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君について



無口無表情に見えて案外分かりやすい彼についての話を、しよう。彼について語る人も、この世界中探したところで少なそうだから。
「ねえ」
「なに」
「猫書いて」
「……は?」
「猫」
「なんで」
「書かなきゃ俺死ぬの、書いて」
「なにそれ……」
そんなわけないのに、授業終わって席を立つ周りの目からほんの少し逃げるように隠しながら、ルーズリーフの端っこにちまちまと猫を書いてくれる。可愛いデフォルメよりはリアル寄り。正直全然可愛くもなんともないけど、言うことを聞いてくれたことに満足してふんふんしてると、小野寺に呆れ気味の顔を向けられた。
基本的には、どんな無茶振りをいきなり言ってもお手軽にこなせる範囲内ならやってくれる。こいつの場合は手軽にさくっと出来ちゃう範囲が広いってのもあるけど、何より器用なんだと思う。出来ること出来ないことの見極めが上手い、とも言う。あと、絵は割と上手い。字も綺麗だし、ノートやメモはぶっちぎりで見やすい。試験前でも特に焦らず急がず、自分の可能範囲を着々と広げていく。どこぞの馬鹿にひーひー泣きつかれても、一貫してぶれない成績を取れてるのがいい例だろう。塾で先生のバイトしてるだけあって、教え方も引っ掛かることなくすらすら入ってくる。元々理論立てて説明をするのが得意なんだろう。
「あ、今日弁当お弁当だ」
「……もうお金今月ぎりっぎりで」
「やっぱり買うより安いの?」
「物によるけど。これは残り物だからお金あんまりかかってない」
「ちょうだい」
「やだよ」
「ちょうだいって言ってるでしょ」
「やだってば」
「くそが」
「自分の食べな」
「いっこ」
「……………」
「伏見、しつこいって弁当が困ってるよ」
「うるせ馬鹿、小野寺は黙ってろ」
四人でもそもそと昼食を食べている時ふと見ると、珍しく弁当が手作りのお弁当を持ってきていた。前持って来た時はその後しばらくの間、俺も食いたいから作ってきてって入れ替わり立ち替わり強請られてたから、もう作ってこないと思ったけど。割ときちんとしたお弁当を覗き込んであれじゃないこれじゃないと勝手に選んでいると、俺のサラダの蓋にぽいっと箸でつままれたほうれん草が乗った。よりによってこれかよ、食わねえよ。
「……これならあげるけど好きじゃないでしょ、葉っぱだよ」
「弁当が俺の嫌いなもの寄越すわけないもん」
「あとは駄目」
「ほうれん草の横に肉が入ってるように見えますが?」
「駄目」
「ひとっかけらも?」
「諦めて」
「お金あげるから」
「やめて」
「いくら欲しいんだ」
「……ちょっとだけだよ」
「やめろよ!なんかやらしい!はれんち!」
「なんだ、難しい言葉知ってんな。馬鹿のくせに」
「お金あげるからおじさんと一緒においで、みたいなビデオ中学で見せられたよね」
「なにそれ」
「弁当は見なかったの?こういうことする人がいるんだよ、怖いよってビデオ」
「ふうん」
「今の伏見が完全にそれに出る悪いおじさんだった」
「ほら、小野寺でもこう言ってるんだから今のはやばかったってことだ」
「でも金払ったら弁当だって文句ないでしょ?」
「んん……」
「迷うなよ!断っていいんだぞ!?」
弁当がお金有り余ってる時なんて無い気がするけど、今は特に金欠らしい。料理は出来る、というか一人暮らしを始めてやらざるを得なくなってからは回数が物を言うようになり上達したというか、ぶっちゃけ練習の成果というか。こいつはいつも普通の顔して、美味い料理をしれっと出してくる。俺自分でも好き嫌い多い方だと思うけど、弁当の作ったものなら安心できるし。本人はあまり認めたがらないけど弁当は相当甘いものが好きなので、そういうものを作るのも勿論得意だ。そちらは別に必要に応じているわけでもないので、好きこそものの上手なれ、と言ったところか。
結局数少ない肉をまんまといただいてにやにやしていると、俺たちの座ってる席のすぐ横をファミチキ持った奴が通り過ぎた。現金なもので、漂ってくる匂いに全員つい顔をそっちに向けてしまった。弁当は自分が見てしまったことに気づいてぱっと他の方を向いてたけど、小野寺はそのまま財布に目をやってたので、後で食うんじゃないかと思う。いい匂いに刺激されたお腹が無駄に活性化してしまったので、ぼそりと漏らした。
「あれ食べたいなあ。コンビニの骨つき肉、高い方のやつ」
「高い方?」
「新しく売ってるやつのことだろ」
「金色のやつ、プレミアムなんとかとかいうシリーズ」
「肉が金色なの?」
「んなわけないじゃん」
「ラベルっていうか、ちょっとお高い感じに外見が金色になってんの」
「そんなんあるんだ。知らないや」
「そう。高いやつ、あれどうなの?」
「あれうまいよ。高いだけあるわ、食ってみりゃ分かる」
「えー、でも、有馬じゃ信用ならないからな」
「んだと」
「舌も馬鹿そうだし」
「小野寺も食ったべ、どうだった」
「うまかった」
「馬鹿二人じゃ駄目だ、参考にならねえ。他の奴に聞くわ」
「信用ないなあ」
「酷いよな」
「弁当に食わしたら次から作ってもらえるとかそういう機能ないの」
「ないよ……」
「ていうかお前もっと肉食え、肉つけろ肉」
「背はあるのに不思議だね」
「小野寺のそれは、なんか違う」
「身長がお前と同じ人間がみんなお前と同じ体格だと思ったら大間違いだから」
散々言われてしょんぼりしてる小野寺はほっといて、弁当はほんと肉ないし体力もない。食っても太らないし筋肉もつきづらいんだとか、そんなのありかよって思うけど。運動できないわけじゃないけど体力値が極端に低い、振り分け下手くそな人がやったRPGのキャラみたいだ。体格の比較が出来るくらいに身近に見ることができてきたのが、食ったら食った分きちんと重さに還元される自分だったり、食う分動くおかげで体力や筋力に変換されて何もせずともある程度体格がいい状態をキープできる小野寺くらいのもんだから、弁当の体型は本気で意味が分からない部分もある。なにしたらあんな、いっそ体重に見合わないくらいに背が伸びるんだろう。
「買ってやるよ一本くらい」
「いいよ別に」
「うるせえ!食え!肉を!」
「もうお昼ご飯食べちゃったし」
「俺さっきの食べたくなってきちゃったや。買ってこようかな」
「俺のも買ってこい」
「いいよ。有馬は?」
「じゃあ弁当のと俺のも」
「だからいらないってば」
「うまいから食って」
「ほんとにいいのに……」
嫌そうな顔でぶつくさ言ってるけど、嬉しい癖に、と思ったりして。知ってる奴はいないだろうし、俺だって確定事項だと思ってるわけじゃないし、弁当本人もきっと誰にも知られずに抱えていくつもりであろう、たった一つの踏み込んではいけないところ。弁当が有馬を好きだという一点においては、俺がふと勘付いてしまったことすら、弁当に確信させたら最後だ。茶化し冷やかしはするけれどそれは後になれば笑って流せるからであって、本気で問い質したり相談したりするような、見方によっては重い関係性を一欠片でも持つことを、こいつは絶対にしようとしないだろう。うっすらそうかもしれないと思わせるだけの、曖昧でふわふわしたグレーの範囲内に収まり続けなければならない。あと一歩踏み出したら気づかれてしまうかもしれない、こいつは勘が良いから気をつけないと怖い、程度の認識に俺は立っていて、そこから出てしまったらきっと弁当はここからいなくなってしまうわけで、それは困るわけで。
「じゃあ二人で一個食えば」
「やだよ」
「だって弁当もう食えないんでしょ?」
「うん」
「でも有馬は食わせたくて食いたいんだから、二人で一個にすればって」
「だからいらないんだってば」
「でも俺も食ってもらいたいと思ってるし」
「……俺の体をどうするつもりなの」
「肥えてほしい」
「肉がついてほしい」
「もう食えないってところまで毎日食い続けてみてほしい」
「いじめだ」
「こんなにも弁当の健康を考えてるのにいじめ扱いかよ」
「伝わらねえなあ」
「だって考えてないもん、伝わらないよ」
とか言いつつ、ちらりと隣を見た時の嬉しそうに恥ずかしそうに目を細めた顔。ほら分かりやすい、一瞬漏れた本心に気づかない馬鹿はどこのどいつなんだか。

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