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おはなし



「どーは」
「ドブネズミのド」
「れーは」
「霊魂のレ」
「その禍々しい歌をやめろ」
「こーはこーうすけーのこー」
「俺を巻き込むのもやめろ」
頼まれてゴミ捨てに来たら、ちょっと前にダンボール集めに行ったはずの朔太郎が、校舎脇にしゃがみ込んで猫撫でてた。それに便乗して、ちょっとだけさぼっちゃおっかな、なんて冗談言いながら猫可愛がってたら、航介も来た。なんでも、二人がいなくなったって教室に残ってる人が言ってたから探しに来たんだとか。別に学校の中からいなくなったわけじゃないんだから、そんなに心配しなくたっていいのに。歌い続ける朔太郎がぱかんと殴られているのを見ながら、そう思う。ほんとはお前もさぼりたかっただけなんだろ、準備めんどくさいから。
「ちげえよ。うちのクラスは終わったの」
「えー」
「ええ……」
「もうみんな帰ったんだよ。そんで、お前らのクラス終わってないじゃん」
「だって今俺仕事無いんだもん」
「なにしたらいいか分かんないし」
「当也ゴミ捨てに来たんでしょ?捨てたら帰んなきゃ」
「お前もだよ」
「……別に俺は探しに来るつもりなかったのに駆り出されたんだ、前通っただけで」
お前ら探されてんぞ、と指さされて猫を見れば、そっちじゃない、とごもっともな言葉。帰って宿題しなきゃいけないのに時間返せよ、と文句を垂れる航介の背中を、暇ならお前も手伝ってくれたらいいじゃん、とにこにこしてる朔太郎が押す。勿論嫌がられてたけど、そもそもなんで航介のクラスは準備終わってるんだ。まだ今日は文化祭前日でもないのに準備終わってるなんて、おかしいだろ。そう聞けば、流石に設置はまだ終わってないけど作るものとか用意するものとかは揃ってる、とお利口さんな答えが返ってきた。連携が取れてるクラスはいいな、俺らのとこなんてまだ看板に使うダンボールも揃ってないのに。
「そういえば朔太郎、ダンボールは」
「なかったよ」
「そっか」
「残念なことに、全部使われておりましてね」
「うん」
「だからなくてもいいかなって帰ろうとしたら猫がいてさ」
「これ坂の下によくいるやつだよ」
「あっ、尻尾はげてる」
「前ここ怪我してた」
「かわいそうに」
「……お前らそういうことしてるからクラスの準備が終わらないんじゃねえの」
「俺たちのせいにすんな」
「うちのクラスはみんなこうだぞ!」
「だから終わんねえんだよ!てきぱきやっちまえよ!」
んなこと言われたって困る。出来ればそれ、うちのクラス全員に向けて言ってくれないか。だってダンボールないと看板作れないんだもんねえ、と俺を見る朔太郎に頷けば、そんなの色んなとこから掻き集めてこないといけないに決まってるだろ、もう学校になんてとっくにねえよ、と航介が知った口を利いた。そんなの知らない、ていうかお前のクラスみたいにとっとと作っちゃうとこがあるからうちのクラスみたいに何にも材料が無くて困るとこが出てくるんじゃないか。
「そうだそうだ、返せ」
「分けろ」
「知らねえよ……お前らが遅いんだろ」
「航介暇なんでしょ、ダンボール貰って来てよ」
「やだよ」
「優しくないなあ」
「どうせ家帰ったってやることなんかない癖に」
「早く終わった人がまだ終わってないとこを手伝ってくれた方が効率いいじゃんね」
「もしかしたら終わったって教えられてるのこいつだけで他の人は準備してるのかも」
「あっ……可哀想……」
「なんでお前らは自分に都合が悪いと俺のことを悪く言いたがるの」
「うるせ馬鹿」
「帰れ」
「帰るよ!言われなくたって帰るっつの!」
腹を立てて帰ってしまった航介を見送って、さてそろそろクラスに戻るか、と校舎内に入ったところ、向かい側からぷらぷらと瀧川が歩いてきた。やっと見つけた、と困った顔で言う割にあまり真面目に俺たちのことを探していた様子はない、だって片手にジュース持ってるし。なんで手ぶらなの、ダンボールなかったの、とお決まりの質問をされて同じことを説明している朔太郎の隣でぼけっとしていると、ふむふむ頷きながら聞いていた瀧川が口を開いた。
「貰って来なきゃっつってもなあ」
「スーパーって、そんな大量にくれるもんかな」
「航介に頼んだけど断られたし」
「なに?あいつ帰ったの」
「帰った帰った」
「クラスの準備終わったからって今帰った」
「俺さあ、航介にお前ら探すの手伝ってって頼んだのよ」
「そうなんだ」
「ちょっと連れ戻してくるわ、まだ手伝ってって」
「いってら」
「あいつ歩くの早いから、早くしないと見失うよ」
「俺長距離得意だから平気!」
窓枠越えて上履きのまま走って行ってしまった瀧川を目で追って、内心で航介に合掌しておいた。下手に他クラスに絡まず素直に帰れば良かったのに、うっかりうちのクラスを覗きでもしたんだろうな、なにしてんのーとかって言って。そんで瀧川に捕まって駆り出された挙句、また連れ戻されるのか。あいつお人好しだから、最初は嫌がるだろうけど多分どうせ結局手伝ってくれるんだ、不憫にも。
もうすることないじゃんね、なんて言いながら階段上がって自分のクラスに戻ったら、俺が出て行った時より更に半分くらいまで人数が減っていた。部活行った奴らがいるらしい、運動部は大変だな。残ってる人も何となくだらだらって感じだし、ダンボールないと大きいものが作れないからどうしようもない。クラスTシャツどうしよっか、なんて女子は盛り上がってくれているので、そっちは完全に任せて良さそうだけど。
「航介来るかなあ」
「来るよ」
「ダンボール持ってきてくんないかな」
「んー……」
やっぱり特にすることもないので朔太郎と話しながら教室の窓から下を見下ろしていると、瀧川に引きずられるように航介が戻ってきた。笑顔に軽快なたったか小走り付きの瀧川と対照的に、航介はぎゃんぎゃん何か文句言ってるみたいだけど、なんも聞こえない。声だけ聞きつけて窓の方に寄ってきた仲有が、なんで瀧川は江野浦連れて来てんの、と訝しげな顔をしたので、ボランティアだと紹介しておいた。
「連れてきた!」
「おかえり瀧川」
「お疲れ」
「なに?江野浦手伝いに来てくれたの?超助かるけど」
「てめ、げほっ、そこ二人……」
「……………」
「……………」
「……なにこっち向いてんだよ、お前らだよ!俺に罪をなすりつけるな!」
「航介パン食べる?俺これ食べれなくてさあ、ゆで卵嫌いなのに母ちゃんがさあ」
「今そんなもん食うわけねえだろ!?瀧川馬鹿なんじゃねえの!」
「あっ卵嫌い?」
「好きだよ!」
「珠子ちゃん、航介がなんか話があるって。好きだって」
「えー?なに?さくたろくん、やだあ」
「航介だってば、俺じゃないよ」
「ちっげえよ!俺が話あんのはお前だよ!眼鏡!」
航介が来た途端にクラスの中の音量が五倍くらいに跳ね上がった。隣のクラスは航介の声量がぴったりなくらいにみんな元気だけど、うちのクラス割と普段から音量小さめだから、余計うるさい。嫌いだけど腐らすよりはなあ、とか言いながらもそもそとサンドイッチを頬張っている瀧川の後ろで、チラシを作ってくれてた羽柴さんがきょろきょろと辺りを見回して、ぱっとこっちを向いた。どうしたんだろう、と思った矢先、首を傾げた彼女が言う。
「……眼鏡呼んだ?」
「あっ羽柴じゃない、ごめん、お前も眼鏡だけどごめん」
「江野浦」
「ん?」
「声が大きい。そんなに騒がなくても聞こえる」
「……はい……」
「ぷぷー、航介ってば委員長に怒られてやんの、邪魔しに来たのかよ」
「辻」
「はいすいませんでした」
「えー……と……イラスト。あ、弁財天」
「……え?俺?」
「チラシの絵、私の代わりに書いて欲しいの。お願い」
「いいけど……」
「あたしも書いたよ!これも使って!」
「たまちゃんの絵は使えないでしょ、下手くそだし」
「仲有やだあ、死んで詫びて」
「死……!?」
確かに高井さんの絵は独特すぎて使えないと思うけど、一応貰っておく。いきなりの死に愕然としている仲有は放っておいて、苦手なゆで卵を嫌そうな顔で食い切った瀧川がぽんと手を打った。
「よし、男手が増えたのでロッカー動かしましょっか。明日飾れるようにすんべ」
「さんせーい」
「俺そのために呼ばれたのかよ」
「ううん、一人悠々と帰路につく航介が許せなかった」
「おい、正直に言えば許されると思うなよ……?」
「仲有、ひ弱なさくちゃんをクソヤンキーから守って」
「ええ!?やだよ!江野浦顔が怖いもん!」
「……………」
「……ふ、……」
「……小声で笑ってんじゃねえぞ根暗眼鏡」
というわけで、みんなでロッカーの大移動をすることになった。航介は無駄に力が有り余っているので一人でずるずる引きずって動かせるけど、他の人には到底無理だ。瀧川も力付くで押し切ったけど、一つずらしたらぜえぜえ言って使い物にならなくなってしまった。結局一人で動かせる航介が、なんで俺がって文句たらたらながらも結構な量を移動してくれた。女子勢に掃除を任せて、どうにかこうにかロッカーで教室の真ん中に仕切りを作る。明日の授業用に少し隙間は開けてあるけれど、明日の放課後と明後日は丸々文化祭準備なので、先生には少し説明して分かってもらおう。
結局ここのクラスってなにやんの、と無理やり連れて来られた航介に聞かれた。なにって言うか、と目で文化祭実行委員を探したものの、いつの間にかいなくなった後で。仕方ないので、ロッカーによじ登ってはおお高い高いとかやってる朔太郎に聞いてみる。
「朔太郎、何やるんだっけ」
「ん?仲有が知ってるよ、ねえ」
「……飲み食いする……何か的な……やつ」
「はあ?」
「うんと、瀧川あ、なんて言ったらいいのかなあ」
「見て見て見てこれ俺すごい一人でこんなにうわああああ」
「きゃ、やだ、埃すごいんだけど!瀧川!」
「すげー!なにそれ、消しゴム?どっから出てきたんだよ!」
「掃除ロッカーの裏」
「辻くんお寿司もらいまーす」
「あっこらずるいお前、なあ、ちょっとこれ、捨てないで取っとこうぜ」
「取っといてどうするの」
「……おしゃれにディスプレイ……」
「埃まみれのおもちゃ消しゴムを、おしゃれにディスプレイ……?」
「……抜群のセンスを持ったお前ならやってくれるだろ……?」
「は?なに、え?」
「やってくれるって俺は信じてる、当也ならきっとできる」
「なに言ってるの瀧川、狂ってんの」
馬鹿なことを言い出した瀧川に、自らの手でそのゴミまみれのお寿司やらドーナツやらの形をした消しゴムを捨てろと迫っていると、意味が分からんとでも言いたげな航介が、俺だって知らねえと逃げ腰の仲有を捕まえて尋問していた。やめろよ、お前の顔面のせいで優しい仲有がびびってるじゃないか、目ぇ開けろ。
「このクラス何やんのか誰も分かってねえの?なのに準備してんの?」
「え、だって、なんかみんなの意見混ぜたらよくわかんなくなっちゃって」
「……羽柴委員長」
「なに」
「このクラス、何やるんすか」
「飲み食いする場所的な、やつ」
「あ、そっすか……」
「チラシにもそう書いた」
「えっ!?」
「ええ!?」
「真希ちゃあん!?」
「え、えっ、駄目だったの……?」
「……いいよもう、ふわっと行こう。うちはもともとそういう感じだよ」
「まあ大体そんな感じだった気がするし、大丈夫だろ」
「このクラス本当に大丈夫なのかよ、おい、方向性まとまらなさすぎだろ」
「うるさい、部外者は黙ってて」
「スパイだ!捕らえて八つ裂け!」
「無理やり連れてきたのはお前らだろ!?なんなんだよ!」
「連れてきたのは瀧川だし」
「こいつに連れて来いっつったんだろ?おい、黒もじゃと茶だるま」
「言ってない」
「瀧川が俺らの言うこと聞くわけないじゃんか、こいつ馬鹿だぞ」
「馬鹿なのと言うこと聞かないのは関係ねえだろ」
「数学のテスト書く欄間違えて二十点だったんだぞ!」
「やめろよ!家庭科は八十九点だ!」
「頭良いんだから低い点先に言うのやめろ!ほんとに馬鹿なのかと思うだろ!」
「江野浦が来たら大体準備終わっちゃったねえ」
「どこが!?仲有お前、この惨状のどこ見て言ってんだ!?」
「え?だってあと、看板作ってチラシ刷って買い出しして内装飾るだけじゃない?」
「それ準備の八割残ってる状態だよ」
「早くダンボール持ってこいクソヤンキー」
「……もう二度とこのクラス来ねえ」


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