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君について



変わった奴だと思う。それは別に悪い意味じゃなくて、かといって手放しに褒めてるわけでもないんだけど、とにかく変わってると思う。
見た目としては割と童顔、よく喋る。丸い目と茶色い頭、背もあんまり高くない。眼鏡かけてるけど、かけなくても生活できるんだとは本人談だ。頭は悪くない、というか恐らく勉強は出来る方。ぱっと出てくる言葉や言い回しが俺や有馬のそれと違うから。あとはゲーム好き、育成型のRPGが好きなんだって言ってたけどぶっちゃけなんでもやるし、しかもしっかり航介や弁当に負けず劣らず上手い。食べ物の好き嫌いはほぼ皆無、なんでも美味そうに食うので伏見にはぜひ見習って欲しい。航介をからかって遊んでる時が一番楽しそう、伏見を追いかけてる時は若干やばいんじゃねえかってくらい恍惚として幸せそう。高校卒業してからすぐお役所で働き始めた公務員さん、だけど私服のセンスが最低。そんなもんだろうか。
「小野寺くんはかたつむり食べたことある?」
「ないけど」
「今ファミレスとかでも売ってるじゃん。身近でしょ」
「や、あれわざわざ食べてみようとは思わない」
「だってかたつむりだもんねえ」
「食べたことあるの?」
「んー、こないだ気づかずに食ったやつがかたつむりだったみたいでね」
「えっ」
「上司の付き合いでレストラン行ったわけさ、コース料理の。そしたら入ってた」
「メニューに書いてなかったの」
「見てなかったし後から知ったから味なんて覚えてないんだよね」
うははー、なんて笑っちゃいるけど、テレビ見ながら話すくだらない話にしちゃ内容が気になりすぎる。炬燵布団に埋まって寝てる伏見に近づくことを禁じられている朔太郎は大人しくソファーの上で体育座りしながら、かたつむりはそんなに食べたくないけど今はなんだか牡蠣が食べたい気分だね!と台所にいる弁当に投げかけて無視されていた。なんで牡蠣、殻の中に入ってるとことか中身がぬめぬめのとことか似てるからだろうか。
特に興味を引かれる内容でもないテレビ番組をぼけっと眺めていると、朔太郎がふわふわと欠伸をした。仕事して着替えてここ来てるんだもんな、そりゃ眠いよな。そんな無理しなくても、と前に言ったことあるけどきょとんとした顔を返された覚えがある。当也が帰って来てんのに来ないわけないじゃんかねえ、と不思議そうに航介と顔を見合わせていたので、誰かの家に通い詰めるのはきっとこの三人の中で普通のことなんだろう。まあ伏見もうちに入り浸ってるし、人のことあんま言えた義理じゃないんだけど。
「めっちゃ暇」
「……なら手伝ってくんない」
「やだよ」
「じゃあ小野寺でもいいよ」
「……伏見が俺の足下敷きに寝てるんだもん……」
朔太郎の声につられて顔を出したもののあまりいい答えは得られず複雑そうな表情を浮かべた弁当の後ろから、おいこれどうすんだ、と生魚担当の航介が呼びかけて、また台所へ引っ込んで行く。なにこれもっと丁寧に切ってくれない、やってもらっといて何言ってんだクソ眼鏡、と低いトーンの口論が聞こえるけれど、弁当は航介相手の時に限って基本あんな感じなのでほっといても大丈夫なんだとついこの前知った。気心知れた仲だから、というか、逆に朔太郎達からしたら俺達と話す弁当を見て、なんでこいつ大人しくなってんだ、とかって面食らったみたいだし。
今日の晩飯はなんだろう、いい匂いはするけど。航介がお魚持ってきてくれたのは見たから、お刺身はあるだろうな。廊下からどたどたと音がして、有馬が風呂を上がったようだった。そのまま台所に行ったのか、リビングの扉は開かずに廊下が静かになる。ストッパーの航介も弁当もいない今唯一の壁になっている俺にばれてないと思っているのか、そろそろとソファーの上をこっちに移動してきている朔太郎に声をかけた。
「朔太郎は妹がいるんだっけ」
「えっ、あっ、うん!俺一歩も動いてないよ!」
「目ぐりぐりなの?」
「違うよお。顔は全然似てない」
「俺も兄ちゃんと顔あんま似てないんだ」
「有馬くんも妹ちゃんいるんでしょ?割と似てるって聞いたけど」
「俺も見たことない」
「当也と航介は一人っ子だし、あと伏見くんはお姉さんがいるんでしょ?うひひ」
気持ち悪い笑い方をした朔太郎に、伏見の姉ちゃんと伏見は顔そっくりの瓜二つだよ、と教えられるわけもなく。なんで朔太郎は伏見のことになるとこんなになってしまうんだろう。あまりに追いかけ回すから、あの伏見がげんなりしてる上に朔太郎を見るとどこかに隠れて怯える始末だ。俺あんなの見たことない。見てて可哀想だったから朔太郎にもやめてあげてよって言ったこともある、ていうか航介には毎回怒られてるし弁当には諭されてるし有馬にすら止められてる。なのにまあやめないわけなんだけど。
「……聞いてもいい?」
「んー?」
「朔太郎はさ、その、どうして伏見のことを、こう」
「ん?」
「あっなんでもない……」
んー?じゃなかった。ん?だった。しかも普通のじゃなくて、濁点がついてそうなくらい凄みのあるやつだった。もう聞くなということだろうか。よく考えたら何回もみんなに聞かれてそうだし、そりゃ聞かれて良い気分はしないよ、俺が悪かった。ぶっちゃけ怖かった。
「なんだよお、言ってよ」
「いいです」
「言わないと伏見くんのこと触っちゃうぞ!」
「やめて!不機嫌になったら俺か有馬がいじめられるんだよ!」
「えっ、でもそれって俺には関係のない話だし」
「寝てるとこ邪魔されんのこいつすっごい嫌がるんだから!」
「その小野寺くんの声で起きたりしない?」
「ひっ」
ごもっともな意見に下を見ると、布団に埋まったまま微動だにしなかった。暑くないのかな、と思いはするけどここで下敷きにされてる足を抜く勇気は俺にはない。そろそろ痺れてきたから解放してほしいけれど、それを理由に起こすなんて無謀なことだってもちろん出来ない。飯食ってる時とか寝てる時とか本読んでる時とか邪魔するとこいつものすごい不機嫌になるんだ、朔太郎だって知ってるくせに。自分に被害が来ることはないと分かってちょっかいかけようとするなんて、性格悪いぞ。
「寝てる?」
「寝てる……」
「写真撮ってもいい?」
「え、なんで」
「一枚だけだから」
「なに、やだ。伏見も嫌だって言うと思う」
「黙ってりゃバレないから」
「ダメだよっ、ていうかそういう問題じゃないし」
「小野寺くんだって伏見くんの写真くらい持ってんでしょ?俺にもその権利はあるよ」
「う……」
そりゃ持ってるけど、と言葉に詰まってる間にすごい早さで音も無く寄ってきた朔太郎が、にっこにこしながらいつの間にか携帯を構えていた。怖い、やっぱダメだと思う、寝てる写真を所有されてるなんて知ったらストレスで伏見死んじゃうかもしれない。俺が止めようとするより一瞬早く、台所と居間を繋ぐ扉がすぱんと開いた。結構な音を立てて開いたので、俺も朔太郎もそっちを向き、伏見も小さく唸ってもそもそと動き出したくらいだ。
「んー……」
「うわ、わあ、寝ててよ伏見、あっ足抜けた、やった。はい寝てて」
「……おい」
「はい」
「危害を加えないと約束したからそこに居させてやってたんだけどな」
「加えてないじゃん、まだ」
「当也、朔太郎の箸折れ」
「わー!クソゴリラヤンキー!やめろ!」
「箸なんか折れるわけないじゃん。馬鹿じゃないの、脳筋」
「でもあいつ約束破ったぞ」
「なんの約束」
「伏見が寝てるから起こさないようにしろって話」
「ああ……」
「でもね当也聞いて、俺まだなんにもしてないのにね、そこの保護者気取りがね」
「なにしたの?」
「あのね」
「不審な笑みを浮かべながら小型電子機器を手に持って近寄り、無防備に意識を失い抵抗できない状態の相手を無許可で写真に収めようとするなどしてた」
「うん」
「なに?なんか俺すごいことしたみたいに伝わってない?大丈夫?」
「寝てるとこ写真なんか撮ったら嫌だと思うよ」
「良かった、ちゃんと伝わって、良くねえ!伝わっちゃダメじゃん!」
「有馬が今から飲み物の買い出しに行くから、罰として朔太郎車係」
「えーやだあ、寒い」
「寒いから有馬乗せてってって言ってるの。ほら」
「有馬くん免許ないの?自分で行きなよ」
「免許持っててもあの道いきなり走るの嫌でしょ」
「やだよー、外出たくない」
「いいからとっとと行け!おら!」
「ぎゃああ生臭い!なにそれ!何に使った、やめろ!ぶん殴るぞ!やめ、行くよ!」
恐らく魚をどうにかするのに使っていたであろう生臭い紙を持った航介に追い立てられて、朔太郎がばたばたと出て行く。こっちの騒ぎを知らない有馬の、なに朔太郎運転してくれんのやったー、なんて能天気な声が聞こえてきて、玄関が閉じる音がした。それとほぼ同時に、一連の騒ぎで眠気が薄れてしまったらしい伏見がむくりと体を起こす。うるさかった、なんなの、と聞かれたので知らないふりをしておいた。知らない方がいいこともきっとある。
「伏見、汗すごいよ」
「風呂入ってくるか?水飲んで」
「……すぽどり……」
「はいお茶」
「……弁当の意地悪」
「朔太郎がいない間にお風呂入ってくれば」
「あの人いないの」
「買い出しに行ってもらってる」
「うん」
寝起きとは思えない機敏な動きで立ち上がった伏見がすたすたとお風呂の支度をしに出て行ってしまった。痺れかけの足と共に残された俺はぼけっとそれを見送って、お前の寝顔を守ってやったのは俺だぞ、と思ったり。まあ朔太郎のことだから、みんなで飲んだ時とかにあのにっこにこ笑顔でばしばし写真撮っててもおかしくないけど。

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