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君について



「え?なに、いつ?」
『明後日』
「それ弁当知ってんの?」
『朔太郎が言ったって言ってたの聞いたけど、え?知らねえの?』
「俺なんも聞いてねえ」
『有馬が仲間外れにされてるだけじゃねえの』
「もしそうだったら俺どうしたらいいの」
『んん、ふ、あはははっ』
「笑い事じゃないかんね!おいこら!ほんとにそれ俺に秘密のやつじゃねえだろうな!」
航介から電話で、明後日の夕方頃そっち着くんだけどみんな暇なの、みたいなことを言われて戸惑う。俺なんにも聞いてないから、本気で俺だけ知らないやつだったらちょっと傷付くとかそういうレベルじゃないから。狼狽えている俺の声を聞いて本当に知らないらしいと察したらしい航介が、自分から電話を切った。それからすぐに隣でぼけっと昼飯食ってた弁当に確認とったところ、なんじゃそりゃとでも言いたげな顔でぽかんとされた。なんだよ、こいつも知らないんじゃんか。
「朔太郎から連絡してるはずって」
「なんにも聞いてないけど。覚えもない」
「あれえ」
「……なに?あいつらうち泊まるつもりなの?」
「それは知らねえけど、前はそうだったんだろ?」
「うん……」
ていうか明後日の夕方とか俺バイトだし、家着くの九時頃なのにあの人どうするんだろうね、と他人事みたいに言った弁当の言葉をそのまま折り返し電話で航介に伝えれば、絶句して数秒。弁当が大学入って初めての夏休みかなんかにこっち来た時、散々迷って大変だったって言ってたしな。駅構内は勿論、航介がいつも見ているやつより数十倍入り組んだ路線図は、面倒なことこの上ないだろう。航介が話を切り出した時の当たり前みたいな口調からして、恐らくは朔太郎の連絡ミスだし、そしたらこいつとんだとばっちり受けてる。想定外にも程があったのか、呆然といった様子でしばらく考え込んでいた航介に聞こえるように、割と大きめの声を出した。
「なあ、明後日?」
『おー……』
「俺暇だけど。弁当待ちの時間潰ししてやろっか」
『え、ほんとに』
「朔太郎と一緒?」
『いや、あいつは次の日朝一で。俺そっちでちょっとした仕事あって先行くんだけど』
「ふうん」
『だから早めにそっち着いてゆっくりしたかっただけ、ちょっと朝早いし』
「なんならうち来てもいいよ、一日くらいなんともねえし」
『いやあ、それは、ちょっと、ほら』
「なんだよ」
『悪いじゃん』
「気にすんなよ!なんなら弁当も来るようにしよう」
「なに?勝手になんか決めないでね」
『ほんとにいいって、当也んち行くまで案内してくれりゃ大助かり』
「えー、そうなの」
『じゃあ飯食うとこ教えて』
「魚?」
『肉』
あからさまに安心したような声色にこっちも安心する。こっちが電話を終えると同じくらいのタイミングで、今朔太郎昼休憩かなんかだと思うから、と弁当が携帯を取り出して廊下へ消えて行った。それと入れ替わりに飯買いに行ってた伏見が小野寺連れて戻ってきて、眼球落っこちそうなくらい目を丸くする。なんなの、弁当廊下にいたけど超怒ってる時の真顔だった、お前何したの、と聞かれて説明しようとすれば、話も聞かずにまずは一発とばかりに思いっきりビンタされたけど、原因は俺じゃないわけで、それこそとばっちりだ。
リズムゲームかなにかやってるのかって勘違いしてもおかしくないペースで俺に平手を食らわす伏見を、話が全く読めてないなりにおろおろしながら小野寺が止めてくれた。そこに戻ってきた弁当が、案の定朔太郎が言ったつもりになってすっかり忘れてただけだった、と事の次第を俺含め全員に説明してくれる。日曜の朝、航介は東京にいる取引先の人に挨拶をするらしく、それが電話で言ってたちょっとした仕事のようで。それで、朔太郎も日曜は休みだしせっかくの機会だからとんぼ返りにはなるけど遊びに行くか、と急遽決まった小旅行だそうだ。明後日って言うと土曜の夕方で、恐らく小野寺はその時間だと着ぐるみの中の人になってるはずだ。弁当はさっきも言った通り、中高生は定期テスト前の追い込みで夕方塾があるらしく来られない、と。じゃあ一番来たがりそうな伏見はどうするんだろうかと目を向ければ、しれっと当たり前のように答えた。
「夕方でしょ?行く」
「え?あれ、夜短期入ったって言ってなかったっけ」
「そんなことはない」
「日曜になんかイベントあるじゃん、その準備でって言ってなかったっけ」
「設営なんて俺がいなくても出来んだろ」
「伏見、すっぽかしは駄目だよ」
「ちゃんと風邪引くから平気」
「お前、明後日来たら航介にそれそのまま言うからな」
「……………」
「働いてこい」
「やだ俺も行く、なんで明後日なの、航介のばか」
「後から合流すりゃいいじゃん」
「最初っから行くの」
「夕方五時から夜十一時半でしょ、無理じゃない?」
「小野寺てめえなに人の予定勝手に見てんだ殺すぞ」
「痛い痛い!これお前がくれた日程表だよ!一日だけでも入れるからやればって!」
「深夜割増狙ったんだろ、仕方ねえじゃん」
「やだ!行く!」
駄々っ子は放っておくことにして、俺と航介の二人で確定っぽい。場所を教えたら伏見は本気で来かねないので、黙っておくことにしよう。
次の次の日、待ち合わせは改札の真ん前。上に書いてある電光掲示板とか案内とかフル活用して出来るだけ分かりやすく場所も伝えたし、これでもし迷ったら俺これから航介のことは方向音痴なんだと思うしかない。目立つはずの頭を探してきょろきょろしながら、ぼんやり数か月ぶりの思い出を反芻する。
俺より一センチくらい高い身長であの金髪だから、航介の見た目は割と目立つ。中身はそんなことないんだけど、割といつも怒ってるみたいな顔だし、口調も穏やかとは言い難いし、体格も割とがっつり筋肉質だし。だから下手な格好してたらその手のなんか悪い人っていうかなんていうか、そういうあれみたいに見えちゃうかもしれない危険性は孕んでるけど、でも根本的に性根が優しい奴なのでつるんでみれば楽しい。普通にすげえ良い人、苦労人って言葉もしっくり来るかも。高校卒業してからすぐ家の仕事してる、手伝ってるんじゃなくてちゃんと働いてる。俺なんか大学行くの当たり前みたいに思ってたけど、弁当の地元じゃ別にそれが当然の道じゃないらしいってのは、航介や朔太郎を見て知った。
あと、することこのくらいしかねえからとか言ってたけど、ゲーム好き。音ゲーはあんまり得意じゃないみたい、唯一俺が航介に勝てたのがそれだし。主人公目線のガンゲーやらせたら航介にはなかなか勝てない、とは弁当本人の話だ。でもそういや伏見と対戦してた時は操作にもたつく伏見に的当て状態でぱかんぱかん撃たれてた、ビギナーズラックってやつだろうか。映画とか本とかドラマも好き、朔太郎曰く「暗くてどろどろのあんまり楽しくないやつ」。そこが伏見と気が合った最初の取っ掛かりらしい、俺はそういうのよく分かんないからあんまりそういう話は航介としないけど。あと航介のことでなにかあったかって言うと、そういえばあいつ頭良いんだったっけ。あんな見た目なのに、って言っちゃ失礼かもしんないけど、そうは見えない。弁当の実家行った時とかクイズ番組とかやってると、俺とか小野寺があーだこーだ言ってんの見て黙って笑ってるだけで参加しねえから妙だと思ったんだけど、あいつ答え分かってたんだな、って今更思う。そんでもって熟女趣味の童貞、なんて下世話な話で締めくくるとして。
「おう」
「久しぶりー。迷った?」
「あんっなに細かく教えられて迷ってたら俺頭おかしいだろ」
うん、なんて頷けば怖い顔で詰め寄られた。何はともあれ、無事に到着出来たようでなによりだ。こんなとこで迷子になられても俺探しに行けないし、新幹線なんかなかなか乗らないからどこがどう繋がってんのかいまいち分かってないとこあるし。思ったより身軽な航介を連れて、いつも使う路線の改札までぶらぶら歩く途中、なんにも中身のない会話をする。
「改札前まで迎えに来ちゃう俺の優しさ、どう?」
「途中からこいつ俺のこと馬鹿にしてんだろって思った」
「馬鹿にはしてないけど」
「けど?」
「……なんでもない」
「言えよ。何考えてんだ」
「航介のこと」
「気色悪」
「ほんとだよ」
「余計きめえよ、やめろ」
「肉食うんだっけ、焼肉でいいよな」
「おー」
「荷物は?」
「これ」
「少ねっ」
「明日の夜に帰りの新幹線取ってあるんだからこんなもんだろ」
「弁当終わったら連絡くれるってさ」
「昨日あいつすげえめんどくさそうに電話してきて、人んち何だと思ってんのって」
「俺もなし崩しで弁当の家泊まるけどな、割と」
「場所貸してさえくれりゃ勝手に寝るっての」
ぶつくさ言ってる航介に、ここまで電車乗るからね、この金額の切符買ってね、と親切にも路線図を指差してやれば忌々しげな顔を向けられた。だから馬鹿にすんなっつってんだろとでも言いたげな表情がおかしくて笑うのを我慢していると、それも見抜かれて怒られる。だから別に馬鹿にしてるわけじゃなくて、かと言って馬鹿にしてないのかと言われるとそういうわけでもなくて、ここでほっぽって帰ったらあの航介が途方に暮れるだろうって事実が面白くて仕方ないだけなんだ、許してほしい。
そういや俺もチャージしないと電車乗れないんじゃないっけ、なんて財布開いて中身確認して、そのまま閉じる。うん、よし、よく分かった。
「航介金ある?」
「お前よりはあるだろうな」
「良かったあ、貸して」
「馬鹿じゃねえの……」
「下ろすの忘れちゃった」
「コンビニかなんかで出してこいよ」
「今電車に乗る金がないの、あっち着いたら返すから」
「小学生じゃねえんだぞ!?」
「ないもんはないんだ!貸せよ!返すっつってんだろ!」
「札の一枚くらい財布に入れとけ!」
「うっさい!俺だって入ってると思ってた!」
「正確に把握しとけよ!なんで思ってるだけなんだ!」
「さっき五百円玉使って唐揚げと春巻きと肉まん食っちゃったんだよ!」
「食いすぎだ馬鹿!」
「うるせえ!馬鹿に馬鹿って言うな、悲しいだろ!」

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