このサイトは1ヶ月 (30日) 以上ログインされていません。 サイト管理者の方はこちらからログインすると、この広告を消すことができます。

君について



ぱっと見で判断したら女、口開くと割と男。背はあんまり無い、その代わりと言っちゃなんだが体重はちゃんとある、本人的にコンプレックスっぽいから深く突っつかないことにしてる。運動は普通に出来る方、頭も良いし回転が早い。無言の時のが楽しそう、酒飲むと無駄絡みが増える、朔太郎に変な風に好かれて日々逃げ惑ってる。
「こーすけ」
「ん?」
「出かけたい」
「……うん」
「ん」
「あ、なに、行こうって?どっか行こってこと?」
「そう」
声は、どっちかって言うとそんなに低くない方。たくさん喋るようになってからは我儘、表情もころっころ変わるし怒るとすぐぺしぺし叩いてくる。手癖足癖悪いし自分のしたいようにしたい強情っぱりだけど、別に悪いやつじゃない。猫が飯寄越せって噛んだり引っ掻いたり鳴いたりする、あんなもん。それが出てくるまではどっか一線引いてる感じで、当たり障りなく一緒にいるのが普通みたいな顔してる。外面と内面の使い分け激しいって当也からも有馬からも聞いたし俺は実際そこを見たことないけど、きっとその名残なんだろうな、あの曖昧な態度。
そんな伏見の突然の出かけたい発言によって、二人で何故か車に乗ってる。俺が運転席で伏見が助手席、着込んだ上着もそもそさせてシートベルトしようとしてる。他の奴誘わないのって聞いたらものすごく微妙そうな顔してたからなんだけど、いやでも俺と二人でこいつ楽しいのか?と思ったり。俺からしたら数少ない同じ趣味趣向の友達だから楽しいけど、伏見の我儘が絶対に通るのは小野寺相手の時だろうし、当也といる時は普通にいろんな大学の話とかして楽しそうだし、有馬をちまちま言葉や物理でいじめてる時も生き生きしてるし、その辺誘わなくていいのかなって思ったんだけど。発車前にもう一度隣を窺うと、帽子を取って髪の毛ぱさぱさ振ってた伏見が気づいてぽかんと不思議そうな顔をしたので、もう見るのやめた。
「どこ行きたいとかあんの」
「どこでもいい」
「……なんもねえぞ」
「じゃあ、弁当とか航介がいつも行くとこ」
「家だなあ」
「他」
「んー……」
一応発進したものの、特に行き先もないまま見慣れた道を走らせる。ずっと家にいるのも飽きるから外に出たいってのは分かるけど、外に出たところで伏見の家周辺のようにいろんな店やらなにやらがあるわけではないのだ。窓の外を見ながら、どこもかしこも真っ白だね、なんて言ってる様子から別にくそつまんなくはなさそうだけど。どうしたもんかと信号で一旦止まると、ふと頭に見慣れた風景が過ぎった。
「海」
「ん?」
「海行くか」
「寒いじゃんか」
「平気だよ。入るわけじゃないし」
「砂浜?」
「違う、水で遊べるような感じじゃなくて」
「ふうん」
「別のとこでもいいよ。どうする?」
「そこがいい」
少し大きめの上着から覗く指先で帽子の上についてるぽんぽん弄くって、楽しそうだ。表情ころころ変わるけど、その割に何考えてるんだかは分かりにくい。仏頂面で喜んで、顰めっ面で楽しくなるタイプ。四六時中にへらーっと笑ってるどっかのイかれた公務員や、基本口角が上がらずつまんなそうな顔してるどこぞの眼鏡より、全然いい。ていうか、愛想なんか振り撒かずに黙ってても顔立ち良いから許されるよな、こいつの場合。
なんでもある東京から来てるんだから、なんにもないこっちになんて特別面白味を感じないんじゃないかと思ってた。けど昼夜問わず降りまくる雪に食いつく有馬や小野寺はもちろん、伏見も一応はちゃんと楽しいみたいで。
「ついたぞ」
「え、ふぁ」
「帽子被ってけ。降ってる」
「……ん」
「マフラー長い」
「んん……」
そんなに長い距離を移動したわけじゃないけど、うとうとしてたらしい伏見を起こす。眠りは浅いみたいだけど、こいつよく寝るんだ。寝る子は育つもんね、なんて悪気ゼロの小野寺に言われて怒ってたけど、ほんとにしょっちゅううとうとしてる。炬燵布団に埋まってるとことか、ソファーで膝抱えてるとことか、船漕いでる誰かに寄っかかってるとことか、よく見る。
解けて首に緩く巻きついてたマフラーを後ろで結んでやっている間に意識が戻ってきたらしく、ぱきぱき骨を鳴らしながら伸びをしていた。車から降りた時、滑って転ぶなよ、なんて言ったものの、伏見はテンション上がって走っていくような奴じゃないのでそんなに心配していない。道沿い歩いて、しばらく無言。マフラー引っ張り上げて口元隠した伏見は、まだ眠たいのか寒いからか、頬が赤くなっていた。
「どこまで行くんだよ」
「もうちょっと、あっち」
「なんもねえよ?ほんとに」
「……航介が働いてるのはここじゃないの」
「え、うん」
「そお」
そこはまた今度にしよっと、なんて言いながら少し高い段によじ登った伏見が、手を横に伸ばしてバランス取りながら平均台の要領で歩いていく。まさか落ちたりはしないと思うけど、なんとなく離れる気にはなれず隣を歩きながら見上げていると、こっちに視線を寄越して目を細めた。
「航介のつむじが見える」
「……今だけじゃん」
「根元のとこ、結構真っ黒になってるけど」
「地毛は黒だからな」
「染め直さなくていいの?」
「今度やる」
「俺がしてあげよっか」
「いいよ。手荒れるし」
「手袋するもん」
よく考えたら、伏見手袋忘れてきたんだな。気づいてやればよかった。大丈夫だよ、なんて使ってなさそうな手を見せられて、自分の硬くなった手を見下ろす。朔太郎も手とか指とか綺麗だけど、伏見も傷一つない柔らかそうな手してる。別にだからどうというわけじゃないけど、この手に苦労させたくない気持ちは分かるかもしれないな、とぼんやり思った。
当也や朔太郎とよくくだらない話くっちゃべってた辺りまで辿り着いた頃、タイミング良く伏見がくしゃみしたので、自販機でなにか温かいものでも買ってやろうと一旦離れる。今まで歩いてきた段に腰掛けて大人しく待ってる伏見を見ながら自販機に小銭を入れると、横から声をかけられた。
「航介」
「う、おっ」
「こんなとこまでどした、お前今日休みだろ」
「……牧市さんこそなにしてるんですか」
「俺?散歩」
「俺だってそうすよ」
「歩いてきたんか」
「車です」
「あんなかわいい彼女連れてくんならもっと別のとこ行きゃいいのに」
「か……は?」
「和成はもう知ってんのか?」
「彼女?」
「あれそうだろ」
「男ですよ、あれ」
「年上をからかうもんじゃねえぞ」
道を挟んでるから遠目だし、あっちは座ってるし、顔半分くらいマフラーで隠れてるし、服とかも俺みたいなのじゃないし、全体的にちっさいし。そう見えなくもない、のかもしれない。どこの子だ、いつ式挙げんだ、どこまで行ったんだ、と興味津々で聞いてくるおっさんを押し退けて、適当な飲み物を買う。誤解を解くのは面倒だから諦めた。なんか言いふらされても、うちの父も母も伏見たちが来てること知ってるし、これだよって現物見せれば牧市さんの勘違いだって分かるだろ。それ以前にうちの母は彼女云々の話をはなから信用しなさそうだけど。それは牧市さんが言ってるからとかそういう理由ではなく、なんと言うか、これ以上は自分が傷つくからやめよう。
いい人なんだけどうるせえおっさんを振り切って伏見のところに戻ると、携帯でゲームやってるみたいだった。俺これ好きじゃない、と細やかな文句を言われたのを無視して缶コーヒーを押し付ければ、別に受け取らないわけではないようですんなり開けてた。ポーズ画面になってる携帯を見下ろすと、やってみる?なんて言葉。
「なに?これ」
「パズルみたいな。三つで消えるの」
「どうやんの」
「ここを触ったまんま、こうやって引っ張ると、入れ替わる」
「へえ。それで、三つ揃えて消すのか」
「連鎖もできる、ぷよぷよみたいな」
「ちょっと貸して」
「弁当これ強いんだ、俺結構やってるのにスコア抜けなくて」
「俺が抜いてやるよ」
とは言ったものの、息するみたいにゲームしてたあの廃人を、あいつからしたら得意分野の一つで俺からしたら苦手な方に入るパズルゲーで、すぐ追い抜けるとは思わないけど。小さい画面を覗き込んできた伏見が、ここ揃う、こっちから連鎖出来る、と教えてくれて、二人で頭付き合わせながらしばらくその場で座ってた。体の右側だけあったかい、伏見体温高いのかもな。
「ただいまあ」
「……おかえり。どこ行ってたの」
「海」
「なんで」
「航介が連れてってくれた」
「もうちょっとどっかなかったわけ」
「うっせ、ゲームしすぎだ馬鹿」
「は?」
それから、いい加減寒くなって、伏見に風除けとして使われながらも車まで戻った。家着いて靴脱いでるとこに来た当也が、突然意味が分からんとでも言いそうな顔をしてこっちを見る。とんでもねえスコア出しやがって、ランキングぶっちぎりじゃねえか、恥ずかしくねえのかこのゲーム馬鹿。指の先すごい冷たくなった、って当也に話しながらストーブの前で丸くなってる伏見の背後から、襖の向こうに隠れてたらしい朔太郎が静かに寄っていくのを発見したので、首根っこ捕まえて放り投げておいた。

4/6ページ