうとしたんだろ、変態。
「……んー……」
「起きろ、離せ」
「……こんどはなに……」
「あ?」
「行かないでっつったじゃん……」
「……はあ?」
「俺死なないから、大人しくしてて」
ぽんぽん、と背中を緩く叩かれて、抱きかかえ直すようにぐいっと引き寄せられて、小野寺はまたぐーすか平和な寝息を立て始めた。ちょっと意味わかんない、なんか夢でも見てるんだろうか。とにかく離してもらえなさそうだけど、今の少し意識が戻った一瞬で、俺が斜めになる程度には寄りかかられていたのが、逆に俺が小野寺に体重を預ける形になった。重たくはないし落っこちる心配もなくなった、いやまあそういう問題じゃないんだけど。
目で時計を探せば、ぴったり六時半。七時過ぎにはアラームが鳴るはずだから、それまでぼけっともう一眠りするとしようか。


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