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おはなし



「高井と一つ屋根の下は、正直ありだよ。航介もそう思うべ」
「んー。仲有でいいのかっつー話だよ、逆に。あんな頼りねえのに」
「それがいいんじゃないの」
「俺のが頼り甲斐はある……」
「瀧川話聞かないから駄目だ」
「仲有の爪の垢煎じた方がいいよ」
「ずっと都築狙いだっつってたのにさ」
「俺?え?本人知らないってあり得る?」
「都築鈍いんだよ」
「お前の顔はあれだ、仮面ライダーに出てくる系だから」
「ショッカー?」
「ちげえよ、馬鹿。若手なんたら俳優の括りだよ」
「なんたら?グラドル?」
「お前胸あんの」
「あるわよ、見せてあげましょうか」
「ママもう一杯ちょうだい」
「うるせえ瀧川、飲み過ぎだ」
「つーか誰がママだ。きもい」
「ひどい」
「おら水だ、飲めよ」
「もー、嘘だったんだよあんなもん。俺もう金輪際女なんて信じねえ、絶対」
「……なんかあったの」
「瀧川?つい最近お水のお姉さんに搾り取られたとこ」
「なにやってんだお前……」
だらだら集まって飲むのは恐らく二週間ぶり、くらい。頻度としては、多分かなり高い方なんだと思う。地元民だからしょっちゅういろんなとこで顔合わすし、全員働いてるとは言えどいつもこいつも基本適当な感じだから時間も合わせられるし。
集まるのは大概都築んちだ。カウンターとちっちゃいテーブル席がいくつかしかない、飲み屋兼お食事処みたいな店で、都築は当然のようにカウンターの中にいる。まあ一応仮にも厨房の人だから正解っちゃ正解なんだけど、当然の顔してカウンターの向こうで酒飲んでるとこはどうにかしてほしい。今日はもう俺仕事ないから、とは本人談だ。確かに他に客もいないし、メニューにないような料理、例えば見た目が雑なチャーハンとか余り物っぽい具材の汁物とか、そういう食い物しかさっきから出てこないけど。
都築曰く水、を呷った瀧川が悔し気にばんばんカウンターを叩く。仲有の結婚が相当恨めしいらしい。瀧川と仲有は三年間ずっとクラス被ってたし、そもそも仲良かったし、気持ちは分からなくもない。突っかけた靴を爪先にぶら下げた瀧川が、大声を上げた。
「俺だってなあ!彼女くらいいたことあんだ!」
「ゴリラみたいな年上の女?」
「なにそれ、航介詳しく」
「高二の時の瀧川の彼女」
「人なの?」
「人だろ。動物園から逃げてきたわけじゃねえと思う」
「違う!あれは一種のストーカー!怖かった!」
「安心しなよ、航介がここにいるじゃん」
「おい、都築」
「ゴリラみたいな女でも言い寄られるだけまだいいじゃん」
「たーだよーしくん」
「やー、怖い怖い、すんませんっした」
「航介はまずその頭をどうにかしないといけねえんだろ」
「都築だって染めてんじゃんか。同じだろ」
「馬鹿お前、顔がちげえよ」
「さっきからなんなの?都築と瀧川は俺をどうしたいの?」
「怒っちゃいやよお、こーちゃあん」
「気色悪いからその妙なオネエやめろ」
「人の中でも女に区分される奴に話聞いてみる?航介のこれはどうなのか」
「え、小梅さん今日いんの」
「いるよ、待ってて。うめー、梅さんや、おーい」
「いえー!女だ!美人の女だ!」
「……おー」
都築小梅は、見た目が綺麗な分中身のがっかり加減が際立つ、この店の看板娘だ。弟の忠義が整った顔してるから当たり前のように姉妹たちも美人なんだけど、なんか違う。俺年上好きだって色んな人に言われるし自覚もちょっとはあるけど、あの人だけは違う。瀧川は見た目だけを目的にしてるから盛り上がってるけど、小梅さんとは仕事上取引したりすることもないわけじゃないから、あの人のポンコツ度合いはきっと俺の方がよく知っているんだと思う。酷いぞ、あの女。
「え?航介と時満来てんの?ははは、あいつら暇なの?」
「うめ、顔のそれ取らないの?」
「だってこれ付けとかないと、もうお姉さんお肌ががさがさよ」
「……化けもんかよ」
「小梅さあん!」
「おー。時満こないだキャバ嬢につぎ込んだってほんと?いくら?」
「そっ、どっ、やめてくださいよ!」
「相当いったのねえ」
「……やめてくださいよ……」
「あっ航介。航介、おい金パ」
「あ?」
「ちゃんと聞いてんの?こっち見なさい」
「見てんだろうがよ」
「目え開けろ」
「開いてんだよ!余計なお世話だ!」
がらら、と引き戸が開いてひょっこり覗いた小梅さんは、完全オフモードのざんばら頭に顔面パックで出てきやがった。ばっさりと瀧川を戦闘不能にした挙句こっちにまで機関銃向けてきやがるので、うるせえ妖怪顔面白塗り、と追い払っておく。仕方ねえなとばかりにべろべろパックを剥がすので、それ俺らの前でやるのやめてくんねえかな、と思った。そういうとこ駄目なんだって、だからお綺麗なのに相手に恵まれず何とかかんとか言われちゃうんだって、いい加減分かれよ。
「うめに聞きたいんだけどさあ」
「忠義これ宣広さんのボトルだよ、なんで飲んじゃったの」
「え?違うよ、あっやべ」
「あーあ、馬鹿。親父に怒られる」
「……うめに聞きたいんだけど」
「なに?瓶の中身を戻す方法なら流石の姉も知らないよ」
「航介のこの頭って、女の子的にどうなの。一人の女として答えて」
「そんなん人それぞれ好みがあるじゃん。知らないよ」
「頭以外に問題があるってはっきり言ってやってくださいよ!」
大人しくしていた瀧川が顔を上げた途端余計なことを言うので、箸を突き刺しておいた。素敵なおじさま好きに言わせたらこんな馬鹿みてえな頭のやつはあり得ないけどね、と人の脳天を割ってない割り箸でぱしぱし叩きながら言う小梅さんは全く頼りにならないことにようやく気付いたらしい都築が、じゃあもう一人のメスを呼んでこようと引っ込んだ。さっきから思ってたけど、いくら姉や妹だからってほぼほぼ女扱いされてなかったら怒るんじゃないだろうか。大きく分けたら女、オスかメスかで言ったらメス、みたいな括り嫌だろ。
今日は初奈ちゃん出て来てくれるかな、と瀧川はわくわくしているけど、こっちはあんまり期待してない。すげえ人見知りだし、道端で会っても見なかったふりどころか化け物でも見た勢いで目逸らされるし。なかなか戻ってこない都築に聞こえるように横着して扉の隙間に顔突っ込んだ小梅さんが、初奈お風呂でも入ってんじゃないの、なんて叫んでいた。それに合わせて、話し声が少しずつ近づいてくる。引き戸が擦り硝子で薄いから、声丸聞こえだ。
「初奈、はっちゃん。航介は怖くないんじゃなかったの。しょっちゅう会うし」
「無理無理無理」
「無理ってなんだよ、可哀想だろ」
「こっち来ないで、兄ちゃん酒臭い、離して」
「そんなに飲んでないよ!」
今日も顔は見れねえかな、と瀧川がぼやく。なんでこの家の女は顔が整ってる割に変わってるんだか、天は二物を与えずとはよく言ったもんだ。新しい箸割って勝手におかずつまんでる小梅さんから皿を取り上げると、ほんの少しだけ扉が開いて都築の指先が見えた。
「じゃあはっちゃん、あの二人どっちがかっこいいか選んで」
「や、やだ、選ばれなかった方に恨まれる、痛いことされる」
「されねえよ!」
「てゆうか、無い、どっちも無い。ごつい、くさい、きもい」
「……………」
「……だそうですよ」
「……後半ただいたずらに傷付けられたな……」
「でもお前のがきもいもん。俺より瀧川のが気持ちが悪いことは確か」
「じゃあ航介が臭い方になるけど」
「それもお前だよ」
「何一人だけ逃げてんだ!ふざけんな!」
あの子は可愛い男の子が好きだから駄目だね、と小梅さんが引っ込んで、入れ替わりに都築が戻ってくる。腕を摩っている様子にどうしたのか聞けば、連れてくる段階で思いっきり引っ掻かれたらしい。そこまでしなくてよかったよ。
「なんの話だっけ」
「ゴリラ似の彼女」
「もうやめてくれよ……」
「彼女なんていつか出来るって、瀧川も航介も」
「都築のいつかと俺のいつかには差があるんだ!そうやって誤魔化すのやめろ」
半ばやけくそで皿に残った野菜を掻き集めている瀧川に、都築が苦笑いを向ける。そろそろ帰るかな、と思いながら時計を探せば、ポケットの中で携帯が震えた。メールならすぐ止むだろうと放っておいても止まらずに、引っ張り出して画面を見る。表示されていたのは最近しょっちゅう連絡とってる相手の名前で、何と無く席を立って店の外に出た。どこ行くの、トイレ外にないぞ、なんてかけられた声に適当な返事をして、通話ボタン。
「ん」
『もしもし?なにしてたの』
「友達と飯食ってたけど。なんかあった?」
『ううん。今日宅配便頼んだから明日くらいには届くと思う、って言いたくて』
「そっか。そうだ、借りてた小説返さなきゃな」
『別に急がなくていいよ、あれハードカバー版もうちにあるし』
「お気に入り?」
『んー……いや、別に』
「はは、好きなんじゃねえのかよ」
『表紙が違ったから間違えて買ったの!』
「分かった分かった」
『……あと、こないだ送ってくれた、なんかいろいろ。おいしかった、ありがと』
「あれどうした?料理出来なかったよな、そういえば」
『弁当のとこ持ってって、作ってもらって食べた』
「嫌いなのとかなかった?伏見好き嫌い多いって言う割に、色々食ってたから」
『平気。また食べたいな』
「来れば?」
『今お金ないの』
「ちょっとなら出してやろうか、大学生とは財力が違うぞ」
『適当にがんばればすぐ貯まるから、田舎と都会の最低賃金一緒にしないで』
「このやろ……」
『ふふ。また行く、今度は一人で行く』
「おー。待ってる」
『寒い?服たくさん持ってった方がいい?』
「こっちが一年中真冬だと思ったら大間違いだからな」
『そんなことくらい知ってるよ、馬鹿にしないで』
「してないって」
『……じゃあまたね、明日楽しみにしといて』
「うん、ありがと。おやすみ」
『ん』
「……うわ」
耳から携帯を離して振り返ると、ほとんど真後ろに都築と瀧川がいた。入口の扉をほんの少し開けてちょっとずつ覗いてる二人に驚いて一瞬言葉を飲めば、ぼそぼそとこっちに聞こえない声で話して、引っ込んだ。なんだっていうんだ。
「まあそんな感じではあったね」
「とんでもねえ奴だ」
「裏切りだよ」
「なに?おい、なんだよ」
「いちゃつきやがって、死んでしまえばいい」
「僻みすぎだろ……お前見てると悲しいわ……」
「なんなんだよ!」
「うるせー!航介なんか嫌いだ!」
「彼女出来たの?」
「は?」
意味の分からない言い掛かりに首を傾げる。彼女って、どこからそんな話になったんだ。さっきまで馬鹿にしてた口でなんてこと言いやがる。とりあえず店の中にもう一度入ると、滅茶苦茶熱いお茶を出された。なんの嫌がらせだよ、触っちゃったじゃないか。携帯を見せろと瀧川に引ったくられて、特に困ることもないのであっさり手放した。それを覗き込んだ二人が、同じタイミングでこっちを見る。
「誰だこいつ!」
「ていうか初期待受じゃないことがあり得ないでしょ、航介のくせに」
「ああ、なんだ、友達だって。東京から冬来てて、仲良くなって」
「嘘だっ!」
「いや、あのさ」
「だってお前、東京!?あっ、当也か!あいつも女といるのか!?」
「すっぴんだー。目ぱっちぱちだね」
「これ男だし」
「航介、それは失礼ってもんだよ」
「え、いや……女扱いした方が失礼ってもんだよ……」
「当也呼べ!尋問だ!あんな暗くて彼女出来てたら俺にだって八百人は彼女いる!」
「興奮しすぎ」
「ぐえっ」
喉元を突かれた瀧川が悶え苦しんでるのを無視した都築が、ほんとに彼女出来たんなら教えてよ、応援っていうかなんていうか、と乗り出してくるので一歩引く。さっきの電話、俺の声だけしか聞こえてなかったから勘違いしてんのか。でもこっちの声だけにしたってそんな結論に辿り着きやしないだろ。そう話せば、複雑そうな顔を向けられる。
「ともだち……」
「そうだよ!」
「馬鹿!航介の馬鹿!もう呼んでやらねえから!」
「来週の土曜は俺忙しくて店空けらんないや」
「都築が来れないなら別の日にすれば、瀧川は俺を呼ばないらしいし」
「日曜!」
「なら金曜がいい」
「じゃあ金曜で」
「はい、金曜で」
「……金曜でも俺も行くけど……」
「それはどうかな」
「うるせえしな」
「そうだ航介、彼女なんていうの」
「だから違うっつの」


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