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ありがち異世界転生






ーー…目覚めよ…目覚めよ…愚かな人間よ…

「なに」

ーー……………

「?」

ーー……そんな急に起きる?びっくりした……

「俺寝起きいいから……なに?」

ーーそんで普通に喋る……怖……





変な声に目を開けたら、変なところにいた。夢なのに夢だって分かることってなんて言うんだっけ。こないだそんなような話したなあ、全然思い出せん。首を捻って考えていると、多分俺に話しかけていた目の前のでっかいもやもやから、いやあのさ、と割とフレンドリーな声がした。あの突き出ているにょろにょろは手なのだろうか。ずいぶんいっぱいあるな。話に合わせて揺れるそれを見ながら、適当な相槌を打つ。

ーーあのー、うーんと、異世界転生とか興味ない?

「うーん。ない」

ーーえ……困る……実はあったりしない?

「でも俺今楽しいし……」

ーーだって友達とか少なくて自己肯定感低くて自分のこと好きじゃないけど自分は世界の中心で周りの人たちにちやほやされるのが当然だと思っててそんな想像に明け暮れてる上に異性への欲はちゃんとあるタイプの人間でしょ?

「そ……えっ!?そうなの!?」

ーーえっ違うの?人違いだったかな……

「と……友達……多いと思ってたけど……自分のことも割と好きだけど……!?」

ーー人違いかもしれん。ごめんね

「いいよ」

ーーでも主人公力は高いよね。やってみない?意外と楽しいかもよ

「だから俺今が楽しいんだって。いいよ」

ーー引き受けて欲しいなあ……お友達とかも連れてきても良いよ。この際大目に見る

「いやだからやだって。異世界転生ってあれでしょ?アニメとかであるやつでしょ?よく知らんけど」

ーーもうその言い方が人選ミスだわ……ねえ、死に方は選ばしてあげるからやってみてよ。他の人誘いに行くの結構労力かかるんだ

「死に方!?怖!」

ーーあ別に本当に死ぬわけじゃないよ!一応儀式としてっていう感じだから

「絶対やだあ……」

ーーちぇっ。じゃあ別の人探すよ。知り合いだったとしても恨まないでよね

「?うん」





変な夢を見た。よく覚えてないけど、変な夢だったなーっていうのは覚えてる。夢のことは覚えてちゃいけないんだとか、書いて残したら逆に頭おかしくなるとか聞いたことあるので、これは普通に防衛本能が働いているんだろう。俺の記憶力のせいじゃない。多分。歳をとって忘れっぽくなったとかそういうんじゃねえから!
「……スープ?」
「そお。手軽でおいしい、全部腹の中に入ってる感じがする」
「うーん……」
「ぶちこんで煮るだけだからべーやんにも絶対できるってえ」
だから、夢の話とか忘れてたから。料理はしないが栄養は取りたい、みたいな話をべーやんとしていて、でも俺も時間ある時しかしないからなあ、と言葉を続けながら、半分後ろを向いて歩く。コンビニ飯だと栄養が偏ってる気がするって言うベーやんの気持ちは分かる。めっちゃ分かる。そんな気がするだけで偏ってなんかない、ってぎたちゃんは言い張るけど、絶対なんかが多すぎてなんかが足りないと思う。調べてないけど。
「ソーセージとー、きのこ。体に良さそうな野菜」
「……ピーマン?」
「あー、良さそお。にんじんとかー、キャベツとか、あと」
「っボーカルく、」
指折り数えていたから、目を上げた時には、もう全部終わってた。突き飛ばされるまま、後ろに向かって足をもつれさせて数歩。目の前で、俺のことを突き飛ばしたべーやんが、一回瞬きする間に、あっという間に。





「てめえ許さねえからな!!!!」

ーーうわまだ呼んでないのに来た、怖 そういうところ主人公だよね

「出てこい!!!」

ーー怖い。すごい剣幕

「突然トラックはダメだろ!」

ーーそうなの?知らなかった。トラックで轢き飛ばすのが自然な流れだって学校で教わってたから

べーやんには許可とか取っていないこと。なんでかっていうと俺に断られたから。要は、事前に相手に聞くことで異世界転生を円滑に進められないと学習したから。べーやんは俺に断られたから、俺から適当に辿って辿り着いた先、単なる代替。主人公適正、とかいうやつがあるのは俺だから、俺がやらないと何の意味もないんだけど、ただあっちにはあっちのノルマがあるからべーやんを巻き込んだだけってこと。一回死なないといけないけどマジで死ぬわけじゃなくて世界救ったら全部忘れて死んだ時点に戻って来れること。ちなみにこれは説明する前にお前が断ったから悪い、とばっさり切り捨てられた。つらつらと言い訳のようにそう告げられている間、巨大な手に口を塞がれ、腕を押さえつけられていた。だからさあ、と嫌にフランクな喋り方。まるで自分の声を聞いているみたいだった。

ーー異世界転生。するよね?





周りを見て、誰もいないことを確認して、深くため息をついて膝に手をついた。
「……しんど!」

やり直させてあげるよ、と巻き戻されたのは、トラックの前。青い顔で俺に手を伸ばしたべーやんを避けて、そのまま背中を押す。俺を突き飛ばす勢いのまま前に進んで行ったべーやんは多分、何事もなく通り過ぎられただろう。見てないから分からんけど。あとハチャメチャに痛いのだけやめてほしかった。ふわっとできないものなのか。
体をぐちゃぐちゃに轢き飛ばされて辿り着いたのは、森の中だった。揺り動かされて目を開けると、若い男二人に覗き込まれていた。大丈夫か、と体を起こしてもらって、それすら満足にできないぐらい弱っていることに気がつく。水をもらって、二人が乗っていたらしい馬車みたいなやつに乗せられる。
『……あ。お前、転生者か』
『……?』
『じゃあなんもわかんないよね。とりあえず近くの村までは乗せてってあげるよ』
二人曰く。この世界には「転生者」というものがいて、それは目を見れば分かるらしい。前世の記憶を持っている人が転生者と呼ばれ、魔王と戦うことができる、と。ただ、それができるというだけで、やるかどうかは本人次第だそうだ。分かりやすく言うと、レベル上げがある。強くなるためには、勇者として鍛えなければならない。お金も稼がなければ手に入らないし、不思議な力で強くなったりもしない。転生者だからってそういうところでズルできないんだよな、と金髪の方の人が呆れたように言った。馬車を引く生き物は、馬だと思ってたらよく見たら馬に似た何かだった。生き物に指示を出すのはオートらしく、二人とも俺にいろいろ教えてくれた。
『とりあえず近くの村までしか俺たちは送れないから、そこでお金稼がせてもらいな。レベル上げしたくても、装備ないみたいだし』
『そうだな。話は通しといてやるから』
『……ありがと……』
『大丈夫だよ、なんとかなるからね』
優しくそう教えてくれた二人は、もうじき村に着くからと甘い水みたいなのを分けてくれた。回復薬、ポーション?的なそれは、飲むと確かに元気になった。具体的に言うと、まともに喋れるようになったし立てるようになった。助かる。
それからまた色々教えてもらった。一番栄えている都市に入るのがいろいろ便利だろうけど、大きい都市に入るのにはギルドカードという身分証明が必要になること。それは各町や村にあるギルドで出してもらえるけど、お金が必要なこと。俺は今無一文なので、まずはそれをもらうために稼がなければならないこと。そもそも証明がないと都市に入れなくなったのも、魔王軍がいろいろ、なんか乱暴したりしてるかららしい。悪い奴なんだな。あとやらなきゃならないことは、装備を整えたり、パーティーメンバーを揃えたり。なんかマジでRPGって感じ。ちなみに俺を拾ってくれた二人は、もっと田舎の村から友達に会いにきただけだから、一番大きい都市には行かないそうだ。残念。
それからしばらくして馬車が止まると、話をつけてくる、と金髪の方の人が出ていって、茶髪の方の人も「もう降りて平気だよ」と教えてくれた。だいぶ回復した体は、まあ痛むけど歩けるぐらいにはなっていて、頭を下げる。
『あの、本当にありがとうございました』
『ううん!君がモンスターに襲われてなくってよかったよー、俺たちも戦えるわけじゃないからさ』
『なんかお礼……』
『いいのいいの!通りすがりに乗せてあげただけだしね』
そういえば君、名前は?と聞かれて、我妻諒太です、と答えようとしたのに、リョウタです、になってしまった。あー、ゲームってそんな感じだよな。自分が言おうとしたのと違うのは変な感じだけど、しっくりくると言われればまあそれもそう。
『じゃあ転生者届……は、出てるっぽい。あとなにしなきゃいけないんだっけな……』
『あ。お名前も聞いてなかったすね』
『俺?サクタロウ。あっちのゴリラはコウスケ』
『なんかお手伝いさせてください。ほんとに、マジで助けられたんで』
『いやいや。ほんっとにいいんだって。ほら、戻ってきたよ』
左手のひらを上に向けて、宙に出てきた文字を右手の指で操作していたサクタロウさんにそのまま指をさされてそっちを向く。コウスケさんが、多分村の人っぽいおじいちゃんを連れてきて、こっちに手を振った。
『村長さん。あとはこの人に色々聞いて』
『ありがとうございます!』
『おお。また会えるといいな』
『いつか絶対恩返しに行きます!どこに住んでますか?地名聞いて俺分かるかな』
『アオモーリだよ』
『青森』
『ここはチーバ』
『千葉』
はちゃめちゃ知ってる地名。と思っているうちに二人は馬車に乗って、またねー、がんばれー、と行ってしまった。おじいちゃんと二人で取り残され、この人に話を聞けばいいのか、って振り向くと、人数が増えていた。
『え、っ』
『転生者様!ようこそ我が村へいらっしゃいました!』
『ありがたやありがたや……』
『できることは少ないですが、村人一同力となりますので!』
『まず村の案内をさせてください!さあ!どうぞこちらへ!』
『お、おう、おっ、ありがとございます……』
大歓迎。それから村の中を案内してもらった。最初の村だから、歩いて回れるくらいの広さしかない。千葉だからではない。決して。ここは武器屋です、レベルに応じて強い武器や防具がそれなりの金銭を支払えば買えます、とか。ここは宿屋です、一晩いくらで泊まることで体力回復や状態異常の回復ができます、とか。ここは雑貨屋です、回復薬やその他諸々旅に必要なものが手に入ります、とか。この扉の中はギルドです、こっちのカウンターでクエスト報酬が受け取れます、こっちではギルドカードの申請や更新や変更やパーティーメンバーの登録ができます、とか。他にも、死んじゃった時にお金払うと生き返らせてくれる教会。ここから出ると村の外だからモンスターと遭遇すること。あっちが大きい都市に向かう方で、反対側がさっき来た道。いろいろ教えてもらって、はい、はい、って頷いてはいるけど、正直覚えていられなかった。また教えてくれないかな。数人いた小さい子からも、転生者様だ!勇者様!と嬉しそうに手を振られて、なんとなく笑顔で振り返す。いいのかな、俺、ついさっきまでぶっ倒れてた人なんだけど。最後に武器屋さんが、こんなものしかお渡しできなくて、と木の棒をくれた。これはあれだな、初期装備ってやつ。いつの間にか暗くなっていて、村長さんが宿屋に案内してくれ、女将さんみたいな人に頭を下げられた。
『今晩はお金はいただきません。明日からも、ごめんなさいね、無料とは行きませんが……準備が整うまではどうぞいらしてくださいね』
『いやいや!払いますよ!あ、でも俺金ないんだった……』
『明日以降は、討伐任務をこなされることになると思います。くれぐれもお気をつけて、いつでもお声がけください』
そんで、次の日。早速だが頼みがある、と村長さんに連れられて、村の外に出た。草むらにモンスターが潜んでいて困っている、と。いやでも俺だって棒っきれしか持ってないけどなんとかなるんだろうか、と不安に思いながらそろそら近づくと、飛び出してきたのはちっこいスライムみたいなやつだった。ザコそうじゃん!これならいけそう!
『ギャー!いってえ!』
『転生者様!そういう時はこれを!』
怪我するタイプのチュートリアルだった。一発殴ったら飛びかかってこられて、噛みつかれたところで村長さんがポーションを投げ渡してくれて、急いでそれを飲む。また齧られたけど。それで二発目でようやくスライムはふにゃふにゃと溶けて消えて、お金がちょびっとだけ落ちてた。あと、経験値がもらえた音がした。そういえばサクタロウさんはなんか手をかざして、ステータスのチェック?みたいなことしてたけど、俺もあれできんのかな。一応やってみたけど何も出なかった。うーむ。
それからというもの、村人たちは話しかけると「畑の裏にモンスターがいて作物を食い荒らされてる」「うちの子が村の東の草むらで怪我をして帰ってきた」みたいな情報を教えてくれるようになった。それを頼りにモンスターを倒して、でも怪我するからポーション買って、金無くなって倒して、宿屋さんも安くしてくれてるけどそれにまた金払って、ギルドカードを作れる金額を貯めるのもままならないし、新しい装備なんか夢のまた夢だ。今死んでも金ないから復活できないんじゃないかと思うと無茶できないし、なんならまだトラックの痛みが記憶にがっつり残っているのであんま怪我したくない。結果、全く金が貯まらない。それによって口から出たのが、「しんど!」である。いやだってきついって。いずれは貯まるだろうけどさ、いつまで俺この棒切れでモンスター叩かなきゃならないわけ。レベルは上がってるっぽくて、二発かかった敵が運良いと一発で倒せるようになったり、最初は齧られて相当怪我してたのが避けられるようになってきたりは、してるんだけど。先が遠すぎる。しんどい。結構ちゃんとマジでしんどい。普通に働いてお金稼がせて欲しい。バイトとか募集してないのかな。とりあえずこの村にはなさそうだ。じゃあこの村から別の村まで歩いて向かえるのかと聞かれると、その道中でモンスターに出くわす可能性を考えると、厳しいのだが。


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