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ありがち異世界転生



王都から出発した。何をすれば良いのかは分からなかったけれど、あそこにいたところでべーやんに会わせてもらえないだろうし、団長が言った通り、そもそもの勇者の仕事は魔王軍をやっつけることなのだ。今までは下級のモンスターとしか戦ったことなかったけど、王都にいると「海辺の村一帯が狐に誘われて根こそぎいなくなった」とか「東の村の食堂で鬼に誑かされた奴が毒を盛って大量に人を殺した」とか、そういう情報ががんがんに入ってくる。どこか遠いものだったそれが近く思えたし、今この瞬間にも被害を受けている人がたくさんいるのだなと改めて考えてしまった。だから、まあ言われた通りにすると言うとちょっと癪だけど、モンスターを倒してクエストをこなすだけじゃなくて、ちゃんと勇者としての責務を果たそうと思ったのだ。もしかしたらそれで強くなってレベルも上がったら、べーやんをこっちのパーティーにくれるかもしれないし。
しかしまあ、神出鬼没が売りの魔王軍なので。手当たり次第に探したところでぶち当たるわけもなく、しばらく経った。王都から元々いた街の方にちょっと抜けて、近場のモンスターを倒しながらいろいろ探してはいるのだけれど、上手くいかないものだ。前兆とかないからみんな困ってるわけだし、でもここまで遭遇しないと避けられてるんじゃないかとすら思う。でもその間に俺は剣に炎属性がついたし、ぎたちゃんのバフも強くなった。具体的に言うと、種類が増えて、効果が強くなって、持続時間がちょい長くなった。攻撃力アップがマジで助かる。やっぱ基本が一番なんだな。
「こんでおわり!」
「納品クエストまだあったっけ」
「ううん。今日の分はもうなーい」
「じゃあもう街の方に戻る?」
「ん。ポーションもうないからやばいかも」
「じゃあ戻ろっかあ」
なんて。結構慣れて来ちゃった感じもする。だから油断していたところもあった。
夜はモンスターが出やすくなるポイントがあって、そこに太刀打ちできるようになってからは寝る前にある程度潰してから明日を迎える方が効率がいいことが分かった。だからぎたちゃんと二人でちょろっと雑魚いのを片付けて、宿屋に戻る途中。街が見えてきたあたりで、木の影からふらりと人が出て来た。若い男二人。そもそも自分が助けられていることもあって、前にも襲われてる人を見たこともあるから、声をかけるのは普通のことだった。
「んお。どうかしましたかー?」
「……お。ラッキー」
「街まで送ってこ、っがっ!?」
「ボーカルくん!?」
「転生者二人はラッキーすぎだって。はい」
「っぅえ″、っ」
ぎたちゃん、って声は出なかった。まだかなり距離があったのに、一人が何かして、薄青の閃光が迸った。雷属性らしいそれに撃たれてスパークした視界の中で、自分が倒れたのと、指先一本動かせないのと、ぎたちゃんが同じようにくずおれたのがどこか他人事のように映る。こっちはオッケー、とぎたちゃんが軽く蹴られて転がされる。ざり、と土を踏む音が近づいて、髪を掴まれて引きずり起こされた。
「うおお。すげえ、勇者って全耐性あるってのほんとなんだな」
「え?意識あんの?やば」
「アキさん2回やったら死ぬっつってたけど」
「勇者様なら平気なんじゃね」
「そっか。じゃあそんで」
真っ青に染まった視界。頭が割れた。

「、……」
なにか吐いたな、と思って、目が覚めた。何を吐いたかは分からないけれど、喉につかえていたものが出て、少しだけ楽になった。動けないのは多分、電撃喰らったスタンの後遺症と、椅子に直接縛りつけられてるから。ナズナちゃんで対人初めてだったのに、こんなのってないよ。あの人たち、なんだろ、あれかな、盗賊ってやつ。人を襲うってぎたちゃん言ってたし、街にも村にも所属してないからああいうことができる、って話だったはず。全体的に痺れて涎垂れそうなのをなんとか飲み込みながら、ぼんやり思い出す。転生者二人はラッキー、って言ってた。なんでなんだろ。
椅子に座らされてるけど足は縛られてないようで、しばらくじっとしてたら、吐いたものをざりざり蹴っ飛ばせるぐらいまでは回復した。縛られてるのがなんとかなれば動けると思う。ていうか、ぎたちゃん。見える範囲には誰もいないけど、どこ連れてかれちゃったんだろ。椅子をぎしぎしやってなんとか動けないかやってたら、人の喋り声がしたから死んだふりをした。
「勇者は全然だけど、召喚士の方めちゃくちゃ魔力とれんのやっばいな!」
「死なないようにだけ調節しとかないと」
「首領喜ぶぜー、こっちも死んだりしてないかなあ?」
「スタンかかってるだけだって。定期的に弱めの流しとけば気絶してるだろ」
「あ。ほんとだ」
死んだふりが功を奏したらしい。じゃああとちょっとほっといていっかー、って声と共に足音が遠くに行って、目を開けた。召喚士の方は、っていうのはぎたちゃんのことだろう。魔力がとれる、ってどゆことだろ。そんな果物みたいな言い方。転生者は魔力の質が違うから、って話はべーやんから聞いたっけ。ぎたちゃんはばっちんしすぎて魔力なくなっても食べて寝れば回復するけど、他の人はそうじゃないんだろうか。なんか全部よく分かんないけど、でもとりあえず、ぎたちゃんが危ないっぽいってのは分かった。取られちゃったら食べて寝ないと回復できないけど、食べることはもちろんまともに寝ることもできないもん。じゃあどうにかして助けに行かないと。でもめっちゃしっかり縛られてんだよな。困った。
足音や話し声が聞こえるたびに死んだふりをしながら、椅子をガタガタして拘束をなんとかしようとする。いやもうぜんっぜんダメ。俺、剣ないとなんもできないし。なんか仕込んどいたらよかったかも。「来い!」って言ったら来るようにしとくとか、いやでも今のこの状態で剣に飛んでこられたら俺に刺さって終わるな。ダメじゃん。途中疲れてそんなことを考えていたので、死んだふりが一瞬遅れた。
「一回で意識失わなかったやつどこ?」
「こちらです」
「色々試すからレベルドーピングいくつか持って来て」
「はい」
今までと違う声。どこか聞き覚えのある声。歩幅の大きい足音と躊躇なく開かれた扉に、目はぎりぎり閉じたけど身を硬くしたまま、これはバレたかもしれん、やばい実験されちゃう、とぼんやり思う。数秒経って、でもやっぱ聞き覚えのある声が気になって、そろそろと目を開ける。
「……あ?」
「……あっ!」
至極目つきの悪い赤茶けた頭が、煙草をぶら下げて突っ立っていた。

「いや柄シャツにサングラスは治安悪すぎでしょ」
「俺の趣味じゃない。貰ったんだよ」
「えー、誰に?」
「上司」
「まさかとは思うけどこいつもヒモやってんな?」
「人聞きの悪い……」
ビジネスパートナーだよ……と言われたが、こっちを見なかったので多分嘘だ。このやろう。
どらちゃんのことを、どらちゃんだ!と認識した時点でまず俺の口から出たのは「ぎたちゃんが大変だよ助けて!」だった。面食らったどらちゃんに「は?」と抜けた声を出されたので、俺たち二人で拉致されて電気がびりびりってなって起きたら縛られててぎたちゃんが別のとこにいてなんかやばいっぽいんだって!と捲し立てると、数秒目を横に泳がせて考え込み、納得が行ったようで一つ頷き、扉の外にいたらしい誰かに向かってなにやら喋り、「もう平気」とだけこっちへ目を向けて告げた。それでどれだけ安心したか。たったの一言でなにが安心だと思わなくもないが、どらちゃんがあの顔で平気っつったら平気なのだろうなということが分かるくらいには、付き合いが長いつもりでいる。
そんで部屋に入って来たどらちゃんが、縛ってた縄を解いてくれて、なんだってこんなとこにいるんだ、と聞かれた。俺だって捕まりたくて捕まったわけではないので、渋い顔をしておいた。ら、察したのか特に何も聞かずにいてくれた。助かる。ごきごきと強張った背中を伸ばしていたら、俺が縛られていた椅子にどらちゃんが座ってしまったので、ストレッチしながら聞く。
「ぎたちゃんは?」
「今終わりにしてもらってる。魔力抜くの」
「なにされてたの?」
「召喚士なんだろ?あいつ。しかも転生者だから、取れるだけ根こそぎ魔力取ってた」
「痛い?」
「痛くない。むしろ気持ちいいんじゃないか」
「は?」
「……いや?知らんけど」
「知らんくないじゃん!俺もして欲しいんですけど!」
「ボーカルくん全然魔力なかったから無理」
「ぐあああああ」
どういうことだよ!と詰め寄ったら、いやあ?と半笑いで教えてくれた。気持ちいいの区分がマッサージ系統のやつだったら、ふーんいいなあ疲れ取れそうで、ぐらいにしか思いやしないが、絶対そういうんじゃない。なんで?なんで俺だけ彼女できないしレベル上げに必死だし女の子とも仲良くできないの?顔?始まった話が真面目なやつだったので、掴みかかるのはやめた。
「あのー、なんていうかな。この世界の繁殖方法、卵生なんだよ。人間に見えるやつが多いけど、卵から産まれてて、その卵も自動湧きだから……要は性行為で子供を作る仕組みがない」
「はあ」
「卵に魔力を流せば新しい人間もどきが産まれて、それを子ども扱いしてるらしい。流された魔力によって種族は変わるんだと。ほら、動物人間みたいなのいたろ」
「あーね、耳と尻尾だけ動物みたいな人ね」
「その代わり魔力のやり取りが粘膜接種か体液経由。俺たちみたいな転生者は食って寝れば体力と同じように回復するけど、こっちで産まれて育ってると回復率が悪い。意味分かる?」
「わかんない」
「えっちなことすると魔力の交換ができる。本人たちには気持ちよさの追求よりも魔力のやり取りの方が基準になってるから、特に躊躇いとかそういうのもない。転生者です魔力が有り余ってるので売りますって言ったら綺麗なお姉さんが絞ってくれる」
「すいません僕転生者です魔力有り余ってますう!」
「だからボーカルくん魔力ないんだって」
「ぎたちゃんは!?今何してるの!?」
「停止処理と回復、うお」
「どこ!?俺も頼む!限界まで搾り取ってもらう!」
どらちゃんの手を引っ張って、部屋を飛び出した。難しい話をこんこんと聞いている場合ではない。突然夢みたいな世界観の説明されて黙っていられるわけがない。そういうファンタジーのAVあるじゃん。思いっきりコスプレでウケるやつ。でも今回に限っては本物、俺は狐耳のお姉さんとかウサギ耳のお姉さんとかがいることを知っているので。そもそもここに来てそういう欲は死んでいたが俺だって男の子なわけだし、ぎたちゃんだけとかいうのはいくらなんでもずるすぎるし、みんなそんな良い思いしてるなら俺だって仲間に入れてくれたっていいじゃん。なんで誰も教えてくれないわけ。いじめだよ。差別だ。どこなんだよお!と叫びながらどらちゃんに案内させれば、にやにやしながら扉の前に案内してくれた。石造りのそこにはしっかりロックがかかっていて、どらちゃんが魔法でそれを開けてくれた。ので、勢いよく開けた。
「ぎたちゃん!?」
「んお?」
「えっちなお姉さんは!?」
「……ふぁ?」
扉の中には食い物がたくさん乗った机とぎたちゃんしかいなかったし、がつがつ食べてたぎたちゃんに心底不思議そうな顔をされた。もぐもぐごっくんしたぎたちゃんに、ボーカルくん無事だったの、よかったあ、とのんびり言われてどらちゃんを振り返った。
「ねええっちなお姉さんは!?」
「まさかこんなに食いつくとは。ごめん」
「りっちゃん?」
「があああああ」
「痛い。俺レベル低いから結構痛い」
嘘つき野郎が。とりあえず雄叫びと共に、ぼこぼこにしておいた。薄々騙されてる気はしてたけど、突っ走らないとならない時ってものがあるんだ。
ぎたちゃんが食べてるやつをみんなで分けっこしながら、どらちゃんに今まで何があったのかをだらだらなんとなく説明する。この食べ物たちは、ぎたちゃんが目を覚ましたら、ぞろぞろ運んでこられたらしい。「たくさん魔力をもらえて助かりました」「こちら好きに食べてください」って言われたからありがたくもらった、とハンバーガーみたいなのを頬張りながらぎたちゃんが普通に言ってたけど、もうちょい疑う心を持った方がいいんじゃないかと俺ですら思う。だって俺ら最初ここに連れてこられた時も親切心で声かけたら突然電撃喰らってんだからね。まあいいけど。この大学芋みたいなのおいしいし。
どらちゃんは、俺とぎたちゃんの説明でも察してくれるから助かる。片胡座を組んで聞いていたどらちゃんが、グラスを傾けながら言った。
「大体わかった」
「どらちゃんは一緒に来てくれんの?」
「うん。上司にだけ話通してくる」
「りっちゃん働いてんだ」
「コンサルやってる。ここに雇われてる」
「なにて?」
「仕事が効率良く回るようにアドバイスをして金をもらっている。現実でもやってた」
「あー。ちゃんと仕事じゃん」
「だからこの盗賊団のボスに辞めるって言ってからなら行ける。雇われてるだけだから、問題ないだろ」

そんで、実は結構だるかったらしいぎたちゃんがたくさんたべてちょっと寝た後に、もう大丈夫、とオッケーサインを出してくれたので、三人で盗賊の首領的な人に会いに行った、の、だが。
「やーーーだーーーーーっ!!!!!」
「キキョウ様。落ち着いてください」
「ぜっっっったいやだーーーー!!!!!」
「お客様に見られておりますよ」
「うあああああん!!!!」
「……おもてたんとちがう」
呆然と呟いたぎたちゃんに深く頷いてしまったし、どらちゃんは額に手を当てて難しい顔をしていた。おもっくそぎゃんぎゃんに嫌がられてるんだけど。無表情のままの女の人がこっちを向いて、しばらくお待ちください、とあっさり追い出された。ので、扉の外でどらちゃんに詰め寄る。
「……ど……どうゆう……」
「ちっちゃい子だったけど!?」
「あー……食当たり……?」
「嘘」
「うそお!」
「これは本当なんだって!」
どらちゃん曰く、いろんなところから基本強奪メインで集めた魔力はとある理由から首領・キキョウが取りまとめていて、ただ転生者の魔力との食い合わせがとにかく悪くて基本情緒がものすごく不安定なのだ、とか。だからただの食い過ぎなんだって…ギターくんがいっぱい出すから…と、とばっちりで自分のせいにされたぎたちゃんが、俺え!?と目を剥いている。絶対ぎたちゃん関係ないかんね。ちょっと落ち着いたら元通りになるから、そしたらまともな話はできるから、と言うどらちゃんを一応は信用してしばらく待ち、立ってるのが面倒になって座り込み始めた頃。
「……お待たせ致しました。キキョウ様がお呼びです」
「もう泣き止んだ?」
「ご心配をおかけしました」
深く頭を下げた秘書っぽい女の人に、どっか行っててくれ、とどらちゃんが追い払おうとしたが、ガン無視されていた。軽んじられるどらちゃん、ウケるな。
部屋の奥にでっかい玉座みたいなのがあって、そこにさっきと同じ、長い銀髪に紫の目、くるんと丸まった角が生えている小さい女の子が、踏ん反り返っている。つい数分前まであの秘書さんに縋ってギャン泣きだったけどな。多分めっちゃ強いんだろうしめっちゃ怖いんだろう。どらちゃんは配下とか手下ではなくあくまでビジネスパートナーだと言い切っていたので、適当な態度だが。ふん、と荒く鼻息を吐いた女の子がこっちを指差した。ちらっとどらちゃんの方を見たけど、あえてこっちを向いたようだった。
「光栄に思えよ!ワガハイが直々に話を聞くなんて、滅多にないんだからな!」
「キキョウ。アヤメに聞いたと思うけど、俺出ていくから」
「……そっ……れは……それとして!」
「最初の契約通り、レベルドーピングの作り方と、読み解けた分の魔術書は簡易化して置いていく。どう使ってもいい」
「あのなあ!」
「明後日の解析は俺は出れないから、いるメンバーでなんとかしてくれ。ああ、アヤメに伝えれば何とかなるか。何とかしておいて」
「かしこまりました」
「ちがっ、あのお!」
「後は、あー、預けてる金全部返して」
「やだあああああ!」
「は?金は返せよ」
「行っちゃやだってゆってんのおおお!!!なんっでわかってくんないのお!?鈍感!バカ!クソ野郎!」
「ねえ。情緒不安定とかじゃなくてどらちゃんが行っちゃうのが嫌なだけだって。絶対」
「そんなわけない」
「いやあれ見なよ。またギャン泣きじゃん。もう秘書の人も助けに来てくれなくなっちゃったよ」
「アヤメ。薬飲ませといて」
「今日の分はもう飲みました」
「はあ。じゃあまた頭おかしくなってるのか」
「そうかもしれませんね」
「うああああああん!!!!!」

秘書の人、アヤメさん?と、どらちゃんが、あまりに人の心がないので、玉座の上でひっくり返って泣いてるキキョウちゃんに、いや俺たちも無理やり連れて行きたいわけじゃないから!嫌なんだよねどらちゃんいなくなっちゃうの!と慰め半分の釈明をしたところ、しばらくしてひぐひぐしゃくりあげながら、「オマエ話の分かるやつだなあ…!」と指の隙間からうるうるの紫の瞳と目が合った。それで、出発するなら準備をしたいというどらちゃんと、引き継ぎ業務を済ませたいと言うアヤメさんは出て行って、俺とぎたちゃんとキキョウちゃんの三人になった。まだしゃくりあげてるし。かわいそうだよ。
「ひっ、ひぐっ、あ、あいつ、いっつもそうなんだ、わ、ワガハイの話なんてっ、き、聞かないし」
「うんうん。話聞かないよねどらちゃん」
「結局あの人が一番バーサーカーだかんね」
「でもあいつはすげーんだ、転生者で落っこちてきたから魔力食ってやろうって、おもっ、思って、拾ったのに、効率が悪いとか、やるならこうした方がいいとかっ、勝手に口出ししてきて」
「あー……」
「ああ……」
「……誰にでも偉そうだから……」
「しかもキキョウちゃんちっちゃい子に見えるから完全に舐めくさられてたでしょ」
「そう!そうなんだよ!ふざけんなよ!ワガハイめちゃくちゃ強いんだぞ!これでも200年も生きてるんだからな!」
「えっ怖」
「200歳なの?」
「ううん。286歳」
「もっと怖えよ」
「そ……そっかなあ……ワガハイ怖いかなあ……?」
「嬉しい?」
「うん……」
「よかったね」
「どらちゃんの話続けて」
「あ!だからそんで、あいつがいろいろゆってきて、その通りにやったら、ほんっとに上手くいったんだ!魔法なんか信じないとか最初言ってたくせに、いろいろ調べ出したら魔術解析がめちゃくちゃすごくて、魔力のないやつ用に詠唱短縮の道具を作ってくれた!」
「なんか分かんないけどすげーんだね!」
「そう!ワガハイもぶっちゃけよく分かんねーんだけど、あいつはすげーんだ!だから正直いなくなられると困るんだ、そんなことゆってらんねーのもわかんだけどさあ……新しい道具も作って欲しいし、魔王軍の進路解析も、ワガハイだけじゃむずいし……」
「進路解析できんの!?キキョウちゃん」
「う?うん。できる、そのために貯めてる魔力だし」
「俺ら勇者なんだよ!魔王軍倒しに来たんだって!」
「どこにいるかが分かんなくて戦ったことないけどね」
「えー?お前らがー?無理だろ、ざっこいし」
「今はまだ雑魚いけどいずれは強くなるんだって!」
「無理だってえ!このキキョウ様なら出来るかもしんないけどなあ!」
「じゃあ一緒に行く?」
「ん?」
「あ!そだよ!キキョウちゃんも来なよ!百人力だよ!」
「……んあー……んー……それはなあ……」
「ダメなの?」
「……ワガハイなあ、遠くまでは動けないんだー……」
足がもうダメなんだよ、と長いスカートをめくって見せてくれた足は、どす黒く変色して萎びていた。なにしても治んないんだよこれ、今は足だけだけどどんどん広がってるんだ、きっと最後には全身こうなっちゃうんだよな、とにこにこ、きっと強がって言っている彼女に、何も言えなかった。
キキョウちゃんがまだ、本当に10歳やそこらだった頃。この世界で魔王軍との戦争が始まった頃。彼女は、鬼に誑かされた。自分としての意識が戻った時には、親兄弟はみんな死んでいて、ばらばらの混ぜこぜになっていて、村の至る所に火の手が上がっていて、自分一人が無傷で血に塗れていた。その頃はまだ魔王軍も手探りなことが多くて、例えば怨霊が軍でなく数体で適当に湧いていたり、狐と関わったのに人が消えなかったりした。だから彼女は助かった。鬼の手に連れていかれそうになったけれど、すんでのところで助けが間に合って、足先を削られただけで済んだそうだ。そこから侵食が始まって、そのせいで彼女は死ねないまま、歳もとれないまま。長い長い年月をかけて、彼女は蝕まれ続けているけれど、それでも助かった。助けられた命だから、人を助けることに使いたかった。鬼に誑かされた後遺症で、自分の魔力は空っぽになっていて、そこに他人の魔力を詰め込めることが分かったから、いろんなところから奪えるだけ奪っては魔王軍の探知と迎撃をした。そのやり方しかできなかったから、他人からは弾かれてしまったけれど、同じように弾かれた人たちを募って集まった。周囲から盗賊と呼ばれ蔑まれても、自分がしていることで一人でも救えたらと、もうとっくに動かない足で彼女は歩き続けている。ぽつぽつと、時折茶化すように身の上話をしてくれたキキョウちゃんが、まあさあ!と笑った。
「だから、オマエたちがあいつを連れていくのに反対するわけがねーんだわ!だってそっちの方がいろんな人を助けられるだろ?ワガハイはワガハイでできることをするからさ、なんならオマエらのサポートだってしてやるよ!この超絶天才のキキョウ様が手伝ってやるんだぜ、うまくいかないわけがないからな!」

「行くぞ」
「……キキョウちゃんともうちょいちゃんと喋ったらあ?」
「は?なんで」
「だってさあ……」
マジで不思議そうな顔しとる。ちなみにどらちゃんはキキョウちゃんの身の上話を全部知っているそうだ。というか盗賊団のみんなは全員知ってる。その上で、彼女の理念とか意思に賛成しているからここにいるようだった。ぎたちゃんが一応この人たちも盗賊だからって、最近王都の近くで一般人を襲わなかったか聞いてたけど、俺ら二人に電撃を喰らわせた二人が揃って首を傾げていた。「転生者メインで魔力狙ってるんで一般人は狙わないすね」「それか超絶金持ちっぽい馬車とかからは金目のもの盗んだりしますけど、眠らせるんで怪我はさせないですね」だそうだ。不発。がんばってくださいね!と最後にまた飯をたらふく食わせてもらって、キキョウちゃんにも俺たちはバイバイした。どらちゃんはしなかったけど。
「アキさん」
「?」
「キキョウ様から。これを渡せと」
「……はあ」
最後に、アヤメさんがどらちゃんに何かを手渡していた。小さな袋から出てきたのは、指輪が3つ。おお、とちょっと嬉しそうな声を上げたどらちゃんが、それを服のポケットに雑に突っ込んだ。
「ありがとっつっといて」
「直接言っては?」
「あいつ来れないだろ動けないんだから、」
「わーっはっはっはー!いつまでも動けないキキョウ様だと思ったのかあ!?バカだなあ、頭が固いなあ転生者様!見ろこれを!早く見ろ!早く!落ちちゃうだろお!」
「……はは。バカはどっちだ」
「すげー!」
「キキョウちゃんカッコいー!」
「だろ!魔王軍ぶっ潰して帰ってくるのを楽しみに待ってるからな!どうせ呪いで死ねねえんだ、いつまでだって待っててやるからな!」
低いモーター音と共に、玉座がぶっ飛んできた。もといキキョウちゃんが、がちゃがちゃと周りのものを薙ぎ倒し壁を削り扉を破壊しながら、自律走行できるようになった玉座でお見送りにきた。周りの「お願いですからやめてください!」「それはしない約束だったじゃないですか首領ー!」という悲鳴を掻き消す大声で、こっちに手を振った。
「だから絶対死なずに帰ってこいよ!」


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