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おはなし



女の子だったら良かったのかな、って思ったことがないわけじゃない。例えば俺が女の子だったとして、男の子を好きになるのは至極自然なことで、目で追いかけ続けようが隣を通る度に顔を真っ赤にしようが誰も何も思ったりしなくて、いつか告白したなら付き合えちゃうのかななんてぼんやり妄想しちゃったりするような、そんな世界だったなら。
それって、今と何が違うって言うんだろう。
「なあ、それちょっと貸して、明日返す」
「……お前こないだもそうやって俺のボールペン持ってった」
「お?そうだっけ」
「いいけどさ」
「家のどっかにあるはずだから探してみる」
こうやってくだらない話をして、ボールペンの貸し借りをして、だらだら歩いて帰ってまた明日、みたいな日常。そんなのみんな、女の子が相手でも俺が相手でもできることばっかりだ。俺の立ち位置がすんなりそのまま女の子に変わったとしても、多分成り立つ関係。むしろもっと言うなら、俺が例えば明日からいきなり女の子に成り代わったとしたって、違和感なくこのまま明日も同じ日常が巡ってくるんだろう。好きだなんて気持ちは腹の奥底に押し込めたまま、絶対に出て行かないように蓋をして過ごす日々。女の子になったからって、恋人ごっこができるような間柄じゃない。そんなの知ってる、だからきっと今のままの方が上手く行くんだ。同性同士の友達だから持てる繋がりがある、俺の気持ちなんて蔑ろでいい。
誰かと彼が二人で歩いていたとして、その様が仲睦まじく幸せそうだったとして。そこにいるのが自分じゃないことに対して、きっと俺は焼け死にそうなくらい嫉妬するんだろうし、それが醜いことだって分かってるから、そんなことしたくない。だからこそ、いつまで経っても俺は彼の幸せを願えないままだ。自分が汚いものになるのが嫌だからって彼が誰かと過ごす時間を妬ましく思って、でも善人ぶった自分がそんなの駄目だって口を挟んできて、頭がおかしくなりそう。強いて言うのなら、溺れてるみたいな感覚。自分で吐き散らかした汚い水の底から仰ぎ見るのは、水面に映る楽しそうな彼とか、二人で迎える幸せな未来、とか。ざっくり纏めれば夢物語、そんなの有り得無いことなんて知ってるし。それなら悲しくないし、辛くないし、最初から無いものなら手に入らないことが普通だし。そうやって、良い子ちゃんの自分に成りきって言い聞かせてる時が一番反吐が出る。
「あっ」
「ん?」
「鞄に入ってた。これ?」
「……それ俺の」
「はい」
「なんでこんな汚れてんの」
「知らねえけど」
「ていうかインク漏れてんだけど。なにしたの」
「勝手に漏れたんだから仕方ないだろ」
「……ねえ、これ、鞄の中に入ってたんでしょ」
「うん」
「インク漏れてんだけど」
「そうか」
「鞄の中大丈夫なの?」
「あ!?」
手に入らないなら早くそう言ってよ。目の前からいなくなってくれた方が踏ん切りがつく。お前がここにいる限りは、俺はどうがんばっても追いかけ続けちゃうし、幸せになってほしいなんて馬鹿みたいなこと心の底からは思えないんだよ。だってそうでしょ、お前が楽しそうに誰かの話をする度に俺はその都度殺されてるんだ。死にたくないから、幸せになって欲しくない。優しいとかいい人とか通り一遍言われてきたけれど、そんな人間ほんとに存在するか怪しい。だって俺、あいつにいい奴だと思われてればそれ以外はどうだっていいもん。
どうしようもない感情の塊を抱えたまま、俺はあと何年生きて行けばいいんだろう。ふとそう思うと、今すぐ飛び降りて死にたくなった。


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