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おはなし



「……私の格好変じゃないかな……」
「もうそれ五百回は聞いてる」
「そんなに聞いてない……」
「聞いた。もうあたし何回答えたかわかんないもん。デート前毎回百回は答えるもん」
「だって、当也くんが好きな感じじゃないかもしれない」
「そんなのわかんないけど、芽衣子可愛いってば。チョーカワイー」
「や、やっぱりこの中に着てるの派手かな、無いかな」
「大丈夫だって言ってるでしょー!」
ばちんと激しめの音を立てて、千晶が私の背中を叩いた。確かに何度も聞いてるかもしれない、でもだって不安になっちゃうんだから仕方ないじゃないか、変な格好の人が隣歩いてたら中身がどんないい奴でも嫌でしょ。刻々と減っていく待ち合わせまでの残り時間にはらはらしながら、居ても立ってもいられずにそわそわと辺りを見回す。待ち合わせ場所はここじゃないから、いくらここできょろきょろしたって彼がいるわけじゃないんだけど。
「今日はどこ行くの?前から言ってたとこ?」
「うん……水族館……」
「いいなあ、あたしも行ってみたかっったんだあ」
「当也くんせっかくバイトないのに夜私が連れ回したら疲れちゃうかもしれない……」
「……………」
「は、早く帰らないと……」
「……いや、楽しみなよ……」
「時間帯考えれば良かった!馬鹿なんじゃないの!」
「だって夜の水族館が見れるイベントでしょ!?夜以外行ったって意味ないの!」
「私が行きたいなら私一人で行けば良かったんだー!」
「えっ、芽衣子めんどくさ、なに、いっそ怖いんですけど……」
頭を抱える。もうやだ、なんでいつもこうなるの。そんなこと気にしないよ、弁当くんも疲れてたら断るよ、と千晶が呆れ顔で言ってくれるけれど違う、当也くんは優しいからたとえ疲れてたとしてもきっと何も言わずに来てくれる。ばっと顔を上げて時計を見れば待ち合わせまであと三十分で、いそいそと鞄を持って支度をする。えっ早くない、なんて千晶が目を丸くしたけれどこれでいいのだ、当也くんはいつも先に待っててくれるからたまには私が待ってないと。
「まだ授業終わってないし!絶対私のが早い!」
「弁当くん今の時間休講だと思うよ」
「う、えっ」
「うん。こないだ言ってた」
笑いを堪えている千晶を置いて、ばたばたと走って待ち合わせ場所へ。人がたくさんいるそこに見慣れた少し高い頭は無くて、ちょっと安心する。ちゃんとしなくちゃ、いつも慌て過ぎるから失敗しちゃうんだから、落ち着けばみんな上手く行くはず。別にすごく難しいことするわけじゃないし、大丈夫。鞄を掛け直して一息つく。
「……よしっ」
「あれ、夏目さん」
「っ」
偶然にも後ろを通りかかった当也くんに突然声を掛けられて私が上げた悲鳴は、通りすがりの人が足を止める程度には、そこら中に響き渡った。

「……ごめんなさい……」
「俺もびっくりさせちゃったから。早いね」
「はい……」
「……大丈夫?」
苦笑する当也くんにこくこくと頷いて、まだ時間あると思って荷物置いてきちゃったから取ってくるね、との言葉について行くことにした。またかっこ悪いところ見せちゃった、今日こそって思ったばっかりなのに。どこかの教室で時間を潰していたのか階段を上がりながら振り向いた当也くんが、口を開く。
「夏目さん、お腹空いてない?まだ夜ご飯には早いけど」
「あ、大丈夫。水族館にレストランがあって、ね……」
「そうなんだ。せっかくだし、そこで夜ご飯にしたいね」
「……今のまだ当也くんには秘密だったから忘れて……」
「……うん、何となくそんな気はしてた……」
水族館に特設で出来たレストランがこう、写真で見た限りではすごく綺麗できらきらしてて素敵だったから、そこでご飯を食べたいことは秘密にしといてびっくりさせるつもりだったんだった。もう言っちゃったけど。ほぼ完膚無きまでにばれてしまったけど。それなら忘れるね、と少し笑ってくれた当也くんがからからと教室の扉を開けると、一発で誰と分かるうるさい声が聞こえてきた。ここで待ってて、と無言のまま制されて当也くんだけが中へ入って行く。もう行くの、なあ明日でいいからノート見して、馬鹿かお前今日家なんて帰るわけねえだろ、おっ朝帰りすか、なんていつもの三人、というか有馬と伏見くんの囃し立てる声が矢継ぎ早に聞こえて、無言の当也くんが恐らく何かしたんだろう、いたーい、ひどーい、なんてけらけら笑いながらの文句。
「……お待たせしました」
「ううん」
「さっきの気にしないで」
「……あ、はい……」
教室から出て来た当也くんは中の騒ぎがこっちまで聞こえていたことなんて知っていたみたいで、しれっと言われて目線が泳いだ。気にしないけどさ、なんでさらっとそういうこと言うかな、別にそんなつもりさらさら無かったけどさ。
二人で電車に乗ることだって緊張するのに、普段通りなんて無理に決まってた。チャージ金額間違えてとんでもない量つぎ込みそうになったり、ちょうど来てたから飛び乗ったら目的の駅を通りすぎる電車だったり、駅の階段踏み外して落っこちかけたり、当也くんのこと心配させてばっかり。ようやく水族館に着いた時にはなんだか疲れていたけれど、いざ中に入ったらそんなのすっかり忘れてしまった。
「……………」
「……当也くん、水族館好きだったりする?」
「え、あ、いや……」
嘘、絶対好きだ。そんなでもない、なんて言った割に楽しそうな顔して、目なんか輝いちゃって、感情読みづらいようで案外分かりやすいんだから。一緒に来て良かったな、この顔見れたから。
周りよりゆっくり、少しずつ順路を回って行く。きらめく水槽を映す当也くんの目もきらきらしてて、なんかそればっか見ちゃって、なに見に来たんだか自分でもわかんないくらい。一つ一つに足を止めて、綺麗だね、って浮かべる嬉しそうな顔にどきどきして、どんな風に綺麗だったかはすっかり忘れてしまった。とろとろと射し込む柔らかくて微かな光しかない道を歩く間、心臓吐いちゃいそうなくらいばくばくさせながら、ありったけの勇気を振り絞って、彼と手を繋いで。もう隣しか見てない私に気づかない当也くんが、優しく目を細めて、見てあれ変な顔、なんて指差した。変な顔してるのは私の方だ、うっかり水槽に映った自分と目が合ってぶんぶん被りを振った。
「遅くなっちゃったね、ごめん」
「ううん、でもほら、レストラン空いてるし」
「どうする?あんまり時間ないけど、ここで食べて行く?」
「あ、そっか……」
「……帰ってから何処かに入ってもいいけど、家に着くの遅くなっちゃうね」
そんなの私は全然気にしてないんだけど、女の子なんだから家族も心配するでしょ、って言う当也くんは当たり前みたいにいつも送ってくれる。あんまり遅くなる前に帰そうとしてくれるし、きっと誰にでもこうなんだ。他の子にもそうなんでしょ!ってことじゃなくて、優しい人だから。私はそれが嬉しくて、いつも少しだらしなくにやけてしまう。
レストランが閉まる時間もあるし、電車の時間もあるし、大分時間をかけて回ってしまったからあんまりゆっくりしていられない。ごめんね、とまた申し訳なさそうな顔をした当也くんにそんな思いして欲しくなくて、話を変えられたらと口を開いた。
「今日の目的は水族館だからさ、ご飯は家でも大丈夫だし、明日も学校あるし」
「でもお腹空いたでしょ、ファミレスとかならどこでも開いてるよ」
「じゃあ、とりあえず一旦大学の方まで戻るとか」
「……んー」
そうだね、と手を繋いだままの当也くんに引っ張られるように方向転換、駅へと向かう。慣れない体温に、手に汗とかかいてないかな、ぎゅうってしすぎてないかな、と思いを馳せていると、ぼそりと当也くんが言葉を吐いた。
「……今、うちの冷蔵庫いっぱいで」
「えっ」
「色々作れる、けど」
「……えっ」
「……………」
顔が見えないからどんな表情だかは分からないけど、黙り込んで少し先を歩く当也くんは、手がものすごく熱くなっていた。でもそんなのきっと私も同じで、ぶわって全身に汗かいてる感じがして、特に言葉が出ないまま。どうしよ、どうしよう、駅まであと数十歩しかない、どうしよう。


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