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ありがち異世界転生



「なにもらったの?」
「結婚指輪だよ」
「ヒュー」
「そう。3つあるから2つ売れるな」
「はあ!?最低!キキョウちゃんの気持ちも考えてよ!」
「ボーカルくんは誰の味方なんだよ……」
三人で二人用の宿泊キットは狭い。まず誰がベッドに寝れるかでもめたし、ベッドをくっつけて二つを一つにしたら今度は誰が真ん中に寝るかでもめた。嫌すぎるでしょ真ん中。何が悲しくてサンドイッチにならなきゃならないんだ。それで結局ぎゃーぎゃー言ってる間に全然眠く無くなって、いやぎたちゃんは眠そうだけど今勝手にベッドで寝たら蹴り落とされることは重々承知っぽいから根性で寝てなくて、普通に喋っている。ツアー中とかこうゆう時あったなあ。やっぱべーやんにも早く来てほしいな。
で、指輪の話である。正直ずっと気になってはいた。どらちゃん嬉しそうにしてたし。なんなの?ともう一度聞けば、べらべら教えてくれたが、手を上げてストップをかけた。
「はい。どらちゃん」
「はい。ボーカルくん」
「ぜんっぜん意味わかんない。マジで一ミリも理解できなかった」
「まあそうだろうとは思った」
「はあい。俺も分かんなかった」
「そうだろうとは思った」
「バカにも分かるように説明して」
「じゃあ実地が早い。ボーカルくんたちにも渡しとく」
「ん?」
「はい。レベルドーピング」
「ありがとー……?」
なんかくれた。錠剤みたいなの。一日一錠、以上。で説明が終わったので、はい!って返事をしてから、いやいや怖すぎるって…とぎたちゃんと二人で詰め寄った。実際やってみろってこと?得体の知れない薬を飲めって?怖いって。死ぬじゃん。
「死なない。ちょっとの間だけレベル上げるやつだから」
「へえ……?」
「レベル上がるとなにができんの?」
「まず体力とか魔力とかが増えるだろ。薬の効果が切れたら戻るけど……あと、上がったレベルで解禁される魔法が使えるようになる。そもそもなんでレベルが上がらないと使えない魔法があるのか不思議に思うだろ」
「思わん」
「俺こないだ毒沼出せるようになった!」
「ギターくんの口から聞く意味不明の「毒沼」ほど怖いもんないな」
「意味不明じゃない!ぎたちゃんは毒沼が出せるんだぞ!」
「だからなんだよそれ」
「これだよ」
ぎたちゃんがいつものばっちん、した後にその手をお皿みたいな形にした。そしたら同じくお皿の形をした半透明の手がせり上がってきて、その中になんか紫っぽいぼこぼこした液体が大量に入っているのだ。まず突然出てきた手にびくってなったどらちゃんが、溢れる毒液で溶けてジュー!ってなってる地面を見て、渋い顔でぎたちゃんに向き直った。
「嫌な魔法だな……」
「かけてあげよっか」
「今すぐ消せ」
「おっけ」
「……だから、あの訳分からん大量の毒だって、最初は召喚できなかっただろ。レベルが上がったからできるようになった。じゃあ何でレベルが上がらないと新しい魔法は使えないのでしょうか」
「えー。やり方を知らないから」
「ブー。やり方は魔術書を読めばわかります」
「ダメだから!」
「ブー。ボーカルくんはバカ」
「知ってるよそんなこと!」
「正解は、魔力量と体力が足りていないから、でした。やろうとすればできなくはないけど、体にガタが来る。反動がデカすぎるから、できないことになってる」
「へーえ」
「じゃあ俺がこれ今飲んだら毒沼が毒海ぐらいになるってこと?」
「……まあ……ギターくんが最終的に毒海を召喚できるようになるのなら、そうなるかもな」
「今はやめとこか」
「狭いしね」
「多分これ一番使うのはボーカルくんだと思う。手っ取り早く強くなるから」
「おー、そっか。あんがと」
「でも一日一錠は必ず守れ。それ以上使うように作ってないし、そもそもズルしてレベル上げてて、当たり前だし何回も言うけど、薬の効果が切れたら元に戻る。戻った時に高レベルのモンスターをまだ倒し切れてませんでしたとかいうことのないように」
「はい!」
「それ以外はキックバックも極力減らした非常に良い薬です。常用しましょう」
「それはダメでは?」
「やべー薬」
ニコニコしながら言うと余計に胡散臭いんだよな。いいけど。それで指輪の方だけど、と机に三個の指輪を並べたどらちゃんが、順番に指差しながら話し出した。
「これにはそれぞれ魔法が閉じ込めてある。お前らが気絶させられた時、あいつら何にも言わないで電撃使ってきただろ」
「うん」
「びびったわ」
「それがこれの仲間。魔法自体を閉じ込めてあるから、レベルも魔力も関係なく使える。呪文詠唱もいらないからノータイムで奇襲がかけられる」
「俺呪文なんか唱えたことないんだけど」
「呪文詠唱っていうのは、別にぶつぶつよく分からん言葉を唱えてから魔法を使うってことじゃない。さっきの見るに、ギターくんは手を使わないと魔法が出せないんだろ」
「うん。ばっちんは必要」
「それが詠唱に当たる。高レベルになると、短縮したり、撃った後に唱えたり、唱えてる間はガードが効いたりとか、いろいろあるらしいけど、そういう面倒なのは全部なくして作った」
「どらちゃんが作ったの」
「そう。暇だったから、キキョウにも手伝ってもらって」
そんな便利なもん考えてくれる人、そりゃ手放したくないわ。ギャン泣きもする。どらちゃんからすると、むしろなんで誰もやらなかったのかが不思議、という感じらしいのだが、多分誰もやらなかったのは、誰も必要としていなかったからだ。どらちゃんが魔法とか魔力とかそういうのをハナから信用していなかったから、家電とかと同じ扱いで「もっと最適化ができるのでは?」と思った、というだけの話。そこにキキョウちゃんとか、他の盗賊団の人たちがいたから実現できたわけだ。うーん、俺は普通にファンタジーの世界に喜んじゃったからな。魔法使えんのやっべー!っつって。
「そんでちなみにそれにはなんの魔法が入ってんの?」
「ん?秘密」
「怖」
「やば」
「とりあえずベースくんはこっちに引き入れられる。ほぼ確で」
「えっ?」
「なんで」
「そのためにこれがあるから」
黒い小さな水晶が嵌った指輪を手のひらに乗せたぎたちゃんが、にたりと笑ったので、そうですか…と引くしかなかった。いや俺もうなんもできないもん、あの顔に。

また来てしまった。もう怖いもん。ナズナちゃん…さん…は基本この拠点に常在しているらしい。門番的な役割もあるのかな。騎士団が任務に行く時は拠点自体が空になるわけだが、今は思いっきり「Open」って札がかかっている。おしゃれなカフェかよ。真心込めて営業中って書いてあったら笑うけど。
ぎたちゃんの後ろに隠れている俺のことは無視したどらちゃんが、扉を開けた。明るい、こんにちはあ!という声が一瞬で冷え切って、そろそろとぎたちゃんの背中から顔を出す。
「……あらあらあ……話の分からない人ですねえ……」
「どらちゃんあの人が怖い人だよ!」
「子どもじゃん。女だし」
「キキョウちゃんは子どもだし女の子だけどめちゃくちゃ強いんでしょお!?おんなじ!」
「はあ。そんなでもなさそうだけど」
ずかずかと入っていってしまったどらちゃんについていく。団長さんいますかあ?ってぎたちゃんが聞いたけれど、それに対してはガン無視だった。にこにことかもしてくんないじゃん。完全に敵扱いされている。俺は完全にこないだのがトラウマになっているので、ぎたちゃんがどらちゃんと話してくれた。しかもこっちが怖がってるの分かってて短剣ちらちらさせんのマジで嫌。
「5秒以内に出ていってくだされば、痛いことはしませんよ」
「こいつが一番偉いの?」
「ううん。モミジ団長ってゆー、もっとでっかくてごっつい人がいる」
「そいつはどこにいんの?」
「どこにいますかあ?」
「5秒経ちました、よっ」
「うあ。かけといてよかった」
「ギャー!ぎゃりぎゃりなってる!」
「貫通してるけど」
「でもこれ俺の最大出力なんだけど」
「はー……つっかえ……」
「なんだとお」
真正面から、多分、突っ込んでこられたのだと思う。ただ立っていたように見えたナズナちゃんが、気づいたら俺の目の前で短剣を振るっていたし、ぎたちゃんがガード貼っといてくれたおかげで切られずに済んだ。けどガードを短剣が半分ぐらい貫通してるし、金属同士が擦れ合う音と共に侵入してきてる。飛び退いて一旦距離を置いたナズナちゃんが、踏み込んできたのと同時。
「っ、が、……!?」
「元気有り余りすぎだろ、この人」
「ベースくんをどうしても取られたくないんだって」
「ふうん。でもこの人と交渉しても意味ないんだろ?」
「……えっ……!?」
悲鳴に近い驚きの声を上げたのは、どらちゃんの目の前で這いつくばっているナズナちゃんだった。どらちゃんがしていることといえば、あの黒い水晶がついている指輪を嵌めて、手を前に翳しているだけ。それで彼女は、じたばたはしているけれど身体は起こせずに、カエルみたいになっている。どらちゃんの指輪のおかげなのか、と思ったら、手ぇ疲れたわ、とどらちゃんが手を振ってポケットに突っ込んでしまったので、そういうわけでもないらしかった。目線を合わせるようにしゃがみ込んでわざと猫撫で声を出したどらちゃんを、ナズナちゃんが睨みつける。
「君よりえらい人、呼んでくれるかな」
「何をした!」
「言葉分かる?団長さん、呼んでもらってもいいかな?」
「こんっ、な、クソ、なんで、解けない……!?」
「ダメだ。通じんわ。じゃあこうです」
どこから出したのか、どこからどう見ても拳銃そのものをナズナちゃんの頭にごりごり押し当てたどらちゃんが、引き金を引いた。絶対頭が爆発すると思って目を覆ったのだが、何の音もしないし、ナズナちゃんはまだぎゃんぎゃん騒いでいる。え?どゆこと?
「弾入ってないから。ただの仕掛け」
「おもちゃ?」
「いや?痛くない場所で良かったな、次はどうなるか分からんけど」
「……は……?」
ナズナちゃんの大声と動きが止まって、目が忙しなく動く。恐らく自分の身に起きた異常を必死で探しているらしいそれに追い討ちをかけるように、どらちゃんがもう一度拳銃を押し付けた。
「ああ、今のはこれに当たったんだな。イヤリング。身につけてるものも個人としてカウントされるのか……じゃあ結構時間かかりそうだしもう一発試しておこうか」
「なにっ、なにを……!?」
「ほら。早く誰か大人の人呼びな」
「ぁがっ、ぁあぁ!?」
「うわなにしたの!」
「おお。痛そう」
「ねえどらちゃんなにしたの!?」
「ロシアンルーレット。なあ?緊急通信魔法持ってるだろ?早く呼ばないと、犬死にになるんじゃないか?」
いいのか?と優しくナズナちゃんの頭を撫でたどらちゃんが、拳銃で頬を叩いた。脂汗をかいて目を見開きそれを見ているナズナちゃんが、ふざけるな、と歯を食いしばって漏らしたので、どらちゃんはとっても楽しそうに笑った。
「遊びがいがあっていいな」

「ナズナ!」
「お。誰か来た」
「団長さんだよ」
「ねええもおかわいそうだよお……やめてあげてよお……」
「一番えらい人呼べたのか?えらいぞ、やればできるな」
「ふ、っ、がふ、ぅ、う……」
うつ伏せたまま痙攣しているナズナちゃんの頭をぱしぱし叩いたどらちゃんが、しばらく前に「立ってんのもいい加減疲れてきたわ」とかいていた胡座から立ち上がった。扉から飛び込んできた団長さんが、牙を剥き出しにして低く構えた。
「命をもって償え……!」
「いいのか?俺は人間で、しかも転生者で勇者パーティーの一員。殺したら責任問題になることぐらい分かるだろ、崇高なるモミジ騎士団の団長様」
「っ、だん、」
「あー黙っててね」
「がぅっ、!」
「貴様!」
ナズナちゃんの頭を踏みつけにしたどらちゃんが、まあまあ座ってください、と団長さんを手で促した。もちろんそんなことに従うわけもなく、剣にかけた手はそのままに反対側の手で指を鳴らして、魔法陣が光った。
「フウマ!」
「ひっ、はいっ、あぇっ!?どっ、ボーカルく、えっ!?」
「ナズナを治せ!」
「えっなんっ、ドラムくんなにして」
「早くしろ!」
「ひっ、はいっ」
光り輝いた魔法陣の中心に立っていたのはべーやんだった。吠えた団長さんに怯えるように身を縮めて、俺たちをちらちら見ながら、その場で杖を構えてナズナちゃんに治癒魔法をかけはじめた。この世界に来てしばらく経ったからわかるけど、魔法をかける相手の近くにいなくても通用する魔法って、レベルが高いんだよな。あそこからかけられるってべーやんすごいんだな、と半ば現実逃避のように考えていたら、べーやんが顔色を変えた。
「だっ、ダメです、無理です!治せません!」
「何を言っている……!?」
「ど、どこも悪くないんです!精神感応なら俺にはどうにも、ぎゃうっ」
「もういい!」
「あっべーやん!」
ばちん、と団長さんに突き飛ばされて後ろに跳ね飛ばされたべーやんに駆け寄ると、団長さんはそんなことをしている俺には構っていられないようで、無視だった。途端に団長さんの剣が炎を帯びて、どらちゃんの方に向かって突っ込んでいく。あっやば、ってぎたちゃんの声がして、防御壁を張ったみたいだけど簡単にぶっちぎられていた。絶対絶命なのに楽しそうににまにま笑ってるどらちゃんが、ナズナちゃんを盾のように持ち上げて一歩後ろに下がった。
「ふは。解除方法が分からないのに俺を傷つけていいのか?殺さないように切り捨ててそいつに治させるつもりかもしれないけど、俺が意識を手放したところでどうにもならないから」
「卑怯な……なんと浅ましい!貴様のような人間がいるか!」
「逆にこの世界の人間属が頭お花畑すぎるんだよ。戦争やってるくせにこんな脳味噌でよく生き延びてこられたな。300年やってるとかマウント取る暇があったらもう少し知恵つけろや」
「……どらちゃんが女の人にあそこまで言うの珍しくない?」
「うん……」
普通にべーやんと二人で引いてしまった。団長さんバチクソぶち切れてるじゃん。そんでどらちゃんが煽る煽る。どらちゃん側に残されてぽかんとしていたぎたちゃんが、俺らの方を見て、団長さんを見て、どらちゃんを見て、こそこそこっちに来た。俺でもそうする。ナズナちゃんを盾にしているどらちゃんが、彼女の頭に拳銃を押し当てたまま、肩をすくめた。
「荒い言葉を使って申し訳ない。お互い落ち着いて話せませんか?」
「落ち着いて……!?貴様この状況で何を言っている!」
「生かしてやってるんだから感謝してほしいくらいなんですけど。こちらの要求としては、交渉の場を作って欲しい、というだけです。それに全く応じていただけないので彼女には少し痛い思いをしてもらいました」
「ナズナを今すぐ解放しろ!」
「貴女が席についてくれるのなら、今すぐにでも」
「……っ……分かった。話を聞こう」
団長さんの周りを取り巻いていた炎が掻き消えていく。その辺に転がっていた椅子に座った団長さんに、どらちゃんが笑顔を向ける。ナズナちゃんを引っ掴んだまま自分も座ったどらちゃんが、何から話しましょうか?と切り出した。
「……ナズナに何をした」
「魔法をかけました。あー……解けない魔法は呪いって言うんでしたっけ?それで言ったら呪いです。解除できるのは俺だけなので」
「今すぐ解け」
「嫌です。まだ話が終わっていない」
「……そうだな。では、ナズナは今何をされているのかを詳細に話せ」
「はあ。理解できるか疑問ですけど……彼女は今、自分の頭の中で自分の体を壊している状態です。この魔法を一緒に作ったやつからは、自己洗脳と呼ばれていました。強化系の魔法を作っている時に副産物で生まれたものなので、貴女方にとって未知であることは確かでしょう」
「……魔法を、作る……?」
「ほら。その反応。この世界の生き物が停滞的である証拠です。進化しようとしない。だから300年も飽きずに同じ相手と戦争してるんでしょ?」
「黙れ、お前に何が分かるというんだ」
「そろそろ彼女壊れそうなので話を戻しますと、トリガーは今のところこの拳銃です。けれど特にこれである必要はありません。こうして、これでもいい」
拳銃を放り捨てたどらちゃんが、ナズナちゃんのこめかみに人差し指を当てて、ばん、と撃つ真似をした。それで、もうぴくりともしないナズナちゃんの短剣が弾け飛んだ。それを感慨なく見たどらちゃんが、団長さんに向き直る。
「これも、彼女が自分で、身につけているものを自己であると認識しているから起こっているわけです。かけているのは、自己をランダムで破壊すること。運が良ければこのように自分の外側で済む。運が悪ければ彼女のように、自分の内側を破壊していく。治せないのは、彼女が自分で自分の中身をぶち壊してしまったと思い込んでいるからです。実際は傷なんて一つもついていない。ランダムに壊されたと思っているのが、足かもしれないし、腕かもしれないし、内臓の何処かかもしれないし、脳味噌かもしれない。そこまでは理解できますか?」
「……ああ」
「人並みの理解力があって助かります。で、本題ですが、彼女の呪いを解除して欲しければ、そこの聖職者をこちらのパーティーに入れるかどうかを話し合う場を作っていただきたい」
「……、は?」
「伝わりませんでした?そこでびくびく縮こまってるうちのベースくんを、こっちに大人しく引き渡すか、そこで飼い殺しのペットにしておくか、話し合いましょう、と言ってるんです」
「……寄越せと?」
「いいえ。寄越せとは言っていません」
「話し合いの場?」
「ええ」
「……………」
「また時間と場所を改めて、落ち着いてから、食事でもしながらお話ししましょう。今後どうするかは、その時の交渉次第です」
「……渡さなければ、ナズナを殺すのか?」
「そんなこと言ってません。野蛮な受け取り方をしないで頂きたい。あくまで交渉の場を持つことが目的です。彼女の呪いを解除したらもう関わる必要はありません」
「え?どらちゃんなにゆってんの?」
「わかんない」
「べーやんくれって言えばいいじゃん」
「お、俺、このまま騎士団に戻るの困る、すごいやだ、やだよ」
「ね。りっちゃんなに考えてんの?」
「でもそろそろナズナちゃんやばいんじゃん?さっきからぐったりしっぱなしだよ」
「あっ、あ、ほんとだ、やば、心臓止まりそ、団長!団長っ、ナズナさんがっ」
「……………」
「もう一発撃ちます?今度こそ脳味噌か心臓が壊れるかもしれませんが」
「……分かった、要求を呑もう」
「ありがとうございます」
どちゃ、とナズナちゃんを床に落としたどらちゃんが、つけていた指輪を外して指で弾いた。ざあっと砂のように崩れて消えたそれに、ゆっくりとナズナちゃんが体を起こす。
「……ぁ……う……?」
「ナズナ!」
「じゃあ、また詳細は追って連絡します。ボーカルくん、ギターくん、帰ろ」
「えっ!?べーやんは!?」
「は?知るか。その人まだ騎士団の人だろ」
「うわひっど……」
「べーやん絶対迎えに来るからね!ねえべーやんに酷いことしないでよね!」
ぼそりと吐いたぎたちゃんに全面的な同意を示しながら、顔面蒼白になっているべーやんの手をぎゅっと握り、団長さんに噛みついておいた。ああ、と掠れた返事をもらったところで、どらちゃんに首根っこを引っ掴まれる。
「やり返されたら怖えから早く帰ろう」
「べーやん!べーやーん!」
「やり返されんの怖いならやらないでよ」
「人間で実験できること滅多にないからやっときたかったんだよ」

数日後。夜、どらちゃんが一人で団長さんと話に行った。有名なレストラン的なとこに行ったらしいけど、絶対ボコボコにされて帰ってくるか最悪棺桶になってて教会で金払って復活させてあげないとダメだぜ、ってぎたちゃんと話しながら待ってて、でも予想に反してどらちゃんは五体満足で帰ってきた。全然帰ってこないから確実に死んだと思ったのに。どらちゃん本人はなんか満足げだったのが不気味だ。
それでそれから数日。また騎士団の拠点へ呼び出されて、今度こそボッコボコかも…とびくびくしながら向かったのだが、待っていたのは団長さんとべーやんの二人だった。挨拶もそこそこに、巻いてある紙みたいなのを広げた団長さんがそれを読み上げる。
「本日をもって、聖職者・フウマを王都直属警護保安部隊モミジ騎士団より脱退とし、勇者パーティーへ加入とする。この締結は不可逆のものであり、どの未来でも覆されることのない盟約となる。以上だ」
「……はい?」
「ベースくんがあっちから抜けてこっちに来る」
「えっ!?いいんですか!?」
意味が分からなかったところへ、どらちゃんがぼそぼそ横から口を挟んでくれたので、素っ頓狂な声が出た。どらちゃんあんなことしたし、絶対拒否られると思ってたのに。俺の声に訝しげな顔をした団長さんが、魔導士から聞いていないのか…?と言ったので目線を辿ってどらちゃんの方を見たら、笑いを噛み殺してそっぽを向いていた。てめえ。
「なんで黙ってるわけ!?」
「そうなるのが面白そうだったから……」
「ぎたちゃん知ってた!?」
「ううん」
「反応薄くない!?なんでえ!?」
「こっちに振ってたのお」
ぱん、とぎたちゃんが手を叩くと、俺の周りで何かが弾ける音がした。もしかしてずっと防御障壁張ってくれてた?それはごめん。もおお、と脱力してしまったぎたちゃんを見て、信用がないな…と団長さんが若干ショックを受けた声を上げていた。そっちにもごめん。そんでべーやんがぱたぱたこっちに来てくれて、ぎゅーってした。それにしても、団長さんはなんでこんな急に心変わりしたんだろう。どらちゃんがなんかしたのかな。今問い詰めても答えてくれなそうだ。半泣きのべーやんを離すと、団長さんがこっちに来た。
「……すまなかった。命を落とす寸前だったフウマを救おうとした時から、彼に特別な情をかけていたことは事実だ。奪われたくないと、思っていた」
「好きだったの?」
「そうだな。愛玩の情はあった。守らねばならないと自分に誓いを立てていたのだろうな。転生者は弱く小さな存在なのだからと」
「あっやっぱペット方面……?」
「違う、尊重も敬愛もあったんだ。……平和を築こうと、努力してきたつもりだった。しかしどうしようもなく手からすり抜けて零れ落ちる物も多かった。救えなかった場所も人間も、もう数えきれない。私一人はちっぽけで無力だと自覚しているんだ。……だから、仲間達の傷を癒してくれる、守れる者の絶対数を増やしてくれる、フウマのことは特別に思っていたよ」
「……モミジ団長……」
「私は弱い。また救えない命を悔いながら生きて、戦っていくのだろう。今まではフウマを、そうだな。上手く使えるのはこの場所以外にないと思っていた。一人の意思ある人間にそんな扱いをしていいはずがないと、分かっていたのに、目を瞑っていたんだよ。騎士団のみんなにも、お前はそう扱われるべきなのだと広めてきた。しかしそうではない。お前は自由になって然るべきだ」
「……おれ、俺は、騎士団に拾ってもらって、本当に……ほんとに、幸せだったと思っています。死ぬところを助けてもらったのも、戦い方を教えてもらったのも、みんな、あの、感謝しかなくて」
「……お前は優しい。臆病だから、いつも周りがよく見えている。手の届く範囲の遍く全ての物を、守ってやりなさい。そして、そうだな。騎士団と勇者が肩を並べて戦える日がきたら、そんなに喜ばしいことはない。……まあ、今はまだ、発展途上のようだが」
ちら、とこっちを見た団長さんが、ふっと目を細めた。柔らかいその笑みに似た表情に、でっかくてごつくて怖い野獣みたいだったイメージがぶっ壊された気がした。変な言い方だけど、女の子なんだなって。
そして俺はその感覚が間違っていなかったことを3時間後に知る。



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