このサイトは1ヶ月 (30日) 以上ログインされていません。 サイト管理者の方はこちらからログインすると、この広告を消すことができます。

ありがち異世界転生





「おつかれさまでーす!」
「お疲れ様」
「うまい」
「なに?それ」
「わかんない」
「は?怖」
「べーやんべーやん会いたかったよお!」
「ぁう、う、おれも」
騎士団の拠点から出てその足でギルドに行き、勇者パーティーの更新をしてきた。なんだかんだどらちゃんの加入もしてなかったから、それもついでに。そこで分かったのだが、どらちゃんの言う「俺レベル低いから」がマジで嘘偽りなく看板通りの低レベルだったのである。俺は42レベル、ぎたちゃんが40レベルってことはもう知ってて、べーやんは流石と言うかなんと言うか、あの騎士団に在籍していただけあって破格の高レベル帯だった。94て。俺とぎたちゃん合わせても足んないじゃん。すげーすげーって盛り上がって、でも攻撃魔法はほっとんど使えないから…としおしお小さくなったべーやんからどらちゃんに顔を向けたら、普通の顔して見てたギルドカードに「19」って書いてあったから、思わず口が開いた。本人曰く、魔術の理解にレベルは関係ないし盗賊団にいた間は外に出て戦う機会もない、なにかあればレベルドーピングでなんとかなる、高出力の魔法を閉じ込めた道具があれば更にどうとでもなる、そうだが。いくらなんでもこれでは格差が酷すぎるので、重点的にどらちゃんのレベル上げを頑張らないとね…という方向で明日からの計画は固まった。そんで夜ご飯食べに来て、4人揃ったのが嬉しくっていっぱい頼んじゃった。いいよね、ぎたちゃん全部食べるもんね。がやがやした周りの雰囲気も手伝って、お酒も料理も進んだ頃。
「あ、そうだ。ベースくんに後でやってほしいことある」
「ぁえ、え、なに……?」
「遠隔操作魔法の発動。術式は組んであるから後で体だけ貸して」
「う、うん」
「そいえばりっちゃん、団長さんとなに話したの?」
「あー俺もそれ気になってた!あんな心変わりすんの不思議だなって」
「なんか魔法使った?」
「うん」
「やっぱり……」
「セコ」
「えっ、でも、団長が言ってたんだけど、武器も魔道具も持ち込めないように結界張って話し合いだけするんだって……」
「そうだよ。まあそりゃそうするだろうと思ってたけど、あれ騎士団の拠点にも張っときゃいいのにな」
「そっ、れは、うん、ドラムくんがあの、あんなことしたから、そうすべきだって声が上がってた、よ……?」
「気づけて良かった。良いことしたな」
「心の底から言ってるの怖すぎでしょ」
「で?なんも持ち込めないのになにしたの」
「なにって。スキル持ってるだろ。あれでちょっと頭弄ったんだよ」
「スキル?」
「……えっ、ギターくんとボーカルくん、知らない……?」
「うん」
「なんそれ」
「……あのね、」
があん、って顔をしたべーやんが、気を取り直して教えてくれた。転生者はそれぞれ三つ、スキルを持っているらしい。パッシブで常時発動するそれは、レベルによって強度が上がっていく。魔法の効果で生まれてる物じゃないから、強化解除も効かないし、純粋に強い。ギルドカードに書いてあるよ、とべーやんが見せてくれた。ほんとだ。
「あれっ?俺一個未解放になってるやつがあんだけど」
「そういうのは、レベルが上がったり、特定のダンジョンに行くと解放されたりするよ。俺のフレンドガードは、初めて騎士団に同行して戦闘に出た後解放になったから……」
「で、俺のはほら、確率魅了があるだろ。だからこれ使った」
「それ使うとなにがあんの?」
「んー……要は精神攻撃の一種っていうか。まず最初に、憎たらしくて最低な奴って印象を強くつけておくだろ。それからレベルドーピングでスキルを高出力にして、感情を反転させた。嫌な奴であればあるほど大好きで尊敬してたまらなくなる、吊り橋効果とかそんな感じ?向けられてる感情がデカいと魅了のベクトルも比例することは、盗賊団にいた時に実験して知ってたし」
「よう分からん」
「でも酷いことしてるんだよね?」
「……そ……そんな使い方、考えたこともなかった……」
「ほら。べーやんが引いてる。ドチャクソ酷いことしてるぽいぞ」
「いいだろ、結果オーライなんだから。お嫁さんになるのが夢だったって言ってたし」
「誰が?」
「団長」
「えっ!?なにしたの!?」
「今話しただろうが」
べーやんの顔が青い。どらちゃんの魔法の捉え方、やっぱりなんか違うよな。だからいろんなの思いつけたんだろうけど。ベースくんが来てくれないと俺としても困るから、とにっこり肩を叩いていたので、もう深く突っ込むのはやめた。

みんなで宿屋に帰ってきて、俺はちょっと酔っ払って気分良かったから散歩に出てきた。街からそんなに離れなければ、モンスターも湧かないし。星空がこんなに綺麗に見えることってないよなあ、と思いながらぼけっとしていたら、背後で土を踏む音がして、振り向いた。
「ぎゃっ、なっ、ナズナちゃん」
「……馴れ馴れしくちゃん付けで呼ばないでくれます?」
「い、今俺なんもできないよ!あっ、べーやんのあれは団長さんがなんかめっちゃすげー約束したから俺のことボコしてもべーやんはそっち戻らないから!」
「知ってます。わたしが今から貴方のことをぶん殴るとしたらただの気休めですね」
「……え、殴ったり蹴ったりしないの?」
「しませーん。か弱い女の子相手になに言ってるんですかあ?」
木の影から出てきた赤茶の髪につい腰が引けたが、腰の短剣はなかったし、エプロンになにか隠しているようでもなかった。ひどい勇者様ですね!と隣に腰を下ろされて、とりあえず俺も座った。
「どしたの。あっ、体大丈夫?」
「……あの男はここにはいませんよね?」
「どらちゃんのこと?うん、いないよ」
「……はあ……」
「……なんかごめんね……?」
「どうして謝るんですか?貴方の差金なんですか?」
「違うけど!?」
「でしょうね。あの魔法、緻密に組まれすぎていて全く解読できなかった。どこの大魔道士様が組んだんだか……」
ふう、と溜息をついたナズナちゃんが、はいこれ、と俺に何かを手渡した。恐る恐る受け取ると、ちゃり、と金属が鳴った。なんだろ。ブレスレットみたいな?
「団長からです。渡しそびれてしまった、と。貴方に付けていてほしいそうですよ」
「なあにこれ」
「……騎士団、というか団長へ直通の、緊急通信具です。本当にピンチの時にだけ使ってくださいね。一回限りなので」
「ふうん?」
「ほんとのほんとにヤバい時は、団長が助けに来てくれるってことですよ。どう使うのかはわたしも知りません。それ、あそこのお城に置いてあるのと同じものですよ」
「えっ!?」
「はーあ。なんでこんなざっこい勇者様に、目をかけてあげるんだか……フウマさんに持たせるならまだしも……」
なんかすげえもんもらっちゃったっぽい。不満げな声を漏らしていたナズナちゃんが、気づいたらこっちを見ていた。じいっと上から下まで眺められて、また溜息。なんだろう、顔になんか付いてた?ほっぺに食べかすとかだったら恥ずかしいな…と思ってぺたぺた触っていたら、ぷいとそっぽを剥いたナズナちゃんが口を開いた。
「……暇が合えば、稽古をつけてあげてもいいですよ」
「なんの?」
「戦闘シミュレーションです!貴方なんかよりわたしの方がずうっと経験あるんですから、先輩として鍛えてやろうって言ってるんです!」
「え、いいの!?ありがと!」
「いいですか、貴方があまりにも、勇者のくせに貧弱で可哀想だからなんですからね。体の使い方から叩き込んでやりますから、お覚悟なさって下さいね」
「うん!いや俺マジで困ってたからさあ、どうやって戦うのか教えてもらえんの助かる!」
「……………」
「ん?」
「……わたしがそうやって言って、貴方をボコボコにすることでストレス発散でもしようとしてたら、どうするんですか……もっと人を疑いなさい……」
「え?そうなの?」
「違います!そんなみみっちいことしません!あの男じゃあるまいし!」
フウマさんがいる勇者パーティーの筆頭が弱っちいだなんて絶対に認めないんですからね!と叫んだナズナちゃんが走って行ってしまった。ふむ。助かる。

「いだだだだ!」
「もうちょっと出力上げらんねえのかボケカス」
「ごめんなさいごめんなさい!」
「え?暴力?」
「あ。ボーカルくんおかえりー」
宿屋の部屋に戻ってきたら誰もいなくて、裏の広場にいますーって書き置きがあったから来てみたら、どらちゃんが現行犯逮捕だった。ばちばち火花みたいなの散ってる中にべーやんが立ってて、周りが薄赤く光っている。なにかしらの魔法を使っていることは分かるんだけど、どらちゃんが少し離れたところから「もっと安定させて」とか「ふらふらするな」とか指図していて、ぎたちゃんはなんかもそもそ食べてて、べーやんが悲鳴を上げていることしか分からん。なにしてんの。
「キキョウと通信できるようにしようと思って魔術回路を開けてもらってる。ベースくんの頑張りが足りないからなかなか開ききらない」
「めっちゃ痛そうだけど」
「負荷掛かってるからな」
「どらちゃんやったら?」
「俺のレベルじゃ無理だからやらしてんの」
「俺手伝える?」
「魔力ゴミのボーカルくんには無理」
ですよね。ぎたちゃんがなんか、サンドイッチみたいなのを食べているのも、最初は手伝ってたけどすっからかんになったから補給中なんだそうだ。杖に縋るようにして足ガクガクしながら立っているべーやんが、踏んづけられた猫みたいな声をあげた。どらちゃんが聞く耳持つわけないけど。
「あとちょいでダウンロード終わるだろ」
「っぎ、も、っもう無理、無理です許してぃだっ、痛い痛い!」
「ゆっくり10数えたら終わるから」
「いっ、いーち、っにー、い」
「よーん、はーち、なーな」
「さー、ん、あだっ、さーん、あれ、っふぎゃあああ」
「ひどい……」
「どらちゃんてべーやんにはなにしても良いと思ってない?」
「心外だな。こんなに大事に思っているのに」
「あっ終わります!終わります開通、うわあああ」
「うるせえな」
「キキョウちゃん!」
『おう!ずいぶんとかかったな!ちゃんと4人でやったのか?』
「うん」
「……えっ……」
「秒で嘘つくじゃん」
一人の頑張りを一瞬で等分にされたべーやんがショックを受けている。そりゃそう。べーやんを見つけた時の魔法と似た物なのだろうか、ホログラムのキキョウちゃんが魔法陣の上に現れた。この人一人でやりました、と正直にべーやんを指さしながら教えると、俺の言葉にぽかんと口を開けたキキョウちゃんが、地団駄踏んで怒り出した。
『てめえ!なんでワガハイの言うこと聞かないんだよ!それが趣味なのか!?最低だな!』
「四人目が揃ったら受信できるように開けるってちゃんと言ったろ」
『だからワガハイは四人でやれって言っただろーが!どうりで遅いはずだ!通信だけならまだしも、転送魔法陣ごと送ってるんだぞ!そいつ死んでないか!?』
「レベル高いから大丈夫。騎士団様のお抱えだったわけだし」
『騎士団?あー……今王都にいるなら、モミジんとこの?へー、オマエの仲間そんなとこにいたのか』
「知り合いなの?」
『ワガハイ何年生きてると思ってるんだ?モミジなんかがきんちょの頃から知ってる』
「あ。キキョウお前、地図まで送るなよ。だから重くなるんだろうが」
『はー!?オマエが持ってるのと同期するだろうと思ってわざわざつけてやったんだ!感謝しろよな!』
「地図俺ら持ってんよ」
『違くてだなー、ワガハイが魔王軍を探知して遠距離迎撃してるだろ?その探知を共有してやろうって話をしててだな』
「遠距離迎撃!?そんなことしてたの!?」
『そうだぞ!ワガハイは強いからな!』
えっへん!と胸を張っている。基本は小さい女の子なのでかわいい。探知っていうか、進路を予測できる、それはそもそも迎撃のため、みたいな話はしていたけれど、遠距離迎撃だったのか。キキョウちゃんの身の上を考えたら当たり前かもしれない。どらちゃんは当たり前みたいな顔で、いやデータだけ送るとかしろよ…とぶつくさ言いながら自分の地図を弄っているが、俺らより魔法のことに詳しいべーやんの目がきらきらしているので、おそらく本当にすごいことをやっているのだろう。オマエ一人でがんばったな!きつかったろ!とキキョウちゃんに話しかけられて、すぐ首を横に振って小さくなってしまったが。人見知りって、小さい子にも発動するんだね。
『あ。今な、東の砂漠に悪霊軍が湧いてるんだ。人のいるところに到達する前に削っておこうと思ったんだけど、見にくるか?』
「えっ!行けるの?」
『おう。転送魔法陣を仕込んであるから、探知先まで飛べるぞ。ただそうだな、オマエたちじゃすぐ消し炭になって死んじまうから、ワガハイの後ろから出ちゃダメだぞ』
「俺も戦うよ!」
『いやいやあ。見学だけにしとけって。マジで死ぬから』
「……今からじゃなくてもいいだろ……」
『今行かなくていつ行くんだよ!幽霊は夜元気になるもんだって相場は決まってるだろ?』

そして。
「月でっか」
「え?こんなもんじゃない?」
「りっちゃんまともに外出たことないでしょ」
「あるわ」
「こんなもんだよねえ?」
「そ、あの、現実の空と違うなって思ったことは、あるけど……」
「ほら。俺が正しいだろ」
「こっちに来てからはこんなもんだろって言ってんのお」
「外出てなかったから分かんないんだよ」
「え?俺それゆったじゃん」
「そんなもんかなあ」
転送魔法陣で一瞬だった。ここに乗れーってキキョウちゃんに言われて、ぶわってなって目を閉じて、開けたら一面の砂漠地帯だった。すげえ!って前に進もうとしたら、目に見えない壁みたいなのがあって思いっきり額をぶつけた。ここから出るな、が分かりやすくてよろしい。
差し迫る脅威が今のところないので、わやわやとどらちゃんやぎたちゃんと喋る。おろおろしてたべーやんに焦ったように肩を叩かれて、振り向いた。
「ん?」
「っこ、これ、どっ、なにこれっ」
「……でっ……かいな……」
見上げた先には、ものすごいでっかい人?がいた。よく見たら俺たちがいる場所もでっかい人の手の上だったし、それ自体が既にぎたちゃんのばっちんの手よりさらにでかい。目を閉じている彼女にどこか見覚えがある気がして、でもとりあえずこれは味方ってことでいんだよね?という確認だけはした。だって手の上から出れないし、ここに飛ばされてきたから味方なんだよね。多分。誰だろう、見覚えが、と首を捻っていたら、遠くに目を向けていたどらちゃんが振り向いて指をさした。
「あれは桔梗だよ」
「キキョウちゃん?」
「違う。超広範囲殲滅型移動特異魔力砲台、桔梗。キキョウが作った、魔王軍を叩き潰すためのでっかい大砲」
「あー!だからちょっとぽいなーって思ったんだよ!」
「そうか?こんなでかくならないだろ」
「大きさの話じゃないんだけど」
「キキョウちゃんが大人になったらこんな感じなのかなー」
月明かりに透ける銀髪とか、角とか。顔にも面影はある。なるほどね!と頷いていると、キキョウちゃん(大)の目が開いた。こうなるとちょっと作り物感が強くて怖いな。薄く開いた唇は喋っているようには見えないけれど、ノイズ混じりの言葉が響いた。
『魔力充填、セット。残り30%。接敵まで残り120』
「なに?なんかするの?」
「大砲だって言ったろ。あそこにいる、あれがこっちに来ないうちに消し炭にするんだよ」
「どれ?」
「あそこ」
「どこ?」
「あそこ」
「ぜんっぜん見えん」
「りっちゃんバケモンみたいな視力してんな」
「視覚強化魔法も知らんのかバカタレ」
「あっ、あ、俺かけるよ、目閉じて、ボーカルくん、ギターくん」
「べーやんあんがと」
どらちゃんがやってくれればいい話なんだけどな。レベルひっくいから無理かったのかも知らん。
目を閉じたら瞼がちょっとあったかくなった。慣れないうちは酔うかも、とべーやんの申し訳なさそうな声がした、けど、目をこらすだけですげえ遠くまで見える。なんだこれ。遠くを見ようとする動作に、あり得ないぐらいまで遠くが見える感覚が付随している。怖。もちろん普通に隣を見ようとしたらそれは普通に見える。これあったら眼鏡いらないじゃんね。ちなみにぎたちゃんは眉間を押さえて目をしぱしぱしていた。
「……そんでさ?」
「うん?」
「……なんか……冗談みたいなの見えたんだけど、冗談だよね?」
「あれが魔王軍の中で一番手数が多くて物量で根こそぎ持っていくシンプルイズベストの怨霊軍。あれに襲われると街は砂漠になる」
「……えっ!?じゃあ、なに、この辺ってそういうこと!?」
「そういうことになるな」
遠く、遠くに見えた物。黒い靄を被った幽霊がめちゃくちゃ大量にいた。めちゃくちゃっていうのは、ざっと見て数えられないぐらい。とりあえず100とか200ではない。この遠さであの物量だったら、小さな村なんてひとたまりもなく、街でもあっという間に更地にされてしまうのだろう。だから、この辺り一帯の砂漠地帯は要するに、以前は人が住む栄えた場所だったのだ。怨霊軍のスポーン地点が近くにあったからこうなってしまっただけ。逃げ延びた人はいるのだろうか。勿論きっといるのだろうけれど、それと同じようにきっと、なすすべもなく襲われた人もいた。その事実を想像せずにいられるほど、優しい光景ではなかった。あんなのとどうやって戦うんだ。俺はあれを倒さないとならないのか。意味もなくできると、四人揃ったから次は魔王軍と戦うのだろうなと、楽観的に前向きだったところに、圧倒的な「無理」を突きつけられている。黙り込んだ俺たちの頭の上から、機械的な声が響いた。
『充填完了。砲撃を開始します』
「う、わ!?」
「わあ」
耳が割れるかと思った。煮詰めたみたいな高音が響き渡って、キキョウちゃん(大)の目が光って、いくつもの光の束が発射される。数秒おいて瞬いたそれが、黒い靄たちを薙ぎ払った。轟音と地鳴りのする中、追撃は止まない。爆風で何も見えない中、やりすぎなんじゃないかってぐらい撃ち込んだ後で、ざあっと風が吹いた。自然の風ではなく、言葉にするなら、よく見えなくて邪魔だなって手で払ったみたいに。その向こうには、お世辞にも減ったとは言い難い数の靄が残っていて、ノイズ混じりの声が冷静に告げる。
『残存敵数80%超。魔力不足により撤退します。機動集約、転移魔法の展開を開始』
「……えっ、こっち来てない?」
「そりゃ来るだろ。突然ばかすか撃たれたから怒ってんだよ」
「どうしたらいいの!?」
「どうって。なんもできないだろ、あんな化け物相手に」
呆れたような声のどらちゃんに、でもこっち来てるって!と指をさした。視力が良くなってるから余計に見えるわけだが、明らかにこっちをロックオンしている速度で向かってきている。なんなら数カ所で先行しているやつは、ぱっと消えては近くに現れるので、転移魔法を連続で使っている。早く逃げないと。絶対戦うとか無理なんだから。俺のあの、おもちゃみたいな剣でどうにかなるとは到底思えない。あっという間に距離を詰めてきた、恐らくは機動力に振っているらしい個体が目前に迫って、悲鳴をあげてぎたちゃんに縋った。
「ギャー!」
『おう!おかえり!どうだった!』
「お前もう少し撤退早めろ。桔梗が壊れたら直すのにまたどれだけかかると思ってるんだ」
『うるさいうるさーい!なんでオマエは一言目がそうなんだ!実際魔王軍を見ての感想とかないのか!?』
「感想だって。はい」
「っえ、え、っ俺見たことある、し、ドラムくんもある……?」
「生はない。記録映像は見たけど」
「そっか……ぁ、あの、さっきのあれは、えっと……霊体に現実性を与える魔法をぶつけてから、作られた肉体を破壊してる……?てこと……ですか……?」
『そうだぞ。よくわかったなー!浄化できるのはオマエらだけだから、ワガハイができるのは怪我させるとこまでだ。できれば再起不能の痛手を与えたいんだけどな、今回は数がいたから現実性の方に振ってる。そしたら後から来る騎士団が戦いやすくなるだろ?』
「あ、あっ、なるほど……そう、そうですね……」
ぱっと、元いた場所に戻ってきた。べーやんは騎士団にいた時、どらちゃんもキキョウちゃんのとこにいた時に、それぞれ見たのだろう。すんなり通常運転に戻って話している二人の声が耳を素通りする。ぎたちゃんの背中から顔を出すと、ぼそりと声がした。
「……やばくない?あんなんとどうやって戦うわけ?」
「……そ……っそう、だよね……えっ、そうだよね……!?俺もそう思ったけど!?なんか戦うのが当たり前みたいになってっけど!」
「もうゲームじゃん。あんなオバケになにしろってゆうのさ」
何も出来ない。俺の剣はせいぜい一体ずつしか斬れないし、一体やってる間に他のやつに八つ裂きにされて終わりだ。無理。絶対無理。しかもあれが三分の一で、他にも違うパターンの怖いやつが二種類もいるんでしょ。もう嫌。ちょろっとクエストやって時々美味いもん食べながらレベル上げるスローライフに戻ろう。チーバまで戻る?ってぎたちゃんとぼそぼそ言ってたら、キキョウちゃんがこっちに話しかけてきた。
『そーだ、勇者!オマエレベルいくつになったんだ?スキルの特訓終わったか?』
「いやもう俺実家に帰るつもりなんで……」
『なんだよー、ビビってんのか?弱虫だな。まあそりゃそうなんだけどなー。つーか今すぐアレをオマエらがどうこうできるなんて誰も思っちゃいねーわ!まずそうだなー、戦闘用のスキルを一個浄化スキルに変えないとな』
「え?なに?」
『うん。ワガハイの友達にな、すんげえ魔女がいるから紹介してやる。あ、さっきの怨霊軍のところにはモミジたちが現着したみたいだぞ。見るか?』
ほら、と映し出された映像には、砂漠で化け物を迎え撃つモミジ騎士団のみんながいた。騎士団側だってそれなりの人数いるはずなのだが、それが子ども騙しみたいな量だ。ただ地の利というか戦い慣れは騎士団の方にあるらしく、拮抗よりは優位寄りにある、っぽく見える。獣みたいな反応速度でカッ飛んで敵に飛び乗って短剣をざすざす突き刺している、瞳孔が開きまくっているナズナちゃんが見えたので、やっぱりあの人怖い人なんだ…とは思った。団長も、身長ぐらいバカでかい剣をぶん回して何体もいっぺんに消し炭にしながらずんずん敵陣の中を進んでいる。簡単にやっているように見えるが、俺はこの人たちと自分とのレベル差を知っているので、やっぱり白旗を振って逃げ出したいと思う。じゃあ地図に目的地を送っておくから、とどらちゃんとべーやんとキキョウちゃんで進んでいく話に、ぎたちゃんが俺の服を引っ張った。
「……ねえ。みんなにはさあ、話してないんだけど。俺新しい魔法覚えたんだ」
「え?なに?どんなん?」
「今お腹いっぱいだから、多分、うーん、俺がいた街ぐらいまでは帰れる。でも二人はやったことないから失敗したらごめん」
「怖い前振りしないでよお……」
「だいじょぶ。多分。多分ね、失敗したらごめん」
「何回も言わないで!?」
「ボーカルくん?」
「ごめん!」
きょとんと振り返ったどらちゃんと、不思議そうなべーやんの顔が見えたのが、最後だった。一応大声で謝ったぎたちゃんが、ばちん、と手を合わせて、俺たちはそれに飲み込まれた。浮遊感に襲われて叫ぶ。聞こえてればいいけど。
「しばらく勇者休みます!」





続くとしたら最終的には剣からマイクを生み出したボーカルくんが三人と一緒に演奏と歌で全てを浄化して現実に帰るよ
全て忘れて帰った次の日が首締める日だよ





6/7ページ