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ありがち異世界転生





「はえ。いない」
「ぎたちゃんの夢だったんじゃない?」
「出張かなー」
ぎたちゃんが言う「カオルさん」の家についたけど、全くの無人だったからちょっとわざと言ったんだけど、普通にスルーされた。俺も本気で言ったわけじゃないよ、でもさ、なんかしら突っ込んでくれてもいいじゃんか。俺が悪いけど。無視しないでよお!って喚いてたら、しらーっとした目で見られた。そんな冷たい目で見る?友だちでしょお?
「ごめんっでええええ」
「泣かなくてもいいじゃん……ん?」
「だって羨ましいんだよ!俺はさあ!一人でレベル上げして痛くて辛かったのにさあ!ぎたちゃんはさああ!」
「ちょお黙って。聞こえん。ボーカルくん」
「俺だって異世界で彼女欲しいよおおお」
「ねえ!」
頬を掴んで首を変な向きに曲げられた。超痛いんですけど。涙引っ込んだわ。
首を無理やり向けられた先にはなんかお札みたいなのが貼られてて、そこからちっちゃい声が漏れ聞こえていた。なんか言ってるぽいけど、俺とぎたちゃんが静かにしたところで、往来の騒めきや自然の音ではっきりとは聞こえない。二人して耳をくっつけるのにも嫌気がさして、べりっと扉からひっぺがした。ら、勝手に地面に張り付いて、ぱっと光を放った。
「あ!」
「うわ!」
『、すから、彼女は現在王都にあります俺たちの拠点で治療をさせてもらっていて、』
「べ、っべーやん!?」
「ベースくん!?」
『おりますので、なにか緊急のご用事がありましたら、えと、なんだっけ、その、いらしてもらえたらと』
じじ、と低いノイズと共に映し出されたのは、ぼんやりゆらゆらしているべーやんだった。べーやん!って飛びついたらすり抜けて俺は地面にしこたま額を打ったし、話しかけても一方通行に決まったことを言ってくるだけなので、これはどうも魔法の一種で、録音録画してあることを繰り返しているだけらしいってことが分かった。一通り終わると、かちりと一時停止されて、また最初から始まる。おろおろと目線を下に泳がせながら辿々しく話すべーやんを見ながら、ぎたちゃんと話した。
「意味わかった?」
「出張先から帰ってくる途中で馬車ごと盗賊に襲われて大ピンチだったとこにベースくんとその仲間の人たちが助けてくれてでもケガしちゃったからベースくんとこで治してもらってる」
「お、おう……」
「……………」
「怒ってる……」
「怒ってないよお」
にっこりされたけど絶対怒ってるよ。目ぇ開いてるもん。すげえ喋るし。べーやんの幻を、地面に張り付いたお札を剥がして消したぎたちゃんが、まあねえ、とまた口を開いた。
「うん、盗賊ってゆうのは聞いたことあるんだよね。会ったことないけど、街とか村に属さない代わりに、行き交う人たちから物を奪うんだって。殺人はしないらしいよ、魔族扱いされちゃうから」
「へえ……え?悪いことする人はいないんじゃないの?」
「だから、どこにも属してないんだって。お金を得る手段とかもないし、誰からも守ってもらえない。その代わりに他人から奪ってるんでしょ?」
「はあ。それが仕事的な」
「的な。んー、物流を狙われると困るって話だったけど、そういうのと関係ない人も狙うんだねえ……」
「怒ってます?」
「いいええ」
ずっとにっこりしてる。怖え。ちなみにぎたちゃんが一番最近使えるようになった魔法は、ばっちんの中に物を閉じ込めると冷気で凍らせられるやつである。小型のモンスターの動きを止めるために使っていたけれど、猪型でかちんこちんになるなら、人間はどうなるのでしょうか。一応、そろそろと挙手しておいた。
「……とりあえず、目的地は、べーやんのとこでおっけ?」
「うん」
「はあい……」

王都に向かう途中。どうやってもすぐには辿りつかないから、ぎたちゃんがバイトしてた店で簡易宿泊キットみたいのを買った。これおすすめ!って言われるがままに、いやでもテントとかなんだろうなあ、正直野宿ちょいやだなー、って思いながら取り出してみたら、なんかちっちゃい箱だった。なんだこれは、どういうことだ、どう使うんだ、って裏返したり振ったりして、一緒に袋に入ってた「これをかけてね!」と貼ってある粉を見つけた。え?なに?食いもんなの?と訳がわからないまま粉をかけたら、ぶわってそれが広がって、目を開けたら周りがホテルみたいになってた。いいホテルじゃなくてビジホって感じだけど、ベッドは二つあって風呂ついてて何故か窓から夜景が見えた。意味わからん。えっ!?って扉から飛び出したら、さっきまでいた道の真ん中に箱が転がってて、近づくと勝手に部屋の中に入る。何回か繰り返して、落ちてた説明書をもう一回よく読み直して、転移魔法の応用で宿屋に飛ばされているらしいことが分かった。魔法すげえな。なんでもありじゃん。鍵もかけられるし、ルームサービスがあったらもう完璧だったのに、まあそこまで贅沢は言えないよなー、なんて笑ってたらぎたちゃんが爆弾を落とした。
「あ。これって外から見たらただの箱じゃん?潰れちゃったら俺たちもぺちゃんこになるのかな」
「ギャア!怖えこと言うなや!」
「それとも外に出れなくなるのかな」
怖すぎたので、道の端っこに箱を移してきた。ぎたちゃんはぽややんとしてるけど、夜だろうがモンスターは湧くし、それを無視して通過できる魔除け付きの馬車とかはガンガン通るんだぞ。乗るのに高え金払わなきゃだから俺は乗れないけど。
普通に寝る準備を整えて、ぎたちゃんが静かになるまではおしゃべりする。時間とかあんまはっきりしてないんだよな、この世界。俺がここに来てから何日経ったかもよく分かんないし、「もうそろそろ夕方かな」って思うまでの時間も長い気がする。眠くなったら寝て、起きたくなったら朝になってる感じ。
「そいえばべーやんちゃんとそれっぽい服着てたね」
「ん?」
「ゲームみたいな。教会の人って感じの」
「あー。たしかに」
「俺も鎧欲しいなーあ。買おっかな」
「お金足んなかったじゃん」
「貯めるの!」
まあ死ななくなってきたから大分お金は貯まってきた。装備を揃えようとするとまだ足りないけど、移動してる間にちょこちょこクエストこなしていけばなんとかなる気もする。今の服もほぼ初期装備なんだけど、燃えたり破けたりはしないんだよな。見た目は普通の服なのに、不思議な素材でできている。ただ数値で言うと、防御力は高くないのだ。耐毒とかほしい。かっこいいじゃん。ベースくんみたいの着たらもっと防御力上がんのかなあ、とぎたちゃんもこぼしていたが、ぎたちゃんは防御力よりも他に上げるとこあるんじゃないかと思う。例えば、ほら、素早さとか。いっつも先攻とられてるじゃんか。本人は困ってなさそうだけど。そんな話をしてたらぎたちゃんが大欠伸をしはじめて、俺も布団を被りながら、そいえばさ、と話を続ける。
「べーやんいたじゃん?」
「うん」
「ぎたちゃんいるじゃん?」
「んー」
「どらちゃんは?」
「……んー……」
「見た?いる?いなそう?」
「……あのー、一番最初にさあ、ボーカルくんが来たって分かったの、転生者の一覧みたいのがあるからってゆったじゃん。覚えてる?」
「うん」
「遡れるだけ遡ったんだけど、二人とも名前はなかったんだよねえ。でもベースくんいたから、俺とボーカルくんとは時期がめっちゃずれてて、実はりっちゃんも超昔からいたとかはあんのかもなって思った」
「それかまだ来てないかじゃん?」
「そもそも拒否ったのかもよ」
「……いやまあ、似合わないしね……こういうの……」
「魔法使わなそう」
「信じてなさそう」
「んはは。わかる」
「いたとしても馴染めなそうじゃん」
「ベースくんは魔法使い似合ってたね」
「ね!」

数日後。
「……………」
「……………」
近くで見るとつい無言になって圧倒されるぐらい、でっかい。なにがって、王都が、である。
実は、かなり遠くの方から見えてはいた。目視できていたのは、ただの門と、どこまでも続く塀だけ。あの高い塀は多分モンスター避けなんだろうけど、この中に王様が住んでたりとか、べーやんがいたりとか、するわけだ。門のところには兵士みたいなのが立ってて、ギルドカードを見せたら通してくれた。
「うわすっげ!」
「人多」
「いい匂いすんね」
「あ。あそこ!」
「うまそー!」
門の中は、活気で満ち溢れていた。ちょっと歩いて見た感じ、中央に聳え立っているのがお城で、その周りから運河みたいなのが各方面に流れているようだった。歩いて回れないわけではなさそうだが、とにかく広い。あと、至る所で小さい市場みたいなのが開かれていて、美味しそうな飯だったり、見たことない装備だったりが売ってる。広すぎて目的地に辿り着かないのではないかと思ったが、筒状に光っている水色の魔法陣に入るとワープさせてくれるらしい。重さと距離によって金がかかるが、人間だけで使うならほぼ無料とのことだった。ので、地図でべーやんが言ってた拠点を調べて、一番近くまで転送してもらう。同じような建物ばっかりだったからちょっと迷ったけど、ようやく見つけた。
「ここ?」
「んー。そうぽい」
「入っていいんかな」
「いんじゃん?俺はお見舞いも兼ねてるから」
「あ!そうじゃん!忘れてた!ぎたちゃんの彼女!」
「あのね」
「おじゃましまーす!」
「きゃあ!」
「あ!ごめん!」
重い扉を開けたら、小柄な女の子とぶつかりそうになった。ぎたちゃんの方をとっさに振り返ったら、知らないとばかりに首をぶんぶん横に振られた。さすがにこんなちっちゃい子なわけないか。俺の後ろからぎたちゃんが、あのう、と声をかける。
「カオルさんに会いに来たんだけど」
「……ああ!商人の方ですよね。昨日帰られましたよ?」
「……………」
「ぎたちゃん。ドンマイ」
「……自力で帰れるぐらい元気になったってことだもんね……」
「そうですね。うちのヒーラーが完璧に治しましたので、むしろ健康になってお帰りになられたと思いますよ!」
えっへん!と胸を張っている女の子に、そっかそっか、と目線を合わせる。エプロンつけてるし、お手伝いさんなのかな。赤茶の髪をお団子にしていて、おっきいリボンがふわふわしている。べーやん知ってる?と聞こうとして、でもそれじゃ伝わんないだろうなと思って、ぎたちゃんが剥がしてきたお札みたいなやつを見せながら、この人いる?と聞けば、頷かれた。
「今お買い物に行ってます。お待ちになられますか?」
「うん。友だちなんだ」
「えっ!そうなんですね!フウマさん転生者の方だから、お知り合いとか少ないんですよ。喜ぶと思います!」
「そっか。ありがとー」
「えへへん」
にこにこしながら胸を張っている、ピンクの頬がかわいい。褒められるのが好きなようで、機嫌良く案内してくれた女の子が、飲み物を持ってきます!って奥に消えた。机がいくつかあって、受付っぽいカウンターがある。すぐ会えそうで良かったね、なんて話になって、ぎたちゃんが手持ち無沙汰にさっき見せたお札を折り紙にしだした。
「べーやん戦えっかなあ」
「無理だったらまた棒貸してあげなよ」
「なんか魔法使いぽいかっこだったから魔法使えそうじゃない?」
「俺も魔法使えるよ!」
「ぎたちゃんのばっちんは物理じゃん」
「バフかけれるでしょ!」
「あれは演奏じゃんか、違くてこう、魔法っぽい魔法だよ!火が出たり水が出たりする!」
「棒持って?」
「杖のこと?」
「それ。そう」
「ベースくんが前で戦ってるイメージつかんもんね」
「棒で殴るぐらいできるっしょ、あ!ありがとう、……?」
いつの間にか真後ろに立っていた女の子に、飲み物を持ってきてくれたのかとお礼を言うと、何も持っていなかった。なんでしょうか、と目線を下げれば、何故か腰元の短剣に手がかかっていて、めちゃくちゃに冷たい目で見られていた。え、なんで、臨戦体制取られてんの。
「……団長が警戒されていた……フウマさんを引き抜きに来ようとする人間というのが……貴方達ということで、よろしいのでしょうか?」
「はえ?引き抜き?」
「ここで働いてるんでしょ。やめてこっち来て欲しいってゆうのは引き抜きになんじゃない」
「ヘッドハンティングか……かっこいい……」
「そういう感じです」
「許しません」
「へ?」
「許しません。出ていってください」
「えっ?ちょ待っ、うわ!?」
がきん、と鈍い音がして、机が吹き飛んだ。目にも止まらぬ速さで抜かれた短剣に、身を守るよりも早く腹を蹴飛ばされて、嘔吐いている間に床に引き倒され、耳の横に短剣が突き刺さった。ぎたちゃんを警戒してなのか、ぐ、と剣の刃が首筋にそのまま押し当てられて、どっと汗が止まらなくなる。
「……ぇ。えっ?あの……」
「出て行かれるのであれば何もしません。こちらとしましては、フウマさんがいなくなられると困るんです。そも、彼を保護して世話をしてあげたのは団長です。その団長がノーと言うことをわたしは許すことができません。彼の意思意見は関係ありません。貴方が転生者で、勇者様であったとしても」
目を細めた彼女が、ふん、と鼻で笑った。
「……わたし程度に負けるようでは、先が知れていますものね?」

「ぐやじいいい」
「……俺レベル盗み見たけど、135とか書いてあったよ……」
「もうそれは身長じゃん!ゔゔゔ」
そんぐらいだったし。めちゃくちゃ怖かったけど。当たり前だが対人間で戦ったことなんてないわけで、今まではモンスター相手だったわけで、突然ゴリゴリの殺意を向けられて恐怖を覚えなかったら頭がおかしい。揺れるリボンと細められた目が、しっかりばっちりトラウマになった。
あれから。それじゃあもうお会いすることもないでしょう!ってぱっと離れられて、扉を開けられた。出ていけ、をたっぷり言外に含んだそれに、抵抗など一つもせず大人しく立ち去り、呆然としたまま宿屋に入り、そこでようやく、こあかったねえ…ってぎたちゃんとちっちゃくなりながら飯を食ったのだ。屋台に並んでいる時になんとなく調べたが、あの場所、「モミジ騎士団」は、王都の中でも5本の指に入るトップクラスの自警団らしい。さっきの子は全然お手伝いさんでもなんでもなく、切り込み隊長の「ナズナ」。べーやんの名前もしっかり有名で、「フウマ」は団を支えるハイレベルの回復要員だ、と。だからあそこまで強く拒絶されたのだろう。抜けられたら困るから、俺たちに会わせるつもりもさらさらないのだ。事情は分かったけど、うーん、困った。べーやんがそっちで頑張りたいって言うならそれを止めるつもりはないけど、たまには俺たちの冒険も手伝ってくれると嬉しいとは思う。し、そもそもべーやんがどう思っているのかも聞けていないのだ。話ぐらいはさせてほしい。どうしたら話ができるかねえ、なんて頭を捻ってたらだんだん、ぼこすかにやられた自分が悔しくなってきて、頭を掻きむしっている次第である。だって、あんなちいちゃな女の子に。
「忍び込むのはどうだろう」
「絶対またボコボコにされるよ……」
「じゃあ勝てるぐらいまでレベル上げる」
「めっっっちゃ時間かかる」
「……ぎたちゃんのばっちんで凍らせられないの?」
「無理」
「あの、」
「もー!やってみないとわかんないでしょお!」
「無理だよお。レベル差ありすぎんもん」
「あのお、っ」
「だあってじゃあどうしろって言うのさ!べーやんと話したいだけなんだってもっかい言いに行ってみる?」
「あの子がいない時に?」
「覗いてたらそれももうバレそうじゃない?怖い」
「っあの!」
「うわ!っうわあああ!?」
「しーっ!しーっ!」
「べーやっんぐぐぐ」
「しーっ!」
ばちん!と手で口を塞がれた。ぎたちゃんも目を丸くしたまま固まってしまった。だって、目の前にべーやんがいる。夢かもしれん。だってあんなに拒否られたのに。しかも真っ青な顔で、俺の口を全力で塞いでいる。お願い静かにしてえ…と震える声で言われて、がくがく頷いた。
「ひ、秘密で来てるから、静かにして、お願いだから……!」
「んぐぐ」
「ベースくん、ボーカルくんが死んじゃう」
「っあ!ごめん!ごめんなさい!」
「ぶはあ!へ、へえき」
バレたらヤバいらしいってことだけはひしひしと伝わってきた。なんでここが分かったとか、どこから入ったとか、そういうのを聞きたくもあったけど、とりあえずべーやんの顔色がやばいので落ち着かせるのが先だと思う。横になってもいいよ、お茶飲みなよ、といろいろ用意してあげているうちに、丸まってしまった。どした!苦しいか!って顔を覗き込んだら、嗚咽が返ってきた。
「う。ぅ」
「あー。ボーカルくんが泣かした」
「俺!?ごめんて!」
「ち、っぐす、ちが、ちがくてぇ……」
「やっぱなんか無理して来てるんでしょ!いじめられてんだ!あのエプロンの子に!」
「ひっ、ぐ、ちが、ちがくて、」
生きていて良かった、と泣き伏しながら言われて、二の句が告げずに黙り込んだ。

「あの。ほ、ほんとはダメなんだけど、通信符を逆探知して、最初に貼った位置から場所がズレてるやつの中から、一番近くにあるやつで当たりつけて……」
「……そっか!」
「わかんない。ボーカルくん教えて」
「え?俺も分かんない」
「えー、知ったかしないでよお」
「分かんなくてもべーやんがここにいるんだからいいだろ!」
「……えへ……」
目は泣き腫らして真っ赤だし、鼻もぐずぐずだけど。移動魔法陣勝手に使っちゃった…としょぼくれるべーやんを、なんだかよく分かんないけど大丈夫だって!と励ましておいた。
「よし!じゃあすぐ出発しよ!どっかに!」
「追っかけてくるかもしんないもんね」
「ぇ、えぁ、あの」
「このへん夜のうちモンスターめちゃ湧くんだよなあ」
「俺ご飯だけ食べたい。ばっちんたくさんできるように」
「いいよ。いっぱい食べな」
「あの!」
「ん?」
「どしたの」
「……あ、の。俺、行けないんだ。団長からあんまり遠くまで、離れられない……」
「……えっ?」
詳しく話を聞いて、整理すると。
べーやんは「モミジ騎士団」のモミジ団長に、死にかけのところを拾われたそうだ。聞いた話だけだけど、死にかけのレベルが俺と段違いだった。「左足が食べられちゃっててね、」じゃない。怖い。それでまあともかく、助けられて治療もしてもらって、転生者だということも知られて、何か力になれないかと雑用を手伝っていた。けれど、どうもべーやんは回復魔法がたくさん使えるらしいと占い師の人に言われて、試しにやってみたらできて、それからは後衛でついていくようになり。あれよあれよの間に前線に引っ張り出されるようになって、今に至る、と。契約したのが団長だから、双方の合意がないとパーティーの移動はできない。そして騎士団側からは、べーやんを手放すつもりは皆無だと、口を酸っぱくして何度も言われているらしい。そもそも回復魔法に特化しているヒーラーは希少で、その中でも元が転生者だから魔力の土台が違って、何発も魔法を打てるべーやんは、超超めっちゃ大事にされてるっぽい。さっきの子もすげえ言ってたしな。それは分かるんだけど。
「べーやんは?そこにいたい?」
「う……お世話になったから、その、恩返しはしたい、けど……」
「けど?」
「……ふ、二人と行きたい、とは思う……でもあの、俺がどう思ってるかとか、団には全然関係ないから」
「じゃあ行こう!」
「でもあの、まっ、まだパーティー組めないんだ」
「勝手に行っちゃおう!」
「だからボーカルくん、さっきベースくんゆってたよ。勝手にどっか行くと、あんま離れたら団長さんのとこに戻されちゃうんだって」
「……なんとかしよう!」
「どうやってさ」
「……なんか……うまいこと……やる!」
「今度こそみじんぎりになっちゃうんじゃない」
「ぎたちゃん、みじんぎりにならないバフかけて」
「そんなのないよお」
「っだ、だから俺、あの、団長に頼んでみる……から、その、すぐは無理でも、何回も言ってみる」
「俺も言うよ」
「会って直接話せたらいんだけどねー」
「何だ。私と話したいのか?いいぞ」
「え?」
「えっ」
「ひ、っ」
「フウマ。勝手に宿屋に侵入していいわけがないだろう。泥棒扱いされても文句は言えない。宿屋の主人も驚いていた」
「だ、だんちょ……」
「……不法侵入祭りじゃん」
「んはっ」
ぎたちゃんがぼそって言うからつい笑ってしまった。もうびっくりし疲れたよ。
気づいたら、でっかい女の人が、壁に寄りかかって立っていた。でっかいって、背が高いなーとかじゃなくて、マジででかい。緩いウェーブの金髪を高いポニーテールにしていて、緑色のきつい目つき。強い女です、って感じ。なんかパンフレットみたいので見た時と感じが違う。鎧着てないからかな。はあ、と額に手を当てて溜息をついた団長が、壁から背を離した。
「突然連絡が来たから驚いて後を辿れば。聞き分けの悪い子だな」
「う……」
「駄目だと言ったろう。檻に鍵でも付けないと言うことが聞けないか?」
「ペット?」
「えっ!?べーやん飼われてるの!?でっかいお姉さんに!?」
「かっ、飼われてない!」
「人聞きが悪いな。対等だぞ、対等。何も知らない赤子を一人前扱いできないと言うだけだ」
「べーやんは赤ちゃんってこと!?」
「んはははは」
「ぐう……!」
「なんだ、真っ赤になって。恥ずかしかったのか?昔馴染みの前で恥をかかせてしまったか。悪かったな」
「……………」
「……………」
人の心はないらしい。なんか、でかい虎とかに見える。面白がってっていうか、ぎたちゃん笑ってくれるし場の雰囲気もあってとりあえず大声出してたけど、当たり前のようにさらっと言われて、絶句しちゃった。笑い話に全然してくんないじゃん。本当にペットか何かのような扱いを受けているみたいだ。マジで部屋に外鍵とか付けられてないだろうな。大事にしてるのと束縛が激しいのは別物だと思うのだが。
後をそのまま追ったら部屋の中に直接出てしまって、すまないことをした。とだけは、謝られた。けれどそれ以外は、自分が正しくて当然と言いたげな面だった。真っ青になってぶるぶるしてるべーやんをいとも簡単に引っ張って自分のところに寄せたかと思うと、服の背中を掴んで片手を上げた。
「それでは。フウマは回収させてもらう。勇者任務、頑張ってくれ」
「っちょ、ちょっと待って!?」
「なんだ。私からはもう話すことはない」
「いやこっちからはあるから!べーやん怖がってんじゃん、離してあげなよ!」
「離したらまた逃げるだろう。捕まえるのが面倒だ」
「いやいやいや!逃げるようなことしてんのおかしいでしょ!?」
「……状況が理解できていないようだから説明してやるが、今この世界は、300年前から続いている魔王軍との戦争中だ。貴様達が生きて来た、転生前の世界がどうだったかなど知らないが、この世界では力を持つものは弱いものを守るために存在する。そうでなければ、全てが蹂躙され、無辜の人々が死ぬからだ。騎士団に所属している者は、個としての夢であったり、希望であったり、そのような俗に言うやりたいことは捨てている。勿論これも例外ではない。全ては魔王軍を殲滅した後の話。生温い冒険ごっこがやりたいなら、世界が平和を取り戻してからにしてもらえるだろうか?勇者様よ」
これ、とべーやんを掴んだ手を軽く揺さぶった団長が、至極当然のことのように言った。捲し立てるような口調ではなくて、子どもに言い聞かせるような、諭すような声だったから、余計に何も言い返せなくて黙っていると、ふっと目を細めて笑顔のような顔になった団長が、膝を折るように俺に目線を合わせる。
「ああ。勇者様、過ぎたことを言って申し訳ない。貴方様が魔王軍を倒してくださるのだったな。私共では、その場から蹴散らすことは出来ても浄化ができない。元を断たねば意味がないのだ。我々がフウマをうまく使って、みんなが死なないように立ち回っている間に、どうか魔王軍をやっつけてくれ」
よろしく頼んだ、と頭に手を乗せられて、一瞬でべーやんごと掻き消えた。え、ぜんっぜん、話聞く気ないじゃん。しばらくして、ぎたちゃんとようやく顔を見合わせて、口を開いた。
「……どうするよ?」

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