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ありがち異世界転生





それから、また数日後。棒でモンスターを殴るのにもいよいよ飽きて、別の方法で金は稼げないのだろうか…と思い始めた時だった。
「あ!いた!ボーカルくん!」
「んえ」
「ほんとにいたー!」
わあー!って手を振って走ってきたのは、ぎたちゃんだった。ほとんど飛びつくように止まられて、でも俺も心細くて寂しかったし辛かったので、抱き返しながら、ぎたちゃーん!ってなってしまった。嬉しい。超嬉しい。ギリギリ泣いてない。めっちゃギリだけど。
嬉しい嬉しいって二人でひとしきりぴょんぴょんして、来るの遅くなっちゃってごめんねえ、とこぼしたぎたちゃんに首を傾げる。どゆことだ。
「んとね、転生者がいると、どこにどんな人がいるのか見れるやつがあって。俺それずっとチェックしてたの、そんでボーカルくんのこと見つけて」
「そんなのあんだ……」
「でもバイトあってさあ、お店落ち着いたからやっと来れたけど。お祭りみたいのあってちょうど店も混んでて」
「やっぱバイトあるんだ!?」
「え、うん。ほら」
「ぎたちゃんもそれできんだ!?」
「え?」
ぱっと片手のひらを上に向けたぎたちゃんが、『ユウ』『レベル:10』『ショップ店員』って書いてあるのを見せてくれた。これもらうんだよ、ギルドカードってゆって、と教えてくれたぎたちゃんに、それは知ってるんだけどそれをもらうためのお金がないんだ、と赤裸々な貧乏生活を明かすと、ぽかんと口を開けられた。
「……あんね、ボーカルくん。クエストの報酬受け取りした?」
「へ?」
「バイト代。貰い損なってない?」
「……えっ?」

「金持ち……」
「そうかなあ」
そういえば、よくよく思い出したら、最初に言われてた気がする。こっちのカウンターで、クエスト報酬の受け取り。ギルドカード作んなきゃいけないから、ってそのことばっかり考えてたけど、モンスターが落とすお金だけじゃそりゃやっていけるわけがないのだ。いつお受け取りに来るかと…と安心した顔で対応してくれたおじさんが、どちゃっと金貨の袋をくれた。そこからギルドカード代を差し引いてもまだかなり余る。装備も買えちゃう。やったぜ。
うっきうきのまま隣のお姉さんのところに行ったら、ようこそ〜と長いうさぎみたいな耳を揺らしてにっこりしてくれた。そろそろ慣れたけど、この世界には人間が多めで、半分獣みたいな人間もそれなりにいて、いやお前は獣やろって見た目なのに周りと変わらず正常に生活を営んでいる生き物もいる。思いっきりファンタジーって感じ。さくさく手続きしてくれたうさぎのお姉さんは、俺の右手に魔法陣みたいのを書いて、それは光り輝いてすぐにぱっと消えた。そして。
「うおおおお……!」
「おめでとー」
「めちゃ嬉しい!見て!」
「見てる見てる」
右手のひらをぱってやって、出ろ!と思うと、自分の所属やレベルが宙空に表示されるようになった。『リョウタ』『勇者』『レベル:6』って書いてある下を押すと、隠れているケージが広がって、『種族:人間』『所持金:3080G』とかいろいろ見れる。未達成のクエストリストも見れる。便利。
そのまま武器屋に行って、まだレベルがクソ低いからいっちばん安くていっちばんしょぼい攻撃力の剣しか買えなかったけど、これで大分勇者感は出てきた。ただ、安いからなのか、ものすごく軽い。もしかしてだけどこれプラスチックで出来てる?
「そいえばぎたちゃんどこから来たの」
「俺?王都の近くの街にいたよ。多分ボーカルくんより早く来てて、雑貨屋さんで働いてお金貯めてた」
「レベル上げは?」
「俺勇者じゃないし……」
「モンスターと戦ったことは!?」
「ないけど」
「ええ!?」
じゃあパーティー組めないじゃん。てっきりなんか、魔法使いとか剣士とか、ぎたちゃんもそういうのだと思ったのに。じゃあ俺一人で戦えって言うのお!?と地団駄を踏んでいると、ぎたちゃんがぽんと手を打った。
「あ!俺できるの一個だけあるよ」
「なあに」
「見ててねー」
ばちん、とぎたちゃんが両手を柏手のように打つと、ずるりと地面から半透明のでっかい手が生えてきた。ぎたちゃんの身長ぐらいある。手のひら同士をくっつけて、祈っているように生えてきたそれが、ぎゅっと指を組み合わせて握られ、ぱっと開いた。その中にはぎたちゃんのギターが入っていて、ありがとー、と当然のように言ったぎたちゃんがそれを受け取って、こっちを向く。ピース付きで。
「いえい」
「……戦えないじゃん!」
「うん。俺もこれできるって気づいた時、これできて何になるんだろうって思った」
「……まあ……いいよ……俺、ぎたちゃんのギター好きだからいいよ……!」
「力になれなくてごめん」
「木の棒あげるからぶん殴るの手伝って」
「オッケー」

とりあえず、隣町まで行ってみることにした。二人いるなら、レベル上げながら向かえるかもしれないし。ぎたちゃんにも棒を渡したので、なんとかなるだろう。念のためポーションを買い込んで、村の人たちにお礼をいっぱいしてから、旅立った。
「……はえ?」
「おはようございます」
が、すぐ戻ってきた。脳天を突き抜ける痛みは一発で「ああ、これ死んだな」って分かるやつで、気づいたらシスターみたいな格好の女の人がいて、声を聞いたぎたちゃんがばたばた走ってきたのが見えた。
村のちょっと外辺りまでは、全然楽勝じゃん!行ける行ける!って二人でわあわあ言ってたんだけど、一つ山向こうに着いて向こうの町が見えた途端、相手のレベルが引き上がったのだ。一発で倒せてた敵が倒せなくなった。喰らう攻撃で削れる体力ゲージがデカくなった。あれ?これやばくない?とぼんやり思ったのと、ぎたちゃんと目が合うのと、敵のゾンビの会心の一撃を喰らうのが、多分同時ぐらいだった。それで、ここまで戻されたらしい。ぎたちゃんも気づいたらここにいたって言うから、もしかしたら死んだのは俺だけかもしれないけど。
「ごめん。ぎたちゃん」
「びびったあ……」
「お金なくなっちゃった」
「んー、俺まだあんよ。また回復薬買ってこ」
「……失礼ですが、勇者様?」
「んえ。はい」
「差し出がましかったら申し訳ありません。パーティーを組まれていないようですが、またご出立されるのですか?」
「あ、そうなんすよ。ぎたちゃ、あの、この人が戦えないから」
「組んでおいた方がいいですよ。一人ですと、ダウンした時に強制的に一番近々で滞在した村まで戻されてしまいますから」
「組めるんすか?」
「ええ。そもそも、戦えないのには何のご事情が?」
「え?」
「そちらの方は、召喚士……サモナーか、もしくはバッファー?サポートの魔術師様だと思われるのですが……」
「……え?」

初耳なんですけど、の顔のぎたちゃんを連れてギルドのカウンターへ向かう。うさぎの耳を揺らしたお姉さんが、にこにこしながら答えてくれた。
「はあい、パーティー編成ですねえ。ギルドカードの提出をお願いしますー」
「はい」
「はあい」
「んー。はいはい。カードの更新もしておきますねえ。パーティー名はお決まりですか?」
「え。いいえ」
「分かりましたあ、では仮で勇者パーティーとしておきますねえ。はい、更新は済みましたので、ご確認お願いしますー」
「あ、え、あの!ぎたちゃんの職業変わりました?」
「えっ?はい。そうですね」
不思議そうな顔のお姉さんにお礼を言って、二人で顔を突き合わせてギルドカードを見る。確かにぎたちゃんの職業のところは『召喚士』になっていて、ぎたちゃんが難しい顔でこめかみに人差し指を当てていた。しばらく悩んで、眉根を寄せたまま口を開く。
「……バイトはクビになったてこと?」
「……まあ……そうなるかもね……」
「……はあああ……」
「……げ、元気出して……?」
がっくりと座り込んでしまったぎたちゃんに、なんかごめん……?と声をかける。なんか事情があるのかもしれんし、もしかしてめっちゃお世話になってたとかなのかな、勝手に辞めるってなったらそりゃ気持ち良くはないしそれ俺のせいもあるよな、とか色々考えてたら、ぎたちゃんが顔を上げた。
「……一旦寄っていい?いたとこ……一番おっきい街に行くまでに通るはずだから」
「え、うん。いいよ」
「……バイト先の店長が、元々バイトしてた、あ、現実でね?そこのスタジオのオーナーに超似ててさあ……」
挨拶もせずにやめるなんてことできない…!と頭を抱えるぎたちゃんに、いいよいいよ、むしろ俺が挨拶すべきだよ、バイト辞めさせてすいませんって言うよ!と背中を叩く。やっぱめっちゃお世話になってたのかもな。俺も最初に会った二人がいなかったら、モンスターに喰われて復活する金もなく死んだままだったかもしれんし。住むとことか工面してもらったんかなと思ってそうやって聞いたら、それには口をぽかんとされた。え?違うの?じわじわ目を逸らしていくぎたちゃんの視界に入るように首を傾げる。傾げるっていうか、ガンを飛ばすっていうか。
「ハルヒコさんには、働かしてもらってただけだけど」
「え?じゃあ生活どうしてたの、ぎたちゃん。俺みたいにクエストあったわけじゃないんでしょ」
「や……え?なん、えっと……」
「……えっ、怪しっ……野宿?」
「違う!ちゃんと屋根のある家に暮らしてた!ご飯も食べさしてもらえてた!」
「食べさして?」
「……………」
「ぎたちゃんなんか隠してない?」
「……怒んない?」
「え?事によるよ」
「……その辺で会った人が……家に入れてくれた……的な……」
「女?男?」
「……………」
「は!?聞こえない!」
「違う。生活費は入れてた」
「違くない!絶対女の人でしょ!ぎたちゃんヒモじゃん!」
「ちがーう!」
「ぬくぬく暮らしてたんじゃねえか!ふざけんな!俺が必死でレベル上げしてる間に!」
「違う違う違う!俺は俺なりに大変だったの!」
「あ!?職業変わると困るのも養ってもらえなくなるからか!?」
「そもそもヒモじゃないからあ!共存!」
「そういえばここまでどうやって来たの!?歩いてなわけないよね!モンスターうじゃうじゃいるもんねえ!」
「……近くまで……乗せてもらって……?」
「誰にですかあ!?」
「……かおっ……お姉さんに……」
「ンギー!!!!!」

それから。
ぎたちゃんも戦えることが分かったので、ちゃんと前線に立ってもらう事にした。その結果分かったのは、ぎたちゃんの「ばちん!」には当たり判定があるらしいってことだった。というのも、狼みたいなモンスターに棒を吹っ飛ばされたぎたちゃんが、後から聞いたら「最悪ギターで殴るつもりだった」という動機で、何かしらの長物を取り出そうとばっちんしたのだが、それに当たった狼もどきがギャイン!って吹っ飛んだのだ。確かにダメージは入ってたし、あれは召喚術の一種だったみたいで、それからというものぎたちゃんは、よーく狙ってばっちんするのを多用している。魔法っていっぱい使うと魔力的なのなくなっちゃうんじゃないの?俺使えないからわかんないけど。ぎたちゃんがいいならいいんだけどさ。
あと、何で取り出せるか分かんないギターにも意味があって、とりあえず今日は野宿かーってなった時に、魔物避け焚いて火を起こして休む準備してたら、疲れ果てたらしいぎたちゃんが一人で勝手にギター弾いてて、ねえ手伝ってよお〜…ってなった時に勝手にステータスに「攻撃力アップ」「HP自動回復」がついたのだ。えっ?ってなったし、ぎたちゃんも、えっ?って言ってた。それからいろいろ模索して、音色によって掛かるバフが違うことが分かった。多分レベル上がったらもうちょいいろいろ掛けられるようになるんだと思う。でもHP自動回復はでかい。数値にしたらせいぜい100ぐらいだけど、しばらく効果が続くことも分かったので、うまく使っていかなくちゃな。もうポーションないもん。
そしてついに隣町に到着して、そこでしばらくクエストこなしてお金稼いで、準備できたらまた出発して隣の街へ、レベルもそこそこ上がって来たところで装備を整えたりして、ぎたちゃんのばっちんも雑魚敵なら一発で潰せるようになったりして、俺もバフのおかげで結構強めのモンスターにも安定して勝てるようになって、これはかなり良いのでは!となった頃にようやく、ぎたちゃんがいた街の辺りまでついた。結構栄えてる。俺が最初にいたところはマジでド田舎だったんだな。
「すんげえ人いる!」
「好きに見てていいよ、俺行くとこあるから」
「彼女見たい」
「……そゆことじゃ」
「この街の中の何よりも見たい」
「なくてねえ……」
どっか行きなよ…って言われながらついていった。イヤイヤぽかったけど、そんなの許すわけないじゃん。なに異世界来て彼女作っちゃってんの。俺と一緒に肩を組んで歯茎見せながら笑ってたぎたちゃんはどこ行ったの。ふざけんなよ。
すごいいろんなお店があって、ぎたちゃんがバイトしてたってとこにも途中で顔を出しに行った。突然辞めることになってすいませんって言ったら、ちょっときょとんとされて、いやでも勇者パーティーに入ったって言うならしょうがないだろ〜!って笑われた。それってしょうがないんだ。やっぱ、世界を守る方が大事なんだな。ていうかそういう通知って案外オープンなのもびっくりなんだけど。個人情報保護とかないの?この世界。それでお店の人から世間話的に聞いたんだけど、王都の東側で、魔王軍?が暴れたらしい。今回は怨霊軍の勢で、とかって話してるのを盗み聞いただけだから、細かいことはよう分からん。ぎたちゃんの方もちろっと見たけど、店長さんからもらったパンみたいなやつ食べながら首を横に振られた。
「んむ。なんかねえ、魔王の手下の中にも、分隊?みたいのがあるらしい。それによって被害違うっぽいよ」
「ふむ」
「俺もあんまよく知らないんだけど。お客さんから聞いた」
怨霊軍っていうのは割とスタンダードにオバケの軍勢のことで、物理攻撃が効かないらしい。どこかにふいっと出てくると、街を壊滅させてふっと消えてしまう。追おうにも、そもそもどこからどのようにして出て来ているか分からないし、多少削ったところで掻き消えてはまたしばらくした後に全く違う場所に出てくるのでどうしようもない、と。
他にも、悪鬼軍と妖狐軍があって、悪鬼軍は主に人間を唆して悪いことをさせるんだとか。村とか街に属している人はそれぞれの規律を守って生活していて、わざわざそれを破ろうとする人はいない。とかなんだかんだ言って悪い人はいるんじゃないのかとか思うんだけど、これがマジでいないらしい。そういう風に決まっているそうだ。しかし時々、暴動が起きたり、無差別に暴れたり、要は人間が人間を痛めつける事件が起こる、と。それを裏で操っているのが悪鬼で、唆されてしまった人間はもう元には戻れない。操っている悪鬼側がもうバレたなと判断した時点で、唐突にその人間の半径5メートルくらいをごっそり持って行かれるので、犯人は残らないし、保護のしようもない。持っていかれる、と言うのは文字通りの「持っていかれる」なので、地面も爪の跡で抉れるし周囲に人がいれば巻き込まれる。悪鬼の軍勢はあまり人前に出てくることはなく、暗躍しているので尾が掴めない。
妖狐軍が起こすのは、簡単に言えば要は神隠しだそうだ。狐だから狐隠しかな。まあ細かいことはどうでもいいが、村単位で根こそぎ人を攫っていってしまうらしい。それが起きている空には狐の尾のような形の雲が出て、急いで駆けつけても大概は間に合わない。間に合ったとしても、放心状態で廃人になっている。攫う人間の前には姿を現すが、そうでない時には現れない。ただ、防犯カメラみたいなものには普通に映るらしく、見た目とか、どうやって人を連れていってしまうかは全部分かっているそうだ。分かっていることが全て防げると思ったら大間違いだが。鈴の音が定期的に鳴り響くようになったら、逃げても隠れても無駄、全てが手遅れなので、諦めろ。それだけが人々には伝えられている。
なんて、ぎたちゃんの拙いながらに一生懸命な説明を頷きながら聞いて、パンもどきはとっくになくなっていた。
「打つ手なしじゃん。全部」
「そおなんだよね。俺もびっくりした。攻略サイトとかないの?って」
「まあ攻略できてたらこの世界の人がなんとかするよね……」
「ねー。できないから転生者様ーとかゆわれてんでしょ?」
「そっかあ。被害者いっぱいいんのかな」
「多分。わかんないけど」
「なんとかしたげたいけど、俺まだレベルひっくいからなあ」
「勇者様、がんばって」
「は?ぎたちゃんもがんばるんですけど?」


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