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おはなし



ベッドに薄めのクッション二枚重ねで立てかけて、それを背もたれに寄っかかって、冷たいお茶入ってたグラスがすっかり温くなるまでテレビに見入る。録画するだけして溜まってたやつ、ようやく最終回まで漕ぎ着けられた。一時間のドラマをぶっ続けて三話目に入ったとこだから、寄っかかってるベッドに転がってる朔太郎はかれこれ二時間は寝てる計算になる。まあほっといてるけど、どっちかっつーと俺の方が寝たいくらいなんだけど、こいつがそんなこと気にも留めるわけもなく。
俺がドラマ見始めたのが二時間くらい前、それからまた少し遡って今から三時間ちょっと前には、現在進行形で爆睡中の朔太郎にやりたい放題ぐちゃぐちゃに抱かれてた、はずなんだけど。幸か不幸か我ながら無駄に体だけは丈夫なもんで、事が終わった直後はぜえぜえ言って全く動けない時間も勿論ある。でもまあ、勝手知ったると言った様子でてきぱき片付けした朔太郎がとっとと風呂入って出てくるまでの間には大分色々回復するわけで。よろよろしながらでもなんとか自分も風呂入って、一呼吸ついて出てきてみれば、今日なんか朔太郎はがっつり寝てたりして、流石に切れそうになった。だってそこで寝るの俺でしょ、どう考えてもお前じゃないでしょ。つい今しがたまで人の体好き放題抉って、柔らかくもない関節無理矢理曲げて、早く孕めよなんて下衆の極みな言葉吐いてはにやにやしてたのはどこのどいつだよ。そして抉られて曲げられて孕まされかけてたのは紛うことなく俺なんだよ。
『確か、気分悪いってデッキに出たはずだけど……』
『あたし、あたしどうしたら、カガリがいなくなったら』
『そんなわけないじゃん!うちも探しに行くよ』
『トイレにでも移動したのかもしれないし、もしかしたらハヤテのとこかも』
取っといた割に先が見えてあんまり面白くないな、とぼんやり思いながら画面を見つめる。いい加減眠いんだけど、朔太郎が退いてくれないとベッドは使えない。かといって、今この状態で布団を取りに行きたくはない。動けないわけじゃないけど怠いのは事実だし、無理な運動させられたせいで体は痛いし、そもそも眠いし。このまま寝たら明日動けなくなる、と警報を鳴らしている脳に従えば、朔太郎を退かしてベッドを使うしかないんだけど、こいつがすんなり退くかと言えばまた微妙というか。どうしたもんかと思っているうちにどんどん話は進んで、少しずつ加速するドラマに頭の中が持って行かれる。
『嘘よ!うそっ、カガリがそんな、そんなっ……!』
『あたしだって嘘だと思ったわ、だけどっ、仕方ないじゃない!だって、』
『あんたのせいでしょ!?あんたが、シノがハヤテを連れて行ったりしたから、っ』
『ち、が』
『うるさい!お前なんか、あたしのカガリを殺したお前なんか、っ』
「ふーっ」
「っ」
心臓止まった。耳にかかった生温い風に体を強張らせて、頭の回転も強制的に止められて、一瞬かつ一発で全てのごちゃごちゃを吹き飛ばした張本人の手が後ろから伸びてくる。固まっている俺の頭を引っ張ってがくんと反らせた朔太郎が、にっこにこ笑いながら視界に乱入してきた。
「なにしてんの」
「……………」
「ん?いけめんすぎて見惚れちゃった?」
「……死んでしまえ……」
「こわあ」
喉が詰まって息が苦しい。俺の頭を反らせたまま固定するように顎下にかかっている朔太郎の手を振り払えば、つれない奴だの冷たいだのとうるさかったので無視しておいた。先に人のことほっといてとっとと寝たのはどこのどいつだよ。
無言の俺を見て何を思ったか、背中側でがさがさと衣擦れの音がして、朔太郎がベッドから降りてくる。何故か背中に挟んでるクッションと俺との隙間に体をねじ込んで来るので、邪魔だやめろと一頻り悶着した挙句、面倒だったから譲ってやった。とっ捕まえてポイできたらどんなに楽か、こいつぐにゃんぐにゃん動くから掴み合いになると気色悪いんだ。背中が暑くて少し離れると、おいどこ行くんだなんて手を回されて引きとめられる。なんなんだ、さっきまで寝てたかと思えば急にべたべたしてきて、付いて行く方の気にもなれ。
「なに」
「一発やった後の甘い会話を楽しもうかと思って」
「……へえ」
「なんか可愛いこと言ってよ。気持ち悪くない範囲内で」
「お前今まで自分が何してたか知ってる?」
「寝てた」
「そうだ」
「何時間寝てた?」
「ざっと二時間以上かな」
「わあ、よく寝た」
「……なんか言うことねえのかよ」
「眠くなっちゃったもんは仕方ないじゃん。その時間はカットしてよ」
「出来るか!お前がベッド独り占めしやがるからこちとら寝れなかったんだ!」
「今日のお前は子猫ちゃんが……うーん、子猫ちゃん……の、獣……」
「ふわふわピロートーク始めようとすんな、下手くそ」
邦画か何かのそれでも真似したいのか曖昧に始まった言葉を無視して、残り時間があと少しのドラマに集中していれば、そうそうに諦めたようで黙り込んだ。背中に引っ付いてるのは邪魔だけど、黙ったまま大人しくしていてくれるだけまだマシだ。出演者のスタッフロール眺めながらようやく、え?このドラマはやや出てたの?どこ?なんて口を開き出した朔太郎に答える。
「先週のでお亡くなりになった」
「一話に一人死ぬわけ?バトロワ?」
「いや?館に閉じ込められて、決められた方法でしか出られない系」
「生贄的なやつ」
「それ」
「面白かった?」
「……在り来たりではあったけど。洋ゲーでありそうな感じだし」
「そっか」
朔太郎は基本的にドラマも映画も小説も俺の感想を聞いて見た気になるから、もう少し深く突っ込んでくるかと思ったら今回はあっさり引いた。まあ九時十時台にやっててCMもばんばん流れてるようなドラマじゃないし、日付跨いでる深夜帯の無名作だから興味もなかったんだろう。
録画から今やってる番組に切り替わったテレビを俺越しに見ていた朔太郎が、牛肉美味しそう、なんて涎垂らしそうな声で漏らした。確かに、少し腹減ったかもしれない。眠い体で動くのはかったるかったので、ついさっきまで寝てた朔太郎になにかしら取ってきてもらおうかと背後を振り向けば、もそもそと服を脱ぎ出していた。なんでだ、ちょっと意味が分からない。
「……なにしてんの」
「腹減った」
「なんで脱いでんの」
「空腹のまま二度寝したくないじゃん」
「うん」
「でも性欲満たして寝たらきっと素敵な気持ちになるじゃん」
「……うん?」
「腹減ってることなんてきっと忘れられるよ、二回目だから疲れてぐったりだろうし」
「要するに?」
「飯食う代わりに、しよう」
「馬鹿なんじゃねえのかな」
「天才だろ」
「頭悪いこと言うな、手離せ」
「失礼だなあ」
「やめろ」
「そろそろ寝ないと明日に響くよ」
「んなこと知ってんだよ!」
喋りながら腰元に回される手を引っぺがして逃げる。狭い部屋の中をずるずると、立ち上がる気力はないまま後ずさったり四つん這いになったり、のろのろ攻防戦を繰り広げる。追い詰められるのだけは阻止しようと部屋の中を周回しながら後退している途中、左足首を掴まれて右足で蹴飛ばせば、そのまま両足捕まってぐいっと持ち上げられた。足が上がったことで相対的に頭が下がって、体重を支えきれなかった腕がずるんと滑ったのが分かると同時に、後頭部と床が勢い付けてご対面。強めに打ち付けたせいでぐらぐら回ってる俺の頭の中なんて知らずに、捕まえたぞ、と楽しげな朔太郎が足を持ったまま俺のことを引きずって連行する。ちょっと若干脳味噌呆けてるせいでついて行けてない、だって今一ミリも抵抗してないし。
星飛んでそうな視界からようやく解放された頃には、適当に転がされて上に乗られてた。ハーパンに手を突っ込まれたところでやっと我に返って朔太郎の頭をぱかんと叩くと、不満そうな顔を向けられる。なんでそんな目で見られなきゃならないんだ、不満なのはこっちの方だっての。
「朔太郎、止まれ」
「なんだよ、別に俺おかしなこと言ってないよ」
「言ってるよ」
「明日は雨だからいつもより仕事緩いでしょ」
「そういう問題じゃなくて」
「じゃあなに?生理?急に?」
「馬鹿か!嫌だっつってんの!嫌なの!したくねえの!分かる!?」
「したくなればいいってこと?」
「なんねえよ」
「なるよ」
「……………」
「航介はちょろっちょろのちょろすけだもん」
じゃあその気にさせてみろ、なんて言おうもんならどうされるかは一度経験済みだ、もう同じ轍は踏まない。俺の着てるくたびれたTシャツの裾を嬉々として上げようとしてる朔太郎を、黙ったままじとりと睨んでいれば、そのままおっ始める気はないのか口を尖らせてぱたぱたと人のシャツを上げ下げし出した。腹が寒い、いい迷惑だからやめてほしい。変なリズムつけながらぱったんぱたぱたと風を送られて、耐え切れずに寝返りを打つと、それ以上追ってこなかった。無視しておいて正解だったらしい、下手に絡まれずに済んだし。
諦めたみたいだし早く引いてくれないかと横向きのまま待っていても、朔太郎は微動だにしなかった。人のこと閉じ込めるみたいに四つん這いになったまま固まっているので、とてつもなく邪魔で仕方なしに再び朔太郎に向き直る。ていうかそろそろ服着てくんねえかな、上半身裸のままでいられても困るんだけど。
「……どかねえの」
「どかぬ」
「なんで」
「分かるだろ」
「俺のせいかよ」
「このいきりたったこいつと俺を二人きりにしないで」
「は?いきりたってんの?」
「いや全く。ピクリとも」
「じゃあいいじゃん。おしまい」
「待って!今から興奮するから!」
「しなくて大丈夫だっつってんだろ」
「でもお前で興奮しなきゃなんないのか……どうしようかな……」
「気色悪い」
「手っ取り早く自慰してよ、今すぐにここで。がんばって興奮するから」
「お前を興奮させることについて俺の利点ってある?」
「中出し」
「本当に気持ちが悪いし最低だよ」
「そんなこと言ってもお前のここは正直なんだろ」
「いった、痛えな!もげる!」
「もげたら笑ってやるから安心して」
「もげたら一大事だ!馬鹿!」
どうしても興奮したいらしい朔太郎に乳首を捻じり取られそうになって突き飛ばせば、力が強すぎたのかベッドから落ちて行った。うわああとか平坦な声を残してバランスを崩し、そのまま床へと消えた朔太郎の手がぬっと下から伸びてきて、シーツを掴む。ホラー映画に出てくる幽霊さながらにゆっくりと上がって来られて、思ったより強めに突き飛ばしてしまった罪悪感とかただ単純な恐怖とかが混ざってずりずりと下がる。さっきは逃げ道を確保しながら後退してたけど、ここはベッドの上だ。そんなに広いわけもなく、すぐに背中には壁がぶち当たった。目の前で正座されて、何故か威圧感に押されながら、口を開く。
「航介」
「……ご、めん」
「で?」
「でも、人の嫌がることをするお前も悪いじゃん、俺だけのせいじゃないじゃん」
「それで?」
「そもそも、俺のこと放って二時間も寝こけるお前が悪いんだ。俺はそう思う」
「そこから?」
「……申し訳ないから体でお返しとか言わせたいなら死んでも言わねえから諦めろよ」
「ちっ」
あからさまな舌打ちに目を逸らす。当たって欲しくなかった可能性に飛び込んでくるなよ、そんな馬鹿みたいな話あるわけないだろ、俺のことなんだと思ってるんだよ。
落ちた時にここをぶつけました、と背中の上の方を見せてきた朔太郎に、お前が服を着ていないのが悪いのではないかと助言したものの、全く聞き入れてもらえなかった。確かに少し打ったらしく、赤くなってるところをぐりぐりと摩ってみる。痛いっつってんじゃん、なにしてんの、とぶつくさ言い出した朔太郎のことを気に留めず、恐らくはぶつけたところだけでなく背中全体をちょっと強めのマッサージしてる要領で押す。三時間近くもほっといた上に嫌がる相手に無理やりを強いた罰だ、せいぜい痛がればいい。
「やめろ、いてえ、力強すぎ」
「俺は普段もっと痛い」
「なに?ケツの話?」
「ちげえ!背中!筋肉痛の話!」
「恥ずかしがらなくてもいいよお」
「お前はもう少し恥ずかしがった方がいいよ……」
「もっと上やって。肩」
「やだよ」
「おーう、そこ気持ちい、おっお」
「うるせえな」
何故かマッサージのやり合いっこで収まった、けど。元々こういうことなら割りかしずっとしてたし、その延長上で行為に及んでるのかと聞かれたら流石に首を傾げるけど否定も出来ない気がする。どうしてこうなったなんて分かんない、覚えてねえっていうか特にきっかけもなかったんじゃないかと思う。そう思う、んだけど。
「……………」
「おっ、起きた。風呂入ろうか」
「……なんで……」
「だから言ったじゃん、ちょろすけ」
「え、今何時……」
「朝の六時。航介若干飛んでたから」
「……仕事」
「すげー、足腰がくがくなのに仕事行くの?体力が化け物」
「え、え……?」
「自覚も無しに流されて二発目なんてやるもんじゃないよ、体を大事にしなさいよ」
「……………」
だからって、きっかけも無しにいつの間にかこういうことになってると、我に返った時ぞっとする。痛む体に、ごっそり記憶のない三時間の現実を叩きつけられるようで、頭を抱えた。だって一回終わって落ち着いてたじゃん、興奮したがるこいつも抑え切ったじゃん、なにしたらこうなんの、ていうかなんで俺なんにも覚えてないの、なんかやばい薬でも飲まされてんじゃないの。
もうこれからは、朔太郎が家に来た時点で逃げの一手を考えた方がいいかもしれないと本気で思う。


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