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おはなし



「せんせえせんせえせんせえ」
「うるせえ」
「これどんくらいとぶかみてて!」
タックルしてきたちっちゃい塊を受け止めて、じゃああっちに向かってやってみろと方向転換すれば、思いっきり振りかぶって紙飛行機を飛ばす。斜めに上がった飛行機はへろへろと落ちて、床に座ってブロックを広げていた黒い頭に当たった。一生懸命になっていて気がつかなかったのか、ぱっと顔を上げて辺りを見回したものの何が当たったのかは分かっていないようで。隣でブロックを組み立てていたもう一人に紙飛行機を見せられて、こっちを振り向く。
「べんとうにあたっちゃった」
「そうだな」
「せんせえごめんなさいしてよ」
「自分で行け」
きゃっきゃ笑いながらブロック踏んづけて当也の元へ走ってった有馬を見ながら思う。俺多分相当疲れてるんだ。
夢の中でこれは夢だと分かる夢のことを何と言ったか忘れてしまったけど、これはつまりそういうことだろう。朔太郎も、疲れてると妙な夢ばかり見るって言ってたことがある。じゃなけりゃ知り合いが子どもに縮んで遊んでる夢なんか見るわけねえだろ、どんな深層心理だよ、病んでんのか。当也に自分で作ったらしい紙飛行機を見せびらかして自慢気な顔をしている有馬と、一応話は聞いているものの全く興味がありませんとばかりにぼけっとしてる当也を見ながら、夢の中で死んだら目覚めるって言うよな、なんてぼんやり最終手段を考えていると、くいくいと服の裾を引かれた感覚。
「お」
「……………」
「……お前もか……」
「……こーすけえ」
こいつに至っては、せんせえ、ですら無いのな。しゃがんで目線を合わせれば、恐らく有馬より一回り二回り小さい手が伸ばされた。涙で潤んで濡れている大きな瞳とか、ぷにぷにのほっぺたとか手とか、お人形みたいに長い睫毛とか、ふわふわの髪も相俟って、本当に幼い女の子に見える。その手を取ると、酷く嬉しそうに笑って、よじよじと膝に登って来た。なんだ、座りたかったのか、ならそう言えよ。
「こーすけ、ほんよんで」
「持ってこいよ」
「や」
「……じゃあ読めないな」
「やなの。おのでらがもってきてくれるもん」
「なあに!」
「うるさい」
「うん!」
名前が聞こえるか聞こえないかの内にブロックほっぽり出して、忠実なわんこがばたばた寄ってきた。二度は言わねえとばかりに俺の胸元に頭を擦り付けて黙ってしまった伏見を見て、俺を見て、何かを探すように周りを見回して走って行ってしまった。両手足使って引っ付く伏見を剥がそうと引っ張ったものの、爪を立てられて痛かったので諦めた。おい夢だろ、痛いってどういうことだ。
しばらく伏見をぶら下げたまま有馬が跳ね散らかしたブロックを片付けたりしていると、小野寺がありったけの本を抱えて帰ってきた。そうか、おもちゃはこの部屋にあるけど本は別の部屋にあるからわざわざ沢山持ってきてくれたのか。別の部屋ってどこだ、とも思ったけどそんなの無視だ、どうせ夢だし。重かったんだろう、よろよろ近づいてくるのを受け止めると、お店みたいに本を広げてにこにこし始めた。
「どれがいいですかっ」
「……ない」
「えっ」
「は?」
「よみたいのない。きらい」
「……………」
なんてやつだ。いや、こいつはこうでないとおかしいんだけど。ぷいっとそっぽを向いた伏見の視界に入る場所へとちょこまか移動しながら、これは?こっちは?と聞いている小野寺がなんだか可哀想で、こっちが泣きそうだ。当也は当也でいつの間に来たのか、小野寺が広げた本から一冊掠め取って黙々読んでるし。喋れよ、我関せずもいい加減にしろ、この根暗。
「いじわるしちゃいけないんだー」
「うるさい」
「うえっ、えっ、え」
「あー!なかした!」
「しらない」
ぼろぼろと床に滴が落ちて、ついに小野寺が泣き出した。泣かした泣かしたと囃す有馬をしれっと無視してる伏見を無理やり引っぺがして床に下ろせば、不服ですと頬に書いてある顔をしていた。今のはお前が悪いぞ、読みたいのがないなら自分で取ってきなさい。そう告げれば、さっきの二倍くらいに膨れた仏頂面で人魚姫の絵本を指差して言った。
「……じゃあ、これにする」
「小野寺が持ってきてくれたんだろ。ありがとうは?」
「……………」
「おのでらあ、くるまであそぼー」
「ひぐっ、ぇう、えええん」
「なくなよー!あかいのかしてやるからさ!」
「ごっ、ごめ、ごめんらさっ」
「なんでお前が謝るんだよ」
「いいよ」
「良くねえよ」
座り込んで本を広げた伏見の隣に、べそべそ目を擦りながら小野寺がしゃがむ。何も解決していないけどいいんだろうか。へんなのー、と至極当然の言葉を残して、本を片手に抱えたままの当也を引きずるように有馬が離れていく。抵抗もせず、ほんとにされるがままなすがままだな、あの面倒がりは。邪魔だとでも言いたげに肘や足で小野寺を退かそうとしている伏見を持ち上げて間に入れば、少し落ち着いたはずの泣き声がわあっと大きくなって俺が小野寺に殴られた。なんでだ。間に入られたのがそんなに嫌か。
「読んでやるから」
「うん」
「どいてよお、うあああん」
「分かった分かった」
人の膝の上でうつ伏せになってばたばた暴れていた小野寺も、いざ話が始まるとぴたりと動きを止めて、絵本の方を見上げていた。子どもが見る人魚姫って言ったらあのディズニー映画になった方の明るいお話なのかと思えば、そんなことはなく普通に人魚姫が泡になって消えるやつだった。伏見らしいっちゃらしいけど。つらつらと話が進む中、二人とも黙って聞いていたかと思えば、小野寺は寝てた。そんなに長い話でもなかったんだけど、ていうか涎垂らすな、冷てえよ。
「おしまい」
「……おきろ」
「へぶっ」
「こら!」
べしんと小野寺の頭を叩いた伏見の腕を掴めば、ぐずりと涙目になったので思わず手を離す。うとうと程度だったのか体を起こした小野寺を膝から下ろして、ほらこいつと遊べよ、と押すと特にそれ以上泣くこともなかったので、胸を撫で下ろした。絵本をその場においたまま、ふらふらと歩いて行った伏見を小野寺が追いかけて、これでようやく子どもがいなくなる。周りを見回して一息吐く。とっとと目覚めさせてくれ、こんな夢散々だ、なんでこんなに疲れなくちゃならないんだ。
「さくちゃんをおわすれかな」
「うおっう」
「さくたろうくんをおわすれではないかな!」
「うるっせえ!」
にゅっと生えてきた茶色い頭を押さえれば、ふうう、なんて子どもらしからぬ溜め息を吐いた。勝ち誇った顔しやがって、床に潰れたままのくせに、なんだか生意気だ。目だけでこっちを見上げて、いじめはんたい、よわいものいじめははんざい、とかなんとかぶつくさ言ってくるのでむかついて手を離す。なんでこいつだけ達者に喋るんだよ、もっと子どもらしくしろよ。
「いいとししたおとこになにいっちゃってんの、おばかさんめ」
「は!?」
「みためがこどもだからってなかみもこどもだとおもわないでよね」
「……なに?」
「だからへぶちっ」
「なっ、に、しやがる!」
顔を近づけてよく話を聞こうとした拍子にくしゃみをされて、仰け反った。鼻水ぐずぐずの朔太郎にティッシュを渡せば、こどもだからじぶんでちーんできません、と突っ返されて仕方なく鼻を拭いてやる。てめえ、中身も子どもだと思うなっつったのはどこのどいつだと思ってるんだ。
「おいガキんちょ」
「だめだめ、きったねえはなふいてやったくせにいまさらがきんちょあつかいなんて」
「……………」
「こうすけはこどもにあまちゃんだからね、こうしてればおこられないってわけ」
縮んだ途端にうざさ濃縮還元かよ、朔太郎の奴。ふふん、と鼻で笑ってこっちを見た朔太郎を持ち上げれば、なにかな、もしかしてたかいたかいでもしてくれるのかな、と無邪気な言葉。そんなわけねえだろ馬鹿め、こいつに限って中身がそのままなら特に子ども扱いする必要もないってことだろ。ちっちゃい体を小脇に抱え直して手を振り上げれば、勘付いたらしい朔太郎がぎゃんぎゃん騒ぎ出した。
「わああ!よくないよ!ぼうりょくはよくない!ないちゃうよ!」
「泣いてみろ」
「かおのわりにこどもにはやさしいのがおまえのとりえだろ!やめとけ!」
「お前がクソ生意気なのが悪いんだろ!見た目考えて口を慎め!」
「ふざけんな、なかみはおとななのにおしりぺんぺんなんかされたらいきていけない!」
「俺の夢だろ!?なんでお前こんな饒舌なんだよ!」
「だれがこうすけのゆめだなんていった!?」
なんだそれ、と朔太郎を下ろせば、わたわたと逃げて行った。少し離れたところからこっちを窺う様子に、もう叩かないから、と手招きすれば案外簡単に寄ってきて、隣に座る。まあおまえがゆめだとおもうならそうなんだろう、おまえんなかではな、とまたうざいドヤ顔で言い放たれて苛ついたので手を伸ばせば、ひゃあなんて言いながら丸くなっていた。よく今の噛まずに言い切ったな、舌回ってないくせに。
「もうわかったからいいよ、こうすけこどもすきでしょ」
「……好きっていうか」
「にがてだったらこまっちゃうからさあ。ただのかくにんだよ、かくにん」
「何の話だよ?おい」
「ところでこうすけ、めいせきむといえどゆめはゆめなわけだけども」
「ああ、明晰夢。思い出した、それだわ」
「ゆめからさめるにはゆめのなかでどうしたらいいとおもう?」
ぎゃるん、と何かが回る音で振り返った。後ろに立っていたのは四人の子ども、それぞれの手には鈍く光る金属が握られていて、あまりに現実味のない光景に息が止まる。金槌、包丁、小型電動鋸、バール、と並ぶそれに思わず後ずさって朔太郎の方を振り返れば、見慣れた身長に戻った彼がにっこり笑っていた。
「大丈夫、痛くないから」

「っ!」
ぜえぜえ荒い息を吐きながら飛び起きて、全身汗だくになっていたことに気付く。なんの、一体何の夢だっけ、すごい目に遭った気がする、でも全然思い出せない、なんだったっけ。ぐるぐるする頭の中を整理することも出来ずにふと時計の方を見れば、起きる時間よりまだ三十分近く早かった。力を抜いてどさりと横になる、全く寝られそうにないけれど。
「……風呂入ろ……」


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