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おはなし



「かんっぱーい!いえー!」
「……まだのくせに」
「うるっせ、半年ちょいしか変わんねえだろ」
なに大雑把にくくってるんだ。六月と三月なんだから、半年どころか一年の内四分の三も間が空いてるじゃないか。一応気を使って小声で言った俺の話なんて、恐らくもう聞こえていないんだろう。ぐいぐい飲んでる有馬を見て溜息をついた。
二十歳の誕生日をきっかけに解禁になるものはたくさんあるけど、やっぱり一番身近で触れる機会が多いのはお酒だと思う。俺は今まであんまり飲んだことなかったけど、誕生日のお祝いにと居酒屋に連れてきてくれた有馬は多分飲酒常習犯だ。悪いやつ、と思う反面慣れてる態度にちょっと羨ましさを感じたり、若干のもやもやもあったりして。ちょっと気にしてたものの、年齢確認はされなかった。というより、店に入る時から有馬がうるさく免許出せよって言ってたから、店員さんも苦笑してたくらいだ。察してくれたんだろう、助かる。
「好きなもん食えよ」
「……油物多いね」
「つまみだし。刺身あるじゃん、俺これ」
とりあえずで頼んだ一杯目とちまちましたおかずは、すぐに無くなってしまった。いっそのこと腹の膨れるものを頼んだ方がいいかもしれない、空きっ腹は酒が回るって聞いたことあるし。横文字だらけの欄と漢字だらけの欄があるお酒のメニューを遠い目で見ていると、面白かったのか笑われた。失礼だな、こっちはなにがなんだか訳分かんないんだよ。両親も量の割にそこまでいろんな種類を飲む人でもなかったし、良し悪しとか知らないし。
「弁当甘いのがいいの?つーか酒ダメそう?」
「別に。なんでも平気だと思う」
「色々試してみ、好きなの見つか、うあ」
「……下手くそ」
「んだよ!お前出来んのかよ!」
枝豆を飛ばして口でキャッチしようとした、ものの失敗して変なとこに吹っ飛ばした有馬がこっちに枝豆を渡す。俺だってそんくらい出来る、多分だけど。有馬は変なとこで負けず嫌いなので、空っぽになるまでひょいひょいと枝豆を飛ばして食べていた。
それからしばらくだらだらと飲んだり食ったりして、お酒があるといつもよりも金かかるんだろうな、なんてぼんやり思いながらそれでも特に遠慮せずに頼んだりして、一時間半は経っただろうか。ふと気づいたら、ほんの数分前まで目の前で普通に座ってた有馬が机に突っ伏してた。気持ち悪いの、と聞けばそうではないらしく、据わった目で起き上がって頬杖をつく。うわ、酔っ払いのテンプレだ。片手で頭を支えて、もう片方は箸を持って、皿に残ったから揚げの欠片弄くってる。とりあえずほっといたけど、食べないならやめろと箸を取り上げれば、ぼけーっとそれを目で追った後もごもごと話し出した。
「……べんとおは良い奴だなあ」
「は?」
「やさしーし、勉強できるし、字はきれいだし、教科書見してくれる」
「はあ」
「ルーズリーフもくれるし、こないだおかしくえ、くれたし、あとー、勉強ができる」
舌回ってねえぞ、酔っ払い。突然どうしたんだと見ていればへなへなと力無く頭がずり落ちて、ねむたい、と一言告げるや否や黙ってしまった。こんなとこで寝られたら困る、一人にするな。
揺さぶりながら声をかけると、またもごもご言いながらゆっくり起き上がって、ほっぺにジャージの痕ついててちょっと間抜けだ。ほっといたらまた意識を飛ばしそうな様子に、もういい時間だし終わりにしようと持ちかけることにした。
「帰ろうか」
「おかんじょお!」
「うん、分かってる」
「財布、俺の、あっ見て弁当、ポッケに五百円玉」
「分かった分かった」
「んー、はっぱも出てきた、あげる」
「いらない」
ごくごくとジョッキの中に残っていた酒を飲み干した有馬が店員さんを呼んだのでてっきりお会計に行くもんだと思ったら、すいませんこれとこれと、と頼み出しやがった。驚いて顔を上げた時にはもう遅くて、にこやかな店員さんは引っ込んでしまって、何してんだお前。
「最後の一杯でふ」
「帰ろうっつったじゃん」
「だって、俺まだ飲みたい、まだまだあ!」
「駄々こねんな」
「にけんめー」
「行かない」
有馬の頼んだ最後の一杯は、飲み足らないと主張する有馬とだんだん呂律も回らなくなってきている様子を怪しむ俺で平行線の話し合いをした結果、俺がもらうことになった。話し合いと言うか言いくるめただけなんだけど、俺の誕生日祝いだ、と思いつきで言ってみたら思ったより効いただけだ。ていうかこれ以上飲ませて吐かれてもやだし。
「たんじょーびだからなっ、なに飲むんだ?これか?こっちもか?」
「さっきお前が頼んだだろ」
「ケーキあるぞ、ケーキ頼むか?」
「いい」
「遠慮すんらよお」
いや、もういい加減これ以上飲み食いしたら有馬の財布に一撃死のダメージだと思う。遠慮というより良心の呵責だ。いくらくらい飲み食いしたんだが分かってないらしい有馬がむにゃむにゃ言いながらまだメニューを眺めているので取り上げた。さっき頼んだのが何だったかはよく聞いていなかったけど、届いたのがまた枝豆だったので、それを与えておくことにしよう。こっちに集中してろ。
「べんとーはさあ、なんでこっちきたの?」
「……特に、そんな深い理由もないけど。何がしたいってのもないし」
「なにそれ!前もそれ聞いた!」
「前も同じこと聞かれたからね」
「おかんに会いたくならねえの?おとんも、犬も」
「ならないわけじゃないけど」
「すげーなあ、ひとりぐらひ」
枝豆もぐもぐしながら言われてもなんの説得力もないけど、珍しくしんみりしてるのでほっとこう。俺は別に、特段すごいことをしてるつもりはないんだけどな。静かになった有馬に目を向ければ、俺きっと妹いなかったら泣いちゃう、とにやにやしていて気持ち悪かった。高校生だっけ、妹。お兄ちゃんこんなんでうざったいだろうな。
追加で頼んだものもみんな片付いて、ぱちんと手を合わせた有馬に習って手を合わす。ひっくひっく、ってさっきからしゃっくり止まんないみたいだけど大丈夫かな。
「ごちそうさまれひた」
「ごちそうさま」
「お金はー、俺がはらいます!」
「そうしてください」
「いっつもいいこの弁当に、ごほうび!おれからの!」
「そうですか」
「ごほーうびー、もっと自分に甘くなってくーださーい」
「え、わ、わあ」
変な節をつけて歌った有馬が、わしゃわしゃと人の頭を撫でてにこにこしていた。お前それ枝豆食べた手っていうか、突然何すんだっていうか、びっくりしたというか、なんかちょっと泣きそうっていうか、嬉しいっていうか。固まっている俺の気も知らずに能天気な笑顔を浮かべている有馬がなんとなくむかついて、頬を引っ張ってやった。うるせえ馬鹿、なんも知らないくせになに言ってんだ。優しいとかいい子とか自分に甘くなれとか、そんなこと言うくらいならちょっとはこっちの気持ちも察してみろ。こちとらお前と二人で飯食うのだって未だにどっかで緊張してんだ、この馬鹿、鈍感、このまま一生気づいてくれるな、頼むから。
「い、いふぁ、ふぁひふんら」
「……もう一杯だ」
「はえ、ほんろに?」
「お前はお茶でも飲んで頭を冷やせ」
「んええ」
俺も飲みたいとか言ってるんだろうけど、無視だ。奢りだって言うんだからもう一杯くらいいいだろ、今度またノートもプリントも見せてやるから。せめて俺が一杯飲み終わるまでの間に、もう少しでいいから酔いを冷ましてくれないだろうか。
頭の方に血が上ってる感じがする。これが酔っ払ってるってことなんだろうか、それともそうじゃないのか、お酒なんて飲んだことない俺には分からないけど。


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