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戦争ごっこ


乾いた声で笑った弁当が、だって俺負けるの大っ嫌いなんだ、なんて口にしたのをトリガーに、氷の針が有馬に向かって一斉に放たれる。それが刺さるより一瞬早く、どさりと背後で音がして、本物の有馬が戻ってきた。ゲートが閉じて取り残された有馬が、落下の衝撃を殺すクッションに体を半分埋めたまま叫ぶ。
「あー!うあー!今回は!勝てるかと!思ったのに!」
「うるせ」
「やーい、負け犬」
「んだとこら!伏見やるか!?」
「悔しいよねえ、自分で退避選択するのって」
近距離での殴り合いならそうそう負けることはない癖に、頭がよろしくないせいでしょっちゅういろんな相手に罠にかけられては強制退避を選択せざるを得なくなる小野寺が、訳知り顔で頷く。まだじたばたしてる有馬のすぐ横にかすかな機械音を立ててもう一つゲートが開いて、弁当が落ちてきた。どうも俯せに落っこちたらしく、こもった痛そうな声がしたけれど、大丈夫だろうか。あれだけ派手にぱかすかやった人間と同一人物とは思えないとろさだ。
「わぶっ」
「弁当てめえー!」
「うわ、あ」
「……有馬って当也に勝てたことあったか?」
「どうだったかなあ」
「相性悪いんだろ、能力的にも」
「そっか」
『ふっしみくーん!やっほー!聞いてるー?あなたのさくちゃんだよー!』
「……熱烈な通信だな」
「……………」
生身でぽかぽか叩かれている弁当を横目で見ながら、通信をぷつんと切る。隣の戦闘室からだ、回線開けてないのにどうして繋がるんだよ。有馬から見て弁当の能力は相性が悪いのと同じく、俺から見てさっきの通信相手の能力もものすごく相性が悪い。出来ることなら、関わり合いになりたくない。そんな願いも虚しく、何故か緊急通信の回線まで使ってもう一度繋がれた。しかも今度は画面付き、なんてサービス精神旺盛なんだろう、目の前が真っ暗だ。ぶんぶん手を振る姿に、何となく目を逸らした。ほんと苦手なんだって、怖いんだもん。
『伏見くんがさあ、二十人勝ち抜いたら模擬戦してくれるっていうからさ』
「……そんなこと言ったのか」
「あまりにしつこかったから……」
『だからがんばっちゃったよ!あとちょっとで二十人だから、そしたら模擬戦しようね!』
「うわ、ほんとだ。朔太郎すげえ」
「……………」
「……止めてきてやろうか」
「……お願いします……」
はあ、と溜息をついた航介が、隣の模擬戦闘室へと向かう。敢えて通信を繋ぎっぱなしにしていると、次の対戦者がログインしました、なんて聞き慣れたアナウンスが響いて、ゲートが開く。どんな相手でも蹴散らしちゃうぞ、見ててね伏見くん、とにこにこしながら振り向いた朔太郎が、低い声で唸る。
「……こーおすけー……」
「おう」
「お前、隣の戦闘室予約取ってあるでしょ!だから俺こっちでやってるのに!」
「まあまあ」
御託は抜きにして最初から全力で行こう、とゲートを閉じた航介に、朔太郎が眉根を寄せる。あと一人で二十人だ、航介を倒せたら俺と戦えるんだからやるしかないだろう。多分彼は俺と戦いたいわけじゃなくて、俺があまりに普段から朔太郎を避けるから、模擬戦でもなんでも利用して関わりたいだけだと思う。
俺の能力は毒だ。基本的に何でも御座れ、どんな毒でも取り揃えている。弁当と同じく、俺も基本的には遠距離の射手なので、それに絡めて応用を効かせ、相手を戦闘不能にするやり方が多い。それに対して、朔太郎の能力は重力操作だ。ただ、そう一口に言っても使い道は無数で、まるで魔法使いだと称されているとか。地に描いた円の中に短距離のワープゲートを作ったり、手のひらサイズの球体に科学反応を起こす薬剤を込めて圧縮したり、魔法のように思えるそれらは全て計算づくの重力操作から成り立っている。ただ、どこぞの氷遣いのようにぶち抜けた処理能力があるわけではないので、並行して様々なことはできないんだとは本人談だけれど、それだって本当かどうか知れたもんじゃない。俺の戦術の裏をかけるその力は、こちらからしたら脅威でしかない。毒を込めた矢は強めの重力で根刮ぎ撃ち落とされるし、近寄られないように煙幕を張っても圧縮されるし、肉弾戦となっても動きを封じられる。処理能力の限界を誘うやり方だって、以前しょうがなしにやりあった時試してはみたけれど、結局捕まって強制退避の前にしこたま撫でられて摩られて匂い嗅がれて、超怖かった、すっげえ気持ち悪かった。だからもうほんとにあの人とは模擬戦したくないんだ、頼むから航介が勝ってくれ。
「……朔太郎と航介?」
「そう」
有馬の手を掻い潜ってモニターの前まで来た弁当が、ぱちぱちと瞬く。航介の勝ちでしょう、と呟かれた言葉に、絶対?本当?と食いついてしまった。
航介は珍しいタイプで、特性を幾つか持っている。それぞればらばらに、水、雷、風の三つだ。複数属性のやつはそれを上手く組み合わせて力加減するのが普通なのだけれど、航介は掛け合わせで頭を使うのを面倒がることが多いので、どかどか使って地形ごとぶっ壊し、疲れてきたら肉弾戦、とかいう変則的な戦闘スタイルを用いる。だから、どかどか使う段階で朔太郎の処理能力を軽く越えることができる。せっかく頭良いのに、その戦い方のせいで航介が軽く見られるのが、俺は少し嫌だ。自らの周りに風を巻き起こした航介が浮かび上がって、空が暗くなった。お得意の大嵐だよ、と弁当がぼやいて、朔太郎が構えた。
「いくぞー、死ぬなよー」
「よくもまあ、他人事、っうわわ」
どぱん、と津波が押し寄せて、朔太郎を飲み込んだ。重力操作で自分の周りに水が満ちるのを防いでいるらしい朔太郎を見て、うーん、と首を傾げた航介がふよふよ飛ぶ。海を割るのはモーセの十戒だったか、そんな感じで辺り一面水で埋まる中に取り残された朔太郎が、ぐ、と少しずつ航介の方へ近寄ろうとして、上を仰ぎ見た。
「あっ、やべ」
「気ぃ抜き過ぎだ、馬鹿」
轟音と共に、一筋の雷鳴。朔太郎目掛けて一直線に落ちたそれは、辺りを巻き込んで水柱を立てた。水が電気を通して、ぱりぱりと小さな音がする。ほら見ろ、朔太郎も毎回同じようにやられてるじゃないか、と呆れ顔をして弁当が呟いた。こきこきと肩を鳴らしている航介の残る擬似戦闘室に、十九人抜き達成のアナウンスと、敗北の旨が流れる。やった、助かったぞ。
「伏見、勝った」
「ありがとー」
「勝ってやったから、俺とやろうぜ」
「……航介ならいっか……」
「いいなあ、俺も誰かと模擬戦したいな」
交換条件、にしては提案が遅いけれど、航介とやるのは楽しいからいいかと受け入れる。羨ましがる小野寺が、閃いたとばかりにこっちを見て、それが終わったら俺ともしようよ、なんて言うので首を振った。
「やだ、お前勝てるとなると俺のこと食べようとするんだもん」
「だってえ」
「なあ弁当、もう一戦」
「……今日は疲れたから嫌だ」
「わああ!航介のばか!ちょっと今の見てた!?ひどくない!?」
「いいとこに来た、朔太郎、俺と模擬戦しよう」
「えー、俺も入れて」
「ならチーム戦の防衛任務にしようぜ、最近ポイント足んねえんだ」
「有馬くんと小野寺くんと俺じゃ近距離に偏り過ぎじゃない?」
「おーい、伏見、来ねえのか」
「ん、今行く」


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