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君について



「いけめんらよね」
「これ?」
「ふぁいまくんらよ」
「……食いながら喋んな」
「うい」
このみかん甘くて美味しい。当也に怒られたので仕方なく黙ってもぐもぐしていると、有馬くんがテレビに映ってる今話題のイケメン若手俳優さんを指さしたまま、ふぁいまくんって言うのこの人、と頭から花咲いてそうなくらい察しの悪い馬鹿っぷりを披露してくれた。俺の言いたいことを分かってくれているらしい当也が、何とも言えない微妙な顔で有馬くんをちらっと見て目を逸らした。こいつやべえって思ったよね、俺も思った。口にもの入ったまま喋り出した俺も悪いが、察しの悪すぎる有馬君も悪い。だから彼女出来ないんじゃねえの。
「違うよお」
「だって朔太郎そうやって言ったじゃん」
「有馬くんがイケメンさんだよねって俺は言ったの」
「え?俺?」
「そう」
「弁当、俺だって」
「そうだね。なんで俺に確認するの」
「ここにいたから」
「……あっそう」
みかん剥きながら、顔でちやほやされたことあるでしょ、なんて意地悪な問い掛けをしてみれば、難しい顔でしばらく真面目に考えてくれた有馬くんが、首を傾げた。すっとぼけられる程有馬くんが頭回るとは思えないので、心当たりがないか忘れているかのどっちかなのではないだろうか。多分、ていうか絶対あると思うんだけどな。本人にそのつもりがなくても否応無しに生まれつきかっこいい見た目なんだから、黙ってりゃ女の子だって着いてくるだろうに。
こっち来てからのことしか知らないけど、基本装備はジャージらしい。他の服持ってないわけじゃないと思うし、俺も服について詳しいわけじゃないからあれだけど、見た目よりも動きやすさ重視って感じ。しかもそれがまた似合わないわけじゃないからいいよね、足長いし身長それなりにあるし、顔もいいし。あと、基本的にちゃんと上着を着ようとはしない。寒いって感じる力がないんだとか当也に言われてたけど、あの雪の中転げ回って遊んでるくせに普通の顔してるんだから相当だ。一緒に雪掻きしたり雪合戦したりしてる小野寺くんは寒かったって言ってることもあるのに。率直に言っちゃ悪いけど、ただ単純にあまり頭はよろしくなさそうなので、暑い寒いの判断が出来る程脳味噌が発達してないだけだったりして、なんちゃって。
テレビに目を戻した当也に、俺そんなん言われてたことある?なんてすごくめんどくさい絡み方してた有馬くんが、こっちを向いた。ああもう、当也があまりにも取り合ってくれないから、言い出しっぺの俺に矛先を向けようとしてるじゃないか。知らない分かんないそうなんじゃないの、の繰り返しじゃなくてちゃんと話聞いてやれよ、お前こいつ東京から連れてきたんだろ。
「さくたろ」
「……有馬くんよく思い出してみなって、女の子とどっか行ったりしたことあるでしょ」
「んー。そりゃまあ」
「これにはそういうのが無いんだよ。そこで分かりなよ」
「はは」
「あだだだごめんごめん指さしてごめん」
指さした俺が悪かった。がっつり逆向きに指折られて、謝り倒したのに何故か当也は離してくれなかったけれど。それを見て、弁当だってそんくらいあるよ、俺と講義同じ友達とみんなで飯食いに行ったりしたもん、とフォローになってんだからどうなんだか微妙な言葉を有馬くんがかけた。だからその講義同じ友達ってのもお前がいるから一緒に飯食いに行ってるんだろうが、当也のことはお前が引っ張ってきただけのその辺にいる人って認識しかきっとしてねえんだってことを分かれっつってんだよ、と言いたいのを堪えている間に当也はまた我関せずに戻ってしまった。誰でもいいからこいつに話の意図するところを察する能力を分けてやってくれないか。自分の見た目に対して関心が無さすぎるぞ、この男。
「じゃあ航介でもいいよ。あのクソヤンキーはそういったことが恐らくないから」
「文化祭の打ち上げとかあんじゃん」
「ないと仮定して」
「クラスの中で何人か誘って出かけたりはするべ?」
「そういうのにはね、誘われる奴だけが参加できるんだよ」
「え?」
「ね?」
「うん?」
「んん……伝わらない……」
「……誘われた経験しか無いから、誘われないってことが理解できないんじゃないの」
「誘われないなら自分から声かけりゃ良いじゃん」
「……そうじゃないんだけど……」
助け舟を出してくれた当也に正論っちゃ正論で返した有馬くんが本当に不思議そうな顔をしていたので、この話はやめた。当也も有馬くんの言葉に特に返すものが思いつかなかったらしく、一息ついてテレビに向き直ってしまった。有馬くんみたいにいつも団体の中心に居続けられ、それでいてその事実に気づいていないような奴もいれば、中心にいるようでそうでなく、異性との関わりも割りかし日常茶飯事でありながら学校を卒業してしまえばそれまでの奴もいて、そもそも元々関わる他人自体が少ない奴も、逆に周りの人との関係を薄く広くたくさん結んでいくことに対して自分を偽ることも厭わず力を注ぐ奴もいる、ということだ。誰がどうとは言わない。小野寺くんは普通に高校の友達も部活の友達も大学の友達もいるみたいだから、一番安心感があるっちゃあるし。
「つーか、俺がもっとかっこよかったら彼女の一人や二人や五人くらいいるっての」
「……………」
「……おう……」
「な?」
黙ってしまった俺達に向かって、胸を張って止めの一言を放った有馬くんを見ることすらできなかった。こいつ怖えよ、当也はなんでこんな爆弾と仲良しになってんだよ。彼女ができないんじゃなくてきっと言い寄られてることにすら気づけていないだけだ、その気になればそれこそ五人くらい選り取り見取りできるだろうに。どこぞのもてない魚屋に女を分けてやれ、あいつさっき伏見くん車乗せて行き先言わずにどっか攫ってったんだから、ついに顔が女の子なら見境ないくらい飢えてきたのかもしれない。きっと賢いわんこの小野寺くんが昨日摂取したアルコールに負けて爆睡で潰れてる間を狙ったんだ、あのヤンキー。
そんな冗談はどうだっていい。今の問題は、こいつこの顔しといてよくもまあ、なんて腹を立てられるレベルを軽く通り越して、若干引く勢いで自分の持つ価値を知らないこいつだ。過小評価なわけでも、卑屈なわけでもなく、普通に当たり前のように自分は周りと同じステージに立ってると思ってやがる。テレビ見ながら話してる二人を見ながらぼんやり思う。
「この人結局なんて言うの」
「もとなんとか……みたいな感じじゃなかったっけ」
「名札つけといて欲しいよな」
「もとよし?」
「それ名前?」
「元居三好?」
「すげー、なんで弁当今分かったの」
「いや今は下に出てるじゃん」
「ほんとだ」
テレビの中で笑ってるさっきの若手俳優は、きっと自分の顔面を正確に把握してるんだろう。誉め殺しじゃないけど、刷り込みのように繰り返したらどうなるんだろうと少し気になって口を開く。あんまり頭がよろしくない分、洗脳というかなんというか、きちんと分かってもらえるかもしれない。そしたら俺のおかげだぞ、感謝してほしいな。
「まあ有馬くんはかっこいいよ」
「そうなの」
「そうよ」
「どうなの?」
「……もう俺にその話振らないでくれない」
「どうなのよ、当也」
「そう言われてんだからそうなんじゃないの」
「そっか」
「もっとはっきり顔が良いって言ってやりなさいよ、頭悪いんだから」
「余計なお世話だよ!」
「ていうかなんでそんな気持ち悪い喋り方なの」
「いいからイケメンだって言ってやれ、こいつに真実を教えてやるんだ」
「気ぃ遣うなよお、惨めだよ」
「……………」
「気なんか遣ってないよ、ほんとのことだよ」
「えー」
「有馬くんかっこいいって。俺から見てそうなんだから周りからもそう見えてるよ」
怒りと哀れみと虚しさとその他諸々が混ざったなんとも言えない顔をした当也に、黙っとくか協力するかしろ、と顔でなんとか伝えれば、黙っとく方を選んだらしくぽちぽち携帯弄くり始めた。すると廊下から小野寺くんが降りてきたらしい階段の軋む音が聞こえてきて、どごん、と何かに思いっきりぶつかった音が立て続けに響いて、当也が様子を見に行く。きっと風呂でも入ろうとしたんだろうけど、この家のお風呂場の扉の立て付けがとんでもなく悪い時あるから、それに引っかかりでもしたんだと思う。それに、風呂入るなら先に脱衣所暖かくしとかないといけないし、その上重ねて寝起きだなんて、寒さでどうなっても知らないぞ。
かっこいいよ、すごくイケメンさんだよ、スタイルもいいし羨ましいんだから、なんて強ち嘘でもない言葉を有馬くんにかけ続けていれば、けらけら笑って冗談だって流そうとしていた有馬くんが少しずつ静かになってきた。風呂は後でということで決着がついたらしい、もろ寝起きでふらふらしてる小野寺くんをリビングに押し込めるように帰ってきた当也の方をばっと向いた有馬くんの、顔は見えなかったけれど。
「べ、っ」
「……え?」
「うおうっ」
「え!?有馬くんどこ行くの!?」
小野寺くんを半ば乱暴に突き飛ばすように、呆気に取られた様子の当也の横をすり抜けて、どたどたと走ってリビングから出て行ってしまった有馬くんに手を伸ばしたものの、捕まえることはもちろん振り向くこともされなかった。しばらくして聞こえた玄関の開く音と閉じる音に、呆然としていた当也がふと窓際にほっぽってあるマフラー上着帽子その他を見て、玄関の方をもう一度見て、血相変えて防寒具を掻き集めて出て行く。
いまいち何が何だか分かっていないような様子でもしゃもしゃの髪の毛掻き回しながら欠伸してる小野寺くんに、有馬くんどんな顔してたか見えた?なんて聞いてみれば、要領を得ないもごもごした言葉ながらも教えてくれた。
「なんか、困ってた?んー、でも、ちょっと笑ってた?よくわかんない」
「照れてた?」
「あー、そんな感じした。真っ赤っかだったし。怒ってたのかな」
「へえ」
困り怒り笑い照れてた、ってとこだろうか。どこまで走ってっちゃったか知らないけど、当也には後で謝っておこう。

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