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戦争ごっこ



「いやあ、弁当と模擬戦なんてひっさしぶりだなあ」
「……そうだね」
スピーカーから聞こえてくる声は二人分。片方はうきうきで、もう片方はげんなりだ。大きめの画面には、愛武器である荒い作りのハンマーを肩にかけて、感覚を確かめるように飛び跳ねる有馬一人が写っている。まだ通信が繋がったままだからお互い話が出来ているものの、もうとっくに弁当は何処かへ隠れてしまったのだろう。攻撃パターン的に、弁当は相手に見つかったらそこが最後なので、これも見慣れた光景だ。擬似戦闘室を二人が使っているせいで順番待ちの俺やら小野寺やら航介やらが、ぼんやりこっち側で画面を見ている。使用時間の設定はされていないので、こちら側からお互い準備が出来たかを確認して開始の合図を出さないとならない。マイクの電源を入れて呼びかければ、カメラの位置を知っている有馬がこっちを向いた。
「そろそろいい?」
「俺はいいよ、弁当は?」
「平気」
「じゃあ、通信切るね。離脱で決着、他はいつも通り」
「はいよ」
状況に似つかわしくない位間延びした有馬の声を最後に、通信が切れる。とは言っても、あっちが切れてるだけでこっちからは呼びかけようとすれば出来るし、二人の声だって聞こえてるけど。ごとん、とハンマーを下ろした有馬が、恐らく廃屋のどれかに身を潜めているであろう弁当を探すように首を巡らせて、息を吸った。
現実世界からかけ離れた、ファンタジーじみたこの仮想世界が流行り出したのは、いつのことだったろう。それぞれに特性とスタイルが持てる、自分の努力次第でいくらでも相手を負かせる、このダイナミックな喧嘩みたいなゲームは、別に何の足しにもなりやしないけれど楽しいっちゃ楽しかった。痛覚伝達を切っておけば例え怪我してもそこまで痛いわけじゃないし、死ぬような傷を負ったって本当に死ぬわけじゃない。その不謹慎な程のお手軽感も、癖になる理由かもしれなかった。そして仮想現実と言えど現実の性格は反映されるもので、だってプレイヤーを置いてきぼりにキャラが動くわけがない。強みも弱みも、現実の自分を基盤にしたものだ。そこばっかり嫌に現実味を帯びていて、そのおかげで俺たちは現実を忘れずに済んでいる。
もっぱら近接戦闘に特化した有馬は、あの荒っぽい削りの初期武器と、薄っぺらいこれまた初期装備の防御力で、がちがちに固めた鎧を力任せに剥いでゴリ押しで勝利を収めたことが何度もあるんだから、笑えない。幸運なんだか向こう見ずなんだか、恐らくは多分ただ何も考えていないだけだけど。振り回しやすいハンマーや大剣を好む有馬は、動きやすさを重視するがために防具を弄らない。そのために本人の身体能力に攻撃力がかなり付随していて、防御力はあの経験値と勝利率に対してものすごく低い。スピード重視の防具だってちゃんとあるのに、それには目もくれない辺り、何を考えているんだか。身体能力の引き上げはしているらしく、現実じゃ有り得ないくらい跳んだり速かったりもするから、せめてそこくらいは弄ってくれてて良かったとこちら側が安心するレベルだ。
初期装備の、防具にもならない防具に身を包んでいる有馬が、大きく吸った息を一瞬止めた。あいつの特性は音だ。声での広範囲破壊、波長での居場所特定、相手の聴覚無効。咄嗟にスピーカーの音量をぐっと下げたものの、察したらしい航介がぱっとモニターのこちら側でも耳を塞いだ。兎にも角にも、奴が声を使うとうるさいのだ。
「うわ」
「うるせ」
「……これマジで、直で聞くと一瞬意識飛ぶ」
「小野寺は聴覚特化だからな……」
過去の模擬戦を思い出して肩を落としている小野寺に、航介が頷く。小野寺は、特性の炎とはまた別に元々五感に優れているので、聴覚や視覚に訴えかける攻撃に弱いのだ。こいつもレベルを上げて物理で殴れって感じのスタイルだから、有馬とやりあったら大概の場合途中からただの削り合いもしくは殴り合いになる。弁当は聴覚に優れているわけでないけれど、それでもあれをもろで食らったら機敏には逃げられないはずだ。
爆音で廃屋をいくつかぶち壊しつつも弁当の位置を特定したらしい有馬が駆け出す。定点カメラで追いきれない速度まで一気に加速した有馬が、重力を無視しているかのような走りで二つ三つ建物を飛び越えて、降り立った屋上で間髪入れずにハンマーを振りかぶった。せえの、と小さく掛け声が聞こえたと同時、振り下ろされたハンマーが天井を砕き鉄骨を折り、屋上からの入室。そりゃあ下から上がるより余程早いけれど、あんなに乱暴な登場あるかよ。がらがらと崩れ土煙が上がる中、横殴りに得物を振って視界を払った有馬がもう一度返し刀でハンマーを振るった。
「お、ろ?」
「あれ?」
「いねえじゃん」
有馬の間の抜けた声の一瞬後、土煙が晴れてカメラの映像が鮮明になる。他人事のオペレーションルームでも、今日は早かったなと目を細めていた航介が首を傾げた。
有馬が振るったハンマーは確かに獲物に当たっていたけれど、それは弁当ではなかった。硬質な音を立てて、氷の花がゆっくりと開く。恐らく弁当は確かにそこに隠れていて、有馬に居場所がばれたことを察して氷の蕾を残してここを離れたのだろう。そして、刺激を受けた蕾が開いて、弁当はもう既にもぬけの殻というわけだ。ゆったりと開いていく氷の花は、光を受けて瞬いていて、こんな状況であっても見惚れてしまう程に綺麗だった。それは現地にいる有馬も同じようで、花を見上げながらもじりじりとハンマーを引き、一歩下がろうとして、足を止めた。
「あっ、れ、っ」
有馬の引きつった半笑い気味の声、要はやばい時に出すそれをマイクが拾って、俄然興味深気な小野寺がかちかちとカメラの倍率を操作する。ズームされた有馬の足元は、徐々に大きく開いていく氷の花を中心にぱきぱきと凍りついていて、地に触れている靴底が張り付いていることは勿論、そこから段々と霜に侵食されているようだった。そんな内にもう既に膝下の自由は奪われているようで、踏み出そうとする仕草はあるのに薄い氷に覆われた有馬の足は持ち主の言うことを聞かないままだ。成る程、見つかりたくないなら相手の動きを封じてしまえばいい、と。吹けば飛ぶような体力値に比べて、氷を操る能力の性能が段違いに高い弁当だから出来る荒技だ。普通だったら、見えない距離にいて尚且つあれだけでかい氷を操り切ることなんて出来やしない。いつの間にか広範囲に渡って凍りついた地面と有馬の靴底はすっかりくっついてしまったし、その上の太もも辺りまで氷の膜が張っている。あれだけ急速に付近一帯の気温が下がればいくらあの馬鹿と言えど寒いようで、白い息を吐きながら身を震わせてハンマーを振り上げた、その手が撃ち抜かれた。
「あいって!」
「当也どこにいるんだ?」
「B6の西。こっちカメラ切り替えられるよ、ほら」
「おお、超遠距離」
「つーか何で見えてんだよ」
最初に潜んでいたであろう場所からかなり離れた位置に弁当はいた。もう隠れている余裕はないんだろう、逆に姿を隠しながらあの遠距離射撃を成功させたのなら化け物だ。ビルの屋上では高さが足りないらしく、氷で足場を作って高台から有馬を狙っている。構えた手元には大小様々な銃を象った氷像がいくつか、目の前には精巧に作られた望遠鏡が据えられている。有利にあるにも関わらず表情が硬いのは、これだけの量を操り切るのが相当にきついからだ。眉根を寄せて一息ついた弁当が宙に翳した左手が、何かを描くように動く。ぱき、と音を立てて何もない空間に生み出されるのは、巨大な砲台だった。弾き飛ばされて地に落ちたハンマーまで、有馬の手は届かない。氷で縛り付けられた足を見下ろして、今しがた自らの手を撃ち抜いた氷の弾丸が飛んできた方向を見遣った有馬が、白い息を吐く。
弁当の特性は氷だ。空気中に含まれる水分を用いることで、彼が思い描いたものは氷像としてなんでも生み出せる。銃の中に込められたのは氷の弾丸、地中に埋め込まれた花の種子が開けば氷の花弁。それを基盤として、遠隔操作で自らが生み出した氷付近の温度を下げることも可能なのだから、ほとんどチートだ。ただ、弁当本人の肉体能力を反映してか体力はないので、肉弾戦に持ち込まれると弱い。ものすごく弱い。だから、彼はどうしようもなく遠距離狙撃手なのだ。それに、処理能力には限界があって、それを超えた数は操りきれないらしい。ただ、そうなることは本当に稀だ。以前弁当と模擬戦をした時に、散々暴発させて無駄骨を折らせて、もういい加減限界だろうと高を括ってからかっていたら、涙目になりながら馬鹿でかい氷塊を投げつけられて強制退避させられたことがある。今だって辛そうな顔はしているものの、有馬の付近一帯を遠隔で凍らせて動きを止め、自らの周りに射撃場を拵えて、とどめを刺すための砲台を用意したくらいじゃ処理能力の半分にも満たないのではないかと思う。だってあいつ前に航介と模擬戦した時、擬似戦闘室をさながら海上にいるかのような状況に作り上げた相手に張り合って、それ全部凍らせた上で銃撃戦繰り広げやがったんだぞ。戦闘室中凍らせて吹雪かせられる奴があのくらいで音を上げるわけがないだろう。持ちうる力が強過ぎるためか、弁当の髪はメーターになっているので、氷の使用量に即して銀が混じる。普段より少し多め、という程度までしか銀髪が増えていないのでまだ余裕があるはずだ。氷塊を弾として込めた時点で、髪がまた一房ぱきんと凍りついた。
「……しょうがねえなあ」
「ごめんね、痛かったら」
ぼそりと呟いた有馬が動いたのと、狙いを定めた弁当が申し訳無さそうに声を漏らして引き金を引いたのは、同時。轟音と共に放たれた氷塊が、欠片を弾き飛ばしながら真っ直ぐに飛んでいく。あんなの食らったら一発で強制退避だ、その時点で負けは決定する。弾の重みと発射速度のせいで先を尖らせてどんどんえげつない形になっていく氷塊に、痛かったらごめんっていうかあんなん刺さったらそりゃ死ぬほど痛いよ、勝負事になるとほんと容赦ねえなあ、と内心で思っていた内に、有馬が消えた。
残されていたのは、地に凍りついた靴と、足首から下、だった。
「いって!痛覚緩めといて良かった!やっべえ!ははは!」
「……有馬のやつ、足ちょん切りやがった」
「あのハンマーって追尾機能ついてた?」
「つけたんだろ、今日のために」
「馬鹿にしては考えたじゃん」
げらげら笑いながら、自らの手で足首から下を切り離した有馬が、ホバー移動のオプションをいつの間にか付けて改造したらしい愛武器にぶら下がって空を飛ぶ。足切りに使ったのは恐らく氷だろう、ゲームだから血の代わりに黒っぽい煙みたいなのを撒き散らしている。あの黒い煙が許容範囲外まで排出されたら本人の意思に関わらず強制退避だ、有馬に残された時間はそんなに長くない。
ぐるん、と腕の力でハンマーに跨り直した有馬が、大きく息を吸い込んで、遠吠えのような声を出す。位置特定、並びに聴覚に直で思い切り影響を及ぼすその声に、有馬を倒しきれてないことに弁当もようやく気付いたようだが、少し遅かった。氷塊を撃った後、恐らくは自らの処理能力オーバーを避けるために、氷像の砲台をばらばらに崩してしまったせいで、有馬が逃げたことを察知できなかったのだろう。脳を揺さぶられる程の爆音に、ふらりと体が傾ぐ。足場の氷が減し割れて、地響きと共に崩れるそれと共に、まだ意識が揺らいでいる弁当も足を滑らせ体勢を崩した。猛スピードで空を切って近づき、飛び降りたハンマーを翳した有馬が勝ちを確信して笑う。
「くら、えっ」
「っ、」
目を閉じた弁当が身を竦ませて、その頰に氷の欠片が生まれた。一瞬で範囲を広げたそれは、有馬の得物が当たるより前に弁当を包み込んで、防御体勢を取る。氷の重みで急速に落下したそれは、地面に陥没しながら着地して、尚も形を変える。ハンマーをぶん回してしまったせいで飛行が不安定になった有馬が、ぎゃん、なんて変な声を上げながら落っこちた。綺麗な球体になった氷の塊の中に弁当はいるらしく、少しぼやけた声が辺りに響く。
「……おー、初めてできた。総防御」
「あっ、ずりいぞ!お前今やられるって顔したろ!」
「だってできると思わなかったから。ていうかまだ強制退避しないの、有馬体力どうなってるの」
「あとちょっとしかねえよ!ほら!出てこい!そんなん壊してたら俺が持たねえ!」
「いやだよ、そんなので打たれたら痛いじゃん」
だから今日は俺の勝ちにしよう、とすっとぼけた弁当が守られている球体の周りに、ばきばきと氷の結晶が浮き上がる。総防御に重ねてフルバーストで攻撃って、どれだけの処理能力使ってんだ、あいつ。円柱形だったそれは、数が揃うにつれて先を尖らせ、鍼状になっていく。ひくりと頰を引きつらせた有馬が、愛武器に手を掛けたものの、勿論そんな事はお見通しだと言わんばかりにそれも撃ち抜かれ粉々になった。
「あー!俺の!カスタマイズ高かったのに!」
「自分で選んで強制退避すれば勝手に直るでしょ、負けたら直んないけど」
「うぐ……」
「負けを認めてくれたら、撃たないよ?」
「ばか!鬼!」
「ははは」

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